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本編

9 穏やかな日常に近づく影

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「時間が全然足りない!もう来てしまうわよね」
「お嬢さま、少しは落ち着いてくださいませ!」

 朝から令嬢とは思えないほど騒がしくしてしまい、久しぶりにエマに叱られた。
 だって、だって、今日は仕方がないじゃない!
 イザークさまとノアさんが騎士団にお休みを申請してくださって、初めて奥さまとお会いする日なのよ。

「おやおや。まだまだアイリスさまはお若いですし、仕方がありませんね」
「普段はおしとやかな女性ですよ!」
「エマさん、そこまで焦らずとも存じておりますよ。とてもお楽しみになさっていましたからね。本日は大目に見て差し上げましょう」
「……そうですね。信頼できるご友人ができるのなら、私としても安心です」

 そんな会話を聞き流しながら、時間との闘いだと急いで支度を済ませる。

 一息つくと一気に緊張が押し寄せてきた。
(もう、人から嫌われたくない。仲良くなれるかしら?ご迷惑じゃないかしら……。仮に体調が辛くなっても、今日はなんとしてでも乗り切るのよ!)




 待ち合わせの場所へと向かう馬車の中、突然手を取られた。
「イザークさま……?」
 伺い見れば、いつもと同じ真顔だけれど楽しそうなイザークさまのお顔。
 後ろ手に何かを隠しているようだ。
「目を閉じろ」
「は、はい」
 不思議に思いながらも、言われた通りに目を閉じた。

「開けて良いぞ」 
 ゆっくり目を開けて、触られた場所を見る。
「え……これは?」

 桃色の花のブレスレットが、新しく一本着けられていた。
 同じ花ではあるけれど、エマからもらったものとは違うのがわかる。
「それは俺からの贈り物だ」
「そんな、ありがとうございます。とても嬉しいです。……ですが、いったいなぜですか?」
 初めて彼が贈り物をしてくれた喜びと、同じものを贈った理由が気になった。

「もし他の者に俺からもらったのだと言っても、それは嘘にはならないだろう?ということは、君のメイドからもらったブレスレットも、外さなくて良くなる」
 お忙しいというのに、そこまで考えてくださってこうして現実にしてくださるだなんて……。

「本当に嬉しいです!ただ、一つ気がかりがあるのです。意味あるブレスレットを二本も着けていて問題ないのでしょうか?」
 そう言うと、また少年のような表情を見せた。
「ああ、問題ない。舞踏会にいた奴らにもし聞かれたら、俺からのだと言えばいいさ」
「?わかりましたわ」
 
 どういうことかはわからなかったが、問題ないのならと頷いた。
 イザークさまは満足気に頷くと、軽く口角があがったまま外の景色を眺めていた。





「こちらです!ここです、ここ!」
 ノアさんが私たちに気付いて、大きく手を振っている。
 そこはお茶会でよく使われる場所で、その一角で過ごすことになっているのだ。

「騎士団長、おはようございます」
 ノアさんがイザークさまに礼を取ると、それを手で制しているのが視界の隅で見える。

 その横には、控えめで綺麗な奥さまがいらっしゃった。
「アイリスさま、お初にお目にかかります。オリヴィアと申します」
「オリヴィアさん、お初にお目にかかります。お会いできるのを心待ちにしておりました」
 お互い緊張した面持ちで、挨拶を交わす。

「では、お茶にしましょうか」




 言葉を交わしていると、いつの間にか緊張も緩和され、打ち解けていった。

「オリヴィアさんはいつご結婚されたのですか?」
「半年ほど前です。主人が騎士団で少しずつ成績を残せるようになりまして、父もそれならと了承してくれて。アイリスさまも、もう日程は決まられているのですか?」
 とても幸せそうなのが伝わってくる。
 なかなかできることではないが、彼女のように恋愛結婚をするのは、やはり皆の密かな憧れだろう。

「ええ、大体の日程ですけれど。もし、オリヴィアさんさえ良ければ是非いらしてほしいですわ」
「宜しいのですか?ご招待くださったら必ず行きますね」
「嬉しいです!……他のご令嬢がいらっしゃらない時は、お互い名前で呼び合って、敬語もなくしませんか?」
「で、ですがあまりにも立場が違います」
 困惑する表情を浮かべると、紅茶を口に入れた。
「私はこうして話してくださるオリヴィアさんと、立場など関係なく友人としてお会いしたいのです」
 断られたらどうしようかと、とても緊張しながら伝える。

 しばらく考えて、頷いてくれた。
「わかった。アイリス、さん?」
「アイリスで良いわ!」
 本当に嬉しくてはしゃいだ声を出してしまうと、一瞬ぽかんと見つめられた。
「……ふふっ。じゃあ、アイリス。これから助け合える友人になりましょう」
「ええ!これからよろしくね、オリヴィア」

 そうして私とオリヴィアは友人となり、イザークさまとノアさんは何か意気投合した様子で席を離れていかれた。




 全員にとって良い日となるなら嬉しいわ、そう考えていると、聞き覚えのある声がした。









「あら?あなた達もいらっしゃったのね。ご機嫌よう」


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