36 / 493
三波新、放浪編
リクエストに応えたのは天馬
しおりを挟む
他の行商人達の商売は分からない。
俺達の収入というか、純利益は微々たるものだ。
なんせ単価が安い。
塩とかの仕入れも微々たるものだが。
で、今回の魔獣救出の件では収入は全くなく、その仕入れ代の分が赤字になる。
が、ロープなどの日用品の消耗もある。
だから本当は、さらなる支出は避けたかったんだが、連日の雨の日の野宿ということもあって、久しぶりの宿で宿泊となった。
旗手の連中は魔物退治の真っ最中だろう。
ギルドの方もまだごたごたしていると聞く。
それでも一応設備が整った宿は選んだ。
巻き沿いにする気はなかったが、ヨウミもあの魔獣の救出に首を突っ込んできた。
余計な世話と思ったが、疲労は撤回したりさせたりすることはできない。
回復するには、それなりに気持ちもゆったりできるところを、ということだ。
せっかく横槍を入れてくる奴らは来そうにないのだから。
「……結局、俺がもう少し奴らの領域に踏み込んで商売するという実験って言うか……試行? やれなかったな」
「あ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れてた。あはは」
アハハどころじゃないんだが。
まあそんな横槍はないと思うからこその笑い声。
聞いてて悪い気はしない。
でも実際いないだろ?
いるとしたら王族……王宮の連中くらいか。
それに連中が動くとしたら、警備隊がまず先だろう。
いわゆる俺の世界での警察のようなもんだ。
が、警察よりもいろいろ動くことができるらしい。
疑わしい人間がいる、という情報だけで動くらしいから。
俺が手配されていた時も、結構盛んに動いていたらしい。
が今は……まぁ来ることはないだろう。
そういう意味で、外は静かな夜。
冒険者達の酔っぱらいの声でうるさい酒場ではあるが。
「そう言えば、確かに人数は少ないかもね」
「何が?」
「こないだ話聞いたじゃない。冒険者業引退した人は復帰しないって」
「あぁ……」
冒険者の絶対数が大幅に減ったらしい。
引退した彼らも現役の時は、夜にはこんな店で大騒ぎしていたんだろう。
その人数も減った、ということだ。
俺が見知った冒険者達は数えるほどで、ほとんどの冒険者のことは全く知らない。
けれども、その賑やかさが薄らいだ感じがするのは、何となく分かる。
ずっと彼らの生活などに無関心だった俺が、しんみりできる立場じゃないしそんな気持ちにはなれないが、やっぱり何となく……。
「だあっ! こいつ、何なんだ!」
「おい! そっち押さえろ!」
この宿と酒場の用心棒たちの声が荒ぶっている。
何者かが業を煮やして俺に向かって襲撃しに来たか?
実際、その気配が突然現れた。
しかもそれを感じ取ったのは、その声が耳に入ってから。
けれど、何だこの気配は。
が、実物を見た方が良さそうだ。
って言うか、そいつはもうすでに酒場の入り口……。
「おい、ヨウミ……」
「うん……」
ヨウミもそいつの姿を見た。
そこにいたのは……。
「何で……」
「……あぁ……」
「何でテンちゃんがここに来るのよ!」
「俺が知るかよ!」
灰色の、翼を持った六本足の馬がそこにいた。
中に入ろうと頑張ってるが、用心棒や冒険者達に押さえられている。
縁起が悪いとか言ってる場合じゃない。
俺とヨウミの叫び声は、店内にいる人間全員の騒ぎ声でかき消された。
「裏口から逃げようか」
「どうしてそうなるの! 私達に……会いに来たんじゃない……?」
この店の主達にどんだけ詫びを入れたらいいか分からん。
晴れやかな気分がどん底に落ちていった。
※
「……ひどい目に遭った」
「ほんとに……」
店の主、用心棒達、酔っ払い達から怒鳴られに怒鳴られまくった。
俺が近づくとこいつは大人しくなったもんだから、言い逃れもごまかしも利かない。
宿泊代はすでに支払い済み。
妥協案として、俺の荷車がある車庫に連れてった。
「……何なんだよ、お前は」
声をかけると、俺に向かって鼻息を一つ飛ばしてソッポを向く。
面倒くせえ奴がまた一人、いや、一体増えた。
「それにしても俺がいる場所よく分かっ……」
そこまで言いかけて愕然とした。
まさか、この町の宿中の宿を虱潰しに探したんじゃあるまいな?
「匂いとかで分かったんじゃない? でもどうして……旗手達はどうしたの?」
「放置かな? まぁあの時は助かったが、助けてもらう義理はないぜ? 助けてやったから、とか、そんな縛りはしたくないしな」
言い終えた途端、天馬は俺の方を向いてまたも鼻息を一つ飛ばした。
「うわっ! 何なんだよ……。何怒ってんだ、こいつ」
「どうしたの? テンちゃん。そんなに不機嫌になって。機嫌治して、ね?」
またソッポを向く。
何だよこいつ。ツンデレか?
それにしてもこいつのせいで、今夜は部屋で泊まれそうにもない。
実利的な意味で疫病神だな。
「あ、ライム、どうし……あら」
荷車の中で寝ているものだと思ってたライムが飛び降りてきた。
そして寝そべる天馬のお腹に入り込む。
「ま、こいつなら潰されることはないか。……で、こいつ、どうやって自然に戻そうか……ん?」
またこっちを睨む。
何なんだよほんとに。
せっかくの部屋での宿泊を台無しにした上に、俺を見る顔が不機嫌なまま。
「大体、お前が助けてほしいって思ったんだろうが。それに応えただけ。それだけだ。見返りなんて求めるつもりは全くないんだからな?! あとは好き勝手にしろってのに、まるで俺が恩着せがましいことを言ってるみてぇじゃねえか!」
床に伏した天馬は、また横を向いて、前に投げ出した前足の上に首を寝かした。
「……あれ? それって……」
「何だよ」
今度はヨウミの様子が変だ。
腕組みをして何か考え込んでいる。
考える材料があったか?
「だって……なんでテンちゃん、寝そべってるの?」
「あ?」
「だってアラタはテンちゃんに、好きなとこに行けって言いたいんでしょ?」
「あぁ。でも悲しいかな、言葉が通じないんだろ」
俺の答えはヨウミが納得できる物らしく、何度か頷いている。
「魔獣の中には、言葉を理解できるのもいるらしいって話は聞いたことあるわよ? だってテンちゃん、あの時旗手達を向こう岸に連れてったじゃない。普通ならどこかの町に連れてくもんじゃない? あそこから一番近い町って、あの洞窟の所から近い町だったのよ?」
話が飛んでるぞ。
今現状をどうしようかって話じゃないのか。
「それで?」
「あたしたち、あの時、橋が流された、向こうに行きたいって話してたわよね?」
「してたな。それで?」
「空に鳥が飛んでたと思ってたんだけど、あれ、テンちゃんだったのよ」
夢物語もいい加減にしろ。
あんな空高く飛んでて、なんで俺達の会話が聞こえてんだよ。
「魔獣は感覚がいいからね。動物よりも鋭いのよ。つまり、私達の話も当然理解してるものと思っていいわ」
「だとしてだ。それがどうして……」
「アラタは『自分の好きにしていい』としか言ってないのよね」
「だから、それが」
「だからテンちゃんは、こうして好きにしてるのよ。ここで、リラックスしてる」
俺は言葉を失った。
あとは好きにしろ、と、確かにそんなニュアンスなことは言った。
その好きなことがこれ……。
いや、これだけじゃない。
あの旗手の連中に対してしたことも……あ。
「そう言えば、あいつらのこと面倒な連中みたいなことも言ったような」
「あー……それも聞いてたんじゃないかな?」
「何で……何でこいつ……」
頭がパニックを起こしている。
こいつ、野生の魔獣だろ?
泉とかで出てきた魔獣じゃないはずだ。
そんな魔獣と出くわしたことはないが、感じる気性はまるで違う。
「……ねぇ、アラタ」
「何だよ」
「見返りを求めないって言ってたわよね」
「あ? あぁ。何度も言うが、大した用件でもないのにわざと恩着せがましいことを言う連中に囲まれて仕事してたからな。あんなのはもううんざりだ」
天馬が俺の方を見て、大きな羽根を小さく動かして、自分の腹を叩いている。
何だよ、その仕草。
「アラタの心境はどうあれ、危険な場所に移動してまで助けて、それで報酬も見返りもいらないって言うんだよね?」
「いらねぇよ。俺達に必要な物を揃えることができたとしてもいらねぇよ。それを目的にする気もねぇし」
「それってさ」
「何だよ」
「家族みたいだよね。あはは」
あははじゃ……。
家族?
いや、言葉、通じねぇし。
「テンちゃんも、さっきからお腹ポンポンしてるけど、ここで寝ろってことじゃないの? ライムもそこにいるし」
「お、おまっ……」
天馬はまたも鼻息を一つ飛ばす。
「ぷっ。あははは」
「今度は何だよ!」
「テンちゃん、まるで『ツンデレの相手、面倒』って感情がぴったりの仕草するんだもん。お、可笑しすぎるっ。あははは」
「なっ……」
絶句。
そしてしばらく天馬を見る。
俺だって面倒……。
いや、今ヨウミ、なんつった?
……家族?
俺の家族は……あまりそんな感じじゃなかったが、世の家族ってば……。
「あたしも寝よっと! アラタもおいでっ!」
天馬の体を気にすることなく、お腹に頭を当てて枕のようにして仰向けになる。
天馬は羽根を器用に動かして、まるで掛布団のようにヨウミの体の上に置く。
こいつ……。
大体俺はツンデレキャラのつもりはないっ!
ツンデレってのは、例えばこいつの場合は「寝ないなら勝手にすれば? 来るなら寝せてやってもいいけど」みたいな感じで無関心を装……。
……ずっと見られてる。
無関心な素振りは、していない。
ソッポ向いてたのは、俺に飽きれた態度を取っただけなのか。
「俺は……。いいか、俺は、お前に、何かをしてもらいたいために助けたんじゃないんだからな!」
だから、ヨウミのようにこいつの腹を枕にして、こいつの体に包まれて眠りたいという欲もない。
ないのだが……。
「そういう関係って、まるで家族だよね……」
「お前……」
「血が繋がってるとか、種族とかじゃなくて、気持ちの問題。アラタも、ライムも、そしてテンちゃんも、そばにいてくれたら安心できるもん」
「俺が自分の世界に帰ることになったとしても……」
「アラタはこの世界からいなくなるかもしれないけど、でもアラタの世界にはいるんでしょ?」
「そりゃ」
「ずっといる?」
沈黙。
答えられなかった。
生きづらかったしな。
戻ってからどうなるかなんて、この世界に留まり続けることと同じくらいに想像がつかない。
「ずっといてくれるなら、安心できるよ。自分の世界に戻って生活しているアラタに負けてらんないって」
勝ち負けの話じゃねぇよ。
そんなんじゃないだろ……。
「自分の世界に戻っても、この世界に居続けても、あたしは……同じ時間を……アラタと過ごしてる……って思え……から……」
眠ったのか。
天馬は……まだ俺の方を見てる。
「……お前は、俺に縛られながら生きていくことになるんだぞ? この世界に居続けても、いなくなっても、だ」
またも鼻息を一つ。
そして眠そうな目になりながら、またも羽根を少しはためかせた。
俺は二十年以上生きてきて、まだ家族というものをよく知らなかったらしい。
「……文句があるとすれば一つだけ。ヨウミのネーミングセンス、おれのこと笑えねぇはずだぞ? ……テン、お前の腹、借りるぞ」
俺は天馬の羽根に包まれ、そして深い眠りに入った。
俺達の収入というか、純利益は微々たるものだ。
なんせ単価が安い。
塩とかの仕入れも微々たるものだが。
で、今回の魔獣救出の件では収入は全くなく、その仕入れ代の分が赤字になる。
が、ロープなどの日用品の消耗もある。
だから本当は、さらなる支出は避けたかったんだが、連日の雨の日の野宿ということもあって、久しぶりの宿で宿泊となった。
旗手の連中は魔物退治の真っ最中だろう。
ギルドの方もまだごたごたしていると聞く。
それでも一応設備が整った宿は選んだ。
巻き沿いにする気はなかったが、ヨウミもあの魔獣の救出に首を突っ込んできた。
余計な世話と思ったが、疲労は撤回したりさせたりすることはできない。
回復するには、それなりに気持ちもゆったりできるところを、ということだ。
せっかく横槍を入れてくる奴らは来そうにないのだから。
「……結局、俺がもう少し奴らの領域に踏み込んで商売するという実験って言うか……試行? やれなかったな」
「あ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れてた。あはは」
アハハどころじゃないんだが。
まあそんな横槍はないと思うからこその笑い声。
聞いてて悪い気はしない。
でも実際いないだろ?
いるとしたら王族……王宮の連中くらいか。
それに連中が動くとしたら、警備隊がまず先だろう。
いわゆる俺の世界での警察のようなもんだ。
が、警察よりもいろいろ動くことができるらしい。
疑わしい人間がいる、という情報だけで動くらしいから。
俺が手配されていた時も、結構盛んに動いていたらしい。
が今は……まぁ来ることはないだろう。
そういう意味で、外は静かな夜。
冒険者達の酔っぱらいの声でうるさい酒場ではあるが。
「そう言えば、確かに人数は少ないかもね」
「何が?」
「こないだ話聞いたじゃない。冒険者業引退した人は復帰しないって」
「あぁ……」
冒険者の絶対数が大幅に減ったらしい。
引退した彼らも現役の時は、夜にはこんな店で大騒ぎしていたんだろう。
その人数も減った、ということだ。
俺が見知った冒険者達は数えるほどで、ほとんどの冒険者のことは全く知らない。
けれども、その賑やかさが薄らいだ感じがするのは、何となく分かる。
ずっと彼らの生活などに無関心だった俺が、しんみりできる立場じゃないしそんな気持ちにはなれないが、やっぱり何となく……。
「だあっ! こいつ、何なんだ!」
「おい! そっち押さえろ!」
この宿と酒場の用心棒たちの声が荒ぶっている。
何者かが業を煮やして俺に向かって襲撃しに来たか?
実際、その気配が突然現れた。
しかもそれを感じ取ったのは、その声が耳に入ってから。
けれど、何だこの気配は。
が、実物を見た方が良さそうだ。
って言うか、そいつはもうすでに酒場の入り口……。
「おい、ヨウミ……」
「うん……」
ヨウミもそいつの姿を見た。
そこにいたのは……。
「何で……」
「……あぁ……」
「何でテンちゃんがここに来るのよ!」
「俺が知るかよ!」
灰色の、翼を持った六本足の馬がそこにいた。
中に入ろうと頑張ってるが、用心棒や冒険者達に押さえられている。
縁起が悪いとか言ってる場合じゃない。
俺とヨウミの叫び声は、店内にいる人間全員の騒ぎ声でかき消された。
「裏口から逃げようか」
「どうしてそうなるの! 私達に……会いに来たんじゃない……?」
この店の主達にどんだけ詫びを入れたらいいか分からん。
晴れやかな気分がどん底に落ちていった。
※
「……ひどい目に遭った」
「ほんとに……」
店の主、用心棒達、酔っ払い達から怒鳴られに怒鳴られまくった。
俺が近づくとこいつは大人しくなったもんだから、言い逃れもごまかしも利かない。
宿泊代はすでに支払い済み。
妥協案として、俺の荷車がある車庫に連れてった。
「……何なんだよ、お前は」
声をかけると、俺に向かって鼻息を一つ飛ばしてソッポを向く。
面倒くせえ奴がまた一人、いや、一体増えた。
「それにしても俺がいる場所よく分かっ……」
そこまで言いかけて愕然とした。
まさか、この町の宿中の宿を虱潰しに探したんじゃあるまいな?
「匂いとかで分かったんじゃない? でもどうして……旗手達はどうしたの?」
「放置かな? まぁあの時は助かったが、助けてもらう義理はないぜ? 助けてやったから、とか、そんな縛りはしたくないしな」
言い終えた途端、天馬は俺の方を向いてまたも鼻息を一つ飛ばした。
「うわっ! 何なんだよ……。何怒ってんだ、こいつ」
「どうしたの? テンちゃん。そんなに不機嫌になって。機嫌治して、ね?」
またソッポを向く。
何だよこいつ。ツンデレか?
それにしてもこいつのせいで、今夜は部屋で泊まれそうにもない。
実利的な意味で疫病神だな。
「あ、ライム、どうし……あら」
荷車の中で寝ているものだと思ってたライムが飛び降りてきた。
そして寝そべる天馬のお腹に入り込む。
「ま、こいつなら潰されることはないか。……で、こいつ、どうやって自然に戻そうか……ん?」
またこっちを睨む。
何なんだよほんとに。
せっかくの部屋での宿泊を台無しにした上に、俺を見る顔が不機嫌なまま。
「大体、お前が助けてほしいって思ったんだろうが。それに応えただけ。それだけだ。見返りなんて求めるつもりは全くないんだからな?! あとは好き勝手にしろってのに、まるで俺が恩着せがましいことを言ってるみてぇじゃねえか!」
床に伏した天馬は、また横を向いて、前に投げ出した前足の上に首を寝かした。
「……あれ? それって……」
「何だよ」
今度はヨウミの様子が変だ。
腕組みをして何か考え込んでいる。
考える材料があったか?
「だって……なんでテンちゃん、寝そべってるの?」
「あ?」
「だってアラタはテンちゃんに、好きなとこに行けって言いたいんでしょ?」
「あぁ。でも悲しいかな、言葉が通じないんだろ」
俺の答えはヨウミが納得できる物らしく、何度か頷いている。
「魔獣の中には、言葉を理解できるのもいるらしいって話は聞いたことあるわよ? だってテンちゃん、あの時旗手達を向こう岸に連れてったじゃない。普通ならどこかの町に連れてくもんじゃない? あそこから一番近い町って、あの洞窟の所から近い町だったのよ?」
話が飛んでるぞ。
今現状をどうしようかって話じゃないのか。
「それで?」
「あたしたち、あの時、橋が流された、向こうに行きたいって話してたわよね?」
「してたな。それで?」
「空に鳥が飛んでたと思ってたんだけど、あれ、テンちゃんだったのよ」
夢物語もいい加減にしろ。
あんな空高く飛んでて、なんで俺達の会話が聞こえてんだよ。
「魔獣は感覚がいいからね。動物よりも鋭いのよ。つまり、私達の話も当然理解してるものと思っていいわ」
「だとしてだ。それがどうして……」
「アラタは『自分の好きにしていい』としか言ってないのよね」
「だから、それが」
「だからテンちゃんは、こうして好きにしてるのよ。ここで、リラックスしてる」
俺は言葉を失った。
あとは好きにしろ、と、確かにそんなニュアンスなことは言った。
その好きなことがこれ……。
いや、これだけじゃない。
あの旗手の連中に対してしたことも……あ。
「そう言えば、あいつらのこと面倒な連中みたいなことも言ったような」
「あー……それも聞いてたんじゃないかな?」
「何で……何でこいつ……」
頭がパニックを起こしている。
こいつ、野生の魔獣だろ?
泉とかで出てきた魔獣じゃないはずだ。
そんな魔獣と出くわしたことはないが、感じる気性はまるで違う。
「……ねぇ、アラタ」
「何だよ」
「見返りを求めないって言ってたわよね」
「あ? あぁ。何度も言うが、大した用件でもないのにわざと恩着せがましいことを言う連中に囲まれて仕事してたからな。あんなのはもううんざりだ」
天馬が俺の方を見て、大きな羽根を小さく動かして、自分の腹を叩いている。
何だよ、その仕草。
「アラタの心境はどうあれ、危険な場所に移動してまで助けて、それで報酬も見返りもいらないって言うんだよね?」
「いらねぇよ。俺達に必要な物を揃えることができたとしてもいらねぇよ。それを目的にする気もねぇし」
「それってさ」
「何だよ」
「家族みたいだよね。あはは」
あははじゃ……。
家族?
いや、言葉、通じねぇし。
「テンちゃんも、さっきからお腹ポンポンしてるけど、ここで寝ろってことじゃないの? ライムもそこにいるし」
「お、おまっ……」
天馬はまたも鼻息を一つ飛ばす。
「ぷっ。あははは」
「今度は何だよ!」
「テンちゃん、まるで『ツンデレの相手、面倒』って感情がぴったりの仕草するんだもん。お、可笑しすぎるっ。あははは」
「なっ……」
絶句。
そしてしばらく天馬を見る。
俺だって面倒……。
いや、今ヨウミ、なんつった?
……家族?
俺の家族は……あまりそんな感じじゃなかったが、世の家族ってば……。
「あたしも寝よっと! アラタもおいでっ!」
天馬の体を気にすることなく、お腹に頭を当てて枕のようにして仰向けになる。
天馬は羽根を器用に動かして、まるで掛布団のようにヨウミの体の上に置く。
こいつ……。
大体俺はツンデレキャラのつもりはないっ!
ツンデレってのは、例えばこいつの場合は「寝ないなら勝手にすれば? 来るなら寝せてやってもいいけど」みたいな感じで無関心を装……。
……ずっと見られてる。
無関心な素振りは、していない。
ソッポ向いてたのは、俺に飽きれた態度を取っただけなのか。
「俺は……。いいか、俺は、お前に、何かをしてもらいたいために助けたんじゃないんだからな!」
だから、ヨウミのようにこいつの腹を枕にして、こいつの体に包まれて眠りたいという欲もない。
ないのだが……。
「そういう関係って、まるで家族だよね……」
「お前……」
「血が繋がってるとか、種族とかじゃなくて、気持ちの問題。アラタも、ライムも、そしてテンちゃんも、そばにいてくれたら安心できるもん」
「俺が自分の世界に帰ることになったとしても……」
「アラタはこの世界からいなくなるかもしれないけど、でもアラタの世界にはいるんでしょ?」
「そりゃ」
「ずっといる?」
沈黙。
答えられなかった。
生きづらかったしな。
戻ってからどうなるかなんて、この世界に留まり続けることと同じくらいに想像がつかない。
「ずっといてくれるなら、安心できるよ。自分の世界に戻って生活しているアラタに負けてらんないって」
勝ち負けの話じゃねぇよ。
そんなんじゃないだろ……。
「自分の世界に戻っても、この世界に居続けても、あたしは……同じ時間を……アラタと過ごしてる……って思え……から……」
眠ったのか。
天馬は……まだ俺の方を見てる。
「……お前は、俺に縛られながら生きていくことになるんだぞ? この世界に居続けても、いなくなっても、だ」
またも鼻息を一つ。
そして眠そうな目になりながら、またも羽根を少しはためかせた。
俺は二十年以上生きてきて、まだ家族というものをよく知らなかったらしい。
「……文句があるとすれば一つだけ。ヨウミのネーミングセンス、おれのこと笑えねぇはずだぞ? ……テン、お前の腹、借りるぞ」
俺は天馬の羽根に包まれ、そして深い眠りに入った。
0
お気に入りに追加
1,585
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
貴方の隣で私は異世界を謳歌する
紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰?
あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。
わたし、どうなるの?
不定期更新 00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる