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逆仮面夫婦の恋愛事情 2

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 侍女たちに手伝ってもらってドレスを脱ぎ、コルセットを緩めて、軽く湯を浴びてから私はようやく息をつきます。
 嫁いで2年経ちますが、このコルセットにはなかなか慣れません。シェイテリンデの正装は、薄い布地でゆったりと体を包むスタイルですので、これだけは愚痴を言ったって許されるはずです。
 南の島国故に肌の露出が多い伝統服でしたので、嫁いだ当初は娼婦の服と揶揄されたものですし、ディシャールの民からすればかつての敵国の衣服ですからそのあたりは仕方ありません。
 郷に入れば郷に従えと言う言葉もありますが、こういった場ではコルセットもちゃんとしますので、たまの愚痴くらい許してほしいです。

 柔らかくて清潔なタオル地で、体を纏う水気をぬぐってから、ふわりとした絹の寝衣に身を包みます。
 17になっても凹凸の少ない子供のような体型に、絹のシンプルな寝衣はあまりにも色気がありません。そのことに若干ため息をつきつつ、私は寝所までついてきてくれた侍女たちに礼を言って下がるように伝えました。

 大きな明かりを消して、ベッドサイドにある月光石の簡易照明だけの寝室は、1人でいると寂しさばかりがこみ上げます。
 だから私はベッドに向かわず、寝室の奥にある扉へと足を向けました。
 豪奢な作りのまだ新しいその扉は、私が嫁ぐ直前に作られた扉です。
 薄い青に染まった重厚な扉には、私の祖国シェイテリンデの特産である、美しい光沢を放つパウア貝で飾られていて、祖国を思い出して私の心は温かくなります。

 優しい思いを抱えながら、コンコンと、私はノッカーを鳴らしましたが、反応はありません。
 この扉は、あちらからもこちらからも別のカギがかかっているのですが私の方では一度も鍵をかけたことがありません。
 だって必要が無いのです。

 そうして、当然のようにあちら側も鍵がかかっていませんので、私はいつものようにその扉に手をかけるとゆっくりと開けました。
 立派なその扉が小さく開くと、その隙間に顔をいれて薄暗いその部屋の様子を伺います。

 私の部屋の装飾は、王弟妃に相応しい暖かで柔らかな印象なものですが、そちらの部屋は清廉とまとまった部屋で、いつも伺っているのにやっぱりだなぁと思わず口元が緩んでしまいます。

 そうして微笑みながら、私は目的の場所であるベッドに視線を向けます。
 そこには、ふんわりとした羽毛で作られた掛布団がこんもりとしていました。いつもの光景に肩をすくめて、私はその塊の横に腰かけるとぽんぽんとその塊に触れました。

「殿下、殿下。大丈夫ですか?」

 そう声をかけると、塊はびくりと震えました。
 ぎゅっと力がこもった塊の布団を丁寧に外すと、膝を抱えて縮こまっていた淡い金色の髪にしっかりとした体躯の……最愛の旦那様が現れます。

「殿下」
「ルシェーナ……」

 深い海ディープブルーの色をした宝石のような瞳をうるうると潤ませながら、殿下は私を窺い見ます。
 あのあと、衝動的にそのままベッドに飛び込んだのでしょう。
 上着やマントは近くのソファに掛けてありますが、シャツとトラウザーズは正装のそのままで、首元を飾っていたクラヴァットも宝石もそのままです。

「殿下、そのままだと寝づらいでしょう? 寝衣に着替えてゆっくりしましょう」
「ルシェーナ……っ!」

 殿下はがばりと起き上がると、その立派な体躯の大きな腕を広げて私を抱きしめよういたしました。けれど、私を抱きしめようとした手はその寸前でぴたりと止まってしまいます。

「……殿下?」
「あぁ、ダメだダメだ。せっかくの君の誕生日に、酷い暴言を吐くあいつらをどうすることもできない無能でクソな俺が、どうして君に触れられるだろうかっ」
「殿下」
「愛しい俺の海の花、政略的な問題があるからと表立って愛せない俺に健気に寄り添ってくれるルシェーナをあんな罵詈雑言から守れない俺なんて、英雄とは名ばかりの最低なろくでなしだ……、こんな俺ではルシェーナに嫌われてしまって当然だ。ルシェーナがこの世に生を受けたという晴れの日に、君に悲しい顔をさせてため息をつかせる愚かな夫をどうして許してくれと言えようか。こんな俺じゃ離縁してくれとい言われても仕方がない」
「殿下……」
「あぁ、でもいやだ。ルシェーナ、離縁だけはしないでくれ。今君を失ったら、俺はきっと死んでしまう。体は死なずとも心は死んでしまう。無力で愚かで、君を守れないろくでなしなのに、君を手放してやれない最悪の夫で、本当にすまない。許せなんてとても言えない……それでもどうか、離縁だけは……っ」
「パーシヴァル殿下」

 私は……パーシヴァル殿下の名前を呼んでから、殿下の頬にパンと軽く音を立てさせるようにして、両手を添えました。
 私の瞳と、パーシヴァル殿下の美しい紺碧の瞳が交わったのを確認してから、その形の整った薄い唇に自分の唇を重ねます。

「っ、ルシェーナ!?」
「パーシヴァル殿下、落ち着いてくださいまし。貴方のルシェーナは貴方様と離縁なんかいたしませんわ」

 そう言ってからもう一度ちゅっと、軽く唇を合わせると、パーシヴァル殿下は目を細めました。私の体の側でじれったく手を動かしてから、我慢しきれなくなったように私の体を抱きしめます。
 ぎゅうぎゅう抱きしめながら、ちゅっちゅと口づけされて、そのままベッドに押し倒されました。大きな手で頭を撫でられるのは気持ちいいですし、食べられるように唇を甘く噛まれて、それがくすぐったくて暖かい気持ちになります。ようやく解放されたかと思えば耳にちゅっと口づけてくださいました。なんて愛しい方なのでしょう。
 やがてパーシヴァル殿下はそのまま私の首筋に顔を埋めて沈黙してしまわれました。

「パーシヴァル殿下?」
「あああああ、俺はクズだ。聖母のようなルシェーナが許してくれるからって、こんなに破廉恥なことを君にしてしまうだなんて」
「……殿下は私のただ唯一の旦那様なんですよ。私も17になりましたし、もっと触れていただいてもよろしいのに」

 言いながら、私はパーシヴァル殿下の頬に手を添えて、その淡い金の御髪をかき上げました。
 私に比べたらずっと白くはありますが、健康的な肌色に映える深い紺碧ディープブルーの瞳を潤ませて、私に懇願するような眼差しを向ける様子に『冷酷な青薔薇の英雄』という二つ名は、まるで似合いません。

「そう言うイケナイ言葉で俺を煽らないでくれ。俺がどれだけ本能を試されていると思っているんだ」
「屈してしまえばいいのです。私はもう2年も貴方様の花嫁なのですよ。お約束していただいた15の時より身長も10伸びました」
「最初の時に言っただろう、『今の君を俺が愛することはない』と。まだ幼い君に無体を強いたくないから、18になるまでは白い結婚でいようと」
「シェイテリンデでは16で成人ですもの。それに16の誕生日に私に口づけの仕方を教えてくださり、17の時に私に触れてくださったのはパーシヴァル殿下です」

「私と口づけするの好きでしょう?」と起き上がって殿下を見つめれば、殿下は顔を情けなくくしゃくしゃにしてから、「すきぃ……」と低いバリトンで呟きながら、胡坐をかいた膝の中に、小さな私をすっぽり収めてちゅっちゅっと甘えてくださるような口づけを繰り返します。
 その優しい口づけが嬉しくて、私はねだるようにパーシヴァル殿下に向き直りました。

 薄く開けた唇の隙間に、パーシヴァル殿下の肉厚な舌が差し込まれ、私の舌に絡めてくださいました。くちゅくちゅと絡まる感覚が気持ちよくて、私はうっとりぼんやりして殿下に全身を預けてしまいます。
 寝衣の裾からパーシヴァル殿下の暖かな手が、私の肌を滑るように撫でてくださいます。背中を支える大きな手が、殿下の体躯の大きさを示すようでドキドキするのは、私が殿下を狂おしいほど愛しているからでしょう。

 銀の糸をぷつんと切らせてようやく離れた唇がさみしくて、つむった目をゆっくり開いた私は、パーシヴァル殿下のお顔をまじまじと見つめます。いつも深く刻まれた眉間の皺はかき消え、殿下は泣き出しそうな顔をしていらっしゃって、それが私だけが見ることのできる殿下のお顔だと思うと、どうしようもなく愛しくて、可愛らしく思ってしまうのです。

「……すまない、俺は稚児趣味の変態じゃないはずなのに」
「15の時は稚児と言われても仕方のない容姿でしたけど、もう17ですのできっと周りはそう仰らないと思いますわ」
「でもまだ君はこんなに小さい」
「シェイテリンデでもディシャールでも平均身長です。パーシヴァル殿下が大きいのです」
「でもっ」

 でもでもだってと煩いパーシヴァル殿下の首に手をかけて、そのまま引き倒しました。
 困惑する殿下の頭を膝にのせて、いつものように膝枕をして差し上げると、その美しい淡い金の御髪をよしよしと撫でます。

「ルシェーナ」
「殿下、今日の私の生まれ日の祝いの為にお仕事頑張ってくださったのでしょう。私に殿下を労わせてください」
「だが今日は君の誕生日で」
「普段表では甘えることもできなくて、お話もまともにできないんですよ」
「うぐっ」
「だから、今日は私に殿下を甘やかさせてください」

 さらさらと流れる金の髪を手櫛で溶かしながら言えば、殿下は諦めがついたのか大人しく撫でられてくださいました。形のいい殿下のお耳が可愛くて、私はそれを見るだけで微笑んでしまいます。

 普段の殿下を知る方は、きっと今の殿下を見たら目玉を飛び出させて驚くことかと思います。
 私だって、当初はあまりにも普段と差がありすぎて驚きました。

 でもこちらの、ネガティブなパーシヴァル殿下のほうが殿下の素です。
 『冷酷なる青薔薇の英雄』の実際は、とんでもなくネガティブで落ち込みやすくて面倒で可愛い、私の最愛の旦那様なのです。


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