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三波新、放浪編
昔語りをさせられる俺 聞いてる途中で眠るんじゃねーぞ
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この日の夜も、近くに町があるのが分かったから宿で一夜を過ごすことにした。
その宿も例によって、冒険者の酒場と併設されている。
そしてこの日も例によって、冒険者達や商人達、そして近所の住民達が酒盛りで盛り上がっている。
「今夜もライムちゃんは荷車と一緒かぁ」
「……お前なぁ」
「分かってるわよ、アラタ。レアモンスターだから、一緒に連れてくると騒ぎが大きくなる、でしょ?」
「俺が名前つけた時、もっといい名前つけたがってたお前がすっかり呼び慣れてるじゃないか」
「そっち?! 私への文句、そっち?!」
俺は体質上、アルコールを受け付けない。
だからといって、その都合をヨウミに押し付ける気はない。
羽目を外さず、嗜む程度なら俺に気を遣わなくていいとは言ったが、少し飲んだだけで妙に絡んでくる。
「いくら周りがうるさいからと言っても、声が大きくなると耳を傾けなくてもそれなりに耳に入るもんだ」
「気にしすぎっ。ほらほら、アラタはお酒飲めないんだから、ご飯しっかり食べて食べて」
お前は俺の母ちゃんか何かか?
まあ確かにヨウミがついてきてくれるお陰で、いろんな物価の相場とか知ることができたし、他の行商からいろいろ買い求めたり、俺達の懐具合とグレードが合う宿を探してくれたり、ライム以上に有り難い。
けど、なんで俺についてくるようになったのかは分からない。
「かれこれ二年と半年くらいかぁ。まぁ私も故郷の村から出て、いろんなことを見聞きできたりしたから楽しかったなー」
「これまでのことを振り返るのって、今までお世話になりましたさようなら、のフラグのような気がするんだが」
「んなわきゃないでしょっ!」
痛っ!
脛を蹴られた。
「バカ言うなっ! って言うか、なんかこう……アラタってあたしには他人行儀な感じするのよねぇ。客にはもっと砕けた物言いするじゃない? あたしよりも親し気にさぁ」
うわぁ。
酔っぱらいがグダってきたぞ。
いつも私って言ってたのに、あたしって言い始めた。
「アラタってさぁ……あたしの村に来る前の話聞いたことないのよねぇ……。旗手の人達と知り合いか何かなわけ?」
「知りたいか?」
「知りたいっ」
「だが断るッ!」
「アラタぁ……あんたふざけてる?」
語ってもいいけどさ。
語ってる途中で眠るパターンだろこれ。
昔語りする分時間の無駄じゃねぇか。
「明日になったら今夜のことはすっかり忘れてるなんて言う酒飲みは割といる」
「あたしはまだ正気よ?」
まだってなんだよ、まだって。
「お酒もこれ以上は飲めないし、この後は普通に食事を……すいませーん。注文いいですかー?」
どんなに飲み食いしても、誰でもどこでも見惚れるって訳じゃないがそれなりのスタイルを維持できてるってのは特異体質だよな。
すでに俺の二倍の料理を平らげてる。
俺だって日中は荷車引っ張る力仕事は欠かさない。
それ以上に飯を食えるって……どんなお腹してるんだか。
「今日はこないだみたいな邪魔者はこないんでしょ? 来たとしても、この宿には用心棒はいるから、顔見知りの冒険者はいなくても大丈夫っ」
部屋に籠ってこいつから逃げる。
そんな手は使えない。
今夜も同室だから。
やれやれ……。
※
「神隠し」って知ってるか?
特に何の問題もなく、何の変哲もなく普通に生活していた人が、自主的ではなく且つ他者からの干渉もなく、突然いなくなることだ。
そして誰もが、そのいなくなる瞬間を目撃したことはないし、いなくなった後どこに行ったのかを知る者もいない。
当然ながら、その体験談を語る者はいないだろうし、聞く者もいないだろう。
だが俺はそれに遭遇した。
この世の物理的法則をすべて無視する現象にだ。
この世での当たり前のその法則があっさりと覆される。
俺はそのあまりの理不尽さに腹が立つわ悲しくなるわ混乱するわ絶望するわで、生涯心の乱れから逃れられないような気がした。
退職するつもりのない職場を、誰からも引き留められることもなく無理やり辞めさせられた。
気持ちの整理をするために、通勤途中でいつも立ち寄る神社の境内に入っていった。
そこにはブランコや滑り台などがあり、子供の遊び場にもなってた。
保護者が付き添いができるように、ベンチも置かれていた。
穏やかな日差しで暖かい昼下がり。
俺はそのベンチでうたた寝をしていた。
その暖かさが急に消えた。
俺はずっと眠っていた。
移動できるはずがない。
なのになんだよ、ここは。
見たことも来たこともない場所だ。
俺の体を勝手に移動させたやつはどこのどいつだ!
自分の体すら自分の思う通りに動かせないってのか?!
……憤る感情が湧きあがる。
けれどどこにもぶつけようがないもどかしさたるや。
しかもいつどのように移動したかも分からない。
そんな俺には、見える景色がすべて白黒でしか感じられなかった。
けれど、元職場の元同僚たちにとっては、普段の毎日の中の一日の出来事でしかないんだろう。
俺がいなくても世の中は回っている。
世の中は自分の思う通りにならない。
それをつくづく思い知らされた。
その宿も例によって、冒険者の酒場と併設されている。
そしてこの日も例によって、冒険者達や商人達、そして近所の住民達が酒盛りで盛り上がっている。
「今夜もライムちゃんは荷車と一緒かぁ」
「……お前なぁ」
「分かってるわよ、アラタ。レアモンスターだから、一緒に連れてくると騒ぎが大きくなる、でしょ?」
「俺が名前つけた時、もっといい名前つけたがってたお前がすっかり呼び慣れてるじゃないか」
「そっち?! 私への文句、そっち?!」
俺は体質上、アルコールを受け付けない。
だからといって、その都合をヨウミに押し付ける気はない。
羽目を外さず、嗜む程度なら俺に気を遣わなくていいとは言ったが、少し飲んだだけで妙に絡んでくる。
「いくら周りがうるさいからと言っても、声が大きくなると耳を傾けなくてもそれなりに耳に入るもんだ」
「気にしすぎっ。ほらほら、アラタはお酒飲めないんだから、ご飯しっかり食べて食べて」
お前は俺の母ちゃんか何かか?
まあ確かにヨウミがついてきてくれるお陰で、いろんな物価の相場とか知ることができたし、他の行商からいろいろ買い求めたり、俺達の懐具合とグレードが合う宿を探してくれたり、ライム以上に有り難い。
けど、なんで俺についてくるようになったのかは分からない。
「かれこれ二年と半年くらいかぁ。まぁ私も故郷の村から出て、いろんなことを見聞きできたりしたから楽しかったなー」
「これまでのことを振り返るのって、今までお世話になりましたさようなら、のフラグのような気がするんだが」
「んなわきゃないでしょっ!」
痛っ!
脛を蹴られた。
「バカ言うなっ! って言うか、なんかこう……アラタってあたしには他人行儀な感じするのよねぇ。客にはもっと砕けた物言いするじゃない? あたしよりも親し気にさぁ」
うわぁ。
酔っぱらいがグダってきたぞ。
いつも私って言ってたのに、あたしって言い始めた。
「アラタってさぁ……あたしの村に来る前の話聞いたことないのよねぇ……。旗手の人達と知り合いか何かなわけ?」
「知りたいか?」
「知りたいっ」
「だが断るッ!」
「アラタぁ……あんたふざけてる?」
語ってもいいけどさ。
語ってる途中で眠るパターンだろこれ。
昔語りする分時間の無駄じゃねぇか。
「明日になったら今夜のことはすっかり忘れてるなんて言う酒飲みは割といる」
「あたしはまだ正気よ?」
まだってなんだよ、まだって。
「お酒もこれ以上は飲めないし、この後は普通に食事を……すいませーん。注文いいですかー?」
どんなに飲み食いしても、誰でもどこでも見惚れるって訳じゃないがそれなりのスタイルを維持できてるってのは特異体質だよな。
すでに俺の二倍の料理を平らげてる。
俺だって日中は荷車引っ張る力仕事は欠かさない。
それ以上に飯を食えるって……どんなお腹してるんだか。
「今日はこないだみたいな邪魔者はこないんでしょ? 来たとしても、この宿には用心棒はいるから、顔見知りの冒険者はいなくても大丈夫っ」
部屋に籠ってこいつから逃げる。
そんな手は使えない。
今夜も同室だから。
やれやれ……。
※
「神隠し」って知ってるか?
特に何の問題もなく、何の変哲もなく普通に生活していた人が、自主的ではなく且つ他者からの干渉もなく、突然いなくなることだ。
そして誰もが、そのいなくなる瞬間を目撃したことはないし、いなくなった後どこに行ったのかを知る者もいない。
当然ながら、その体験談を語る者はいないだろうし、聞く者もいないだろう。
だが俺はそれに遭遇した。
この世の物理的法則をすべて無視する現象にだ。
この世での当たり前のその法則があっさりと覆される。
俺はそのあまりの理不尽さに腹が立つわ悲しくなるわ混乱するわ絶望するわで、生涯心の乱れから逃れられないような気がした。
退職するつもりのない職場を、誰からも引き留められることもなく無理やり辞めさせられた。
気持ちの整理をするために、通勤途中でいつも立ち寄る神社の境内に入っていった。
そこにはブランコや滑り台などがあり、子供の遊び場にもなってた。
保護者が付き添いができるように、ベンチも置かれていた。
穏やかな日差しで暖かい昼下がり。
俺はそのベンチでうたた寝をしていた。
その暖かさが急に消えた。
俺はずっと眠っていた。
移動できるはずがない。
なのになんだよ、ここは。
見たことも来たこともない場所だ。
俺の体を勝手に移動させたやつはどこのどいつだ!
自分の体すら自分の思う通りに動かせないってのか?!
……憤る感情が湧きあがる。
けれどどこにもぶつけようがないもどかしさたるや。
しかもいつどのように移動したかも分からない。
そんな俺には、見える景色がすべて白黒でしか感じられなかった。
けれど、元職場の元同僚たちにとっては、普段の毎日の中の一日の出来事でしかないんだろう。
俺がいなくても世の中は回っている。
世の中は自分の思う通りにならない。
それをつくづく思い知らされた。
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