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三波新、放浪編

俺の昔語り 異世界に迷い込んだ二日目は、四面楚歌が予想される中を逃避行

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 さて、昔話の続きだ。

 この世界に迷い込んで二日目の朝のこと。
 腕時計の針は午前四時。
 俺は無理やり起こされた。
 これは仕方がないことだ。

「申し訳ありません。これから住民の方達が礼拝に来られるのです。隣の小部屋でお休みください。今朝の食事もそこでしていただきます」
「ん……んん? ……あ、あぁ……はい……」

 こっちは助けてくれとお願いした立場だしな。
 でも起こされたついでだ。

「……俺も……起きようと思います。いつまでもここにいたらそちらに迷惑でしょうし。その前に顔洗える場所とかありますか?」
「それはそれは。しかし朝食は用意するつもりでおりますので、その時まではゆっくりして行ってください。昨日お出でになられた場所から、ここを挟んで反対側の外に井戸がございます。隣の小部屋に出る廊下をそのまま真っすぐに進んでいただくと、そこへの出入り口がございます」

 昨日は風呂にも入ってない。
 少しくらいは気持ちをさっぱりさせたい。
 それにしても、昨日の口調とはガラッと変わって、丁重にもてなされてる感じがする。
 昨日のアレはなんだったんだ?

 ※

 井戸の水は冷たくて気持ちが良かった。
 無理やり起こされてぼんやりしていた頭の中もすっきりした気分だ。

 が……。
 隣の小部屋って……。
 布団とか椅子とかが部屋いっぱいに置かれてて、俺のために用意されてると思われる椅子が一脚。
 それしかスペースがない。
 はっきり言えば、物置だよな。

「朝食をお持ちしました。それと、礼拝の時間が終わって住民達が全員退室されるまでこちらでお待ちください」
「え……。終わるのはいつでしょう?」
「午前六時です」

 一時間も……何もせずにここに?
 しかも朝ご飯は……またもご飯に味噌のお湯。

「礼拝の参加者と一緒になってはこちらが少々困ることになります。ですのでその時間になったらお迎えに上がります」

 こんな部屋、そんな長い時間堪えられない。
 が、ここは従うしかないだろう。

 ──────

 ヨウミはもどかしそうに俺の話を聞いていたが、やはり堪えきれなかった。
 神殿……教会の連中にもらしいが、俺にも火の粉を飛ばしてきた。

「アラタぁ、あんたねぇ……」
「右も左も分からない世界に来たんだぞ? 居心地悪いってだけでそこから抜け出して、それでどうする? ここから出るときに何か役に立つ話を聞かせてもらえるかもしれないし」
「聞かせてもらえたの?」
「いや、何もなかった。町の方向だけ」

 ため息を聞かされるのもうんざりだ。
 話を聞きたいっつったのはそっちだろうに。

 ──────

 ようやく無駄な時間から解放された。
 礼拝の参加者がここから出て行く足音は、何だか慌ただしさのような気配が目立った。

 それからしばらくして、教徒が俺のいる部屋にやって来た。

「ではこちらからお帰りください」

 お帰りください?
 帰り道が分からないのにそんなことを言われても。

「正面から道なりに進むと町に出ます。そこからは町の人に聞いてみてください」
「ああ、どうも……」

 見送りもなしか。
 なんか英雄扱いされてたあいつらと違って、俺はというと

「物事を弁えない凡愚だからな」

 誰かの声が、俺の耳を通さず脳内に直接響いてきた。
 ギクリとして立ち止まる。
 息を潜めて耳を傾けてみる。
 自分のことを考えていたそのタイミングで、その続きになるような言葉が聞こえてきたのだから、気にしすぎといえば気にしすぎだろうが。

 だが、その声は気のせいじゃなく、気にしすぎでもなかった。

「あの七人はともかく、あの男は……」
「何のものも知らずに好き放題……」
「そのあとを継ぐ物持たずなら、碌でもないやつだ」

 気配ばかりではなく、静かにすれば声も聞こえてくるようになった。
 その気配は……大司教とやらと国王だ。
 聞こえてきた声も、思い込みではなく、その二人のもの。
 七人、はあいつらのことだ。
 なら、物持たずってのは……俺のことか。
 あの時以来ずっと隔離してもなお、俺のことを話題にあげるってのも人徳を疑うレベルだ。
 大体そこまで文句を言われるような失態はなかっただろうに。
 何でもかんでも俺に怒鳴る元上司だって、俺の言動をしっかり見てから怒鳴ってたぞ?

 まあいい。
 こんなとこから一刻も早く立ち去って、この現象に心当たりがある人から話を聞き取らないと。

 こうして何とか神殿を後にした。

 しかしその影はすでに町中に及んでいた。

「アスファルトとかじゃないのな。ガソリンで走る車も見当たらない。馬車とか牛車の荷車があちこちにあるけど……。電気も存在してなさそうだ」

 電柱、電線、信号、街灯がどこにも全くなかった。
 いろんな店の看板が並んでいるその通りは、おそらく商店街。
 俺の住んでるところなら、まだ、シャッターが降りている時間。
 ここではシャッターはひとつもない。
 木造の重そうな扉や石の扉で店を閉じている。
 その全てとは言わないが、七割ほど、同じような張り紙が貼られている。

「なんだこのポスター。イラストつきかぁ。えーと……俺の似顔絵? な、なんだこりゃ?」

 辛うじて大声を出すのを堪えた。
 その文面は、俺とおぼしき似顔絵の説明文。

『この者、強大な魔物を倒す旗手を騙った者につき、注意。』

 はい?

 これ、そこら中に張られてる。
 なんで?
 いつ?
 何この言いがかり。

 しかしよく見ると、このイラストの人物の名前がどこにもない。
 俺によく似た誰か、とも言えなくはないが。

「けど、俺じゃなかったら、住民の誰かってことだよな? けど……」

 旗手なんて単語すら思い浮かぶことはなかった。
 だのにそれを騙るなど夢にも思わない。
 しかしそれを信じてくれる人は、この世界のどこにいるのか。

「こっちの方が、ひょっとしたら暮らしやすいかもって、思ったんだけどな……」

 愚痴の一つくらいこぼしたっていいだろ?
 でも俺のしなきゃいけないことは……。

 逃げ出せ。
 ここから立ち去れ。
 この張り紙が見られることがないくらい遠くへ。

「タクシー……はないか。あっても限られたお金はなるべく減らしたくはない。仕方ない。あの神殿から、とにかく少しでも遠ざかるしかない」

 俺が迷い込んだあの敷地の地下。
 ひょっとしたらそこに俺の世界と繋がるゲートがあったかもしれない。
 そこから遠ざかるということは、帰り道から自ら遠ざかるということでもある。
 だが躊躇してる場合じゃない。
 あの張り紙を見た人達が俺を見つけたらどうなるか。

 警察を呼ばれるようなことにはならないだろう。
 その場で石を投げ続けられて、そこで俺の人生が終わる。
 発言や存在を簡単に無視されるくらいだからな。

 一刻も早く、少しでも遠くに逃げろ。
 おそらく俺を憎む人ばかり増え、味方は一人も現れてくれないかもしれないこの世界の中を。
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