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三波新、放浪編

俺がこの世界に来て一年半。それでも俺を親しく思う奴らはいるらしい。

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「でもまさか、こんな短期間でこの仕事で生活できるようになるとは思わなかったなー」
「そんなんでお前、よく俺についてきたな。っていうか、あの時、俺のことよく知らなかっただろ」
「……まぁ、その場の勢いと言うか何と言うか。でもお祖父ちゃんの宿屋を手伝ってた経験もあったからね」

 よくない思い出でもあったのか、長く艶やかな髪の毛を一つまみして弄ぶ。
 それを弄ぶヨウミの顔はやや曇っている。

 俺がこの世界に来てから一年半。
 俺もこの世界のすべてを、自分から進んで知ろうとは思わなかった。
 だから、実はヨウミのこともよくは知らない。
 この世界に来て最初に訪れた村で、冒険者相手の宿屋を営んでいた老人の孫娘だ。
 俺の仕事を手伝う経緯は、俺が思い付きで始めたこの仕事を手伝うと押し掛けてきたからだ。
 有無を言わさず迫られたもんだから、こっちも言われるがままに手伝ってもらい、そのまま今に至る。
 だが、普通の店じゃなく行商にした理由も、そして品物も大きな儲けがないおにぎりにした理由も、特に聞かれることはなかった。

 もちろん俺には、そうする方がいい理由も、そうしなければならなかった理由もある。
 それはすべて……

「おーっ! まさか勤務時間外に見つけられるとは思わなかったぜ、アラタよぉ! 元気だったかー!」
「うおっ!」

 店内に入って来ていきなり俺に声をかけながら体重をかけるように体を預けてきた男は、入る前からすでに酔っぱらった一人の冒険者。
 筋肉隆々で、革の防具を身に着けているその男は明らかに戦士という出で立ち。
 ちなみに俺は、傷跡がついた顔面も、スキンヘッドも記憶にない。
 行商という営業スタイル上、常連客なんているわけがないしな。
 で、そいつは一人きりかと思いきや、その後から慌てるように入店してきた数人がそいつの後についてきたようだ。

「こらゲンオウ! いきなり見も知らない客に絡んだ……らら? ひょっとして……アラタ? 珍しいわね。こんなとこで会うなんて。ヨウミちゃんも元気だった?」

 つばが広く、てっぺんが尖っている帽子をかぶっているその女の職種は、見たまんま、明らかに魔法使い。
 もちろんこの女も俺の記憶にない。

「え? あ、メーナムさんじゃないですか! 他の皆さんも! ご無事だったんですね!」

 俺の店に来る客は、魔物退治などの仕事を直前に控えている者が多い。
 仕事が終わった後に買い物をする客はゼロ。
 仕事に備えての買い物客が重宝する俺の店、というわけだ。
 だから再び会えた客には、そんな挨拶がある意味自然。
 しかし、ヨウミは覚えてたのか。
 いや、覚えてるだけじゃなくて、親しみを感じているようだ。
 仲よさそうだな、お前ら。

「そっちこそー。ほら、ここんとこ雨が続いてたでしょ? 仕事終わった後だったけど、雨に当たって体冷やすとまずいからってことで、洞窟の中で雨宿り」
「えー? 私達も、荷車の中でずーっと野宿でしたよー」

 ヨウミにとっちゃ親しい人達との再会は、ちょっとしたサプライズのようだ。
 だが俺は、実はそんなに驚くほどのことじゃない。
 なぜなら……。

「あー……盛り上がってるところ申し訳ないし、俺はお宅らの顔も名前も覚えちゃいないんだが……仕事を一つ頼みたいんだが」
「あぁ? 仕事だぁ? 物探しとかじゃあねぇだろうなぁ?!」
「ちょっとゲンオウってば! よしなさいよ! えーと、アラタさん? 冒険者への仕事の依頼は、基本的に斡旋所に依頼された物じゃないと受けられないのよね。何か急ぎ?」
「あぁ。俺達はここの宿を予約している。それに体も休養させないと、とも思ってな。けど、あんたたちがいなかったら俺はキャンセル料払ってでもここから出なきゃならないし、さらに野宿が続くのは仕事を休むわけにはいかないから辛い」
「ということは、今夜一晩の仕事ってこと? 逃げなきゃ不味い相手が来る、ということかしら?」
「うん。期間は明日の朝食直後のチェックアウトまで。用件は、俺とヨウミ、そして荷車の安全確保と保安」
「……報酬と相手が何なのかにもよるよなぁ」
「ちょっとゲンオウっ! 横から口挟まないで! ……まぁ彼が言うことも間違っちゃいないけど」

 問題はそこだ。
 冒険者に依頼するなんて初めてのことだ。
 もっとも以来の仕事に命の危険はないだろうから……。

「一人一万円でどうだ? おそらく……商人ギルドの差し金かな? とはいっても下請けの下請けと思うから、ギルドとは無関係な奴らだと思う。戦場……いや、喧嘩にもならない相手だな、多分」
「乗った! 明日の朝八時くらいまでだな?」

 男戦士の顔からすでに赤みが消えている。
 呂律が回らなそうだった口調は、まともに口が回っている。
 何より、酔っぱらいの顔だった彼のパーツ全てが、真剣な表情に変わっていた。
 さすがプロ、といったところか。

「そんな長くは滞在しないよ。遅くても朝七時にここを立つつもり。前金で一人五千円払っとくわ。全員で六人か。ヨウミ、問題ないよな?」

 ヨウミはぽかんとしている。
 話の展開について来れないらしい。
 気の毒に……。

「……アラタ? 用心棒を雇うってこと?」

 何だ、分かってるんじゃないか。

「あぁ。雇わなければ、しばらく行商ができないほどのケガをするかもしれない。でも雇うと、俺達に怪我はないし、こいつらも怪我する相手じゃない。危険な仕事じゃなく、一人一万なら相場かな?」
「ちょっとアラタ」
「ヨウミ。反対意見は聞かない。相場はいくらかは知らないが、この仕事は絶対に引き受けてもらわなきゃ困る。そいつらに顔もしっかり覚えられたらまずいしな」
「そんな奴らが絶対来るってどうして言えるの? 妄想の段階でしょ?」

 これなんだよ。
 俺、あるいは俺達に向けられる感情はどんな物か。
 その感情の持ち主は?
 動く物体だけじゃない。
 物質に対しても、何となく分かる。
 気配を感じる、とでも言うんだろうか。
 こんな感覚は、俺の世界にいた時には全く当てにならなかった。
 この世界に来てから、その感覚が鋭くなってる。

 行商を仕事に選んだ理由。
 扱う品物の中心におにぎりを選んだ理由。
 この仕事が成功した理由。
 今この冒険者チームがこの酒場にやってくるだろうことが分かった理由。
 そのほか、新参者が何者からも難癖付けられずに済んでいるのも、武器や魔法ができる者じゃないと相手をするのも危なすぎる魔物達からの襲撃がなかったのも、すべての理由がこの感覚、感度にある。

 けど、それを全くヨウミには伝えてないから、俺の正気を疑ってるって状況だ。

「……引き受けてくれるんだよな? 火急の用件だから一人ずつ渡せなくて済まない。五千円を六人に、だから三万円な。あぁ、俺達の部屋は二百五号室。よろしくな。ヨウミ、部屋に行くぞ。飯の途中だが仕方がない。みんな、これ手つかずの物は食ってっていいから。ほら、ヨウミ、いくぞ!」
「ちょ、ちょっとアラタっ!」

 俺がヨウミを引っ張って階段を上り、二階の部屋に向かう。

「……男女二人が一つの部屋で? そんな間柄だったのか?」
「よその事情なんかどうでもいいでしょ? それより引き受けたんだからきっちり仕事しないと!」

 うん、やっぱおかしいよな。
 けど、別々に部屋を予約してたら、あっという間に金欠になっちまうからな、うん。
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