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近衛兵ギュールス=ボールド
近衛兵師団長と混族
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身内からも『混族』の評判は良くないという意見があることを知ったロワーナは、部下たちからの意見も取り入れギュールスの待遇を決めた。
直接交渉するために待機室に向かう。
団長室での彼の態度を思い返し、交渉は間違いなく滞りなく済ませられると確信していたのだが。
ガチャリと音を立てて待機室に入る。
中にいるギュールスと目が合った。
「……なぜそこにいる?」
ギュールスを見て真っ先にロワーナの口から出た言葉である。彼は土足の床の上に胡坐で座っていた。
「ソファに座って待つようにと命令されたが、いなくなったからその通りにしなくていいのかなと」
ロワーナはギュールスの返事で固まっている。
ソファに座る動作自体命令として受け止めているギュールスの感覚はまともではないと感じとる。
待機所での彼の様子についてケイナから報告を受けていたが、その内容に半信半疑であった。
こうして彼の行動を目にした彼女は、部下の話は本当であることを知る。
改めて、別の意味で速やかに彼に伝えることは難しそうに感じた。
「……椅子には座りづらいか?」
「蹴り倒されるのならもう慣れた……です。だがその度毎に一々起き上がるのが面倒くさいかな。もったいぶらないで一度で完全に済ませりゃいいものを、立ち上がる度に殴る蹴るを小出しにされるからいつ終わりになるか全く分からない。その後の予定も立てられない」
「……そ、そうだったのか。まぁ今はそんなつもりもないから安心したまえ」
「……それも何度も言われました。言われた直後に蹴り飛ばされたことも数え切れんほどだったなぁ。それで、処分はどうなるんです? 蹴飛ばしてからでないと伝えられないってんなら遠慮なくやってもらいたいんですが」
そのようなことをする者達の神経も疑うが、それを受け入れるギュールスの神経も理解不能。
だがまずは、ギュールスの今後の待遇を伝えた。
「……傭兵の部隊から近衛兵隊の捨て石とか壁役になるという解釈でいいんですか?」
「まぁ間違ってはいないが……。我々は君について調査した。君には隠された能力があるようだな」
全身をびくっとさせたギュールス。
部下のメイファが直にギュールスの能力を目撃していたので調査するまでもなかったのだが、エノーラとメイファの二人は自分の部下であることをまだ知られていないのを確信すると、まだ知られないようにすることに決めた。
「その能力を存分に発揮してもらいたい。我々の部下にもその調査結果は知られている。他の国軍兵士や傭兵部隊には知らせるつもりはない。そして君が今後所属する部隊は一応私が指揮する第一近衛兵隊に在籍はしてもらうが、基本的には常に単独行動を強制する」
出撃中に仲間から攻撃されても文句を言うな。
ギュールスにはそれとなしにそう言われた気がした。
「そして君に出される指令は、一緒に出撃する近衛兵全員を、最悪でも生還させること。何、戦闘配置は短時間では行き来できないほど遠ざかることはない。一度に戦闘に出る部隊数は多くて三つ。多くて八人くらいだから二十四名の生還の補助を命ずるというわけだ」
「どうしても守れ切れない場合は、即刻死罪……とか?」
「近衛兵隊全滅ならそれもあるかもしれん。だが最悪近衛兵師団団長の守備だけはやり遂げてもらいたい」
ロワーナ=エンプロアを守る。
その上で出撃に出る最多二十四名を助ける。
これがギュールスがこれから受ける指令。誰かと一緒に動いたりすることなく、たった一人で成し遂げなければならない役目。
「無理です。即刻死刑にしてください」
予想外の返事に、ギュールスは目を白黒させる。
「自分から死刑を望むというのはどうかと思うぞ? 理由を聞かせてくれないか?」
「戦闘に使う道具が足りません。ずっとここで待機なら、買い物に行く時間が取れません。店に出向いてもすぐに品物を出してくれません。短時間で買い物を済ませられないのでその役目を果たすことは不可能です。そして今日、参戦登録できなかったので先立つ物もありません」
生気のない目にも絶望が宿らせることができるのを知り、ロワーナは奇妙な感動を覚える。
「道具は選び放題だ。武器倉庫に行けは望む物はほとんど手に入る」
「食料も一応携帯したいので、採集する時間も欲しいのですが」
「そんな物は料理長に頼めば済むだろう。かさばらず、長時間活動できる体力を維持してくれる物を作ってくれるぞ」
ギュールスはうなだれながら首を横に振る。
「作ることは出来るでしょう。でも俺に渡してもらえるかどうかは別問題ですよ。食料採集する時間をもらえないとなると、出撃直後に処刑されても文句は言いません」
文句は言えない、の間違いじゃないのかとロワーナは思うが、論点はそこではない。
「バカなことを言うな。私から料理長に伝えておく。それで問題はないはずだ」
「渡す意思があるかどうかは閣下ではなく料理長さんとやらです。食材を用意する者も拒否したら自分の分は作ってはもらえませんよ。……食料採集の時間を与えないのが処罰の一つというのなら喜んで受け入れますが」
「……そろそろ昼食の時間だな。その後で……誰かに付き添わせよう。『混族』の偏見を持たない第一近衛兵隊の一人だ。君一人に勝手に外出されると、いろいろ何かと不都合があるのでな」
ギュールスは黙って頷く。
「よし。ならここでもう少しくつろいでくれ。時間が来たら食事を持ってこさせよう」
このロワーナの言葉にも黙って頷く。それを見てロワーナは「また後でな」と言い残して待機室から退出した。
直接交渉するために待機室に向かう。
団長室での彼の態度を思い返し、交渉は間違いなく滞りなく済ませられると確信していたのだが。
ガチャリと音を立てて待機室に入る。
中にいるギュールスと目が合った。
「……なぜそこにいる?」
ギュールスを見て真っ先にロワーナの口から出た言葉である。彼は土足の床の上に胡坐で座っていた。
「ソファに座って待つようにと命令されたが、いなくなったからその通りにしなくていいのかなと」
ロワーナはギュールスの返事で固まっている。
ソファに座る動作自体命令として受け止めているギュールスの感覚はまともではないと感じとる。
待機所での彼の様子についてケイナから報告を受けていたが、その内容に半信半疑であった。
こうして彼の行動を目にした彼女は、部下の話は本当であることを知る。
改めて、別の意味で速やかに彼に伝えることは難しそうに感じた。
「……椅子には座りづらいか?」
「蹴り倒されるのならもう慣れた……です。だがその度毎に一々起き上がるのが面倒くさいかな。もったいぶらないで一度で完全に済ませりゃいいものを、立ち上がる度に殴る蹴るを小出しにされるからいつ終わりになるか全く分からない。その後の予定も立てられない」
「……そ、そうだったのか。まぁ今はそんなつもりもないから安心したまえ」
「……それも何度も言われました。言われた直後に蹴り飛ばされたことも数え切れんほどだったなぁ。それで、処分はどうなるんです? 蹴飛ばしてからでないと伝えられないってんなら遠慮なくやってもらいたいんですが」
そのようなことをする者達の神経も疑うが、それを受け入れるギュールスの神経も理解不能。
だがまずは、ギュールスの今後の待遇を伝えた。
「……傭兵の部隊から近衛兵隊の捨て石とか壁役になるという解釈でいいんですか?」
「まぁ間違ってはいないが……。我々は君について調査した。君には隠された能力があるようだな」
全身をびくっとさせたギュールス。
部下のメイファが直にギュールスの能力を目撃していたので調査するまでもなかったのだが、エノーラとメイファの二人は自分の部下であることをまだ知られていないのを確信すると、まだ知られないようにすることに決めた。
「その能力を存分に発揮してもらいたい。我々の部下にもその調査結果は知られている。他の国軍兵士や傭兵部隊には知らせるつもりはない。そして君が今後所属する部隊は一応私が指揮する第一近衛兵隊に在籍はしてもらうが、基本的には常に単独行動を強制する」
出撃中に仲間から攻撃されても文句を言うな。
ギュールスにはそれとなしにそう言われた気がした。
「そして君に出される指令は、一緒に出撃する近衛兵全員を、最悪でも生還させること。何、戦闘配置は短時間では行き来できないほど遠ざかることはない。一度に戦闘に出る部隊数は多くて三つ。多くて八人くらいだから二十四名の生還の補助を命ずるというわけだ」
「どうしても守れ切れない場合は、即刻死罪……とか?」
「近衛兵隊全滅ならそれもあるかもしれん。だが最悪近衛兵師団団長の守備だけはやり遂げてもらいたい」
ロワーナ=エンプロアを守る。
その上で出撃に出る最多二十四名を助ける。
これがギュールスがこれから受ける指令。誰かと一緒に動いたりすることなく、たった一人で成し遂げなければならない役目。
「無理です。即刻死刑にしてください」
予想外の返事に、ギュールスは目を白黒させる。
「自分から死刑を望むというのはどうかと思うぞ? 理由を聞かせてくれないか?」
「戦闘に使う道具が足りません。ずっとここで待機なら、買い物に行く時間が取れません。店に出向いてもすぐに品物を出してくれません。短時間で買い物を済ませられないのでその役目を果たすことは不可能です。そして今日、参戦登録できなかったので先立つ物もありません」
生気のない目にも絶望が宿らせることができるのを知り、ロワーナは奇妙な感動を覚える。
「道具は選び放題だ。武器倉庫に行けは望む物はほとんど手に入る」
「食料も一応携帯したいので、採集する時間も欲しいのですが」
「そんな物は料理長に頼めば済むだろう。かさばらず、長時間活動できる体力を維持してくれる物を作ってくれるぞ」
ギュールスはうなだれながら首を横に振る。
「作ることは出来るでしょう。でも俺に渡してもらえるかどうかは別問題ですよ。食料採集する時間をもらえないとなると、出撃直後に処刑されても文句は言いません」
文句は言えない、の間違いじゃないのかとロワーナは思うが、論点はそこではない。
「バカなことを言うな。私から料理長に伝えておく。それで問題はないはずだ」
「渡す意思があるかどうかは閣下ではなく料理長さんとやらです。食材を用意する者も拒否したら自分の分は作ってはもらえませんよ。……食料採集の時間を与えないのが処罰の一つというのなら喜んで受け入れますが」
「……そろそろ昼食の時間だな。その後で……誰かに付き添わせよう。『混族』の偏見を持たない第一近衛兵隊の一人だ。君一人に勝手に外出されると、いろいろ何かと不都合があるのでな」
ギュールスは黙って頷く。
「よし。ならここでもう少しくつろいでくれ。時間が来たら食事を持ってこさせよう」
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