【会話劇】ワンゴール

ロボモフ

文字の大きさ
上 下
12 / 16

ユア・ターン

しおりを挟む
「サッカーの醍醐味を君たちは知っているのか?」
「ゴールを決めることでしょう?」
「ここのゴールには鍵がかかっているのか?」
「何を馬鹿な」
「まるで無数の鍵がかかっているみたいじゃないか」
「そんなはずはありませんよ。ゴールは金庫じゃないんです」
「だったら何だね?」
「いったいゴールはどこにあるんです?」
「何だと?」
「みんな本当にわかっているんですか?」
「問題はもっと深刻だったようだな」
「さっきまでは、遙か先に微かに見えていたんですが」
「なるほど」
「今では影さえも見えなくなってしまいました」
「それではシュートはとんでもない方向に飛んでいくはずだ」
「僕はシュートを打ちましたか?」
「君は少し疲れているようだな」
「そうでしょうか」
「少し休め。そこでいいから少し横になっていろ」
「ここでいいんですか?」
「そう。そこでいい」
「おかしくないでしょうか? 突然すぎて」
「疲れた時には、休むのが自然だ」
「ですが、不真面目にすぎないでしょうか?」
「真面目もすぎると自らを傷つけてしまう」
「だけど、自分だけが……。本当にいいんでしょうか?」
「あまり考えすぎるな。時には何も考えるな」
「……」
「誰も君を責めはしない」
「すぐに笛が吹かれます」
「どうだろうか」
「あるいは誰かがボールを外に出すでしょう。異変に気がついて、みんな僕のところへ集まって来るでしょう」
「まあしばらく様子をみるとしよう」
「僕がこうしている間にも、どこかで数的不利が発生してしまう」
「それはどこででも起こり得ることだ」
「僕のせいで致命的な結果が生まれてしまうかもしれません」
「そんなにチームのことが心配かね?」
「勿論です。他に心配することがないほどです」
「チーム愛かね?」
「僕はいつでもチームの中心でありたいと願っていたんです」
「君がいなくても、何事もなくゲームは続いているようだ」
「そんなはずがありません。何かよくないことが起きているのでは……」
「とても静かに進んでいる」
「そんな」
「君が思うほどに、君一人の影響は少なかったようだな」
「そんなはずはありません。みんなが頑張っているんです。僕がいない分を、他のみんなが一人一人必死になって頑張ってくれているからです」
「どうだね。みんなが動いている間に自分だけがくつろいでいる気分は」
「何か奇妙な感じです。ここにいながら、ここにいないような……」
「芝生の状態はどうだね?」
「最高です。最高のベッドです」
「そうか。それはよかった」
「ただ心の底からくつろげる気分にはなりません」
「申し分のないベッドなのに」
「何か自分だけ置いていかれたような気分です」
「笛の音は聞こえたかね?」
「いいえ。大地の鼓動が聞こえます」
「大地の?」
「戦いの鼓動です」
「そうだ。大地は語り部だ。戦いの歴史を知っている」
「はい。僕はずっとここに立つ日を夢見ていたのです」
「多くの者が描く夢だな」
「はい」
「ほとんどの者はそれを描き切ることはできない」
「まだベンチにも入れない頃、そこに入ることは大きな目標でした」
「現実的な目標を定めるのは悪いことではない」
「初めてそこに到達した時、僕はベンチを温め続けることしかできませんでした」
「誰かがそれをしなければ、ベンチは空っぽになってしまうからな」
「僕は目標を誤っていたのではと思いました。目指していた場所に行って失望だけを持ち帰ったのだから」
「本当のゴールが見えている者は希だ」
「ずっと山を登っているつもりで来ました」
「人はみんな登山家だとも言える」
「そこが頂上だと思ってたどり着いたら、思ってもいないものを見た気がします」
「遠くから見る風景は、いつもどこか現実とは離れているものだ」
「はい。実際にそうでした」
「何が見えたのかね?」
「月の大地を踏んでいるようでした」
「地上とは違っていたというわけだな」
「そこから見える景色は、想像していたものとはまるで違っていました。今までの自分ではもういられないほどに」
「景色は人を変えるものだな」
「僕はもっと遠くを見ておくべきでした。もっと早くに」
「遅くはないんじゃないかな? 遠くを見ることに遅いということはないんじゃないかな」
「自分に足りないものをたくさん知りました」
「完全な選手なんて一人もいないさ」
「得意であったものにさえ、自信を失いかけました」
「一度失ってみるのもいい。そこで見つけられるものが本当に必要なものだ」
「でももう一度帰って来ると誓いました。そして、今度はベンチだけを温めるのではなく……」
「何を温めるのかね?」
「温めるのではなく、あつくするのです」
「もう、地球は十分にあついのではないかね」
「監督。それは皮肉ですか?」
「私が皮肉を言わない監督に見えるかね?」
「わかりません。人は見かけ通りとは限りません」
「その通りだ」
「熱狂させるんです。このスタジアム全体を!」
「そうか。それで今の君はどうだね?」
「ああ、僕はいったい何をしているんだ?」
「もう、十分休んだだろう」
「こんなところで何をしていたんだ。僕としたことが」
「いつまで寝ているのだ。さあ、早く立ち上がれ!」
「教えてください。どうして僕はこんなところで寝ているんです?」
「何かを失ったからだ。大切にしていた何かを失い疲れて倒れ込んだ」
「大切な何かを?」
「私がなぜ君を代えなかったかわかるかね」
「わかりません。まるでわかりません」
「待っていたのだよ」
「まるでわかりません。こんな選手を待つなんて、監督は監督に向いていないんじゃないでしょうか」
「強い愛は強すぎるが故に離れてしまうことがある」
「それはトラップを誤るようなものですか?」
「トラップを誤ってボールは足下から離れていってしまう」
「はい。トラップは一番大事だったのに」
「だが、思いが強く残っていれば、それは再び引き寄せられて戻って来る」
「運がよければ……」
「愛はいずれ戻ってくるのだ。消えたようでもな」
「愛……」
「それが私が待っていたことの理由だ」
「これからどこを目指せばいいのでしょうか?」
「最初にあったところだ」
「もう、みんな僕のことを忘れてしまったのでは?」
「覚悟を決めるのだ。そして覚悟ができたら立ち上がれ」
「どんな覚悟を決めればいいのやら」
「繰り返すことだ」
「繰り返す……」
「失敗と挫折を繰り返す」
「まだ失敗を重ねなければならないんですか?」
「失敗と挫折、パスとゴー……。子供たちが君を見ているぞ」
「僕を?」
「君が登った山。君が見た幻想、君が見た夢。今では君が、人々に見せる番なのだ」
「僕が?」
「君がここで動き回る。その仕草の一つ一つすべてが新しい風景となって誰かの夢を育むことになるだろう」
「僕にそんな力があったとは……」
「驚くのはまだ早いぞ! 覚悟ができたら立ち上がれ!」
「僕はここで繰り返す。失敗と挫折とドリブルとシュートと……」
「そうだ。これから君のすることは、小さくて大きなことだ」
「小さくて大きなこと……」
「これから君の生むゴールは、瞬間の歓喜や目先の勝利だけのためではない」
「僕は僕のゴールで勝ちたい」
「君は記憶の種を蒔くのだ」
「はい。僕の番だから」
「そうとも。それは眠っていてはできないぞ」
「ここで生きる。繰り返し、繰り返し、ここで生きていく」
「そうだ。生きていくのだ」
「記憶の種を、僕が蒔く!」
「そうだ。君ならそれができる!」
「僕はここで生きていきます!」
「さあ、覚悟ができたら顔を上げよ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【将棋掌編集】明日を指して

ロボモフ
現代文学
将棋のお話、ファンタジー

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

無垢で透明

はぎわら歓
現代文学
 真琴は奨学金の返済のために会社勤めをしながら夜、水商売のバイトをしている。苦学生だった頃から一日中働きづくめだった。夜の店で、過去の恩人に似ている葵と出会う。葵は真琴を気に入ったようで、初めて店外デートをすることになった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。

からした火南
現代文学
◇主体性の剥奪への渇望こそがマゾヒストの本質だとかね……そういう話だよ。 「サキのタトゥー、好き……」 「可愛いでしょ。お気に入りなんだ」  たわれるように舞う二匹のジャコウアゲハ。一目で魅了されてしまった。蝶の羽を描いている繊細なグラデーションに、いつも目を奪われる。 「ワタシもタトゥー入れたいな。サキと同じヤツ」 「やめときな。痛いよ」  そう言った後で、サキは何かに思い至って吹き出した。 「あんた、タトゥーより痛そうなの、いっぱい入れてんじゃん」  この気づかいのなさが好きだ。思わずつられて笑ってしまう。

補欠部員

西川慎也
BL
主人公・佐藤直也は勉強もスポーツもできる 優等生タイプの小学生。 何不自由なく暮らしていたが、 満たされぬ“何か”を感じていた。 そんな時、1学年下の藤宮翔と出会う。 直也は翔の中に、自分が求めている “何か”を見いだした気がした。 その“何か”とはマゾイスティックな 欲望だった。 磁石のS極とN極が引き合うように、 M極の直也はS極の翔に引き寄せられていく。

処理中です...