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side フェリコット
side フェリコット8
しおりを挟むぐらりと体が揺れて、フェリコットは頭を抑えた。
「おい、大丈夫か?」と声をかけられた気がして目を開けると、いつもと同じ婚約したばかりの頃のようなトラヴィスがいた。
あぁ、また戻ってきたのか
と、フェリコットは思った。
四度目となる人生に、フェリコットはため息をついて、それから心を殺した。
四度目の人生でフェリコットは何もしなかった。
高慢で傲慢で我儘で、真っすぐで素直で、負けず嫌いの、健気で一途で全力で前向きなフェリコットは影も形もなくなって、ただ時の流れに身を任せるだけだった。
そこには希望も絶望もない。
強いて言うなら虚無であった。
トラヴィスに自ら近寄る事もなく、社交や勉強を頑張る事もなく、ただただ誰とも関わらずに生き残れますようにと、祈るように息をひそめて学院生活を送った。
両親や兄2人も心配し、トラヴィスはずっと怪訝な顔をしていたが、特段2人の間に会話もないまま、リエラヴィアとトラヴィスが逢引きしていているかどうかも確認する気はなかった。
そうして迎えたトラヴィスの卒院式の日。
フェリコットは、「何の努力もしない無能であるから」という理由で婚約破棄をされた。
フェリコットは婚約破棄をされたその時、巻き戻ってから初めて大きな声で笑った。
そこにいた誰もが聞いたことのない、苦しそうで悲し気な、狂った笑い声だった。
希望も絶望も抱かないつもりだったのに、婚約破棄を突きつけられたこの瞬間、彼女はその心を深く絶望させたのだ。
何かをしても何もしなくても、こうしていつものように婚約破棄をされるなら、自分は結局また同じように惨めに死ぬのだろう。
絶望して、狂って、そうしてまた14歳のあの日に戻って、この地獄を繰り返すのだ。
野盗に襲われたのも、首を刎ねられたのも、子を失うのも、全部が全部、もうたくさんだった。
死にたくない、けれどそれと同じくらい、もう繰り返したくないと思った。
どうせこの人生も殺されて、惨めたらしく無様に死ぬのだ。
そう思うと生きることが馬鹿馬鹿しい。
そう思った瞬間に、フェリコットはトラヴィスが制止する声を無視してバルコニーへと向かうと、その縁によじ登った。
淑女の悲鳴と、何人もの人がフェリコットの行動を諫める声が聞こえるが、最早どうでもよかった。
フェリコットは、ドレスのスカートの中にこっそり忍ばせていたナイフに手を伸ばすと、そのナイフを厳かに、祈るように掲げると勢いよく胸に突き立てた。
悲鳴が響く中、けほりと血を吐いたフェリコットに、トラヴィスは目を見開いてから、四度の人生ではじめて「フェリっ!!!!」とフェリコットの愛称を呼ぶ。
朦朧とする頭の中で、「はじめて名前を呼ばれたな」と、フェリコットは思わず微笑んだ。
「トラ、ヴィス様……、ごめんなさい、ごめんなさい。
わたしもう、死にたくない、ころされたくない……です。
ごめんなさい」
微笑みをたずさえて、痛みのあまり震えてぼろぼろと泣きながら、フェリコットは体から力を抜いて、バルコニーの外へと身を投げた。
たくさんの悲鳴と怒号の中、視界の端でトラヴィスがあの綺麗な顔を苦しそうに歪めながら、フェリコットに手を伸ばしていた気がしたけれど、フェリコットには都合のいい妄想にしか思えなかった。
(だってあの方は、何度繰り返しても私の事を好くことなどないもの)
だから、もう繰り返しませんように。
そう祈りながら、フェリコットは四度目の人生の幕を下ろした。
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