上 下
2 / 22
side フェリコット

side フェリコット1

しおりを挟む

 フェリコット=ルルーシェ・フォルケイン公爵令嬢は、この国ディシャールにおいて夢花の牡羊を先祖に持つ12公爵家が一つフォルケイン家の末娘で長女であった。
 上に兄が年子で2人いて、長男は次期公爵として父であるフォルケイン公爵の側で仕事を学び、次男は王太子の側近としてその力を存分に奮っていた。
 2人とも文武両道なうえに魔力も高く、顔もいい、社交界の二つ星と名を馳せている。

 その兄から幾分離れて生まれたのが、末娘のフェリコット=ルルーシェ・フォルケインだ。

 愛らしいストロベリーブロンドのふわりとした髪に、少しだけ釣り上がった菫色の瞳をした末娘の誕生を、フォルケイン公爵家は大層喜び溺愛した。
 その結果、生まれたのはフォルケイン公爵家の我儘公女である。

 自分の思い通りにならないと癇癪を起こし、侍女や侍従に物を投げてあたっては、「あたしは悪くないわ!」とわんわん泣いた。
 幼い彼女を知る者は典型的な悪役令嬢の幼少期であったと、誰もが口をそろえて言うだろう。

 両親も兄も、誰もがやってしまったと頭を抱えたほどの我儘ぶりだったが、そんな彼女を変えたのが、ディシャール国の第三王子トラヴィス・リオブライド・ランフォールドとの出会いであった。

 2人が出会ったのは、フェリコットが10歳になってすぐの頃王宮で開かれた茶会でのことだ。

 この時、フェリコットより二つ年上のトラヴィス・リオブライト・ランフォールド第三王子は12歳。
 癖はあるもののディシャール王家由来の輝く金の髪に、サファイヤというには随分と明るいアクアマリンの瞳を持ち、整った顔立ちは精霊の御使いと言ってもいいほど美しかった。

 そんな美少年のトラヴィスが王家主催のお茶会でその姿をフェリコットに見せたその瞬間に、フェリコットの初恋を攫っていったのは、当然と言えば当然であったのだろう。
 トラヴィスはフェリコットにとって、それだけの衝撃を与えたまさに王子様だった。

「ぱぱ! ぱぱ! あたし! トラヴィス様のお嫁さんになりたい!!」

 お茶会から帰ってきたフェリコットが、夕食の席で無邪気にそうねだるのを聞いてフォルケイン公爵はワインを吹きださなかったことを妻に褒めてほしかったが、残念ながらそれは2人の息子たちが食べていたものを喉に詰まらせかけて流れてしまった。

「フェリ、いきなり変なことを言うなよ。兄様を殺す気か?」
「冗談でも面白くないぞ」
「そんなつもりはないわ! ぱぱ、あたし本気よ!」 

 瞳をキラキラと輝かせながら言う愛娘のお願いに、公爵は閉口する。
 可愛い愛娘のお願いでも、こればかりはすぐには頷けない。
 いくら何でも、娘のおねだりで聞けるものと聞けないものがあり、これはそう簡単にきけないおねだりだ。

「いいか、フェリ。王子様のお嫁さんは、すっごく頭が良くなくちゃいけないんだ」
「自分の事をあたし、父上の事をパパって呼んでるおこちゃまにはなれっこないんだ、分かるか?」

 父である公爵が飲み込んだ言葉を、賢い息子たちは妹に臆することなくそう言った。
 だがしかし、フェリコットは兄たちの言葉に菫色の瞳を釣り上げて、臆することなく言い返した。

「分かんないわ! だってあたし、こんなに可愛いもの! ぱぱ、かわいければトラヴィス様のお嫁さんになって、王女様になれるわよね?」

 高慢で、傲慢で、自分の願いが全て叶うと思っている顔で、癇癪を起こしながらフェリコットは公爵に詰め寄った。
 だがしかし、そこで甘いだけの言葉を吐けるものであるなら、ディシャール王国の由緒正しい12公爵家の一翼を担うフォルケイン公爵家の当主として相応しくなかっただろう。

 たとえ娘を溺愛しすぎて、育て方を間違えていたとしても、である。

「フェリコット、よくお聞き。トラヴィス様と結婚しても王女様になれない。なれるのは王子妃だ」
「あなた、そうじゃないでしょう」
「……王子妃だって、可愛いだけじゃなれない。
 少なくとも、フェリコットがいつも嫌がってる、ダンスや国土の勉強を進んでやらなきゃいけないし、魔法の練習をいっぱいして野菜だって残さずきれいに食べなきゃいけないんだ。
 今のフェリコットでは、いくらパパでもフェリコットを王子妃にしてくださいって、陛下にお願いすることもできない。
 わかるね?」

 赤子に言い聞かせるにしても、もう少しまともな言い方があるだろう説得で、公爵はフェリコットを諭した。
 息子たちは呆れた顔で、最愛の妻は仕方ないわねとでもいうような感じで公爵を眺めていたが、ただひとり、フェリコットだけが絶望した顔で父である公爵を見つめていた。

「可愛いだけじゃ、トラヴィス様と結婚できないの?」
「うむ」
「いっぱい勉強して、ダンスも踊れるようになって、魔法の練習も頑張って、好き嫌いもしないようにしないといけないの?」
「そうだよ、フェリコット。勉強もダンスも嫌いで、魔法の練習も飽きてやめてしまう。好き嫌いだって多いお前には無……」
「それを頑張ったら、あたしも……ううん、わたし、トラヴィス様と結婚できるのね!!!」
「うむぅ????」

 公爵が盛大に首を傾げる。
 彼の愛娘であるフェリコット=ルルーシェ・フォルケインは、確かに高慢で傲慢な、絵に書いたような我儘令嬢だったが、それはそれとして非常に負けず嫌いで、なおかつ超絶前向きな側面を持っていた。
 彼女に解釈をさせれば「それを頑張ればいい!」と、諭す言葉も叱責も、悪意も嫌味も全てひっくるめていい方向でとらえてしまう。

 自分の思い通りにならないことに癇癪を起こす我儘令嬢だった彼女は、本質をそのままに初恋によって覚醒したのだ。

「ぱ……ううん、お父様! わたし、トラヴィス様と結婚できるようにがんばるわ!!」

 高慢で傲慢な我儘令嬢でしかなかった娘が、初恋によって覚醒したことに若干複雑な思いを抱えながら、公爵は「うむ、がんばりなさい」と言うことしかできなかった。

 これが、フェリコット=ルルーシェ・フォルケインの決意の記憶である。

 後にこれが地獄の始まりだったとは誰も知らなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日で婚約者の事を嫌いになります!ハイなりました!

キムラましゅろう
恋愛
うっうっうっ…もう頑張れないっ、もう嫌。 こんな思いをするくらいなら、彼を恋する気持ちなんて捨ててしまいたい! もう嫌いになってしまいたい。 そうね、好きでいて辛いなら嫌いになればいいのよ! 婚約者の浮気(?)現場(?)を見てしまったアリス。 学園入学後から距離を感じる婚約者を追いかける事にちょっぴり疲れを感じたアリスは、彼への恋心を捨て自由に生きてやる!と決意する。 だけど結局は婚約者リュートの掌の上でゴロゴーロしているだけのような気が……しないでもない、そんなポンコツアリスの物語。 いつもながらに誤字脱字祭りになると予想されます。 お覚悟の上、お読み頂けますと幸いです。 完全ご都合展開、ノーリアリティノークオリティなお話です。 博愛主義の精神でお読みくださいませ。 小説家になろうさんにも投稿します。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

読切)夫が私を抱かないので話し合いをしてみた結果

オリハルコン陸
恋愛
夫に抱かれない新婚皇女様がキレました。 私には夫がいる。 顔よし、頭よし、身体よしと三拍子揃った夫が。 けれど彼は私を抱かない。一緒のベッドで眠っているのに、触れようとさえしない。 そんなのが半年も続けば、堪忍袋の緒も切れるというものです! プチエロコメディー

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

この影から目を逸らす

豆狸
恋愛
愛してるよ、テレサ。これまでもこれからも、ずっと── なろう様でも公開中です。 ※1/11タイトルから『。』を外しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...