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王都を離れて
94 幸せの在処/ミリア(1)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年。その正体は前英雄の息子で、現国王の甥にあたる。
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、ウォレスの祖父。2代前の『英雄』でもある。
・アラン…Bランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
====================
広い部屋に通され、中央にあるソファーにそっと下ろされた。王宮の一室の割には飾り気が少ないのは、おそらく仕事をする為の部屋なのだろう。
腰掛けたソファーの柔らかさに思ったよりも体が沈み込んで、バランスを崩しかけたところを横から手が添えられた。
「あっ、ありがとうございます」
礼を言うと、ニールくん――いや、ニコラス様は少しだけ不思議そうな顔をした。
「ミリアさん、と言ったね」
ケヴィン様に問われ、慌てて立ち上がろうとすると手ぶりで制止された。戸惑いながらも、座ったままで会釈だけして答える。
「はい、ミリア・ギャレットと申します」
「え……?」
隣に座るニコラス様が声を上げた。
「ミリアさん、家名持ちなの?」
「はい、といっても家系はありませんが」
壁際で控えている女性騎士が連れている飛竜の子が、ギャアと鳴くのが聞こえた。
「改めて、不安な思いをさせてすまなかった」
ケヴィン様がまた軽く頭を下げる。
「あのっ、大丈夫です。ニコラス様が来てくださいましたので……」
そう言った私の隣で、うっと変な声がした。
「やっぱり……ミリアさん、わかっちゃったんだね」
見ると、彼は眉を歪ませながら複雑そうな表情をしている。
「……はい。クリストファー様のご子息のニコラス殿下、ですよね」
「そう、なんだけどさ…… そんな言葉遣いすんのはやめてほしい。俺、ミリアさんとは友達だと……思ってるし」
「でも……」
「だからニール様には敢えてお伝えせずに私が動いていたのに。考えもせずにウォレス様の部屋に飛び込むのだから、バレるに決まってます」
壁際にいたもう一人の騎士――アランさんが呆れたような言いぶりで口を挟んだ。
「だ、だってっ! お前はどこかに行っちゃってて居なかったじゃないか。だから俺一人でもミリアさんを助けなきゃって思って……」
「ほら。ニール様はバレるだとか、そんな先の事なんか全く考えていないんですよ。そんな事より、ミリアさんが大事なんですよね」
アランさんは私に向かってそう言って、にっこりと微笑んでみせた。
「え……?」
「そっ、そりゃそうだよ…… 大事な友達……なんだからさ……」
見ると、ニールくんは逸らせた顔を少し赤くさせている。
「王都に来たばかりの頃のニールは、なかなか打ち解けてくれなくてな」
今度は違う方向から落ち着いた声がした。
「あなた方の話をする様になってからだ。ぎこちなくない、本当の笑顔を見せてくれるようになったのは。友人が出来た事が、よほど嬉しかったんだろう」
ケヴィン様までニコニコと、私に語りかける。
「これからもニールと仲良くしてやってほしい。それに冒険者には身分は関係ないのであろう?」
この3人の様子に、すっかり拍子が抜けてしまった。
「あとさ、この事知ってるのはミリアさんだけだからさ。皆にもナイショにしてほしい。そんで今まで通り、皆にもミリアさんにも、友達でいてほしいよ」
懇願するように私に訴えてくる様子は、確かにいつものニールくんだ。彼は今まで通り、何も変わってはいないんだ。
「うん、ニールくん」
そう答えると、彼はまた恥ずかしそうな顔をした。
壁際に居たアランさんが、失礼しますとケヴィン様に軽く会釈をして、私の横に来た。
「ミリアさん、もしよろしければ今晩はニール様の家に泊まってください。客間は鍵もかかります。以前にはリリアンさんも泊まった部屋ですし、住み込みのメイドも居ますから、余計な心配はしなくて大丈夫ですので」
「俺もそうしてほしい。一人で居させるのは心配だよ」
そのやり取りを聞いて、ケヴィン様は優しく微笑まれた。
「では馬車を用意させよう。ニール、彼女を任せたぞ」
女性騎士があの部屋で拾っておいてくれたのだろう、私のバッグを持って来ていて手渡してくれた。さっきからずっと女性騎士の背中にしがみ付いている飛竜の子と目が合って、あの部屋での事を思い出した。
「そういえば…… 気の所為だと思うけれど、ニールくんが来た時にシアンさんが居た、なんて事はなかったわよね?」
「シアンさん? いいや、誰も居なかったよ…… あの飛竜がウォレスを蹴飛ばしたらしくて、あいつが追っかけまわしてた」
女性騎士の黒髪で遊んでいる飛竜の子どもに視線をやりながら、思い出した様にニールくんがくすくすと笑った。余程滑稽な風景だったのだろう。
「声が聞こえた気がするのよね。でもやっぱりあれは夢だったのね」
飛竜にありがとうと小声で礼を言うと、嬉しそうにギャアと鳴き声を上げた。
====================
(メモ)
友達の話(#55)
リリアンも泊まった(#41)
・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年。その正体は前英雄の息子で、現国王の甥にあたる。
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、ウォレスの祖父。2代前の『英雄』でもある。
・アラン…Bランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
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広い部屋に通され、中央にあるソファーにそっと下ろされた。王宮の一室の割には飾り気が少ないのは、おそらく仕事をする為の部屋なのだろう。
腰掛けたソファーの柔らかさに思ったよりも体が沈み込んで、バランスを崩しかけたところを横から手が添えられた。
「あっ、ありがとうございます」
礼を言うと、ニールくん――いや、ニコラス様は少しだけ不思議そうな顔をした。
「ミリアさん、と言ったね」
ケヴィン様に問われ、慌てて立ち上がろうとすると手ぶりで制止された。戸惑いながらも、座ったままで会釈だけして答える。
「はい、ミリア・ギャレットと申します」
「え……?」
隣に座るニコラス様が声を上げた。
「ミリアさん、家名持ちなの?」
「はい、といっても家系はありませんが」
壁際で控えている女性騎士が連れている飛竜の子が、ギャアと鳴くのが聞こえた。
「改めて、不安な思いをさせてすまなかった」
ケヴィン様がまた軽く頭を下げる。
「あのっ、大丈夫です。ニコラス様が来てくださいましたので……」
そう言った私の隣で、うっと変な声がした。
「やっぱり……ミリアさん、わかっちゃったんだね」
見ると、彼は眉を歪ませながら複雑そうな表情をしている。
「……はい。クリストファー様のご子息のニコラス殿下、ですよね」
「そう、なんだけどさ…… そんな言葉遣いすんのはやめてほしい。俺、ミリアさんとは友達だと……思ってるし」
「でも……」
「だからニール様には敢えてお伝えせずに私が動いていたのに。考えもせずにウォレス様の部屋に飛び込むのだから、バレるに決まってます」
壁際にいたもう一人の騎士――アランさんが呆れたような言いぶりで口を挟んだ。
「だ、だってっ! お前はどこかに行っちゃってて居なかったじゃないか。だから俺一人でもミリアさんを助けなきゃって思って……」
「ほら。ニール様はバレるだとか、そんな先の事なんか全く考えていないんですよ。そんな事より、ミリアさんが大事なんですよね」
アランさんは私に向かってそう言って、にっこりと微笑んでみせた。
「え……?」
「そっ、そりゃそうだよ…… 大事な友達……なんだからさ……」
見ると、ニールくんは逸らせた顔を少し赤くさせている。
「王都に来たばかりの頃のニールは、なかなか打ち解けてくれなくてな」
今度は違う方向から落ち着いた声がした。
「あなた方の話をする様になってからだ。ぎこちなくない、本当の笑顔を見せてくれるようになったのは。友人が出来た事が、よほど嬉しかったんだろう」
ケヴィン様までニコニコと、私に語りかける。
「これからもニールと仲良くしてやってほしい。それに冒険者には身分は関係ないのであろう?」
この3人の様子に、すっかり拍子が抜けてしまった。
「あとさ、この事知ってるのはミリアさんだけだからさ。皆にもナイショにしてほしい。そんで今まで通り、皆にもミリアさんにも、友達でいてほしいよ」
懇願するように私に訴えてくる様子は、確かにいつものニールくんだ。彼は今まで通り、何も変わってはいないんだ。
「うん、ニールくん」
そう答えると、彼はまた恥ずかしそうな顔をした。
壁際に居たアランさんが、失礼しますとケヴィン様に軽く会釈をして、私の横に来た。
「ミリアさん、もしよろしければ今晩はニール様の家に泊まってください。客間は鍵もかかります。以前にはリリアンさんも泊まった部屋ですし、住み込みのメイドも居ますから、余計な心配はしなくて大丈夫ですので」
「俺もそうしてほしい。一人で居させるのは心配だよ」
そのやり取りを聞いて、ケヴィン様は優しく微笑まれた。
「では馬車を用意させよう。ニール、彼女を任せたぞ」
女性騎士があの部屋で拾っておいてくれたのだろう、私のバッグを持って来ていて手渡してくれた。さっきからずっと女性騎士の背中にしがみ付いている飛竜の子と目が合って、あの部屋での事を思い出した。
「そういえば…… 気の所為だと思うけれど、ニールくんが来た時にシアンさんが居た、なんて事はなかったわよね?」
「シアンさん? いいや、誰も居なかったよ…… あの飛竜がウォレスを蹴飛ばしたらしくて、あいつが追っかけまわしてた」
女性騎士の黒髪で遊んでいる飛竜の子どもに視線をやりながら、思い出した様にニールくんがくすくすと笑った。余程滑稽な風景だったのだろう。
「声が聞こえた気がするのよね。でもやっぱりあれは夢だったのね」
飛竜にありがとうと小声で礼を言うと、嬉しそうにギャアと鳴き声を上げた。
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(メモ)
友達の話(#55)
リリアンも泊まった(#41)
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