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“次”の約束
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翌朝。
日の出とともにのそのそと身支度をして、紅蓮は朝食の準備を始めた。夜の間に雨は上がったようで、朝の空気はすっきりとしていて心地がいい。
「あー、よく寝た」
他人の体温というものはやはり心地よくて、しかも幼い女の子の体温ともなればなおさら温かくて、普段よりも深く眠れたように思う。普段は周囲の物音でも目が覚めるように警戒したまま眠っているから、どうしたって眠りが浅くなる。昨晩は洞窟内だったため、警戒すべきは入口方向のみだったし大蛇もそばにいたので、普段よりずっと深く眠ることができた。
「……ジイさんは何を食う?狩って良いんだったらうさぎでも狩ってくるが」
「三日前に食べたから平気だ。その分を櫻にあげてくれ」
「了解」
今日も適当鍋(味噌風味)だ。というか基本的に紅蓮はこれしか食べていない。
近くに池があるらしいのでそこに向かい、顔を洗って水を確保した。鍋いっぱいに汲んで煮沸すれば飲み水としても使えるだろう。
戻る道中で見つけた野草を持ち帰り、煮沸して飲み水の分を引いた鍋に突っ込んだ。煮沸した飲み水は竹筒に入れてしまっておく。
「櫻、干し肉はどのくらい食べられる?」
「このくらい?」
干し肉の半分より少ないくらいを指さすので、同程度を小さく切って鍋に入れた。残りは紅蓮基準で一口の大きさに切って鍋に。あとは昨日と変わらない。今日もできるだけ薄味にして櫻に渡した。
「美味いか?」
「うん!おいしい!」
「ならよかった」
箸を握って、具材を口の中に送り込む姿を見ながら、紅蓮も食事を続けた。
──そして、食後。
「えっ、もらっていいの!?」
櫻は目をぱちぱちさせながら、手元の毛布を見てそう言った。櫻が手に持っているのは、昨晩眠るときに使った氷狼の毛布だ。
「ああ、いいよ。その毛布は、商品として売れないから俺が使っていたんだ。そういう弾きの商品は村にまだいくつもあるから、一つくらい問題無いさ」
「えっ、えっ、でも……お兄ちゃんはこれからどうするの?さむくないの?」
「このくらいの気温だったら問題無いよ。それより櫻のほうが心配だ。細くて肉も無いから、体温が上がらないだろ?寒いときはそれで温まればいい」
小さな体で、大人一人が使うには十分な大きさの毛布を抱きしめている。両手でぎゅっと抱え込んで、大きな瞳が紅蓮を見つめている。旅の荷物をすべて持って、紅蓮は出発の準備に抜かりがないか確認する。
「仕事が終わったらまた来るから。ジイさんにその許可ももらったし」
「いつ?あした?」
「明日は無理だなぁ……早くて五日後、遅くとも一週間後ってところかな」
「~~~~!」
「次に戻ってきたときには、櫻のためにいくつか服を買ってくるよ。服と、肉と、櫻の食器も買ってこようか。待っていて」
泣きそうな顔をしている櫻の頭を撫でて、紅蓮は微笑んだ。
普段相手にしているのは自分より背丈の大きい獣たちだ。狼の形をしていたり、猪の形をしていたり。様々な生き物が、本来よりも巨大化した姿となった獣を紅蓮たちは狩っている。それらを狩るのが獣狩の役目なのだ。
しかし今回の依頼は、通常の猪よりもひと回りほど大きいだけの獣だというではないか。その程度なら別に何の危険もない。だから師匠も、『練習がてら丁度いい』と言って紅蓮に初の単独任務を与えたのだ。
「命の危険があるような任務じゃないから、すぐ戻ってくるよ。大丈夫」
「…………ぅん」
「んじゃ、行ってきます。ジイさん、櫻を頼む」
「わかっている。昨日会ったばかりのお前に言われるまでもない」
「はは、確かに」
最後に櫻の頭を一撫でして、紅蓮は山を下りていく。社守の一族の村と思しき村を避けて進んでいけば、任務の達成はあっという間だった。
櫻に言った言葉の通り、紅蓮は櫻のもとに五日で戻ることができた。寂しがった櫻が随分と泣いていたのだと大蛇から教えてもらったが、櫻は五日ぶりに会えた紅蓮にべったりでなかなか離れようとしなかった。
その姿が、幼いころの自分のようで。
任務に向かった師匠の帰りをずっと待っていた時の寂しい気持ちや、やっと会えた時の、安心感と感動はいつまでだって忘れられない。自分を育ててくれた父親のような人が無事に帰ってきたときの安心感は、心に深く根を張っている。
────櫻も、多分同じような気分なんだろうな。
兄と父親、どちらだろうか。どちらもあり得るし、その中間くらいの感覚だろうか。
紅蓮には推測することしかできないが、妹あるいは娘のような存在ができたのは捨て子の紅蓮には初めてで、何とも言えない気分だった。
しかし一貫して言えることは、『何が何でも、櫻のことは守りたい』という気持ちが、自分の中に確かに存在しているということだった。
日の出とともにのそのそと身支度をして、紅蓮は朝食の準備を始めた。夜の間に雨は上がったようで、朝の空気はすっきりとしていて心地がいい。
「あー、よく寝た」
他人の体温というものはやはり心地よくて、しかも幼い女の子の体温ともなればなおさら温かくて、普段よりも深く眠れたように思う。普段は周囲の物音でも目が覚めるように警戒したまま眠っているから、どうしたって眠りが浅くなる。昨晩は洞窟内だったため、警戒すべきは入口方向のみだったし大蛇もそばにいたので、普段よりずっと深く眠ることができた。
「……ジイさんは何を食う?狩って良いんだったらうさぎでも狩ってくるが」
「三日前に食べたから平気だ。その分を櫻にあげてくれ」
「了解」
今日も適当鍋(味噌風味)だ。というか基本的に紅蓮はこれしか食べていない。
近くに池があるらしいのでそこに向かい、顔を洗って水を確保した。鍋いっぱいに汲んで煮沸すれば飲み水としても使えるだろう。
戻る道中で見つけた野草を持ち帰り、煮沸して飲み水の分を引いた鍋に突っ込んだ。煮沸した飲み水は竹筒に入れてしまっておく。
「櫻、干し肉はどのくらい食べられる?」
「このくらい?」
干し肉の半分より少ないくらいを指さすので、同程度を小さく切って鍋に入れた。残りは紅蓮基準で一口の大きさに切って鍋に。あとは昨日と変わらない。今日もできるだけ薄味にして櫻に渡した。
「美味いか?」
「うん!おいしい!」
「ならよかった」
箸を握って、具材を口の中に送り込む姿を見ながら、紅蓮も食事を続けた。
──そして、食後。
「えっ、もらっていいの!?」
櫻は目をぱちぱちさせながら、手元の毛布を見てそう言った。櫻が手に持っているのは、昨晩眠るときに使った氷狼の毛布だ。
「ああ、いいよ。その毛布は、商品として売れないから俺が使っていたんだ。そういう弾きの商品は村にまだいくつもあるから、一つくらい問題無いさ」
「えっ、えっ、でも……お兄ちゃんはこれからどうするの?さむくないの?」
「このくらいの気温だったら問題無いよ。それより櫻のほうが心配だ。細くて肉も無いから、体温が上がらないだろ?寒いときはそれで温まればいい」
小さな体で、大人一人が使うには十分な大きさの毛布を抱きしめている。両手でぎゅっと抱え込んで、大きな瞳が紅蓮を見つめている。旅の荷物をすべて持って、紅蓮は出発の準備に抜かりがないか確認する。
「仕事が終わったらまた来るから。ジイさんにその許可ももらったし」
「いつ?あした?」
「明日は無理だなぁ……早くて五日後、遅くとも一週間後ってところかな」
「~~~~!」
「次に戻ってきたときには、櫻のためにいくつか服を買ってくるよ。服と、肉と、櫻の食器も買ってこようか。待っていて」
泣きそうな顔をしている櫻の頭を撫でて、紅蓮は微笑んだ。
普段相手にしているのは自分より背丈の大きい獣たちだ。狼の形をしていたり、猪の形をしていたり。様々な生き物が、本来よりも巨大化した姿となった獣を紅蓮たちは狩っている。それらを狩るのが獣狩の役目なのだ。
しかし今回の依頼は、通常の猪よりもひと回りほど大きいだけの獣だというではないか。その程度なら別に何の危険もない。だから師匠も、『練習がてら丁度いい』と言って紅蓮に初の単独任務を与えたのだ。
「命の危険があるような任務じゃないから、すぐ戻ってくるよ。大丈夫」
「…………ぅん」
「んじゃ、行ってきます。ジイさん、櫻を頼む」
「わかっている。昨日会ったばかりのお前に言われるまでもない」
「はは、確かに」
最後に櫻の頭を一撫でして、紅蓮は山を下りていく。社守の一族の村と思しき村を避けて進んでいけば、任務の達成はあっという間だった。
櫻に言った言葉の通り、紅蓮は櫻のもとに五日で戻ることができた。寂しがった櫻が随分と泣いていたのだと大蛇から教えてもらったが、櫻は五日ぶりに会えた紅蓮にべったりでなかなか離れようとしなかった。
その姿が、幼いころの自分のようで。
任務に向かった師匠の帰りをずっと待っていた時の寂しい気持ちや、やっと会えた時の、安心感と感動はいつまでだって忘れられない。自分を育ててくれた父親のような人が無事に帰ってきたときの安心感は、心に深く根を張っている。
────櫻も、多分同じような気分なんだろうな。
兄と父親、どちらだろうか。どちらもあり得るし、その中間くらいの感覚だろうか。
紅蓮には推測することしかできないが、妹あるいは娘のような存在ができたのは捨て子の紅蓮には初めてで、何とも言えない気分だった。
しかし一貫して言えることは、『何が何でも、櫻のことは守りたい』という気持ちが、自分の中に確かに存在しているということだった。
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