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シルフ族の療法司ショーア

ショーア、さらなる変化

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 炊飯器の一件から、ひと月半くらい経った。

 ショーアが困惑している。

「聖女様……! どうしてっ……! どうして……」
「え? えーと……何か……どうかなされたのですか?」

 ショーアの足元にうずくまりながら縋るようにしがみつく男がいる。
 もちろん冒険者。
 そいつの声は、息も絶え絶えながらも、必死に、まるで魂から声を出しているようなかすれ声。
 ショーアは困惑しながら俺を見ている。
 何も知らない俺にどうしろと。

 この男がこの部屋に来た時、ショーアは屋根裏部屋の扉が開くのを見たという。
 と言うことは、こいつはショーアと同じ世界の住人ということだよな。
 そっから先は、この一部始終を見てた。
 握り飯タイムの準備にはまだ時間があったし、買い物や本職の仕事も一区切りついてたし。

 そいつは苦痛を耐えるように歯を食いしばりながら、這うようにしてこの部屋に入ってきた。
 装備品はボロボロなのは言うまでもないよな。

「や……やはり……、ショーア……マイラス様……」

 ショーアを見るなり、男は声を出した。

 自分の仕事の名称が療法師って言うくらいだし、負傷者や病人を健康にする目的の職だから、普通は先生とか呼ぶもんだよな。
 まぁその能力が途轍もないものであれば、様づけで呼ばれるのも自然の流れだろう。
 何の力も功績もなく、周りの者に様づけで無理やり呼ばせる奴は実に滑稽だ。
 だがこいつはそうじゃないんだろうな。
 だから、そんな風にこいつが呼ばれることには別に気に留めることではない。

「申し訳ありません。診療所では術を使うなりしてその怪我を治すこともできたのですが……」

 握り飯作り以外の回復手段はなるべく取らないように念を押している。
 何度も言うが、俺一人になった時、その回復術を期待してこの部屋に来る奴らがいたら、俺にはどうしようもないからな。

「や……やはり……。どうして……なぜそうなってしまわれたのですかっ! ショーア様っ!」

 苦痛に耐えて訴える。
 その顔は憔悴の表情にも見える。

 そしてその流れが冒頭に繋がる。

「この部屋には、救世主様がいらっしゃると聞きました。その救世主様に、聖女様が付き添われてるという話は聞いております」

 俺のことをまだ救世主なんて言う奴がいるのか。
 ほんと、誰かに擦り付けたい。
 けどその相手がいなくなったし、いないし。

「それなのに……。なぜそんな風に、身を堕とされたのですか……」
「み……身を堕とす?! 一体、何のことでしょう?!」

 おいおい。
 何か、流れている噂が変な方向に突き進んでそうだぞ?
 これは……見てて面白そうだ。

「ご自身でも分かっているのでしょう? 苦しむ人を助けてくださったあなたが……。どうか、元のあなたにお戻りくださいっ!」
「え? えぇっ……と……。ど、どう言うことでしょう?」
「白をお切りにならないでくださいっ! ……私の身はどうなっても構いませんっ! その代わり……どうか……どうか私の言葉をお聞き届けくださいっ!」

 あー。
 これってあれだな。
 自分の知ってることは相手も知ってる、と思い込んで話をするタイプだ。

「コウジ、助け舟、出してやったらどうだ?」

 傍にいた冒険者から声をかけられたから、というわけじゃない。
 けど、この男に付きまとわれちゃ握り飯タイムの準備に障りが出てしまうからな。

「あー、名も知らない冒険者さんよ。一体何がどうした? 握り飯の時間は厳守なんだ。その間、避難した者同士で手当てをしてもらってるんだ」

 いつしかそんな暗黙の了解ができていた。
 そして、互いに異世界人ながらも連帯感がそこから生まれ、助け合いの気持ちも強まる。
 その志を自分の世界に戻った後でも持ち続け、行動に起こす。
 そんなことからもここでの噂話が流れているようだ。

 で、こっちの内情はともかく……。

「で、こいつ……ショーアがどうしたって言うんだ?」
「そ、そちらの方は……救世主のコウジ様、でらっしゃいますね……。噂を聞いた私達も、一体何がどうなってるのか……」

 周りの冒険者達からの手当てを受けながら、そいつは戸惑いを隠そうともせず俺らに問いかけてくる。
 しかも言い方が実にまどろっこしい。
 まぁ聖女と呼ばれるほどの人徳者が破壊神とまで呼ばれるようになったら、そりゃ誰でも戸惑うか。

「……聖女様が……」
「うん?」
「破壊魔に成り下がった、など……。誰も信じたくはありませんっ!」

 ……破壊魔?
 語感からすれば、手あたり次第破壊しまくる存在、みたいな?

「……ショーア。そうなんだってさ」
「ど……どこから……そんな……」

 炊飯器の一件が、よほどみんなの心に強烈に残ったんだろうな。
 それにしても。

 破壊神から破壊魔って、これ……ランクダウンしてないか?
 ひょっとしたら魔王とごちゃ混ぜになったんじゃねぇの?

 あれから特にミスと言うミスはない。
 ここでの助手としてはまともな方だ。
 物作りに長けてない分コルトよりはマイナス面はあるが、常識というか良識と言うか、そういったものは弁えているし、聖女と呼ばれるだけのことはある人格者だ。
 ここでの作業に向かう姿勢は、見てるだけでも安心感はある。

 しかし炊飯器の一件は、それでも評価は覆せなかったってことだ。

「コウジさん……笑ってないで、何とか……助けてくださぁぃ……」

 普段の行いは大事だけど、その蓄積が一瞬で崩れ去る場合もある。
 教訓にしよう、うん。

「コウジさぁん……」

 さ、握り飯の準備の時間だな、うん。
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