上 下
52 / 122
近衛兵ギュールス=ボールド

気が休まらない休養日 招かれざる乱入者

しおりを挟む
「あ、あの……」

「後で説明する。いや、彼女らにしてもらおう。今は何も言うな!」

 赤系統のスーツ姿の眼鏡をかけた、いかにも事務職員という姿。
 しかしギュールスには彼女の姿をまともに見ることは出来ない。
 目の前にロワーナがいる。ギュールスには、彼女の姿を見せまいとしているように感じたが、ロワーナがしていることはその逆。彼女にギュールスの姿をなるべく見せないようにしていた。

 訓練場にはふさわしくないその格好。着替えらしい物も持ってはいない突然の乱入者の目的は、この施設の利用ではなく、近衛兵の部隊と会うことらしい。

「……私はこれから他の部隊の様子を見に行かなければならん。ホワール=ワイター女史、でしたか? 私への取材は勘弁願いたい」

「ホワール=ワイター?」

「ライザラールのニヨールって区域があるでしょ? 冒険者用の宿とか商店街とかがあるとこ。そこを中心に配られている新聞を作ってるとこの記者よ」

「ニヨールって……」

「流石に知ってるか。首都一番の宿場だからな」

「……すいません、どこですか? それ」

「はあっ?!」

 一同、ギュールスに注目する。

 冒険者達がライザラールに滞在するために必要な生活区域。首都最大と言われるだけあって、一般住民達が生活する区域の繁華街に引けを取らない賑やかさ。首都の経済の一端を担うほど活気に溢れている場所でもある。
 そして魔族討伐対策本部がある区域でもある。

「いや、街中の地名は知らなくても生活は出来ましたから……」

 彼の待遇を考えるとなるほどと納得できるが、納得できないのはその女性。

「ちょっと! 近衛兵の一人がライザラールの地名を知らないってのは大問題じゃないですか?!」

 新聞記者と説明されたその女性はいきなりギュールスにいきり立つ。
 ロワーナの脇を通りギュールスの前に仁王立ち。

「……えーと……なんかすいません」

「謝るな……。とは言っても、確かに地区名とかも知らないと警備のための巡回もままならんだろう。ここまでの生い立ちとかもう関係ないぞ」

「そうですよ、団長さん! 住民や冒険者達は皆さん方に命を預けてるんですから!」

 ここぞとばかりに意気、声高く主張するホワール。
 しかし好き放題に言われっぱなしのままでいいわけがない。

「国軍に対する傭兵達からの評価が下がりっぱなしだ。根拠のない取材の結果が理由と思われる推測だけで記事を書くのはやめてもらおうか」

「何をおっしゃいますやら! 私達勤勉な記者達が寝る暇も惜しんで自分の足で現場に駆けつけて日夜勤務に励んだ結晶ですよ?!」

「真実に基づかず事実ばかりを追いかけたら、そりゃ物事を正しく掴めないままの中身の薄い記事になるだろうな。そんな物、言い回しを覚えたばかりの子供でも書ける」

「言いましたねっ! 大体」

「あのっ! 団長!」

 ホワールとロワーナの言い争いの間にギュールスは割って入る。

「む……、なんだ、ギュールス!」

「次の予定の時間が迫ってるのでは……と」

 ヒートアップしたロワーナは、ギュールスの一言で冷静さを取り戻す。

「あ、あぁ。よく申し出てくれた。みんな、頃合いを見計らって次の予定に入るようにな」

 そう言うとロワーナは足早に訓練場から立ち去って行った。

「さて、我々も次の用事へ」

「おーっとすいません。取材させてくださいな。第一部隊の一人が短時間で魔族の群れを追い払ったとか何とかって話を聞きまして」

「すまんな。話せば長くなる。短時間で済ませられる話題なら喜んで受けられるのだが、体調を整えるのも仕事のうちだ。日を改めてくれ」

 ホワールを横へ腕で押しのけて、全員をこの場から連れて出ようとする。

「ちょっと! その情報も読者にとっては必要な話ですよ?! 秘匿情報ってことでいいんですね?!」

「えー……」

「ギュールス! 余計なことを言う必要はないぞ!」

「え? いや、だって……」

 エノーラとホワールの二人に視線を往復させるギュールス。ホワールへは申し訳なさそうな顔をしている。

「あ、いいんですよ。どんなお話でも伺いますからっ」

「ギュールス、私もエノーラと同意。取材拒否するわけじゃないし、休む時間を削った結果任務に支障が出ても新聞社が責任取ってくれるわけじゃないの。自己管理はしっかりしないと」

「あ、えーと、ケイナさん、そういうんじゃなくて……この記者さん、分かってないようですから……」

「分かってない?」

 ケイナはギュールスに聞き返す。
 ホワールは不思議そうにギュールスを見る。
 分からないことがあるから取材に来るんだろうに、こいつは何を言っているのだ、と心の中では遠慮なく文句をつける。

「だってさっき、地域の名前も知らないでって憤ってましたよ? そのくせ取材に応じてくださいって。そして体を休めるのも仕事なら、俺はいつ地域の名前覚えたらいいのかと聞きたかったんですが」

「す、少しの時間があれば覚えられるでしょ?!」

「いえ、多分無理です」

「どうして!」

「簡単にできるなら、地名覚えてないだけであんなに怒りはしないでしょう。ということで、この後の時間は地図を見て、あとは道具の点検と補充をしたいんですが」

 エノーラはニヤリと笑う。
 ただこの場で立ち去るよりも、ぐうの音を言わせない根拠を出した上で去る方がこちらに悪い印象を持ちづらい。
 その理由の言い出しっぺは向こうなのだ。

「そういうことらしい。済まないな、ホワール。ま、質問内容はどうであれ、事前に連絡を取った方が確実に記事を見つけられると思うぞ。ギュールス、道具関係は先に済ませるように。いつ援軍の依頼が来るか分からんからな。メイファ、それとティル、彼に付き添ってやれ」

「あ、ちょっと! ぅぐぅ……。形式ばった答え聞いたって、読者はみんな言葉通り受け止めてくれるとは限らないのよ!」

 第一部隊が立ち去った訓練場で、ホワールは八つ当たりするように、地面に足を力を込めて踏みつけた。
 その足跡は、ギュールスが地面に打ち付けた鞭状の跡の上。
 ホワールは見ていない、ギュールスの腕の形状を変えた鞭。それを踏みちぎらんばかりの力だったせいか、細長い鞭の跡はその途中で足跡によって途切れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

ぽっちゃりおっさん異世界ひとり旅〜目指せSランク冒険者〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
酒好きなぽっちゃりおっさん。 魔物が跋扈する異世界で転生する。 頭で思い浮かべた事を具現化する魔法《創造魔法》の加護を貰う。 《創造魔法》を駆使して異世界でSランク冒険者を目指す物語。 ※以前完結した作品を修正、加筆しております。 完結した内容を変更して、続編を連載する予定です。

龍騎士イリス☆ユグドラシルの霊樹の下で

ウッド
ファンタジー
霊樹ユグドラシルの根っこにあるウッドエルフの集落に住む少女イリス。 入ったらダメと言われたら入り、登ったらダメと言われたら登る。 ええい!小娘!ダメだっちゅーとろーが! だからターザンごっこすんなぁーーー!! こんな破天荒娘の教育係になった私、緑の大精霊シルフェリア。 寿命を迎える前に何とかせにゃならん! 果たして暴走小娘イリスを教育する事が出来るのか?! そんな私の奮闘記です。 しかし途中からあんまし出てこなくなっちゃう・・・ おい作者よ裏で話し合おうじゃないか・・・ ・・・つーかタイトル何とかならんかったんかい!

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

御者のお仕事。

月芝
ファンタジー
大陸中を巻き込んだ戦争がようやく終わった。 十三あった国のうち四つが地図より消えた。 大地のいたるところに戦争の傷跡が深く刻まれ、人心は荒廃し、文明もずいぶんと退化する。 狂った環境に乱れた生態系。戦時中にバラ撒かれた生体兵器「慮骸」の脅威がそこいらに充ち、 問題山積につき夢にまでみた平和とはほど遠いのが実情。 それでも人々はたくましく、復興へと向けて歩き出す。 これはそんな歪んだ世界で人流と物流の担い手として奮闘する御者の男の物語である。

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

処理中です...