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後日談3 古龍の訓練/デニス(2)
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今日の爺さんも、昨日に続いて雄弁だ。
俺と素手で手合わせをしながら、今日の話は聖獣についてらしい。
「聖獣のうち、先ず作られたのはフェンリルだということは、お前も知っているかの?」
爺さんはそう俺に尋ねた。
星の神ギヴリスによると、リリアンの正体はそのフェンリルなのだそうだ。
フェンリルは、本来ならば獣人の国の北に住まうはずの大黒狼の聖獣だ。しかしその名前は神話の中に出てくるだけで、人間たちには高位魔獣だとすら認識されていない。しかも、その獰猛さ故に神代の時代に封印されたのだと、ギヴリスは言っていた。
自分が聞いていたのはそのくらいで、順番までは知らない。
「儂ら聖獣は、主よりその身を分けられて作られている」
ああ、それは知っている。神の一部で作られているのだと。
だから神秘魔法という特殊な魔法を使うことができるし、いつぞや魔族領でリリアンのマジックバッグがその効力を失わなかったのもその為なのだと。
「しかしな」
そう前置いてから爺さんは、多分一介の冒険者が聞いてはいけないような、大事な話をした。
フェンリルだけは他の聖獣とは違い、『古い神の肉体』を元にして作られているのだと。
一度は打ち捨てられた物だとはいえ、神の肉体そのままを元に作られているフェンリルは、当然他の聖獣よりも強い力を持っている。
「しかもその成り立ちは、古龍である儂より古い。小娘自身は、儂ら聖獣のうちでは新入りじゃがな。しかしアレは我ら聖獣を率いるだけの力がある」
つまり、今後はリリアンが聖獣のリーダーになる、という事か?――
「そろそろ、儂も隠居しようかと思っていてな」
俺への攻撃の手を緩める事なく、爺さんは続けた。
「もう儂も随分と生きた。次は儂の番じゃ」
その言葉に、一瞬思考が飛んだ。
そう言えば…… そう言えばあの時――魔王城で星の神ギヴリスが目覚めず、リリアンが自らを犠牲にしようとした時に、それを止めたのはこの爺さんだった。
『それをやるとしたら、次は儂の番じゃ』
その時、爺さんはリリアンにそう言っていた。
つまり、もしかして爺さんは――
「どうじゃ、お前、シアンより強くなりたくないか?」
その言葉に我に返る。
俺はどうやら無意識で、爺さんの攻撃をかわしていたらしい。
急に意識を取り戻した瞬間、爺さんの掌底が目前にあり、慌てて身を横に避けた。
そこで漸く、爺さんの攻撃の手が止まった。そしてその手をおろすと、ゆっくりと後ろ手に組んだ。
「デニスよ。儂の跡を継げ」
……古龍は他の聖獣とは違い、代替わりしかできない。爺さんはあの時にそうも言っていた。
その古龍に、俺が?
「なんで、俺が……?」
「老い先短い年寄りの我儘じゃ」
そう言って爺さんは、すぅと目を細める。
老い先短いって、そんな…… まだまだこんなに元気なのに……
アシュリーさんの、あのDランクの、マーニャの……
俺の周りから目の前から、突然いなくなっていった人たちの事が脳裏に浮かんだ。
「俺にできるのなら…… 俺なんかでいいのなら…… でも爺さん…… 老い先短いって。まさか爺さん……」
ハッキリと言葉にすることが出来ずに項垂れた俺の気持ちとは裏腹に、爺さんがほっほっほと愉快そうに笑う声が聞こえた。
「15年前に九尾が逝ったからの。女神が戻ればしばらくはこの星も持つじゃろう。まあ、100年先か200年先か……」
「ひゃ、ひゃく……!?」
……騙された……?
いや、古龍にとっての100年は短いのかもしれないが…… 俺たち人間にとっては一生より長い。
「言質はとったからの? 後は頼んだぞ?」
満足そうに笑った爺さんの姿が、途端に視界から消えた。
え? と思った時にはすでに遅く、激しい衝撃とともに体は浮いてた。ぐるりと回る視界の中、爺さんがニヤリと笑いながら、俺に向かって繰り出した蹴りの足を戻すのが見えた。
「ああ、それから」
呆気にとられたまま、地面に転がっている俺に、さらに爺さんは言葉を投げる。
「儂は他の聖獣と違って繁殖はできぬ。でも儂の役目をお前が継げば繁殖が可能になる。聖獣の眷属が増えれば、この星も豊かになるじゃろう。それもお前に任せたぞ」
「へ? 任せるって……??」
「この屋敷に気に入った竜人の娘が居れば、いくらでも子を産ませて構わん。もちろん竜人に限らず、人間でも獣人でもエルフでも良いが、産まれるのは竜の仔だろうから、孕ませるのならその娘をここに連れてこい」
……つまり、ここに俺のハーレムを作れって事か?
いやいや、いくら失恋したからって、そんな気分にはなれやしない。
「いや! 待てよ、爺さん!」
慌てる俺を放ったままで、爺さんは上機嫌でさっさと屋敷に戻って行ってしまった。
* * *
正直、俺は爺さんを甘く見ていた。
その晩、俺の寝室にやってきたのは、竜人の娘だった。裸で俺の上にのしかかろうとする彼女をなだめて、ひとまず服を着させたが、どうやら俺に叱られるとでも思ったのか、始終恐縮していてマトモに話ができない。
なんとか聞き出したところによると、爺さんに言われて来たらしい。
竜人たちにとって、古龍は崇めるべき神に等しい存在なのだそうだ。その古龍を継ぐことになった俺も、彼らにとっては神の一人のようなもので、その俺が嫁を求めているだとか、そういう話になっているそうだ。
次の日、俺の特訓の様子を見に来たタングスとシャーメに、その事を打ち明けた。
そうしたら、何故かシャーメがものすごく怒って、『通信の魔道具』でリリアンに連絡をとり、この場に呼んだ。
シアンさんを伴って転移魔法で現れたリリアンは、俺から事情を聞くと、遠慮する様子もなく爺さんに詰め寄った。
「爺様、デニスさんが嫌がっていますから、無理な事はさせないでください」
「そうなのか? 別に減るわけでもなかろうて。それに人間の雄は交尾の事ばかり考えているんじゃろう?」
爺さんはそう言ってからからと笑う。
……いや、でも誰とでもヤれりゃいいだとか、少なくとも俺にはそういう気持ちはねえ。
「まあ、否定はしねえが。な、デニス!」
そう言ってシアンさんがバンバンと俺の背中を叩くのを、強く振り払った。
ったく、このおっさんは…… やめてくれよ。せっかくリリアンがいい方向に話を持っていこうとしてくれているのに……
「シアさん!?」
「待て! 怒るな、リリアン! そ、そういうヤツも居るって話だよ!?」
……痴話げんかは今はやめてほしい。
結局、リリアンの静かで強い説得と、何故かシャーメの激しい抗議の甲斐があり、爺さんと竜人たちの飛躍した考えは収めてもらう事ができた。
さすがにハーレムを作る気はない。でもそのうちにはちゃんとつがいを探すからと、そこも一応納得してもらえた。
とはいえ、昨晩の事もあるしどうにも安心できない。しばらく落ち着くまでは、仙狐の住処に世話になる事にした。
* * *
今日も風呂から上がると、すでに食卓にはいつものようにご馳走が並べられている。
「お腹すいてるでしょ。デニスはたっくさん食べるもんねーー」
シャーメが上機嫌で、俺にスープをよそってきてくれる。
「すまないな、ずっと世話になりっぱなしで」
しばらく落ち着くまでは、と言っておいて、あれからすでに2か月がたっている。しばらくなんて期間じゃない。
でも正直、ここの居心地が良くて、離れがたいと思う自分もいる。
「何言ってるの。デニスは家族でしょーー?」
……そう……なのか?
「シアンおにーちゃんも、アシュリーおねーちゃんも、私たちの家族だもの。なら、おねーちゃんの家族のデニスも家族でしょう?」
「それに、ぼくらはこうしてデニスが一緒にいてくれて嬉しいんだよ」
そう言って、タングスも笑う。
聖獣は眷属を増やさなければいけないと、爺さんは言った。
タングスもシャーメも、そのうち自分たちのつがいを見つけて本当の家族を持つんだろう。
聖獣も、聖獣の力を得た俺たちも、人生はまだまだ長いのだそうだ。
まだもう少しくらいは…… 二人の言葉に甘えさせてもらってもいいのかもしれない。
「デニスぅ。明日は王都に遊びに行く日だよー」
「ああ、なら朝のうちに手土産を獲ってこないとな」
「じゃあ、また僕と勝負だね。負けないよ」
俺とタングスが合わせた拳に、シャーメが嬉しそうに上から両手をかぶせた。
俺と素手で手合わせをしながら、今日の話は聖獣についてらしい。
「聖獣のうち、先ず作られたのはフェンリルだということは、お前も知っているかの?」
爺さんはそう俺に尋ねた。
星の神ギヴリスによると、リリアンの正体はそのフェンリルなのだそうだ。
フェンリルは、本来ならば獣人の国の北に住まうはずの大黒狼の聖獣だ。しかしその名前は神話の中に出てくるだけで、人間たちには高位魔獣だとすら認識されていない。しかも、その獰猛さ故に神代の時代に封印されたのだと、ギヴリスは言っていた。
自分が聞いていたのはそのくらいで、順番までは知らない。
「儂ら聖獣は、主よりその身を分けられて作られている」
ああ、それは知っている。神の一部で作られているのだと。
だから神秘魔法という特殊な魔法を使うことができるし、いつぞや魔族領でリリアンのマジックバッグがその効力を失わなかったのもその為なのだと。
「しかしな」
そう前置いてから爺さんは、多分一介の冒険者が聞いてはいけないような、大事な話をした。
フェンリルだけは他の聖獣とは違い、『古い神の肉体』を元にして作られているのだと。
一度は打ち捨てられた物だとはいえ、神の肉体そのままを元に作られているフェンリルは、当然他の聖獣よりも強い力を持っている。
「しかもその成り立ちは、古龍である儂より古い。小娘自身は、儂ら聖獣のうちでは新入りじゃがな。しかしアレは我ら聖獣を率いるだけの力がある」
つまり、今後はリリアンが聖獣のリーダーになる、という事か?――
「そろそろ、儂も隠居しようかと思っていてな」
俺への攻撃の手を緩める事なく、爺さんは続けた。
「もう儂も随分と生きた。次は儂の番じゃ」
その言葉に、一瞬思考が飛んだ。
そう言えば…… そう言えばあの時――魔王城で星の神ギヴリスが目覚めず、リリアンが自らを犠牲にしようとした時に、それを止めたのはこの爺さんだった。
『それをやるとしたら、次は儂の番じゃ』
その時、爺さんはリリアンにそう言っていた。
つまり、もしかして爺さんは――
「どうじゃ、お前、シアンより強くなりたくないか?」
その言葉に我に返る。
俺はどうやら無意識で、爺さんの攻撃をかわしていたらしい。
急に意識を取り戻した瞬間、爺さんの掌底が目前にあり、慌てて身を横に避けた。
そこで漸く、爺さんの攻撃の手が止まった。そしてその手をおろすと、ゆっくりと後ろ手に組んだ。
「デニスよ。儂の跡を継げ」
……古龍は他の聖獣とは違い、代替わりしかできない。爺さんはあの時にそうも言っていた。
その古龍に、俺が?
「なんで、俺が……?」
「老い先短い年寄りの我儘じゃ」
そう言って爺さんは、すぅと目を細める。
老い先短いって、そんな…… まだまだこんなに元気なのに……
アシュリーさんの、あのDランクの、マーニャの……
俺の周りから目の前から、突然いなくなっていった人たちの事が脳裏に浮かんだ。
「俺にできるのなら…… 俺なんかでいいのなら…… でも爺さん…… 老い先短いって。まさか爺さん……」
ハッキリと言葉にすることが出来ずに項垂れた俺の気持ちとは裏腹に、爺さんがほっほっほと愉快そうに笑う声が聞こえた。
「15年前に九尾が逝ったからの。女神が戻ればしばらくはこの星も持つじゃろう。まあ、100年先か200年先か……」
「ひゃ、ひゃく……!?」
……騙された……?
いや、古龍にとっての100年は短いのかもしれないが…… 俺たち人間にとっては一生より長い。
「言質はとったからの? 後は頼んだぞ?」
満足そうに笑った爺さんの姿が、途端に視界から消えた。
え? と思った時にはすでに遅く、激しい衝撃とともに体は浮いてた。ぐるりと回る視界の中、爺さんがニヤリと笑いながら、俺に向かって繰り出した蹴りの足を戻すのが見えた。
「ああ、それから」
呆気にとられたまま、地面に転がっている俺に、さらに爺さんは言葉を投げる。
「儂は他の聖獣と違って繁殖はできぬ。でも儂の役目をお前が継げば繁殖が可能になる。聖獣の眷属が増えれば、この星も豊かになるじゃろう。それもお前に任せたぞ」
「へ? 任せるって……??」
「この屋敷に気に入った竜人の娘が居れば、いくらでも子を産ませて構わん。もちろん竜人に限らず、人間でも獣人でもエルフでも良いが、産まれるのは竜の仔だろうから、孕ませるのならその娘をここに連れてこい」
……つまり、ここに俺のハーレムを作れって事か?
いやいや、いくら失恋したからって、そんな気分にはなれやしない。
「いや! 待てよ、爺さん!」
慌てる俺を放ったままで、爺さんは上機嫌でさっさと屋敷に戻って行ってしまった。
* * *
正直、俺は爺さんを甘く見ていた。
その晩、俺の寝室にやってきたのは、竜人の娘だった。裸で俺の上にのしかかろうとする彼女をなだめて、ひとまず服を着させたが、どうやら俺に叱られるとでも思ったのか、始終恐縮していてマトモに話ができない。
なんとか聞き出したところによると、爺さんに言われて来たらしい。
竜人たちにとって、古龍は崇めるべき神に等しい存在なのだそうだ。その古龍を継ぐことになった俺も、彼らにとっては神の一人のようなもので、その俺が嫁を求めているだとか、そういう話になっているそうだ。
次の日、俺の特訓の様子を見に来たタングスとシャーメに、その事を打ち明けた。
そうしたら、何故かシャーメがものすごく怒って、『通信の魔道具』でリリアンに連絡をとり、この場に呼んだ。
シアンさんを伴って転移魔法で現れたリリアンは、俺から事情を聞くと、遠慮する様子もなく爺さんに詰め寄った。
「爺様、デニスさんが嫌がっていますから、無理な事はさせないでください」
「そうなのか? 別に減るわけでもなかろうて。それに人間の雄は交尾の事ばかり考えているんじゃろう?」
爺さんはそう言ってからからと笑う。
……いや、でも誰とでもヤれりゃいいだとか、少なくとも俺にはそういう気持ちはねえ。
「まあ、否定はしねえが。な、デニス!」
そう言ってシアンさんがバンバンと俺の背中を叩くのを、強く振り払った。
ったく、このおっさんは…… やめてくれよ。せっかくリリアンがいい方向に話を持っていこうとしてくれているのに……
「シアさん!?」
「待て! 怒るな、リリアン! そ、そういうヤツも居るって話だよ!?」
……痴話げんかは今はやめてほしい。
結局、リリアンの静かで強い説得と、何故かシャーメの激しい抗議の甲斐があり、爺さんと竜人たちの飛躍した考えは収めてもらう事ができた。
さすがにハーレムを作る気はない。でもそのうちにはちゃんとつがいを探すからと、そこも一応納得してもらえた。
とはいえ、昨晩の事もあるしどうにも安心できない。しばらく落ち着くまでは、仙狐の住処に世話になる事にした。
* * *
今日も風呂から上がると、すでに食卓にはいつものようにご馳走が並べられている。
「お腹すいてるでしょ。デニスはたっくさん食べるもんねーー」
シャーメが上機嫌で、俺にスープをよそってきてくれる。
「すまないな、ずっと世話になりっぱなしで」
しばらく落ち着くまでは、と言っておいて、あれからすでに2か月がたっている。しばらくなんて期間じゃない。
でも正直、ここの居心地が良くて、離れがたいと思う自分もいる。
「何言ってるの。デニスは家族でしょーー?」
……そう……なのか?
「シアンおにーちゃんも、アシュリーおねーちゃんも、私たちの家族だもの。なら、おねーちゃんの家族のデニスも家族でしょう?」
「それに、ぼくらはこうしてデニスが一緒にいてくれて嬉しいんだよ」
そう言って、タングスも笑う。
聖獣は眷属を増やさなければいけないと、爺さんは言った。
タングスもシャーメも、そのうち自分たちのつがいを見つけて本当の家族を持つんだろう。
聖獣も、聖獣の力を得た俺たちも、人生はまだまだ長いのだそうだ。
まだもう少しくらいは…… 二人の言葉に甘えさせてもらってもいいのかもしれない。
「デニスぅ。明日は王都に遊びに行く日だよー」
「ああ、なら朝のうちに手土産を獲ってこないとな」
「じゃあ、また僕と勝負だね。負けないよ」
俺とタングスが合わせた拳に、シャーメが嬉しそうに上から両手をかぶせた。
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