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むこうで様

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 ばぁちゃんの家がある小さな村では、数年に一度ムカデが大量発生するらしい。



 数年前のこと。
 その日は、元旦で、前々日からばあちゃんの家に泊まっていた。
 父と母と、姉も一緒に泊まっていた。毎年のことだ。

 初日の出を見るのは厳しいが、せめて綺麗な朝日を新年一発目に見ようと思って父と私は早起きをして早々に玄関の外に出た。

 最初は、庭の木が邪魔をして見えておらず、全然気が付かなかった。でも、家の表にある道路に出ようと歩みを進めると異様な光景に気がついた。



 道路が動いてるんだ。




 耳を澄ますと、カサカサガサガサと大きな奇妙な音も聞こえる。


 私は、思わず悲鳴を上げた。



 だって、道路が動いているように見えたのは道路を埋め尽くすほどの大量のムカデだったから。


 あまりの恐怖に私は家の中に逃げ帰った。

 無数のムカデはシャシャシャシャみたいな変な音を出していた。鳴き声ではなくムカデ同士が絡み合う音だろう。


 おばあちゃんは、私たちよりも先に気がついていたらしい。

 私が、ムカデのことを伝えるためにおばあちゃんの部屋に行くと「知ってるよ。だからお祈りの準備してるんだよ」って言われた。


 私は、じいちゃんとばぁちゃんの様子を見ていた。じいちゃんとばあちゃんは見たことのない黒い着物みたいなのに着替えて、30センチくらいの茶色い木の棒に火をつけてそれを家の門の前に置いた。


 そのうちじいちゃんとばあちゃんは、門の前に正座して手に数珠をかけてお経みたいなのを唱え始めた。

 すると、隣の家のご夫婦も出てきた。同じように着物のような和服を着ている。それに、火のついた木の棒も置いてある。

 ムカデの大群に向かってお経を唱える異様な光景に身震いした。

 その様子をひたすら玄関の外で眺めていた。

 そしたら、お父さんが出てきて「中に入っとかんか!!」と怒られてしまった。

 その後は、2階の客室から窓を覗いてみていた。

 お経は30分ほど続いた。
 
 じいちゃんとばあちゃんが、胸の前で合わせていた両手を地面について10秒ほど固まった。
 そしたらだんだんムカデが弾けて消えていくのが見えた。


 やがてムカデは1匹もいなくなった。

 どうやって姿を消したんだ?
 
 いや、そもそもどっからあんな大量のムカデが現れたんだ?

疑問しか頭に浮かばない。

 この小さな山の小さな村のどこにあんな大量のムカデが潜んでいたのか…?
 


 1匹もいなくなるとじいちゃんとばあちゃんが家の中に戻ってきた。


 私はじいちゃんにムカデの正体を尋ねた。

 「あれは、迎えるに手と書いてむこうでさまと言うんだよ。」

 じいちゃんは優しい笑みを私に投げかけながら言った。

「この村の神様で、村の者が死ぬ前日に現れるんだよ。むこうで様はムカデの姿をしていて現れて、明日死ぬ者を迎えにきてくださってるんだ。むこうで様が迎えに来てくれた者は山の神の一部になれるんだよ。だから、こうやって、うちにむこうで様が来てくださるように祈りを捧げていたんだよ。」


 さっぱり意味がわからない。

 それってわざわざ自分に死を呼び寄せるって事?

 言ってることが、カルト教団みたいで気持ち悪い。
 
 

 まぁ、その後は普通の洋服に着替えたじいちゃんばあちゃんたちとおせちを食べたりして正月を過ごした。
 あの奇妙な光景が脳裏に焼き付いたままだったが…


 私たち家族は、じいちゃんばあちゃんの家に泊まった。


 夜25時くらいだっただろうか?

2階で寝ていた私は、1階が騒がしい事に気がつく。

 ぼんやりする頭を持ち上げて耳を澄ます。何を言っているかわからないが、唸り声とばあちゃん、それから両親の声がする。かなり騒がしい。
 こんな夜中におかしいでしょ。
 只事じゃないって、なんとなく察して1階に降りてみた。
 
 どうやら、1階のじいちゃんとばあちゃんが眠る寝室から声が聞こえているようだ。

 私は、そっとドアを開ける。

 布団の上のじいちゃん。明らかに苦しんでいた。喉を掻きむしり血が出ている。うー、うぅーと唸り声をあげている。
 そんなじいちゃんをばあちゃんとうちの両親は周りを囲んで見下ろしていた。
ばぁちゃんとお母さんは泣いていた。

 3人は私に気が付かなかった。

 10分くらいその様子を見ていたら、パタリとじいちゃんの動きが止まった。

部屋にばあちゃんの泣き声が響く。


 私はなんとなく察して、恐ろしくなり、部屋に戻った。


 むこうで様が来たんだ…

 

 そこから朝5時を過ぎる頃、従兄弟たちとその両親がやってきた。

 従兄弟たちと私たち兄弟は集められて私の父にこう告げられた。

 「おじいちゃんが亡くなったんだ。」


 私はなんとなく察していたけど、他のみんなはひどく動揺していた。

 朝6時になる頃には、たくさんの親戚と村中の人達が入れ替わり立ち替わりやってきた。
 7時くらいには、隣町の病院からお医者さんもやってきた。


 親戚もこの村に住んでいる人が多いからこんな朝早くにやってきたんだろう。



 村の人々は、亡くなったじいちゃんを見て口々にこう言っていた。

 「むこうで様に連れて行っていただいたんだなぁ。」


 じいちゃんは、むこうで様に連れていたれた。

 昨日まであんなに元気だったのに。


 突然亡くなった。


 私は、今でもムカデの大群もじいちゃんが亡くなる瞬間も忘れられない。


 




 




 


 














 

 
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