【将棋掌編集】明日を指して

ロボモフ

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とことん将棋

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 あるところまで行くと敵は突然強くなった。レベルが上がると対戦者は魔神になるのだろうか。すべてを見透かされているように、狙いの裏を取られる。難しい局面が私の手を止めた。私は将棋の時間の中にいた。
(簡単には勝てないんだな)
 自分の読みの甘さを痛感する。しかし、簡単にあきらめるわけにはいかない。第一感の手は成立しない。第二、第三の手もまるで論外だ。普通の手では、窮地を脱することはできそうもない。ふー……。
 ため息の深さが形勢を物語る。このままでは終われない。

「あの銀を……」
 瀕死の銀をどうにかする手はないものか。AIならば潔くあきらめて、他の場所でポイントを得ようとするのかもしれない。しかし、人間は簡単に割り切ることはできない。積み上げてきたものほど守りたい。生きるとは、しがみつくことではないか。「ここまで」とみえるところを、「ここから」と何度思い直すことができるか。逆転の最初の鍵は、私の心が握っている。読んできたすべてを置いてゼロに立ち返ることは簡単じゃない。正しいことだと知った上でも、小学生からやり直すのは嫌なのだ。
 必要なのは、普通ではない「ひねり出した手」。
 ひねり出すためには、苦しい時間を深い霧の中で悩み抜かねばならない。常識が蓋をした無筋を掘り下げて潜り込まなければならない。脇息に額をつけて、闇の奥で棋と話した。迷路の中で足踏みをするな。壁を破って外へ進むのだ。

 無力感を纏いながら私は駆ける。棋理から遠く離れた名もなき街を。持ち駒はいらない。腕にはウォッチが光る。遠くでつながるものもあるから、労を惜しんではならない。汗をかきながら見つけるのだ。子供の頃からそうだった。机の上に広げられた本ではない。偶然どこかに開かれるもの、おかしな姿勢で読む方が入り込めるのだ。街を走る内に一緒に走る仲間が増えた。みんな腕に光るものをつけている。ここはランナーのための街だ。人ばかりではない。犬も猫も兎も、みんな夢中で走って行く。汗とともに、記憶、邪念、本題のようなものが流れ落ちていく。あれは何だった……。私はどこかで約束の人を待っている気がした。それが片づいたら自分のことに専念できる。(そのためにいつも身構えている)約束はいつもすっぽ抜けて行くのに。愚かである。そんなものに心を取っておくなんて。
 ランナーたちが道沿いにある八百屋さんに立ち寄って、りんご、みかん、バナナ、柿……。思い思いに持って行く。戦い抜くための栄養補給。お金も出さずに、頬張り、かじり、走り去っていく。
「サブスクリプションだよ」
 走るほど遠くまで行くことができる。遠くへ行くほど深く読むことができる。真理を探究するだけならずっと走り続けるのだけれど。現実の勝負のために、私は引き返さなければならない。バナナをひとひねりして手にすると、ランナー集団から離れた。

(悪手でもいい)
 異彩を放ってみえさえすればそれでいい。
 惑わされて相手があやまるかもしれない。
 最後にあやまった方が負ける。
 それが私たち人間の戦いだ。
 勝てないかもしれないが……。
 私は飛車にアタックをかけて千日でも絡みつく順を描いていた。
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