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冒険者、そして傭兵ギュールス=ボールド

捨て石の二つ名

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 オワサワール王国と魔族との戦火は、夜昼の区別なく絶えない。
 しかし王国の兵たちは傷を負えば疲労もする。当然休む時間や期間も必要になる。
 時間帯を夜の部と昼の部の二つに区切り、参戦希望者をまず募る。
 生還した者には登録手当が配られる。参戦希望者の名簿は、その手続きに必要な資料となるので、例え蔑視されようが優遇されようが、この手順は必須である。

 作戦会議により希望者達の戦力の配分や配置を計画し、そこから隊を編成する。
 傭兵扱いされる冒険者達の中には、チームや隊を組んで活動する者達もいるが、ここでは一旦強制的に解散される。

 だから仲がいい奴と一緒の隊になるということはほとんどない。
 素性を知らない者達が同じ隊に編成するのが普通である。
 しかしそんなときに役に立つ存在がいる。
 現状ではただ一人しかいないギュールス=ボールドである。
 ただ一人とは何のことか。
 王国が国の平和のために戦っている相手である魔族と国民との間に生まれた種族、混族のことである。

 探せば混族はどこかにいるかもしれない。
 しかし王国国軍の戦力として存在しているのは、区分は傭兵となっている冒険者ギュールスただ一人。
 何の役に立つのか。

「えっと、今回の作戦で隊長に選ばれたヒュームです。よろしく……。今回の作戦でどう行動するかというと、資料を見てもらいたいんだが……」

 ヒュームと名乗った男が戸惑いながら説明をする。

「……とこういうことになり……」

「隊長。ちと人数の割に荷物が多いんじゃねぇか? その事は作戦参謀の方に抗議したのかよ」

 隊員となった一人から抗議の声が上がる。

「えっと、この作戦は絶対外せないとかで、えーっと」

「シャキッとしてよ隊長! あなたに命預けることになるのよ? こんなんで私死にたくないもの」

「えっと、荷物、荷物の件……あぁ、『混族』がいるのか。えーっと、ギュールスって言うのか。荷物持ち、やれるかな? 作戦実行に使用する荷物なんだ。これは外せないからさ。みんなの荷物は彼に預けたら作戦用の道具みんなで運べるよね?」

「まぁ、それなら大丈夫かな? 『混族』のこいつが運べりゃな」

 全員から注目されるギュールス。
 ギュールスは自分の荷物の事を考える。
「……俺にも荷物はある……」

「あぁ、みんなの荷物『だけ』でいいからさ。それなら持てるよね? うん、それで何とかなるね」

「隊長、作戦の続きおねがーい」

「はい、じゃあ続きだけど……」

 自分の荷物は持つ必要がない。むしろ邪魔。荷物持ちだけに徹しろ。
 そういうことを押し付けられる。
 他人の苦痛を自分のことのように感じる者も、他人ではなく『混族』であれば話は別、ということである。
 そんな共通点を持っていることを、部隊の全員が口に出さずとも確認できる。
 そこを足掛かりとして、隊としてのまとまりが生まれてくる。

 そしてギュールスのいる部隊の目的達成率は極端に低い。
 これもギュールスがいるためである。
 仲間意識を持つと結束も強くなり、普段以上の力を発揮することはよくある。
 しかしギュールスに対しては仲間意識よりも、捨て石にして逃げる手段を増やすことを部隊の誰もが思いつく。その手段を間違ったときには、ギュールス以外の部隊全員が全滅することもあり、事実何度かあった。

 チャートルの隊が解散し、空腹を水で紛らわせながら夜を過ごしたギュールスも、夜に休息を得る兵や冒険者同様に次の日の朝を迎える。

 傷だらけで欠けた部分が多い鎧を脱ぎ、川の水を掬って体を洗う。
 風呂に入りに行く金の余裕もない。
 あったとしても、浴場から追放される。

「『混族』と一緒に風呂に入れるか!」

 ノームの村から出てから、浴場に入るたびに怒鳴られた。
 その結果生まれた、ギュールスの生きる知恵の一つである。
 水だけで体を洗った後、比較的汚れが少ない下着を洗う。
 しかしあちこちに穴が開いている。
 下着を買う金があるなら、生き延びるために使う道具に費やす。
 それに、衣料品売り場でも言われるのだ。

「『混族』用の品物はうちにはおいておりません」と。

 体形は普通の人間と同じ。妖精や鳥系統の獣人のように翼があるわけではない。
 人間やエルフ用の衣類で事は足りる。そもそも混族用という物は存在しない。
 下着の上に直接身につける鎧。防寒としても身につけている鎧は、当然そのために作られた物ではない。

 小川の水を飲み、野草の中で口に出来る物を選びそのまま食べる。
 二十年以上もこれを繰り返した、ギュールスの普段の朝の行動だ。

 都市の外壁の内側に隣接する魔族討伐対策本部に向かう。

「お願いします。ギュールス=ボールド。二十八才。業種は戦士。……『混族』です」

 種族を名乗る時は普通に名乗る。
 しかし彼を貶す目的で口にする言葉もそれと同じ。
 こんな人生を送るしかないと割り切る思いが次第に強くなっても、その種族名を口にするのは抵抗があった。

 受付を終えた直後には、馴れ馴れしく声をかけて来る者がいる。

「お前と一緒になりたいもんだよ」

「同じ部隊になれるといいな、な?」

 魔族を討伐もしくは戦争に参加する前、冒険者となった時からその活動に出る前の時点限定で言われ続けてきた。
 目的はただ一つ。
 結束力が早めに生まれる。ただそれだけ。

 彼らの言葉に返事はしない。そもそも返事をするだけの元気がない。常に空腹でいるから仕方のないことだろう。
 瞼もはっきりと開くことが出来ないほど、顔面にも力が入らない。
 事情を知らない者がそんな彼を見たら、彼のことを不愛想に思えるだろうし、所かまわず睨み付けるいつも悪意を漂わせている奴とも思うだろう。
 全身が元々青い色。それでそのような表情をするものだから、彼を初めて見る者は誰もが驚く。

 そんなギュールスのことをいつしか陰でこう呼ばれるようになった。

 『死神』と。
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