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幕間
幕間:ななだけでしなければならない仕事
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俺が近所の神社、公式ではなく正式名称の異駒清水神社に毎朝通い始めてから一月半ほど経った。
俺の一日は、自称女神のななの顔を見ることから始まるようになった。
人間ではない存在であることは、神社の社と融合してしまった彼女の家にいる間全く時間が経過しないことで知らされた感じはある。
しかし女神であることの証明にはなってない。
だがこの日はいつもと違った。
「おーぅ。今日も早よから出勤に来た……って、なな?」
隠し部屋などはないはずだ。
二段ほどの石段を上がると社の玄関。
引き戸を開けると広間がある。
奥には扉がついてない台所が見える。
ななは知らないが、ここにいる間は不思議と便意を感じないからトイレはない。唐突な話ですまん。
二階はない平屋建て。
神社の社に平屋建てと言う表現はあっているかどうかは分からんが、単純な間取りだ。
だからなながどこにもいないということは外にいるということになるのだが、ここに入る前まで彼女を見かけてはいないし彼女が隠れそうな場所もない。
「どこ行った? まぁいつまででも待てるけど待ちくたびれるまで待つのはご免だが……」
「ごめーんっ。待ったぁ?」
待ち合わせに遅れてきた人が口にするようなことを言うな。
別に何時までここに来るからそれまでここにいろって言う約束事もなかったし。
「どこに行ってたんだよ。別に気を悪くしたわけじゃねぇけど」
「ちょっと仕事場へね」
仕事場?
ここが仕事場じゃねぇのか?
「ここのほかに行くとこがあんのか? お前の仕事って俺が手伝わなきゃならない事じゃないのか?」
「あ、手伝ってほしい仕事はあるけど、私一人でやらなきゃいけない仕事もあるの。これはいつしなきゃいけないことになるか分からない仕事だから、南がここに来た時にその仕事をしてる時もあるから」
俺がななを手伝う仕事は、なながしなきゃいけない仕事の一部ってわけだ。
しかもいつその仕事が入るか分からないってのは、俺にとっての枕経の仕事とほぼ同じだな。
人はいつ亡くなるか分からない。
だから俺の本職に対しては、いつでもその人達のために動ける準備は、常にしておかなければならない気持ちでいる。
ななにもそんな仕事があるということは……。
待てよ?
たくさんの世界を造ったとか言ってたな。
で、俺は、この世界で亡くなられたお檀家さんのために拝む仕事をしてるんだが……。
「……なぁ、なな」
「ん? なぁに?」
「さっきまでしてた仕事、詳しく聞いてみたいんだが」
俺の想像通りだとすれば、その話を聞くに耐えられるはずである。
だってその手の話は、俺の数少ない娯楽の一つの題材に使われてるはずだから。
「まぁ、南の使い慣れてる言葉でいうところの、輪廻転生っていうのかな。その世界で命が尽きた後どうしたいのか面談したところ。誰とでも面談できるわけじゃないけど、突然入る仕事であることには違いない、うん」
……まさかの異世界転生?
「ひょっとして、その気になったら俺も転生出来るのか?」
「……したいの?」
いや……ただ聞いてみただけなんだが、ななの目がマジになってる。
顔も物の言い方も、怒ってるのか不機嫌なのか、全く感情が分からない。
どのみち、なんか怖いんだが。
「い、いや、今はいい。生命力が尽きた後ならお願いしようかな。もっとも俺も面談してもらえるかどうかは分からんが。つーか、それお願い出来る基準とかあるのか?」
「……興味あるの?」
「あー……、正直気になるってば気になるな。来世のスタートは自分の希望通りに出来るならそれに越したことはないが。……って、怒ってんのか?」
「ふんっ」
激怒ってわけじゃないだろうが、機嫌が悪いように見える。
興味持つくらいならいいじゃないか。今の人生早々と放棄して来世に早く行きたいって訳じゃないんだし。
あ、でも、そうか。
「その転生先に希望を持たせやすくするためにいろんな世界を創ったってことか? 俺の世界にいる者達が次にいろんな希望を持たせたり、この世界が誰かにとって希望に満ちた世界だったりする訳だ」
「ま、そんなとこ」
どうにも素気ねぇな。
つっけんどんって言うか……。なながそんな素振りするのはあんまり見たことねぇな。
まぁ話したくないことなんだろう。自分一人でする仕事とか言ってたしな。
「次の人生は今の生を踏まえて選べられるってんなら関心はあるが、だからっつって死に急ぐような馬鹿な真似はしねぇよ。こんな仕事してるやつが『早く来世が来る努力をしましょう』なんて言うわきゃねぇのは分かるだろ?」
毎朝ここにきて、ただ顔を合わせてるだけなわけがない。
俺自身のことや俺の仕事の話もしたりする。
人生や命を大切に、そして自分や他人のために生きる。そんな話を土台にして、その他さまざまな話をしてきた。
ななはそんな話を好意的に受け止めてくれた。
世界を創ってきたその主旨に合ってたんだろう。
それが、早く来世を迎えたいなどと言うようなら、手のひら返しなんてもんじゃない。
機嫌が悪くなるのも無理はないだろうが。
「そうそう来世は今の思う通りにはならないよ。周りの人達との関わりもあったりするんだから。それに……」
拗ねてる?
拗ねてる顔が妙に似合ってる。まるで思春期の女子学生って感じか?
「……やっぱいい。なんでもないっ」
「何でもないならいいけどさ。そうか。思い通りにならないことはあるか。先天性のことなら満足できる条件は揃えられるだろうが、問題はその後のことだよな」
いわゆる天国や極楽浄土と地獄の話は、おそらく彼女の仕事とは融合できないのだろう。
俺の仕事関連では、民間信仰では広く知られている天国や極楽浄土と地獄の話。それと彼女の異世界転生をさせる仕事とは噛み合うことはないのだろうが……。
いや、待てよ?
「今、希望通りにならないこともあるって言ったな?」
「……」
希望通りにならないということは、転生した先が思ってたんとちゃうって世界なら、死んだ者にとっては行きたくない世界であっても、行きたくない世界と言うことは大概誰もが思う地獄の世界に当てはまらないか?
「お前……ひょっとして閻魔さんか何かか? つか、一人二役どころか十役、十三役か?」
死んだ後、嘘ついたら舌を抜かれるなんて話がある。
十王経っていう経文の中の一つだ。
もっとも厳密にいえば、仏教誕生の地で出来た話じゃない。
日本に伝わってくる途中で、一緒に合流した話。
そして十王の中の一人が閻魔大王。
死後の世界で、行きたくない世界に行かなければならないのは、その人の生前の行いによって決まるという話。
もし行きたい世界があってそこに行っても希望通りにならなかったとしても因果応報というやつだ。
当然そいつは誰それとなく文句を言うだろう。閻魔さんらにとっちゃ謂れのないクレームである。
そう考えるとだ。
「……お前の仕事も、大変だよな」
「……」
ひょっとして、愚痴をこぼす相手が欲しかったとか?
そういうことなら、そんな役になるのも悪くはない。
たった一人でその仕事をしてるのだとしたら。
あれ?
今までこいつときちんと会話できたのは後にも先にも俺一人って言ってなかったか?
来世もななと会話できるようになりたいっつったら……。
希望通りにならないこともあるのだとしたら……。
次にこいつの相手が現れるのはどれくらい先になるんだろう。
大雑把に数えて俺の年齢は三十才。残りの人生、有り得ないかもしれないが百年だとしてもだ。
「その年数過ぎたら、また一人になるのか」
「……!」
あ。
やべ。
思わず口に出ちまった。
こないだもこの空気を湿っぽくしちまった。
また、やらかした。
「あー……。なんか、すまん」
「……いいよ。気にしないで」
クレーム受けて、数の単位を軽く京や垓を超える年数を一人で過ごしてきて、いくらたくさんの世界の創造主っつっても、相手がいないってんじゃなぁ。
にしてもなんだって俺にはそんな能力がついたのやら。
とにかく、話題、何か変えた方がいいよな?
「……南」
「ん?」
「また誰かが迷子になったみたい」
こいつと一緒に遊んだ時よりも前の俺のように、ななの住まいに迷い込んだ人がやってきたってことか。
ちょうどいい所に空気の切り替える機会がやってきたってとこか。
俺の一日は、自称女神のななの顔を見ることから始まるようになった。
人間ではない存在であることは、神社の社と融合してしまった彼女の家にいる間全く時間が経過しないことで知らされた感じはある。
しかし女神であることの証明にはなってない。
だがこの日はいつもと違った。
「おーぅ。今日も早よから出勤に来た……って、なな?」
隠し部屋などはないはずだ。
二段ほどの石段を上がると社の玄関。
引き戸を開けると広間がある。
奥には扉がついてない台所が見える。
ななは知らないが、ここにいる間は不思議と便意を感じないからトイレはない。唐突な話ですまん。
二階はない平屋建て。
神社の社に平屋建てと言う表現はあっているかどうかは分からんが、単純な間取りだ。
だからなながどこにもいないということは外にいるということになるのだが、ここに入る前まで彼女を見かけてはいないし彼女が隠れそうな場所もない。
「どこ行った? まぁいつまででも待てるけど待ちくたびれるまで待つのはご免だが……」
「ごめーんっ。待ったぁ?」
待ち合わせに遅れてきた人が口にするようなことを言うな。
別に何時までここに来るからそれまでここにいろって言う約束事もなかったし。
「どこに行ってたんだよ。別に気を悪くしたわけじゃねぇけど」
「ちょっと仕事場へね」
仕事場?
ここが仕事場じゃねぇのか?
「ここのほかに行くとこがあんのか? お前の仕事って俺が手伝わなきゃならない事じゃないのか?」
「あ、手伝ってほしい仕事はあるけど、私一人でやらなきゃいけない仕事もあるの。これはいつしなきゃいけないことになるか分からない仕事だから、南がここに来た時にその仕事をしてる時もあるから」
俺がななを手伝う仕事は、なながしなきゃいけない仕事の一部ってわけだ。
しかもいつその仕事が入るか分からないってのは、俺にとっての枕経の仕事とほぼ同じだな。
人はいつ亡くなるか分からない。
だから俺の本職に対しては、いつでもその人達のために動ける準備は、常にしておかなければならない気持ちでいる。
ななにもそんな仕事があるということは……。
待てよ?
たくさんの世界を造ったとか言ってたな。
で、俺は、この世界で亡くなられたお檀家さんのために拝む仕事をしてるんだが……。
「……なぁ、なな」
「ん? なぁに?」
「さっきまでしてた仕事、詳しく聞いてみたいんだが」
俺の想像通りだとすれば、その話を聞くに耐えられるはずである。
だってその手の話は、俺の数少ない娯楽の一つの題材に使われてるはずだから。
「まぁ、南の使い慣れてる言葉でいうところの、輪廻転生っていうのかな。その世界で命が尽きた後どうしたいのか面談したところ。誰とでも面談できるわけじゃないけど、突然入る仕事であることには違いない、うん」
……まさかの異世界転生?
「ひょっとして、その気になったら俺も転生出来るのか?」
「……したいの?」
いや……ただ聞いてみただけなんだが、ななの目がマジになってる。
顔も物の言い方も、怒ってるのか不機嫌なのか、全く感情が分からない。
どのみち、なんか怖いんだが。
「い、いや、今はいい。生命力が尽きた後ならお願いしようかな。もっとも俺も面談してもらえるかどうかは分からんが。つーか、それお願い出来る基準とかあるのか?」
「……興味あるの?」
「あー……、正直気になるってば気になるな。来世のスタートは自分の希望通りに出来るならそれに越したことはないが。……って、怒ってんのか?」
「ふんっ」
激怒ってわけじゃないだろうが、機嫌が悪いように見える。
興味持つくらいならいいじゃないか。今の人生早々と放棄して来世に早く行きたいって訳じゃないんだし。
あ、でも、そうか。
「その転生先に希望を持たせやすくするためにいろんな世界を創ったってことか? 俺の世界にいる者達が次にいろんな希望を持たせたり、この世界が誰かにとって希望に満ちた世界だったりする訳だ」
「ま、そんなとこ」
どうにも素気ねぇな。
つっけんどんって言うか……。なながそんな素振りするのはあんまり見たことねぇな。
まぁ話したくないことなんだろう。自分一人でする仕事とか言ってたしな。
「次の人生は今の生を踏まえて選べられるってんなら関心はあるが、だからっつって死に急ぐような馬鹿な真似はしねぇよ。こんな仕事してるやつが『早く来世が来る努力をしましょう』なんて言うわきゃねぇのは分かるだろ?」
毎朝ここにきて、ただ顔を合わせてるだけなわけがない。
俺自身のことや俺の仕事の話もしたりする。
人生や命を大切に、そして自分や他人のために生きる。そんな話を土台にして、その他さまざまな話をしてきた。
ななはそんな話を好意的に受け止めてくれた。
世界を創ってきたその主旨に合ってたんだろう。
それが、早く来世を迎えたいなどと言うようなら、手のひら返しなんてもんじゃない。
機嫌が悪くなるのも無理はないだろうが。
「そうそう来世は今の思う通りにはならないよ。周りの人達との関わりもあったりするんだから。それに……」
拗ねてる?
拗ねてる顔が妙に似合ってる。まるで思春期の女子学生って感じか?
「……やっぱいい。なんでもないっ」
「何でもないならいいけどさ。そうか。思い通りにならないことはあるか。先天性のことなら満足できる条件は揃えられるだろうが、問題はその後のことだよな」
いわゆる天国や極楽浄土と地獄の話は、おそらく彼女の仕事とは融合できないのだろう。
俺の仕事関連では、民間信仰では広く知られている天国や極楽浄土と地獄の話。それと彼女の異世界転生をさせる仕事とは噛み合うことはないのだろうが……。
いや、待てよ?
「今、希望通りにならないこともあるって言ったな?」
「……」
希望通りにならないということは、転生した先が思ってたんとちゃうって世界なら、死んだ者にとっては行きたくない世界であっても、行きたくない世界と言うことは大概誰もが思う地獄の世界に当てはまらないか?
「お前……ひょっとして閻魔さんか何かか? つか、一人二役どころか十役、十三役か?」
死んだ後、嘘ついたら舌を抜かれるなんて話がある。
十王経っていう経文の中の一つだ。
もっとも厳密にいえば、仏教誕生の地で出来た話じゃない。
日本に伝わってくる途中で、一緒に合流した話。
そして十王の中の一人が閻魔大王。
死後の世界で、行きたくない世界に行かなければならないのは、その人の生前の行いによって決まるという話。
もし行きたい世界があってそこに行っても希望通りにならなかったとしても因果応報というやつだ。
当然そいつは誰それとなく文句を言うだろう。閻魔さんらにとっちゃ謂れのないクレームである。
そう考えるとだ。
「……お前の仕事も、大変だよな」
「……」
ひょっとして、愚痴をこぼす相手が欲しかったとか?
そういうことなら、そんな役になるのも悪くはない。
たった一人でその仕事をしてるのだとしたら。
あれ?
今までこいつときちんと会話できたのは後にも先にも俺一人って言ってなかったか?
来世もななと会話できるようになりたいっつったら……。
希望通りにならないこともあるのだとしたら……。
次にこいつの相手が現れるのはどれくらい先になるんだろう。
大雑把に数えて俺の年齢は三十才。残りの人生、有り得ないかもしれないが百年だとしてもだ。
「その年数過ぎたら、また一人になるのか」
「……!」
あ。
やべ。
思わず口に出ちまった。
こないだもこの空気を湿っぽくしちまった。
また、やらかした。
「あー……。なんか、すまん」
「……いいよ。気にしないで」
クレーム受けて、数の単位を軽く京や垓を超える年数を一人で過ごしてきて、いくらたくさんの世界の創造主っつっても、相手がいないってんじゃなぁ。
にしてもなんだって俺にはそんな能力がついたのやら。
とにかく、話題、何か変えた方がいいよな?
「……南」
「ん?」
「また誰かが迷子になったみたい」
こいつと一緒に遊んだ時よりも前の俺のように、ななの住まいに迷い込んだ人がやってきたってことか。
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