勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ

文字の大きさ
上 下
37 / 493
三波新、放浪編

天馬の体毛と羽根に包まれた中で

しおりを挟む
 その夜、俺は夢を見た。
 懐かしい、学生時代の頃の夢。
 けれど、懐かしいからと言って、中身はいいものとは限らない。

 ──────

 これは……晩ご飯の時だ。
 一番上は兄のマコト。
 二番目は姉のミノリ。
 そして俺。
 それに両親が加わって五人。
 和やかな雰囲気の中、みんなで食卓を囲っている。

「マコト。お前、美術部の部長になったんだって?」
「ん? あ、あぁ。あんなの、別に父さんに言うほどのことじゃないから……。こないだのテストの点数の順位落としちゃったし」
「学業も重要だが、それ以外の功績もないと、人格的に偏ってると思われかねんからな。それに順位だって学年で一桁キープしてただろ」
「ん、まぁ、ね」

 俺もその楽し気な会話に混ざってみた。

「兄さん、そんなすごかったんだ」

 なぜか一瞬、会話が途切れ、空気が冷たくなる。
 その空気を断つように、姉さんが会話に続いた。

「……兄さん、その言い方なんか鼻につくんだけどー?」
「ミノリ。お前は部活に力入れすぎだな。水泳部だったか? 全国大会に出るとはなぁ。父さんも母さんも仕事があるから応援に行けないぞ?」
「姉さん、水泳部だったんだ。地方予選勝ち抜いたんだね。すごいな」

 もう一度混ざってみた。
 けど再び会話は途切れ、四人からは冷めた目で見られた。
 そして俺の存在がまるで空気のように、姉は言葉を続けた。

「……とかいいつつ、前回は応援に来てくれてありがと、父さん、母さん」
「う……」
「まぁまぁ、お父さん。でもミノリ、一応勉強もしっかりやっときなさいよ?」
「はーい」
「でもミノリはさ、学級ではいい方なんだろ? 学級全体のレベルが上なら、学年順位はそうは落ちないだろ」
「おかげさまで。えへへ」

 二人は高校生で、両親はその卒業生。
 そして俺はまだ中学生だったが、学力ではとてもその高校に入れそうにない。
 両親からは散々勉強しろと言われてたんだが……。
 怠けていたわけじゃない。
 確かに勉強は好きじゃなかったし、成績は悪い方でもなかった。
 でも……。

 家族とは普通に会話はする。
 けど、皆がそろう食事の場では、俺は全く喋ることができなかった。
 両親は兄と姉にかまってばかりで、こっちに関心を持つことはなかった。
 けど考えてみれば普段の会話も、会話じゃないな。

「勉強しなさい」
「テストはいつだ?」
「もう夏休みなのか?」

 そんな一方的な会話は会話と言えるだろうか?
 こんな風になったのはいつからか。
 家族との思い出も、すっかり薄くなっている。
 楽しい思い出は……思い出そうとしてもすぐには出てこなくなってしまった。

 俺の目の前で、四人が楽しそうに晩ご飯を食べながら会話を楽しんでいる。
 そこに俺は混ざれない。
 何を言っていいのか分からない。
 考える分、なぜか疲労が溜まる感じがする。
 ご飯を食べて疲れを感じるってのはどうなんだ?
 しかも家族の時間の中で。

「ふーん……アラタって、家族の中でそんな感じなんだ」

 背後から声が聞こえた。
 驚いて振り向くと、そこにいたのは……。

「な、何……これ……」

 人なんだろうけど、全身にモザイクがかかっているような姿。
 人んちに勝手に上がり込んだ正体不明の不気味な存在。
 家族四人はそれさえも無視している。

「アラタのこと、いらないの? あんた達、家族じゃないの?」

 モザイク人間は、家族に向けて問いかけた。

「……いたけりゃいればいい。いたくなければ去ればいい。それだけだ」

 父親がその問いに答えた。
 一体俺は家族に何をした?
 何もしてないだろ?

 ……いや、したのか。
 あの家族会でのこと……。
 やっぱり、立場を悪くしてしまったのか。
 でもあの時、俺は……。

「じゃああたしが連れてってもいい? いいよね?」

 え?
 お、俺、父さんと母さんと、兄さんと姉さんと……。

「気を遣って会話に混ざって、そしたらその仕打ち。それでもいたいの?」
「俺が……俺が住める家は……ここしか……」
「あたしが成り代わってもいいんだよ? ただし押し付ける気はまったくないからね?」
「……お前、誰だよ」
「あたしも、……あたしは家族に嫌われたからね。自由に動けるようになってから、家族みんなあたしを置いてどっかに行っちゃった」

 俺は……。
 こうして、ご飯を用意してもらってる。
 みんなと同じ料理……俺だけ体小さいから、その分量は少ないけど。
 でもみんなとおんなじで、料理から湯気が立ってる。
 ご飯も、味噌汁も。
 さすがに冷ややっこからは湯気は出ないけど。

「どこに行っても、誰も止めない。けど、そっちは危ないよ、とか注意されたこともないけどね」

 俺は、一緒にいる限りは。

「だからあたしの居場所はどこにもなかった」

 ……この人、誰だよ。

「でもアラタは、私が休める場所を作ってくれた」

 え?
 いつ?
 って言うか、お前、誰だよ。
 手足がどこだか分かるけど、、顔の表情なんか全然見えない。
 お前何者だよ!

「アラタ、今あなたの居場所はあるの? ここって言えるの?」

 ……こうして、僕の分の、ご飯が……。

「今はどうなの? 居場所はあったの?」

 ……仕事も、辞めさせられた。
 誰も、応援してくれなかった。

「言っとくけど、あたしは、別にアラタの居場所になってあげるとか、作ってあげる、なんて言うつもりないから」

 ……声は女の人だよな。
 俺を助けてくれる女神、とかじゃないのか?

「あんたが自分で居場所を作りたいって言うなら手伝ってあげる。あんたが自分で何かをしようする気持ちがあるなら手伝ってあげる」
「お前……何者だよ! 何なんだよ、お前!」

 思わず椅子から立ち上がった。
 四人は四人で俺をほったらかして、和やかに会話を続けている。

「私? ……私は……家族から捨てられて、死んでも生きてもどうでもいいやって絶望してた。でもおっかしいよね。そんなあたしが、自分の身が危ないと思ったら、助かりたいって思っちゃったんだから。でも、助からない。助かりっこないって思った。今まで誰も助けてくれなかったし嫌われてたから」

 何の話だよ。
 大体ここ、俺んちだろ?
 しかもご飯の時間にずかずかと上がり込んで挨拶一つもしやしない!

「そんなあたしにあんたは、助かりたいのなら助けてやるって言ってくれた。一人で動けるようになるまで付き添ってやるとも言ってくれた。けどそんなことを言う人ってあんたしかいなかった。おかげであたしは一人で動けるようになったし、自由に飛べるようにもなれた」

 飛べる?
 一体何の話だ?

「あたしはこの先、思うがままに自由に生きていける。だから、自分から、何かに縛られて生きることもできる。ずっとあんたに付き添う生き方も選ぶことができる。だから……苦しかったら苦しいって言ってよ。言わないと分かんないからさ。苦しさを我慢できないことを甘えだなんて言う人もいるけど……それを越えなきゃ立ち上がれないなら、立ち上がりやすくするのが周りの役目だよ」

 お前……まさか……。

「いつまでもずっと一緒にいられるとは限んないけどさ。でも、ご飯で足を治してくれる人、他にいないしさ。やらなきゃいけないこともないし。だから、この先あんたにどんなことされても、あたしはあんたを支えてあげる。周りに内緒にしてほしいことがあったら絶対内緒にするから、あたしにできる事なら何でも頼っていいよ」

 お前……。

「テン、か?」
「違うよ」

 違う?

「テンちゃん、だよ」

 やかましい!

「……じゃあこの夢は……」

 振り返ると、家族四人はいない。
 それどころか、食卓もなく、家の中でもない。
 真っ暗な中、俺はテンと二人きりになっていた。

「お前がみせた夢、なのか?」
「まさか。悪いと思ったけど、アラタの夢の中ちらっと見たら、最初からずっと悲しそうにしてたから」

 そんな顔、してたのか?
 けど……。

「魔獣なら誰でもっていうんじゃないしいつでもって訳じゃないけど、あたしを枕にしてたからね。もともと、眠ってる間にお話しするつもりだったし。……でも、ライムちゃんだっけ? それとヨウミちゃんには内緒ね」
「みんなにちゃんづけか。そんなお前がみんなからちゃん付けで呼んでもらいたいって、どんだけ甘えん坊だよ」
「あたし、まだ子供だもん。年は三桁になったばかりかな?」
「婆さんじゃねぇかよ! いてっ!」

 モザイクから馬の足が飛び出してきた。
 夢の中で蹴られるとは思わなかった。

「……まだ子供だもーん」

 今更可愛く言ったところで何にも感じん。モザイク人間だし。

「……俺は……この世界で……」
「分かってるよ、全部、分かってる。でもあたしは、この世界の誰よりもアラタのこと信じてるから、ね?」
「……そうか。……じゃあ……一緒にいる間に困ったことが起きたら、よろしく頼む」
「うん」

 ───────

 むしろ悪夢だった。
 けれど、目覚めた時は、それほど悪くない気分だった。
 でもこいつ、女の子だったんだな。
 予想もしなかった事実に驚いた。

 あ、それから疑惑が一つ湧いた。

 こいつ、天馬じゃなくてバクじゃねぇのか? と。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった… それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく… ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

スキルが覚醒してパーティーに貢献していたつもりだったが、追放されてしまいました ~今度から新たに出来た仲間と頑張ります~

黒色の猫
ファンタジー
 孤児院出身の僕は10歳になり、教会でスキル授与の儀式を受けた。  僕が授かったスキルは『眠る』という、意味不明なスキルただ1つだけだった。  そんな僕でも、仲間にいれてくれた、幼馴染みたちとパーティーを組み僕たちは、冒険者になった。  それから、5年近くがたった。  5年の間に、覚醒したスキルを使ってパーティーに、貢献したつもりだったのだが、そんな僕に、仲間たちから言い渡されたのは、パーティーからの追放宣言だった。

最強超人は異世界にてスマホを使う

萩場ぬし
ファンタジー
主人公、柏木 和(かしわぎ かず)は「武人」と呼ばれる武術を極めんとする者であり、ある日祖父から自分が世界で最強であることを知らされたのだった。 そして次の瞬間、自宅のコタツにいたはずの和は見知らぬ土地で寝転がっていた―― 「……いや草」

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...