50 / 122
近衛兵ギュールス=ボールド
所変われど、本人は変わらず その3
しおりを挟む
ショリ……ショリ……ショリショリ……
「……中庭の雑草より、こっちの方が味は強いかな? 苦みも強いけど……」
川のせせらぎが近い岸辺で、胡坐で草を噛みしめるギュールス。
川の幅はかなりあるが、中に入っても足を取られることが絶対にないほどの浅い川。
「種類があるんだよな、こっちの方が」
夜に活動する虫や小動物の息遣いが感じられる鳴き声に包まれながら、気の向くままに草を摘み、口に運ぶ。
それを、もう数えきれないほど繰り返した頃、その息遣いが感じられなくなる。
川のせせらぎ以外の音はない。
しかしその静寂はわずかな時間で終わった。
草を踏む音。
そして近づく誰かの気配。
「……店に入ることが出来ず、いじけてるのかと思ったがな」
「……団長……なんで……? お店は? 食事会は?!」
「お前のいない食事会に何か意味があるのか? みんなでお前を探してたんだよ」
ロワーナはそう言うと、ギュールスの隣に膝を伸ばして座る。
「ちょっ! ドレス汚れちゃいますよ!」
「汚れたら洗えばいい。それだけのこと。……随分このあたり草がないな。辺り一帯食べつくしたのか?」
ロワーナはそう聞きながら苦笑いしている。
はぁ、まぁと言いながら照れ臭い顔のギュールス。
「私でも食えるのか? それは」
「毒はありません。体に害はないと思うんですが……え?」
自分に伸ばされたロワーナの手に気付く。
その手のひらは上向き。
「……あの、この手は……」
「試させてみろ。そっちの手に握ってる草も食べるつもりなんだろ?」
「そりゃ……そうですが……」
いいからほら、と言いながら急かすロワーナは、明らかにその草を求めている。
団長の立場でなければ皇帝の娘、殿下の肩書である。
そんな人物に、川辺に生えている草をたべさせるというのはどうなんだろう、と迷っているギュールス。
その手から強引に草を取り上げ、自分の口に運ぶロワーナ。
「あ……あの……」
驚くギュールスは、ただそれを目で追うことしかできなかった。
ショリ。
「うっ……。に、苦くないか? ……これ、飲み込んでも大丈夫なのか?」
「今言ったように毒はないです。でも口の中に苦みは残ると思うので吐き出しても……って無理しないでくださいよ!」
一口かじった分を飲み込むと、そんな高貴な身分の物とは思えないくらい顔を歪ませる。
「……よく、これを口にできるものだな」
ギュールスは草の齧りかけを受け取ると、そのまま一気に口の中に入れる。
「……苦み以外の味もあるんですよ。中庭の雑草よりもその味は濃いですよ?」
ごくん、と飲み込み、近くにまだ残っている草を探す。
しかしあることに気付く。
「……みんな、みんな俺のこと探してる?! 早く戻らないと!」
立ち上がりかけたギュールスの腕を、座ったまま握るロワーナ。
その動作が止まり、ロワーナを見る。
その瞬間、ギュールスの体は固まる。
彼には、ロワーナがなぜそんな顔をこちらに向けているのか分からない。
そのロワーナは、ギュールスに優しい笑みを向けている。
「あ、あの……」
「座れ、ギュールス」
言われたままギュールスが座った理由は、単純に腕を引っ張られたため。
ドスッという鈍い音と共に尻もちをついた。
「あ、あの……」
「しばらくのんびりしても罰は当たるまい」
しかしのんびりできているのはロワーナだけ。
ギュールスは、肩書も身分も違い過ぎることをまざまざと見せつけられたばかりのその相手の一人ロワーナであることと、皆が自分のために探して回っていることが気がかりで、のんびりとはかけ離れている心の内。
しかし気に病んでばかりで何もしないのも時間の無駄である。
ギュールスは改めて、辺りに伸びている草を手探りで探す。
「なぁ、ギュールス」
「は、はいっ!」
「ふ。……私の部屋では簡単には落ちんとは言ったが……うん、それは本当なんだがな」
「はい?」
「ある種の親近感はあるんだよ。お前には分かってもらえるかもしれないとは思う」
ロワーナはそう言いながら、ドレスの裾を手繰り、素足をギュールスに見せた。
「えーと、あの」
「ふふ。どうだ? 私の膝は」
膝には何やら模様が描かれている。
「……薔薇の花……っぽいですね。あれ?」
「うむ、気付いたか? 流石だな」
一番近い明りは月。街の明かりはほとんど届かない。
民家の窓から光は見えるものの、その光は二人の辺りを照らすほどではなく、その存在を報せる程度。
なのに、その模様ははっきりと見える。発光や夜光の物でもないにもかかわらず。
「不思議だろう? 国軍の象徴である白薔薇は、この模様を基にしたものだ。植物と言う思い込みがなければ、ただの線が描かれているただの模様だ」
「言われてみれば……あ、国章も……。あれ? てことは」
「いい所に気が付いたな。そうだ。公共の模様全ての元は、この模様からきている。兄上であるエリアード殿下も、父上であるアンガード皇帝陛下にも、それぞれ体の別の部位に刻まれている。そして、見るがいい」
その膝を曲げたり伸ばしたりする。
が、その模様の形は変わらない。
全体的に円形をかたどっているその模様は、ひざを曲げれば模様の一部も伸びで楕円形になるはずである。
しかし伸びない。円形が変形しないのである。
「……彫り物、じゃない? 何だ、これ……」
「触ってみても構わんぞ」
「いやいや、それはムリ」
ギュールスの慌てぶりを思わず笑い声をこぼすロワーナ。
その感情を落ち着かせ、話を続ける。
「皇族の誰もが生まれながらにして、このような模様を持つ。そんな我々の種族は何だと思う?」
「そりゃあ、シルフ族を中心とした……。あれ?」
「うむ。それは正解だ。だがそればかりではない。それは……お前が自分の『混族』としての力を発揮しない限り正体不明と思われていることと同じなんだよ」
正体不明。
そしてその正体不明の血を引く一族。
その証明となる謎の紋章。
「成長する途中でこの紋章が現れたり消えたりすることはない。そしてその紋章が持つ力もある」
「……特別な、力?」
「うむ。だが目に見える物ではない。そしてその力を思いきり活用しても、ただ勘が鋭いとか、偶然がうまく重なったとしか思われないような力さ」
ギュールスは知らない世界のことを教わっている、そんな何かの講義を受けているような気持ちになる。
「だからお前と一緒なのかもしれんのだよ」
「はい?」
ギュールスの声が裏返る。
いきなり話がとんでもない所に飛んで行った、そんな気がした。
「お前は多くの者から嫌われていた。私達一族は、多くの者から好かれていた。もしお前の一族が多くの者から好かれていたならば、そこまで卑屈な性格にならなかっただろう。『混族』の名称だって国の旗印になれたかもしれなかった。お前と私は紙一重というところさ。いや、我々の身元が突き止められない分、そちらの方に明解さは存在するな、うん」
「そ、それでも……」
ようやく見つけた草をぶつりと摘む。しかしそれは無意識の行為。
ギュールスの頭の中は、ロワーナの講釈で満ちていた。
「好かれることは、悪いことじゃ……」
「うむ。だがこの紋章も、拭い取ろうとしても取れない。この国の指導的役割から逃れることが出来ない呪いとも言える。お前の体の色から生まれた解釈は、人によって作り上げられた。だがこの紋章によって得る役割は、誰もかれも周りから押し付けられた。それを前向きに受け止めたか後ろ向きに受け止めたか、それだけの違いさ」
ドレスを戻し、上体を地面につけて仰向けになる。
「紙一重、とは言ったが、解釈するには縁がない両者かもしれん。だがお前の気持ちも分からなくはない。いや、むしろ分かりやすい立場かもしれん。そしてお前も、私の思いを意外と分かってくれる立場かもしれん」
「そんな立場とは無関係に、あいつらもお前の気持ちに近づこうとしている。同じ時間に同じことをして、同じ思いを共有し、同じ感情を持つ。その度合いは違うし別の思いも同時に持つこともあるだろう。あいつらはお前を仲間として受け入れようと努力している。……お前は、まだ仲間として受け入れようとしないようだがな」
「……そんなことは」
「あるぞ。そんなことはないのだとしたら、あの店の入り口で我々を呼び止めるなりしていただろう。遠慮しているか、一歩身を引いていたかのどちらかだ。あの時のお前の言葉は、お前がどういう意志を持ってどんな行動をするかを決めた言葉だったな」
ロワーナの言葉は、ギュールスが夕食を一旦中断し、また戻ってきた時のことを指していた。
「気持ちが分かってくれる相手がいるというのは、とても心強いものだ。我々を支えてくれるというのなら、我々もお前を支えてやれるだろう。そしてもう一度言う。皆はお前を待ち受けているぞ。そして私は待ちかねている。後はお前だけだ」
ギュールスは項垂れている。
支えられてもらった時の喜びなど、もうすっかり忘れてしまっていた。
ゆえに、その喜びを分かち合うことが出来るかどうかも分からない。
けれど。
「自分がいることで、喜んでくれる、うれしい思いを持ってくれる相手がいたら、それは励みになります。その後で蔑まれることが分かっていたとしても」
「……どうしても遠慮してしまうんだな。同じ立場に立てる者が、こうも正反対になるとはるか遠い存在になるのだな……」
「今の俺は、団長に尽くすという思いしか出てきません……」
「……答えが変わらないならそれでもいいさ。ただ、仲間のために、私のために力を尽くせ。そして私はその尽力に報いよう。それでどうだ?」
その思いはあの夕方以来気持ちを変えるつもりはない。
ロワーナからの依頼に、ギュールスは力強く頷いた。
…… …… ……
「あ、ここですね。だんちょーぅ、ギュールスーぅ、早く早くー」
夕食にありつけられなかった第一部隊は場所を変える。
レストランには割と足を運ぶ機会はあるが、酒場となると個人で足を運ぶ機会は滅多にない。部隊単位となるとなおさらである。
ましてや夕食会のために着飾った姿で酒場に入るのも、周りから見れば異様な感じを与えるが、それでも酒場のスタッフからは歓迎された。
しかしここでもギュールスの姿を見て、ほとんどの者が眉を顰める。
あからさまに機嫌を悪くする者もいるが、第一部隊のメンバーが彼らを寄せ付けない。
そして一番近くにいるロワーナが最後の砦である。
腕づくで追い出そうとする者は自ずといなくなる。
目を惹く者達の中に嫌厭する者が中にいる。
酒場の客達の視界には、その集団はどうしても目に入る。
しかし彼女たちは一切気にしない。
ロワーナと一緒に馬車の所に戻ってきたギュールスが、ロワーナとだけではなく全員との距離が縮まったように感じたことに好感を持てた。
数少ない、ギュールスに嫌悪感を感じない者達はその雰囲気に誘われて近寄ると、彼女らの勢いに巻き込まれ知らないうちに一緒に酒を酌み交わしたり一緒に料理を口にする。
その輪がどんどん広がり、最後にはギュールスを嫌う反応は消えてしまっていた。
「あ、あの……」
「何だ? 何か心配事か?」
「明日の予定に……響かないんですか? 傭兵時代には、二日酔いのまま参戦登録する者もいたりしたので……」
「ふふ、それもそうだな。皆、そろそろ戻るとするぞ。会計は……」
「これで」
釣りは出るが、ギュールスが受け取った特別褒賞で支払った。
しかも店内にいる客全員の分と、おそらくまだ残り続けるであろう彼らのその後の飲み代の一部も。
とてつもない不愉快な思いもさせられたが、酒場のスタッフや客達に惜しまれながら退店し、気持ち良く駐留本部に帰還することが出来た第一部隊一行であった。
「……中庭の雑草より、こっちの方が味は強いかな? 苦みも強いけど……」
川のせせらぎが近い岸辺で、胡坐で草を噛みしめるギュールス。
川の幅はかなりあるが、中に入っても足を取られることが絶対にないほどの浅い川。
「種類があるんだよな、こっちの方が」
夜に活動する虫や小動物の息遣いが感じられる鳴き声に包まれながら、気の向くままに草を摘み、口に運ぶ。
それを、もう数えきれないほど繰り返した頃、その息遣いが感じられなくなる。
川のせせらぎ以外の音はない。
しかしその静寂はわずかな時間で終わった。
草を踏む音。
そして近づく誰かの気配。
「……店に入ることが出来ず、いじけてるのかと思ったがな」
「……団長……なんで……? お店は? 食事会は?!」
「お前のいない食事会に何か意味があるのか? みんなでお前を探してたんだよ」
ロワーナはそう言うと、ギュールスの隣に膝を伸ばして座る。
「ちょっ! ドレス汚れちゃいますよ!」
「汚れたら洗えばいい。それだけのこと。……随分このあたり草がないな。辺り一帯食べつくしたのか?」
ロワーナはそう聞きながら苦笑いしている。
はぁ、まぁと言いながら照れ臭い顔のギュールス。
「私でも食えるのか? それは」
「毒はありません。体に害はないと思うんですが……え?」
自分に伸ばされたロワーナの手に気付く。
その手のひらは上向き。
「……あの、この手は……」
「試させてみろ。そっちの手に握ってる草も食べるつもりなんだろ?」
「そりゃ……そうですが……」
いいからほら、と言いながら急かすロワーナは、明らかにその草を求めている。
団長の立場でなければ皇帝の娘、殿下の肩書である。
そんな人物に、川辺に生えている草をたべさせるというのはどうなんだろう、と迷っているギュールス。
その手から強引に草を取り上げ、自分の口に運ぶロワーナ。
「あ……あの……」
驚くギュールスは、ただそれを目で追うことしかできなかった。
ショリ。
「うっ……。に、苦くないか? ……これ、飲み込んでも大丈夫なのか?」
「今言ったように毒はないです。でも口の中に苦みは残ると思うので吐き出しても……って無理しないでくださいよ!」
一口かじった分を飲み込むと、そんな高貴な身分の物とは思えないくらい顔を歪ませる。
「……よく、これを口にできるものだな」
ギュールスは草の齧りかけを受け取ると、そのまま一気に口の中に入れる。
「……苦み以外の味もあるんですよ。中庭の雑草よりもその味は濃いですよ?」
ごくん、と飲み込み、近くにまだ残っている草を探す。
しかしあることに気付く。
「……みんな、みんな俺のこと探してる?! 早く戻らないと!」
立ち上がりかけたギュールスの腕を、座ったまま握るロワーナ。
その動作が止まり、ロワーナを見る。
その瞬間、ギュールスの体は固まる。
彼には、ロワーナがなぜそんな顔をこちらに向けているのか分からない。
そのロワーナは、ギュールスに優しい笑みを向けている。
「あ、あの……」
「座れ、ギュールス」
言われたままギュールスが座った理由は、単純に腕を引っ張られたため。
ドスッという鈍い音と共に尻もちをついた。
「あ、あの……」
「しばらくのんびりしても罰は当たるまい」
しかしのんびりできているのはロワーナだけ。
ギュールスは、肩書も身分も違い過ぎることをまざまざと見せつけられたばかりのその相手の一人ロワーナであることと、皆が自分のために探して回っていることが気がかりで、のんびりとはかけ離れている心の内。
しかし気に病んでばかりで何もしないのも時間の無駄である。
ギュールスは改めて、辺りに伸びている草を手探りで探す。
「なぁ、ギュールス」
「は、はいっ!」
「ふ。……私の部屋では簡単には落ちんとは言ったが……うん、それは本当なんだがな」
「はい?」
「ある種の親近感はあるんだよ。お前には分かってもらえるかもしれないとは思う」
ロワーナはそう言いながら、ドレスの裾を手繰り、素足をギュールスに見せた。
「えーと、あの」
「ふふ。どうだ? 私の膝は」
膝には何やら模様が描かれている。
「……薔薇の花……っぽいですね。あれ?」
「うむ、気付いたか? 流石だな」
一番近い明りは月。街の明かりはほとんど届かない。
民家の窓から光は見えるものの、その光は二人の辺りを照らすほどではなく、その存在を報せる程度。
なのに、その模様ははっきりと見える。発光や夜光の物でもないにもかかわらず。
「不思議だろう? 国軍の象徴である白薔薇は、この模様を基にしたものだ。植物と言う思い込みがなければ、ただの線が描かれているただの模様だ」
「言われてみれば……あ、国章も……。あれ? てことは」
「いい所に気が付いたな。そうだ。公共の模様全ての元は、この模様からきている。兄上であるエリアード殿下も、父上であるアンガード皇帝陛下にも、それぞれ体の別の部位に刻まれている。そして、見るがいい」
その膝を曲げたり伸ばしたりする。
が、その模様の形は変わらない。
全体的に円形をかたどっているその模様は、ひざを曲げれば模様の一部も伸びで楕円形になるはずである。
しかし伸びない。円形が変形しないのである。
「……彫り物、じゃない? 何だ、これ……」
「触ってみても構わんぞ」
「いやいや、それはムリ」
ギュールスの慌てぶりを思わず笑い声をこぼすロワーナ。
その感情を落ち着かせ、話を続ける。
「皇族の誰もが生まれながらにして、このような模様を持つ。そんな我々の種族は何だと思う?」
「そりゃあ、シルフ族を中心とした……。あれ?」
「うむ。それは正解だ。だがそればかりではない。それは……お前が自分の『混族』としての力を発揮しない限り正体不明と思われていることと同じなんだよ」
正体不明。
そしてその正体不明の血を引く一族。
その証明となる謎の紋章。
「成長する途中でこの紋章が現れたり消えたりすることはない。そしてその紋章が持つ力もある」
「……特別な、力?」
「うむ。だが目に見える物ではない。そしてその力を思いきり活用しても、ただ勘が鋭いとか、偶然がうまく重なったとしか思われないような力さ」
ギュールスは知らない世界のことを教わっている、そんな何かの講義を受けているような気持ちになる。
「だからお前と一緒なのかもしれんのだよ」
「はい?」
ギュールスの声が裏返る。
いきなり話がとんでもない所に飛んで行った、そんな気がした。
「お前は多くの者から嫌われていた。私達一族は、多くの者から好かれていた。もしお前の一族が多くの者から好かれていたならば、そこまで卑屈な性格にならなかっただろう。『混族』の名称だって国の旗印になれたかもしれなかった。お前と私は紙一重というところさ。いや、我々の身元が突き止められない分、そちらの方に明解さは存在するな、うん」
「そ、それでも……」
ようやく見つけた草をぶつりと摘む。しかしそれは無意識の行為。
ギュールスの頭の中は、ロワーナの講釈で満ちていた。
「好かれることは、悪いことじゃ……」
「うむ。だがこの紋章も、拭い取ろうとしても取れない。この国の指導的役割から逃れることが出来ない呪いとも言える。お前の体の色から生まれた解釈は、人によって作り上げられた。だがこの紋章によって得る役割は、誰もかれも周りから押し付けられた。それを前向きに受け止めたか後ろ向きに受け止めたか、それだけの違いさ」
ドレスを戻し、上体を地面につけて仰向けになる。
「紙一重、とは言ったが、解釈するには縁がない両者かもしれん。だがお前の気持ちも分からなくはない。いや、むしろ分かりやすい立場かもしれん。そしてお前も、私の思いを意外と分かってくれる立場かもしれん」
「そんな立場とは無関係に、あいつらもお前の気持ちに近づこうとしている。同じ時間に同じことをして、同じ思いを共有し、同じ感情を持つ。その度合いは違うし別の思いも同時に持つこともあるだろう。あいつらはお前を仲間として受け入れようと努力している。……お前は、まだ仲間として受け入れようとしないようだがな」
「……そんなことは」
「あるぞ。そんなことはないのだとしたら、あの店の入り口で我々を呼び止めるなりしていただろう。遠慮しているか、一歩身を引いていたかのどちらかだ。あの時のお前の言葉は、お前がどういう意志を持ってどんな行動をするかを決めた言葉だったな」
ロワーナの言葉は、ギュールスが夕食を一旦中断し、また戻ってきた時のことを指していた。
「気持ちが分かってくれる相手がいるというのは、とても心強いものだ。我々を支えてくれるというのなら、我々もお前を支えてやれるだろう。そしてもう一度言う。皆はお前を待ち受けているぞ。そして私は待ちかねている。後はお前だけだ」
ギュールスは項垂れている。
支えられてもらった時の喜びなど、もうすっかり忘れてしまっていた。
ゆえに、その喜びを分かち合うことが出来るかどうかも分からない。
けれど。
「自分がいることで、喜んでくれる、うれしい思いを持ってくれる相手がいたら、それは励みになります。その後で蔑まれることが分かっていたとしても」
「……どうしても遠慮してしまうんだな。同じ立場に立てる者が、こうも正反対になるとはるか遠い存在になるのだな……」
「今の俺は、団長に尽くすという思いしか出てきません……」
「……答えが変わらないならそれでもいいさ。ただ、仲間のために、私のために力を尽くせ。そして私はその尽力に報いよう。それでどうだ?」
その思いはあの夕方以来気持ちを変えるつもりはない。
ロワーナからの依頼に、ギュールスは力強く頷いた。
…… …… ……
「あ、ここですね。だんちょーぅ、ギュールスーぅ、早く早くー」
夕食にありつけられなかった第一部隊は場所を変える。
レストランには割と足を運ぶ機会はあるが、酒場となると個人で足を運ぶ機会は滅多にない。部隊単位となるとなおさらである。
ましてや夕食会のために着飾った姿で酒場に入るのも、周りから見れば異様な感じを与えるが、それでも酒場のスタッフからは歓迎された。
しかしここでもギュールスの姿を見て、ほとんどの者が眉を顰める。
あからさまに機嫌を悪くする者もいるが、第一部隊のメンバーが彼らを寄せ付けない。
そして一番近くにいるロワーナが最後の砦である。
腕づくで追い出そうとする者は自ずといなくなる。
目を惹く者達の中に嫌厭する者が中にいる。
酒場の客達の視界には、その集団はどうしても目に入る。
しかし彼女たちは一切気にしない。
ロワーナと一緒に馬車の所に戻ってきたギュールスが、ロワーナとだけではなく全員との距離が縮まったように感じたことに好感を持てた。
数少ない、ギュールスに嫌悪感を感じない者達はその雰囲気に誘われて近寄ると、彼女らの勢いに巻き込まれ知らないうちに一緒に酒を酌み交わしたり一緒に料理を口にする。
その輪がどんどん広がり、最後にはギュールスを嫌う反応は消えてしまっていた。
「あ、あの……」
「何だ? 何か心配事か?」
「明日の予定に……響かないんですか? 傭兵時代には、二日酔いのまま参戦登録する者もいたりしたので……」
「ふふ、それもそうだな。皆、そろそろ戻るとするぞ。会計は……」
「これで」
釣りは出るが、ギュールスが受け取った特別褒賞で支払った。
しかも店内にいる客全員の分と、おそらくまだ残り続けるであろう彼らのその後の飲み代の一部も。
とてつもない不愉快な思いもさせられたが、酒場のスタッフや客達に惜しまれながら退店し、気持ち良く駐留本部に帰還することが出来た第一部隊一行であった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
ただの世界最強の村人と双子の弟子
ヒロ
ファンタジー
とある村にある森に、世界最強の大英雄が村人として生活していた。 そこにある双子の姉妹がやってきて弟子入りを志願する!
主人公は姉妹、大英雄です。
学生なので投稿ペースは一応20時を目安に毎日投稿する予定ですが確実ではありません。
本編は完結しましたが、お気に入り登録者200人で公開する話が残ってます。
次回作は公開しているので、そちらも是非。
誤字・誤用等があったらお知らせ下さい。
初心者なので訂正することが多くなります。
気軽に感想・アドバイスを頂けると有難いです。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる