上 下
54 / 122
近衛兵ギュールス=ボールド

気が休まらない休養日 招かれたロワーナ

しおりを挟む
 冒険者達から有志を募り、傭兵として国軍に協力する形で、国の保安を脅かす魔族を退治あるいは討伐を目的とする役所である魔族討伐対策本部。
 ニヨールと呼ばれる地区にある。
 首都ライザラールで冒険者達の宿場として一番の賑わいを見せる地区。
 そこに存在するニヨール新報社は、その地区では唯一存在する新聞社である。

「……それは大変失礼いたしました……」

 その新聞社の応接室でのこと。
 ホワールの上司であるベイク=エイリアは顔を青くして、取材の依頼を受けるためにわざわざ新聞社に足を運んでくれたロワーナに頭を下げていた。

 新聞社の数はあるが、そんなニヨール地区には一つしかないのは理由がある。
 普通の新聞は三十ページだが、ニヨール宿場新報社発行の新聞はその倍。
 同じ記事がいくつかに分けて掲載されている。
 淡々と事実を書き綴っている内容。
 それについて、国、政府や軍からの視点で書かれたものと、読者目線、社内からの視点で書かれている記事もある。
 ある意味一番偏った見方をしない記事を書く方針であることから、オワサワール皇国推奨の新聞と名指しで称えられるほど。
 更にその方針を支持する意味も込め、皇族関係者から直接取材を許される唯一の新聞社となっている。

「止めないか。私はただ、上司に部下の行動を報告しただけだ。それよりもいつもの取材の時間が減ってしまうぞ?」

 ロワーナからの言葉は、ベイクには不問に付すことを意味し、安心させるのに十分な一言だった。

「お、恐れ入ります。で、今回の伺いたいお話は、えーと、隣のウラウナガーンに出兵したという話を聞きまして、いつもなら短くて半日ほど現地で滞在しますよね? それが半日ほどで帰還されたと」

「……答える前に済まないが、その情報を入手したとき、そばに誰かいなかったか?」

 質問逃れかと怪しんだが、部下が迷惑をかけた手前ということもあるが、恐縮な思いがまだ残っているベイクは素直にロワーナからの質問に答える。

「は、はい。あー、今部署にいる者達と、取材に出かけたうちの二人……あ、ホワールもいたな」

「ふむ、なるほど納得だ。彼女に何も言わなくて正解だったな」

「はい?」

「何、似たような、いや、さらに突っ込んだ質問をしようとしてきたのでな」

「あ……、そ、それは重ね重ね」

 いつの間にひいていた冷や汗が、再びベイクの体の表面に現れる。
 彼の種族は爬虫類と、魔術を使うことが出来る妖精と融合された獣妖族。
 爬虫類は汗はかかないが、他種族と混ざるとそっちの体質の傾向が現れることがある。

「形式通りの挨拶は時間の無駄だ。御社の発行部数は確かに群を抜いている。だが他社の発行部数の合計と比べれば、当然御社の方が低い」

「そ、そりゃそうですよ。こっちだってそこまで自惚れてはいません」

「だからこそ、ここが世間に敵わない部分もある」

 いきなり始まったロワーナの話は、ベイカーには何の話題かは見当もつかない。が、流ちょうな話し方の中に必要な情報は必ず出る。要点だけを聞きたい思いを我慢して、じっと耳を傾ける。

「世間でこれはこうと決めつけられて、その意義が定着している物は数多い。そして我々国軍の一部は、ある意味そんな世間からずれている」

 そんなことはないでしょう、とロワーナの言葉を否定しようとするが、おそらくそれも情報入手までの時間を引き延ばす無駄な発言になる。
 ベイカーはさらに続くロワーナの話を待つ。

「冒険者達の間で避けられていると思われる『混族』のことは知っているか?」

 ベイカーは体をびくりと動かす。
 本題に入ってきた。こちらの聞きたいことの答えが始まる。
 その心構えを整えて返事をする。

「噂で聞きます。青い体の男のことですね。我々の取材の調査の結果判明したことは、毎回討伐に参加はしますが、帰還報告がない。けれど登録手当は毎回受け取っている。そして翌日また登録している。生還した後の街中での足取りは掴めず、けれど毎朝本部にやってきて登録している」

 ベイカーは首をかしげながら結果の報告を伝える。
 ちらほらとその話を聞き始めた頃から記事になりそうということで足取りを追っていた新聞社。
 ほかの新聞社はそうしようとはせず、『混族』の話題について好き勝手に内輪で盛り上がり、その中の一説を面白おかしく記事にあげるだけ。

「わが社も含めてどこもかしこも『混族』という名称が独り歩きすることもありました。けれど我々は団長がおっしゃられたように、あらゆる立場からの視点で記事にあげる方針です。偏った見方の記事はボツになるか、公平な見方が出来るまで差し控えます」

『混族』への偏見が生まれた温床の一つ。
 そういう解釈もできるとロワーナは考える。

「たしかギュールス=ボールドという名前でしたよね? 名前が判明したのはつい最近ですよ。傭兵として登録されるよりももっと前から、冒険者として登録してたのは掴めてたんですがね」

 それだけ彼自身の事には誰もかれも無関心であったということ。
 そして名前よりも先に彼らに定着した物があった。

「『死神』とか、『捨て石』とかだろう? 『捨て石』の方は普通に自分でも使ってたが、『死神』の方は、そう呼ばれるのは嫌ってたようだったがな」

「……やはりそうでしたか。駐留本部に呼び出しの告示が貼られてましたから、まさかとは思いましたが」

 ロワーナからの反応で、ベイカーは大体察しがついたようだ。
 滅多にその名を呼ばれない人物が名指しで公表される。
 犯罪者でもない者が呼び出される。
 呼び出した者が、魔族討伐に出撃したかと思ったらすぐに帰還。任務放棄でもしたのかと思われるくらいの迅速さで。

「しかし呼び出すにも、何か理由があったんでしょう? 『混族』とは何か知りたいという好奇心を満たすため、なんていう……」

「バカを言うな。そんな暇はあるか。彼を目にしたのは、街中でのトラブルだ。一般の者達からの不満が多くてとりあえず調査をしたところ、同じような調査結果だ。手当の不正受給があるかもしれん。そこから魔族との繋がりの可能性も考えたがそうでもない。が、彼の出撃の届け出に不審な点があったため、それは見逃せなくてさらに詳細を調べたところ、呼び出す価値はあると判断したわけだ」

 その後の経緯をロワーナは軽く説明する。

「我々も含めた一般の者達にとっては当たり前のことが、彼にとっては無縁の事だった。我々にとって普通の事が、彼にとって手にすることが出来ない理想の世界だった、ということか。そうであることを周りが許さず、彼はそれに従い続けた結果だな」

「我々も、彼らへの偏見を止めなければなりませんね。害を及ぼす者は、彼らにもいるかもしれませんが我々にも存在します。でなければ団長達の巡回は無意味な事ですからね」

「彼に伝えたよ。『混族』という名前が持つ意味はもう覆せない。だから新たに名乗るべきだとな」

「名乗る? 何を?」

「『青の一族』。彼、ひょっとして同族の者がいたら、その力は必ずしも魔族の意志によって使われるわけではない。持ち主の意志だ。この国にこれまで通り忠誠を尽くすならそのように名乗る方がいいだろうとな」

 確かに大衆が思いを一つにしていることを変えるのはなかなか難しい。
 周りの意識を変えるには、彼女の案は存外いい発想かもしれないと考える。

「しかし、別の名称を思いつくほど彼に……ぞっこんとでも言いましょうか」

「バカを言うな。だがこれまでの境遇の話を聞いたときは、流石にほっとけないという思いが真っ先に出てきた。親離れ前提で親の立場に立っていると思われてもやぶさかではないな」

「……かれがもしそれを恩と受け止め、恩返しをしようと考えたらば……さしずめ守護神ってところじゃないですか?」

 ロワーナは、ふっ、と思わず笑いが出る。
 そこまで大仰な名称をつけるか、と。

「しかし、たった一人でその魔族の大軍を滅ぼしたのでしょう? 有り得ないですよ。その話がもし嘘だったとしたら、他の部隊は今頃高原まで行ったり来たりの大騒ぎ。あそこら辺の様子は落ち着いているみたいですから団長の話は当然間違いない。彼の働きぶり、神がかってるとしか言いようがないじゃないですか」

 どのようにして倒したかという説明は受けてはいないベイカーにとっては、そうでなければ直接この国に神が舞い降りて奇跡を起こしたとしか思えない戦果報告である。

「名前負けしなければ、守護神も悪くはないな。彼に伝えておこう。私が忘れてなければな」

 ロワーナはそう言うと、ソファからゆっくりと立ち上がる。
 ベイカーは次回の取材が楽しみとは思うが、ある事に気が付く。
 取材は、ロワーナ直属の第一部隊が活動を終えた次の日にすることに決まっている。
 そして昨日、その活動を終えたばかり。

「……次回を楽しみに待っております、と言いたいんですが……しばらく休養期間ですよね」

「うん? それがどうした?」

「……じゃあ次回の取材は……」

 彼の予想によれば、しばらくはないはず。
 ギュールスについての情報も、当然新しい確実な情報は入らないはずである。

「……我慢するんだな。我々とて、御社が求める記事になりそうな話を毎日有しているわけではないのでな」

 あの鉄砲玉娘にもよく言い聞かせておけ、と言い残し、ロワーナは応接室を出る。
 部屋の前で見送るベイカー。
 普通なら玄関まで見送るのが礼儀だが、そこまで畏まらなくてもいいと直々にロワーナから言われている。

 彼にとって、短いながらも充実した時間を過ごすことが出来、満足な思いで心は満ち溢れていたが、ホワールの事を思い出すと、はらわたが煮えくり返る思いがふつふつと沸き上がった。

「にしてもまったくあいつはっ!」

 彼も応接室を出ると、編集室までの廊下を歩く足音を特別大きくしていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ
ファンタジー
小説家になろうで先行投稿してます。 異世界から飛ばされてきた美しいエルフのセレナ=ミッフィール。彼女がその先で出会った人物は、石の力を見分けることが出来る宝石職人。 宝石職人でありながら法具店の店主の役職に就いている彼の力を借りて、一緒に故郷へ帰還できた彼女は彼と一緒に自分の店を思いつく。 セレナや冒険者である客達に振り回されながらも、その力を大いに発揮して宝石職人として活躍していく物語。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし
ファンタジー
 そこは神が実在するとされる世界。人類が危機に陥るたび神からの助けがあった。  神から人類に授けられた石版には魔物と戦う術が記され、瘴気獣と言う名の大敵が現れた時、天成器《意思持つ変形武器》が共に戦う力となった。  狩人の息子クライは禁忌の森の人類未踏域に迷い込む。灰色に染まった天成器を見つけ、その手を触れた瞬間……。  この物語は狩人クライが世界を旅して未知なるなにかに出会う物語。  使い手によって異なる複数の形態を有する『天成器』  必殺の威力をもつ切り札『闘技』  魔法に特定の軌道、特殊な特性を加え改良する『魔法因子』  そして、ステータスに表示される謎のスキル『リーディング』。  果たしてクライは変わりゆく世界にどう順応するのか。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

処理中です...