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三波新、放浪編
天馬の体毛と羽根に包まれた中で
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その夜、俺は夢を見た。
懐かしい、学生時代の頃の夢。
けれど、懐かしいからと言って、中身はいいものとは限らない。
──────
これは……晩ご飯の時だ。
一番上は兄のマコト。
二番目は姉のミノリ。
そして俺。
それに両親が加わって五人。
和やかな雰囲気の中、みんなで食卓を囲っている。
「マコト。お前、美術部の部長になったんだって?」
「ん? あ、あぁ。あんなの、別に父さんに言うほどのことじゃないから……。こないだのテストの点数の順位落としちゃったし」
「学業も重要だが、それ以外の功績もないと、人格的に偏ってると思われかねんからな。それに順位だって学年で一桁キープしてただろ」
「ん、まぁ、ね」
俺もその楽し気な会話に混ざってみた。
「兄さん、そんなすごかったんだ」
なぜか一瞬、会話が途切れ、空気が冷たくなる。
その空気を断つように、姉さんが会話に続いた。
「……兄さん、その言い方なんか鼻につくんだけどー?」
「ミノリ。お前は部活に力入れすぎだな。水泳部だったか? 全国大会に出るとはなぁ。父さんも母さんも仕事があるから応援に行けないぞ?」
「姉さん、水泳部だったんだ。地方予選勝ち抜いたんだね。すごいな」
もう一度混ざってみた。
けど再び会話は途切れ、四人からは冷めた目で見られた。
そして俺の存在がまるで空気のように、姉は言葉を続けた。
「……とかいいつつ、前回は応援に来てくれてありがと、父さん、母さん」
「う……」
「まぁまぁ、お父さん。でもミノリ、一応勉強もしっかりやっときなさいよ?」
「はーい」
「でもミノリはさ、学級ではいい方なんだろ? 学級全体のレベルが上なら、学年順位はそうは落ちないだろ」
「おかげさまで。えへへ」
二人は高校生で、両親はその卒業生。
そして俺はまだ中学生だったが、学力ではとてもその高校に入れそうにない。
両親からは散々勉強しろと言われてたんだが……。
怠けていたわけじゃない。
確かに勉強は好きじゃなかったし、成績は悪い方でもなかった。
でも……。
家族とは普通に会話はする。
けど、皆がそろう食事の場では、俺は全く喋ることができなかった。
両親は兄と姉にかまってばかりで、こっちに関心を持つことはなかった。
けど考えてみれば普段の会話も、会話じゃないな。
「勉強しなさい」
「テストはいつだ?」
「もう夏休みなのか?」
そんな一方的な会話は会話と言えるだろうか?
こんな風になったのはいつからか。
家族との思い出も、すっかり薄くなっている。
楽しい思い出は……思い出そうとしてもすぐには出てこなくなってしまった。
俺の目の前で、四人が楽しそうに晩ご飯を食べながら会話を楽しんでいる。
そこに俺は混ざれない。
何を言っていいのか分からない。
考える分、なぜか疲労が溜まる感じがする。
ご飯を食べて疲れを感じるってのはどうなんだ?
しかも家族の時間の中で。
「ふーん……アラタって、家族の中でそんな感じなんだ」
背後から声が聞こえた。
驚いて振り向くと、そこにいたのは……。
「な、何……これ……」
人なんだろうけど、全身にモザイクがかかっているような姿。
人んちに勝手に上がり込んだ正体不明の不気味な存在。
家族四人はそれさえも無視している。
「アラタのこと、いらないの? あんた達、家族じゃないの?」
モザイク人間は、家族に向けて問いかけた。
「……いたけりゃいればいい。いたくなければ去ればいい。それだけだ」
父親がその問いに答えた。
一体俺は家族に何をした?
何もしてないだろ?
……いや、したのか。
あの家族会でのこと……。
やっぱり、立場を悪くしてしまったのか。
でもあの時、俺は……。
「じゃああたしが連れてってもいい? いいよね?」
え?
お、俺、父さんと母さんと、兄さんと姉さんと……。
「気を遣って会話に混ざって、そしたらその仕打ち。それでもいたいの?」
「俺が……俺が住める家は……ここしか……」
「あたしが成り代わってもいいんだよ? ただし押し付ける気はまったくないからね?」
「……お前、誰だよ」
「あたしも、……あたしは家族に嫌われたからね。自由に動けるようになってから、家族みんなあたしを置いてどっかに行っちゃった」
俺は……。
こうして、ご飯を用意してもらってる。
みんなと同じ料理……俺だけ体小さいから、その分量は少ないけど。
でもみんなとおんなじで、料理から湯気が立ってる。
ご飯も、味噌汁も。
さすがに冷ややっこからは湯気は出ないけど。
「どこに行っても、誰も止めない。けど、そっちは危ないよ、とか注意されたこともないけどね」
俺は、一緒にいる限りは。
「だからあたしの居場所はどこにもなかった」
……この人、誰だよ。
「でもアラタは、私が休める場所を作ってくれた」
え?
いつ?
って言うか、お前、誰だよ。
手足がどこだか分かるけど、、顔の表情なんか全然見えない。
お前何者だよ!
「アラタ、今あなたの居場所はあるの? ここって言えるの?」
……こうして、僕の分の、ご飯が……。
「今はどうなの? 居場所はあったの?」
……仕事も、辞めさせられた。
誰も、応援してくれなかった。
「言っとくけど、あたしは、別にアラタの居場所になってあげるとか、作ってあげる、なんて言うつもりないから」
……声は女の人だよな。
俺を助けてくれる女神、とかじゃないのか?
「あんたが自分で居場所を作りたいって言うなら手伝ってあげる。あんたが自分で何かをしようする気持ちがあるなら手伝ってあげる」
「お前……何者だよ! 何なんだよ、お前!」
思わず椅子から立ち上がった。
四人は四人で俺をほったらかして、和やかに会話を続けている。
「私? ……私は……家族から捨てられて、死んでも生きてもどうでもいいやって絶望してた。でもおっかしいよね。そんなあたしが、自分の身が危ないと思ったら、助かりたいって思っちゃったんだから。でも、助からない。助かりっこないって思った。今まで誰も助けてくれなかったし嫌われてたから」
何の話だよ。
大体ここ、俺んちだろ?
しかもご飯の時間にずかずかと上がり込んで挨拶一つもしやしない!
「そんなあたしにあんたは、助かりたいのなら助けてやるって言ってくれた。一人で動けるようになるまで付き添ってやるとも言ってくれた。けどそんなことを言う人ってあんたしかいなかった。おかげであたしは一人で動けるようになったし、自由に飛べるようにもなれた」
飛べる?
一体何の話だ?
「あたしはこの先、思うがままに自由に生きていける。だから、自分から、何かに縛られて生きることもできる。ずっとあんたに付き添う生き方も選ぶことができる。だから……苦しかったら苦しいって言ってよ。言わないと分かんないからさ。苦しさを我慢できないことを甘えだなんて言う人もいるけど……それを越えなきゃ立ち上がれないなら、立ち上がりやすくするのが周りの役目だよ」
お前……まさか……。
「いつまでもずっと一緒にいられるとは限んないけどさ。でも、ご飯で足を治してくれる人、他にいないしさ。やらなきゃいけないこともないし。だから、この先あんたにどんなことされても、あたしはあんたを支えてあげる。周りに内緒にしてほしいことがあったら絶対内緒にするから、あたしにできる事なら何でも頼っていいよ」
お前……。
「テン、か?」
「違うよ」
違う?
「テンちゃん、だよ」
やかましい!
「……じゃあこの夢は……」
振り返ると、家族四人はいない。
それどころか、食卓もなく、家の中でもない。
真っ暗な中、俺はテンと二人きりになっていた。
「お前がみせた夢、なのか?」
「まさか。悪いと思ったけど、アラタの夢の中ちらっと見たら、最初からずっと悲しそうにしてたから」
そんな顔、してたのか?
けど……。
「魔獣なら誰でもっていうんじゃないしいつでもって訳じゃないけど、あたしを枕にしてたからね。もともと、眠ってる間にお話しするつもりだったし。……でも、ライムちゃんだっけ? それとヨウミちゃんには内緒ね」
「みんなにちゃんづけか。そんなお前がみんなからちゃん付けで呼んでもらいたいって、どんだけ甘えん坊だよ」
「あたし、まだ子供だもん。年は三桁になったばかりかな?」
「婆さんじゃねぇかよ! いてっ!」
モザイクから馬の足が飛び出してきた。
夢の中で蹴られるとは思わなかった。
「……まだ子供だもーん」
今更可愛く言ったところで何にも感じん。モザイク人間だし。
「……俺は……この世界で……」
「分かってるよ、全部、分かってる。でもあたしは、この世界の誰よりもアラタのこと信じてるから、ね?」
「……そうか。……じゃあ……一緒にいる間に困ったことが起きたら、よろしく頼む」
「うん」
───────
むしろ悪夢だった。
けれど、目覚めた時は、それほど悪くない気分だった。
でもこいつ、女の子だったんだな。
予想もしなかった事実に驚いた。
あ、それから疑惑が一つ湧いた。
こいつ、天馬じゃなくてバクじゃねぇのか? と。
懐かしい、学生時代の頃の夢。
けれど、懐かしいからと言って、中身はいいものとは限らない。
──────
これは……晩ご飯の時だ。
一番上は兄のマコト。
二番目は姉のミノリ。
そして俺。
それに両親が加わって五人。
和やかな雰囲気の中、みんなで食卓を囲っている。
「マコト。お前、美術部の部長になったんだって?」
「ん? あ、あぁ。あんなの、別に父さんに言うほどのことじゃないから……。こないだのテストの点数の順位落としちゃったし」
「学業も重要だが、それ以外の功績もないと、人格的に偏ってると思われかねんからな。それに順位だって学年で一桁キープしてただろ」
「ん、まぁ、ね」
俺もその楽し気な会話に混ざってみた。
「兄さん、そんなすごかったんだ」
なぜか一瞬、会話が途切れ、空気が冷たくなる。
その空気を断つように、姉さんが会話に続いた。
「……兄さん、その言い方なんか鼻につくんだけどー?」
「ミノリ。お前は部活に力入れすぎだな。水泳部だったか? 全国大会に出るとはなぁ。父さんも母さんも仕事があるから応援に行けないぞ?」
「姉さん、水泳部だったんだ。地方予選勝ち抜いたんだね。すごいな」
もう一度混ざってみた。
けど再び会話は途切れ、四人からは冷めた目で見られた。
そして俺の存在がまるで空気のように、姉は言葉を続けた。
「……とかいいつつ、前回は応援に来てくれてありがと、父さん、母さん」
「う……」
「まぁまぁ、お父さん。でもミノリ、一応勉強もしっかりやっときなさいよ?」
「はーい」
「でもミノリはさ、学級ではいい方なんだろ? 学級全体のレベルが上なら、学年順位はそうは落ちないだろ」
「おかげさまで。えへへ」
二人は高校生で、両親はその卒業生。
そして俺はまだ中学生だったが、学力ではとてもその高校に入れそうにない。
両親からは散々勉強しろと言われてたんだが……。
怠けていたわけじゃない。
確かに勉強は好きじゃなかったし、成績は悪い方でもなかった。
でも……。
家族とは普通に会話はする。
けど、皆がそろう食事の場では、俺は全く喋ることができなかった。
両親は兄と姉にかまってばかりで、こっちに関心を持つことはなかった。
けど考えてみれば普段の会話も、会話じゃないな。
「勉強しなさい」
「テストはいつだ?」
「もう夏休みなのか?」
そんな一方的な会話は会話と言えるだろうか?
こんな風になったのはいつからか。
家族との思い出も、すっかり薄くなっている。
楽しい思い出は……思い出そうとしてもすぐには出てこなくなってしまった。
俺の目の前で、四人が楽しそうに晩ご飯を食べながら会話を楽しんでいる。
そこに俺は混ざれない。
何を言っていいのか分からない。
考える分、なぜか疲労が溜まる感じがする。
ご飯を食べて疲れを感じるってのはどうなんだ?
しかも家族の時間の中で。
「ふーん……アラタって、家族の中でそんな感じなんだ」
背後から声が聞こえた。
驚いて振り向くと、そこにいたのは……。
「な、何……これ……」
人なんだろうけど、全身にモザイクがかかっているような姿。
人んちに勝手に上がり込んだ正体不明の不気味な存在。
家族四人はそれさえも無視している。
「アラタのこと、いらないの? あんた達、家族じゃないの?」
モザイク人間は、家族に向けて問いかけた。
「……いたけりゃいればいい。いたくなければ去ればいい。それだけだ」
父親がその問いに答えた。
一体俺は家族に何をした?
何もしてないだろ?
……いや、したのか。
あの家族会でのこと……。
やっぱり、立場を悪くしてしまったのか。
でもあの時、俺は……。
「じゃああたしが連れてってもいい? いいよね?」
え?
お、俺、父さんと母さんと、兄さんと姉さんと……。
「気を遣って会話に混ざって、そしたらその仕打ち。それでもいたいの?」
「俺が……俺が住める家は……ここしか……」
「あたしが成り代わってもいいんだよ? ただし押し付ける気はまったくないからね?」
「……お前、誰だよ」
「あたしも、……あたしは家族に嫌われたからね。自由に動けるようになってから、家族みんなあたしを置いてどっかに行っちゃった」
俺は……。
こうして、ご飯を用意してもらってる。
みんなと同じ料理……俺だけ体小さいから、その分量は少ないけど。
でもみんなとおんなじで、料理から湯気が立ってる。
ご飯も、味噌汁も。
さすがに冷ややっこからは湯気は出ないけど。
「どこに行っても、誰も止めない。けど、そっちは危ないよ、とか注意されたこともないけどね」
俺は、一緒にいる限りは。
「だからあたしの居場所はどこにもなかった」
……この人、誰だよ。
「でもアラタは、私が休める場所を作ってくれた」
え?
いつ?
って言うか、お前、誰だよ。
手足がどこだか分かるけど、、顔の表情なんか全然見えない。
お前何者だよ!
「アラタ、今あなたの居場所はあるの? ここって言えるの?」
……こうして、僕の分の、ご飯が……。
「今はどうなの? 居場所はあったの?」
……仕事も、辞めさせられた。
誰も、応援してくれなかった。
「言っとくけど、あたしは、別にアラタの居場所になってあげるとか、作ってあげる、なんて言うつもりないから」
……声は女の人だよな。
俺を助けてくれる女神、とかじゃないのか?
「あんたが自分で居場所を作りたいって言うなら手伝ってあげる。あんたが自分で何かをしようする気持ちがあるなら手伝ってあげる」
「お前……何者だよ! 何なんだよ、お前!」
思わず椅子から立ち上がった。
四人は四人で俺をほったらかして、和やかに会話を続けている。
「私? ……私は……家族から捨てられて、死んでも生きてもどうでもいいやって絶望してた。でもおっかしいよね。そんなあたしが、自分の身が危ないと思ったら、助かりたいって思っちゃったんだから。でも、助からない。助かりっこないって思った。今まで誰も助けてくれなかったし嫌われてたから」
何の話だよ。
大体ここ、俺んちだろ?
しかもご飯の時間にずかずかと上がり込んで挨拶一つもしやしない!
「そんなあたしにあんたは、助かりたいのなら助けてやるって言ってくれた。一人で動けるようになるまで付き添ってやるとも言ってくれた。けどそんなことを言う人ってあんたしかいなかった。おかげであたしは一人で動けるようになったし、自由に飛べるようにもなれた」
飛べる?
一体何の話だ?
「あたしはこの先、思うがままに自由に生きていける。だから、自分から、何かに縛られて生きることもできる。ずっとあんたに付き添う生き方も選ぶことができる。だから……苦しかったら苦しいって言ってよ。言わないと分かんないからさ。苦しさを我慢できないことを甘えだなんて言う人もいるけど……それを越えなきゃ立ち上がれないなら、立ち上がりやすくするのが周りの役目だよ」
お前……まさか……。
「いつまでもずっと一緒にいられるとは限んないけどさ。でも、ご飯で足を治してくれる人、他にいないしさ。やらなきゃいけないこともないし。だから、この先あんたにどんなことされても、あたしはあんたを支えてあげる。周りに内緒にしてほしいことがあったら絶対内緒にするから、あたしにできる事なら何でも頼っていいよ」
お前……。
「テン、か?」
「違うよ」
違う?
「テンちゃん、だよ」
やかましい!
「……じゃあこの夢は……」
振り返ると、家族四人はいない。
それどころか、食卓もなく、家の中でもない。
真っ暗な中、俺はテンと二人きりになっていた。
「お前がみせた夢、なのか?」
「まさか。悪いと思ったけど、アラタの夢の中ちらっと見たら、最初からずっと悲しそうにしてたから」
そんな顔、してたのか?
けど……。
「魔獣なら誰でもっていうんじゃないしいつでもって訳じゃないけど、あたしを枕にしてたからね。もともと、眠ってる間にお話しするつもりだったし。……でも、ライムちゃんだっけ? それとヨウミちゃんには内緒ね」
「みんなにちゃんづけか。そんなお前がみんなからちゃん付けで呼んでもらいたいって、どんだけ甘えん坊だよ」
「あたし、まだ子供だもん。年は三桁になったばかりかな?」
「婆さんじゃねぇかよ! いてっ!」
モザイクから馬の足が飛び出してきた。
夢の中で蹴られるとは思わなかった。
「……まだ子供だもーん」
今更可愛く言ったところで何にも感じん。モザイク人間だし。
「……俺は……この世界で……」
「分かってるよ、全部、分かってる。でもあたしは、この世界の誰よりもアラタのこと信じてるから、ね?」
「……そうか。……じゃあ……一緒にいる間に困ったことが起きたら、よろしく頼む」
「うん」
───────
むしろ悪夢だった。
けれど、目覚めた時は、それほど悪くない気分だった。
でもこいつ、女の子だったんだな。
予想もしなかった事実に驚いた。
あ、それから疑惑が一つ湧いた。
こいつ、天馬じゃなくてバクじゃねぇのか? と。
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