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三波新、放浪編

リクエストに応えたのは天馬

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 他の行商人達の商売は分からない。
 俺達の収入というか、純利益は微々たるものだ。
 なんせ単価が安い。
 塩とかの仕入れも微々たるものだが。
 で、今回の魔獣救出の件では収入は全くなく、その仕入れ代の分が赤字になる。
 が、ロープなどの日用品の消耗もある。
 だから本当は、さらなる支出は避けたかったんだが、連日の雨の日の野宿ということもあって、久しぶりの宿で宿泊となった。

 旗手の連中は魔物退治の真っ最中だろう。
 ギルドの方もまだごたごたしていると聞く。
 それでも一応設備が整った宿は選んだ。
 巻き沿いにする気はなかったが、ヨウミもあの魔獣の救出に首を突っ込んできた。
 余計な世話と思ったが、疲労は撤回したりさせたりすることはできない。
 回復するには、それなりに気持ちもゆったりできるところを、ということだ。
 せっかく横槍を入れてくる奴らは来そうにないのだから。

「……結局、俺がもう少し奴らの領域に踏み込んで商売するという実験って言うか……試行? やれなかったな」
「あ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れてた。あはは」

 アハハどころじゃないんだが。
 まあそんな横槍はないと思うからこその笑い声。
 聞いてて悪い気はしない。

 でも実際いないだろ?
 いるとしたら王族……王宮の連中くらいか。
 それに連中が動くとしたら、警備隊がまず先だろう。
 いわゆる俺の世界での警察のようなもんだ。
 が、警察よりもいろいろ動くことができるらしい。
 疑わしい人間がいる、という情報だけで動くらしいから。
 俺が手配されていた時も、結構盛んに動いていたらしい。
 が今は……まぁ来ることはないだろう。
 そういう意味で、外は静かな夜。
 冒険者達の酔っぱらいの声でうるさい酒場ではあるが。

「そう言えば、確かに人数は少ないかもね」
「何が?」
「こないだ話聞いたじゃない。冒険者業引退した人は復帰しないって」
「あぁ……」

 冒険者の絶対数が大幅に減ったらしい。
 引退した彼らも現役の時は、夜にはこんな店で大騒ぎしていたんだろう。
 その人数も減った、ということだ。
 俺が見知った冒険者達は数えるほどで、ほとんどの冒険者のことは全く知らない。
 けれども、その賑やかさが薄らいだ感じがするのは、何となく分かる。
 ずっと彼らの生活などに無関心だった俺が、しんみりできる立場じゃないしそんな気持ちにはなれないが、やっぱり何となく……。

「だあっ! こいつ、何なんだ!」
「おい! そっち押さえろ!」

 この宿と酒場の用心棒たちの声が荒ぶっている。
 何者かが業を煮やして俺に向かって襲撃しに来たか?
 実際、その気配が突然現れた。
 しかもそれを感じ取ったのは、その声が耳に入ってから。
 けれど、何だこの気配は。
 が、実物を見た方が良さそうだ。
 って言うか、そいつはもうすでに酒場の入り口……。

「おい、ヨウミ……」
「うん……」

 ヨウミもそいつの姿を見た。
 そこにいたのは……。

「何で……」
「……あぁ……」
「何でテンちゃんがここに来るのよ!」
「俺が知るかよ!」

 灰色の、翼を持った六本足の馬がそこにいた。
 中に入ろうと頑張ってるが、用心棒や冒険者達に押さえられている。
 縁起が悪いとか言ってる場合じゃない。
 俺とヨウミの叫び声は、店内にいる人間全員の騒ぎ声でかき消された。

「裏口から逃げようか」
「どうしてそうなるの! 私達に……会いに来たんじゃない……?」

 この店の主達にどんだけ詫びを入れたらいいか分からん。
 晴れやかな気分がどん底に落ちていった。

 ※

「……ひどい目に遭った」
「ほんとに……」

 店の主、用心棒達、酔っ払い達から怒鳴られに怒鳴られまくった。
 俺が近づくとこいつは大人しくなったもんだから、言い逃れもごまかしも利かない。
 宿泊代はすでに支払い済み。
 妥協案として、俺の荷車がある車庫に連れてった。

「……何なんだよ、お前は」

 声をかけると、俺に向かって鼻息を一つ飛ばしてソッポを向く。
 面倒くせえ奴がまた一人、いや、一体増えた。

「それにしても俺がいる場所よく分かっ……」

 そこまで言いかけて愕然とした。
 まさか、この町の宿中の宿を虱潰しに探したんじゃあるまいな?

「匂いとかで分かったんじゃない? でもどうして……旗手達はどうしたの?」
「放置かな? まぁあの時は助かったが、助けてもらう義理はないぜ? 助けてやったから、とか、そんな縛りはしたくないしな」

 言い終えた途端、天馬は俺の方を向いてまたも鼻息を一つ飛ばした。

「うわっ! 何なんだよ……。何怒ってんだ、こいつ」
「どうしたの? テンちゃん。そんなに不機嫌になって。機嫌治して、ね?」

 またソッポを向く。
 何だよこいつ。ツンデレか?
 それにしてもこいつのせいで、今夜は部屋で泊まれそうにもない。
 実利的な意味で疫病神だな。

「あ、ライム、どうし……あら」

 荷車の中で寝ているものだと思ってたライムが飛び降りてきた。
 そして寝そべる天馬のお腹に入り込む。

「ま、こいつなら潰されることはないか。……で、こいつ、どうやって自然に戻そうか……ん?」

 またこっちを睨む。
 何なんだよほんとに。
 せっかくの部屋での宿泊を台無しにした上に、俺を見る顔が不機嫌なまま。

「大体、お前が助けてほしいって思ったんだろうが。それに応えただけ。それだけだ。見返りなんて求めるつもりは全くないんだからな?! あとは好き勝手にしろってのに、まるで俺が恩着せがましいことを言ってるみてぇじゃねえか!」

 床に伏した天馬は、また横を向いて、前に投げ出した前足の上に首を寝かした。

「……あれ? それって……」
「何だよ」

 今度はヨウミの様子が変だ。
 腕組みをして何か考え込んでいる。
 考える材料があったか?

「だって……なんでテンちゃん、寝そべってるの?」
「あ?」
「だってアラタはテンちゃんに、好きなとこに行けって言いたいんでしょ?」
「あぁ。でも悲しいかな、言葉が通じないんだろ」

 俺の答えはヨウミが納得できる物らしく、何度か頷いている。

「魔獣の中には、言葉を理解できるのもいるらしいって話は聞いたことあるわよ? だってテンちゃん、あの時旗手達を向こう岸に連れてったじゃない。普通ならどこかの町に連れてくもんじゃない? あそこから一番近い町って、あの洞窟の所から近い町だったのよ?」

 話が飛んでるぞ。
 今現状をどうしようかって話じゃないのか。

「それで?」
「あたしたち、あの時、橋が流された、向こうに行きたいって話してたわよね?」
「してたな。それで?」
「空に鳥が飛んでたと思ってたんだけど、あれ、テンちゃんだったのよ」

 夢物語もいい加減にしろ。
 あんな空高く飛んでて、なんで俺達の会話が聞こえてんだよ。

「魔獣は感覚がいいからね。動物よりも鋭いのよ。つまり、私達の話も当然理解してるものと思っていいわ」
「だとしてだ。それがどうして……」
「アラタは『自分の好きにしていい』としか言ってないのよね」
「だから、それが」
「だからテンちゃんは、こうして好きにしてるのよ。ここで、リラックスしてる」

 俺は言葉を失った。
 あとは好きにしろ、と、確かにそんなニュアンスなことは言った。
 その好きなことがこれ……。
 いや、これだけじゃない。
 あの旗手の連中に対してしたことも……あ。

「そう言えば、あいつらのこと面倒な連中みたいなことも言ったような」
「あー……それも聞いてたんじゃないかな?」
「何で……何でこいつ……」

 頭がパニックを起こしている。
 こいつ、野生の魔獣だろ?
 泉とかで出てきた魔獣じゃないはずだ。
 そんな魔獣と出くわしたことはないが、感じる気性はまるで違う。

「……ねぇ、アラタ」
「何だよ」
「見返りを求めないって言ってたわよね」
「あ? あぁ。何度も言うが、大した用件でもないのにわざと恩着せがましいことを言う連中に囲まれて仕事してたからな。あんなのはもううんざりだ」

 天馬が俺の方を見て、大きな羽根を小さく動かして、自分の腹を叩いている。
 何だよ、その仕草。

「アラタの心境はどうあれ、危険な場所に移動してまで助けて、それで報酬も見返りもいらないって言うんだよね?」
「いらねぇよ。俺達に必要な物を揃えることができたとしてもいらねぇよ。それを目的にする気もねぇし」
「それってさ」
「何だよ」
「家族みたいだよね。あはは」

 あははじゃ……。

 家族?
 いや、言葉、通じねぇし。

「テンちゃんも、さっきからお腹ポンポンしてるけど、ここで寝ろってことじゃないの? ライムもそこにいるし」
「お、おまっ……」

 天馬はまたも鼻息を一つ飛ばす。

「ぷっ。あははは」
「今度は何だよ!」
「テンちゃん、まるで『ツンデレの相手、面倒』って感情がぴったりの仕草するんだもん。お、可笑しすぎるっ。あははは」
「なっ……」

 絶句。
 そしてしばらく天馬を見る。
 俺だって面倒……。
 いや、今ヨウミ、なんつった?
 ……家族?

 俺の家族は……あまりそんな感じじゃなかったが、世の家族ってば……。

「あたしも寝よっと! アラタもおいでっ!」

 天馬の体を気にすることなく、お腹に頭を当てて枕のようにして仰向けになる。
 天馬は羽根を器用に動かして、まるで掛布団のようにヨウミの体の上に置く。
 こいつ……。
 大体俺はツンデレキャラのつもりはないっ!
 ツンデレってのは、例えばこいつの場合は「寝ないなら勝手にすれば? 来るなら寝せてやってもいいけど」みたいな感じで無関心を装……。
 ……ずっと見られてる。
 無関心な素振りは、していない。
 ソッポ向いてたのは、俺に飽きれた態度を取っただけなのか。

「俺は……。いいか、俺は、お前に、何かをしてもらいたいために助けたんじゃないんだからな!」

 だから、ヨウミのようにこいつの腹を枕にして、こいつの体に包まれて眠りたいという欲もない。
 ないのだが……。

「そういう関係って、まるで家族だよね……」
「お前……」
「血が繋がってるとか、種族とかじゃなくて、気持ちの問題。アラタも、ライムも、そしてテンちゃんも、そばにいてくれたら安心できるもん」
「俺が自分の世界に帰ることになったとしても……」
「アラタはこの世界からいなくなるかもしれないけど、でもアラタの世界にはいるんでしょ?」
「そりゃ」
「ずっといる?」

 沈黙。
 答えられなかった。
 生きづらかったしな。
 戻ってからどうなるかなんて、この世界に留まり続けることと同じくらいに想像がつかない。

「ずっといてくれるなら、安心できるよ。自分の世界に戻って生活しているアラタに負けてらんないって」

 勝ち負けの話じゃねぇよ。
 そんなんじゃないだろ……。

「自分の世界に戻っても、この世界に居続けても、あたしは……同じ時間を……アラタと過ごしてる……って思え……から……」

 眠ったのか。
 天馬は……まだ俺の方を見てる。

「……お前は、俺に縛られながら生きていくことになるんだぞ? この世界に居続けても、いなくなっても、だ」

 またも鼻息を一つ。
 そして眠そうな目になりながら、またも羽根を少しはためかせた。
 俺は二十年以上生きてきて、まだ家族というものをよく知らなかったらしい。

「……文句があるとすれば一つだけ。ヨウミのネーミングセンス、おれのこと笑えねぇはずだぞ? ……テン、お前の腹、借りるぞ」

 俺は天馬の羽根に包まれ、そして深い眠りに入った。
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