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王都を離れて
93 エメラルド/ミリア
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、ウォレスの祖父。2代前の『英雄』でもある。
・アラン…Bランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
====================
「うわぁ!!」
ぼんやりとした意識の中、ウォレス様の悲鳴が聞こえた。ギャアギャアと何かの鳴き声もする。
「くそっ! 叩っ斬ってやる!」
そんな声がなんだか遠くからのように聞こえてくる。バタバタと何かが暴れる音と何かが割れる音。全て現実ではなく、まるで夢の中の様だ。
――てめぇ! 俺の娘に――
やっぱりこれは夢なのだろう。ここであの人の声が聞こえるわけがない。
ああ、ごめんなさい。
あんなに私を守ろうとしてくれていたのに、彼らには逆らえない。
せめて…… 皆が困らぬよう…… 私が……
* * *
「……さん!! ミリアさん!!」
私を呼ぶ声がして、ぼんやりと薄目を開ける。波打つ流れる金の髪。深い翠玉の瞳が、心配そうに私を覗き込んでいる。
私は……幼い頃の夢を見ているのだろうか……
……クリストファー様……? いいや違う……彼は……
「……ニール……くん?」
彼の名を口にすると、堪えるようにしかめていた彼の顔が弾けるように緩んだ。
あれからどのくらいの時間がたったんだろうか。未だ意識もはっきりとはしないし、体も動かせない。
「気に入らねえな。田舎猿のくせにこんな可愛い女の子を侍らせやがって」
「別にミリアさんとはそんな関係じゃない! ただの友達だ!」
ニールくんは、私を抱き起こしながらウォレス様と言い合いをしている。
相手は王子様だと言うのに、そんな乱暴な言い方で……
「なんだ。ただの友達だって言うのなら、俺たちの仲を邪魔するんじゃねえよ」
「なっ…… 仲って……」
「二人で楽しくお茶の時間を過ごして、その上でいい雰囲気になったんでベッドに連れて来ただけだ。これからイイトコロだったのによ」
「それは本当かね?」
また別の声が聞こえた。
「ちゃんと彼女に予め招待状を出して、手順を踏んでお茶にお誘いして、了承の上でこちらへお連れしたのかね?」
年嵩のいった落ち着いた男性の声だ。どこかで聞いた事がある……
「お前が同意の上だと言うのなら、何故彼女がこうして正体を失くすような事になっているのかね?」
ぼんやりとした視界の中で、銀の髭をたたえた人物が私に向かって手を差し伸べる。その手から放たれた魔法を浴びると、痛む頭がすぅーーと晴れていった。
軽く頭を振ると、ようやく視界がはっきりしてきた。
「ミリアさん、大丈夫?」
ニールくんに問われて、自身の体を見回す。
まだ服は脱がされていない。レースをあしらったスカートが太ももまでたくし上げられている事に気付き、慌てて直した。
「!! ごっ! ごめんっ!!」
その様子をニールくんにも見られてしまい、彼は顔を真っ赤にさせて横へ逸らせた。
「お嬢さん、そのままでいいので聞かせてほしい。貴女は彼の言う通り、きちんと招待されてここに来たのかね?」
――そんな訳はない。
私を「迎えに」来たのは、騎士のなりをしているがやたらと言葉遣いが偉そうな男たちだ。
街歩きの女性を男たちで取り囲んで、有無を言わさず馬車に押し込めるのを「招待」と言うのなら、泥棒も強盗もこの国には居ない事になるだろう。
その問いに黙って首を横に振った。
「私の孫がすまなかった」
顔を上げると、先ほど回復魔法をかけてくれた人物がこちらに向かって頭を下げている。
って、孫……って……?
ひと目見てやんごとなき身分の方だとわかる服装、その物腰…… 戸惑う私の前で、その方が頭を上げる。
先王ケヴィン様だった。
私のような小娘が口を利けるような相手ではない。ましてや、こんなベッドの上からなど。
「あ…… 申し訳……」
「ミリアさん、無理しちゃだめだよ」
急いでベッドから降りようとする私を、ニールくんが押しとどめた。
今、自分には何が起きて、いったいここでは何があったのだろう? なんでここにケヴィン様が……
改めて見回すと、部屋の中は連れ込まれた時とはうって変わって酷く散らかっている。聞こえた音は花瓶が落ちた音だったのだろう。飛び散った水と陶器の破片の合間に散らばった花たちは、可哀想なほどに踏み荒らされていた。
壁際に立つウォレス様は、上半身裸で…… あれじゃあ、何をしようとしていたかは一目瞭然だろう。刺すような目でこちらを睨み付けている。怖くなって身を縮めると、代わりにニールくんが彼に睨み返してくれた。
「ニール、彼女を私の部屋に連れてきなさい」
「はい。ミリアさん、立てる?」
「ええ」
そうは言ったが、ベッドから下りると足の力が抜けてへたり込んでしまった。
「ごめんな、怖い思いをさせて」
そうか…… 私、怖かった……んだ……
皆に迷惑をかけない為に自分の事は諦められると、そう思っていたのに。覚悟を決めていたはずなのに。やっぱり私は怖いと思っていたんだ。
そう気付くと同時に、勝手に涙がポロポロと落ちてきた。
ニールくんは座り込んでしまった私にハンカチを手渡すと、そのまま私を抱き上げようと手を掛ける。
「!! ニールくん!? 大丈夫だからっ」
「そういう訳にはいかないよ。ほら、行こう」
そう言って軽々と横抱きにして立ち上がった。
「おっ、お前!! その飛竜、俺を蹴りやがったヤツ!!」
ウォレス様が憤慨した様子で叫んだ先を見ると、ケヴィン様の後ろで控えていた二人の騎士のうち、女性の騎士の背中に先ほど庭で見かけた飛竜の子どもが掴まっている。
「そいつを置いて行け! 懲らしめてやる!」
「それは出来ん。彼女は私の大事な騎士で、アレはそのパートナーだ。むしろ彼のお陰でお前は間違いを犯さずに済んだのだろう?」
ケヴィン様が強い視線を向けると、流石にウォレス様は口籠った。
「彼女にもあの飛竜にも害をなす事は許さん。勿論このお嬢さんにも、ニールにもな」
そうウォレス様に言い放って部屋を出て行くケヴィン様に続き、ニールくんは私を抱き抱えたままで後を追った。
ケヴィン様の二人の騎士に守られながら、華美な装飾を施された広い廊下を進む。
しっかりと危なげなく安定した足取りで、軽くはないだろう私を抱きあげて歩くニールくんに、少し驚いた。
「ニールくん。背、伸びた?」
「あ、ああ…… ちょっとは伸びた、かなぁ?」
背だけじゃない、肩も以前よりしっかりしている気がする。私を抱く腕も、思ったよりもずっと力強く感じる。
安心感にふっと気持ちが緩むと、ニールくんの心の鼓動が早くなっているのと、じんわりと汗ばんでいる事に気付いた。何があってかはわからないが、私を助ける為に急いで駆け付けてくれたのだろう。
「ミリアさん、申し訳ありません。私の配慮が足らないばかりに、危険な目に合わせてしまいました」
ニール君の横を歩く、もう一人の騎士に名を呼ばれてようやく気が付いた。アランさんだ。
彼は冒険者だと思っていたのに、今は騎士の姿をしている。アランさんも居る事に今まで気付けなかったのは、その所為もあるのだろう。
ケヴィン様直属の……という事は、第二騎士団所属の騎士のはずだ。
その騎士が何故ニールくんと一緒に? と、考えを巡らせようとする前に、すぐに思い当たった。
そうか……そうだったのか……
彼の瞳の色がクリストファー様と違うのは、母親のアレクサンドラ様に似たからなのか……
改めて彼――ニコラス様を見あげると、廊下に飾られたシャンデリアの光を映した瞳が、キラキラと碧玉のように光っていた。
====================
(メモ)
田舎猿(#37)
(#44)
招待状(#40)
(#55)
翠玉の瞳(#81)
・ミリア…主人公リリアンの友人で、『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、ウォレスの祖父。2代前の『英雄』でもある。
・アラン…Bランク冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
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「うわぁ!!」
ぼんやりとした意識の中、ウォレス様の悲鳴が聞こえた。ギャアギャアと何かの鳴き声もする。
「くそっ! 叩っ斬ってやる!」
そんな声がなんだか遠くからのように聞こえてくる。バタバタと何かが暴れる音と何かが割れる音。全て現実ではなく、まるで夢の中の様だ。
――てめぇ! 俺の娘に――
やっぱりこれは夢なのだろう。ここであの人の声が聞こえるわけがない。
ああ、ごめんなさい。
あんなに私を守ろうとしてくれていたのに、彼らには逆らえない。
せめて…… 皆が困らぬよう…… 私が……
* * *
「……さん!! ミリアさん!!」
私を呼ぶ声がして、ぼんやりと薄目を開ける。波打つ流れる金の髪。深い翠玉の瞳が、心配そうに私を覗き込んでいる。
私は……幼い頃の夢を見ているのだろうか……
……クリストファー様……? いいや違う……彼は……
「……ニール……くん?」
彼の名を口にすると、堪えるようにしかめていた彼の顔が弾けるように緩んだ。
あれからどのくらいの時間がたったんだろうか。未だ意識もはっきりとはしないし、体も動かせない。
「気に入らねえな。田舎猿のくせにこんな可愛い女の子を侍らせやがって」
「別にミリアさんとはそんな関係じゃない! ただの友達だ!」
ニールくんは、私を抱き起こしながらウォレス様と言い合いをしている。
相手は王子様だと言うのに、そんな乱暴な言い方で……
「なんだ。ただの友達だって言うのなら、俺たちの仲を邪魔するんじゃねえよ」
「なっ…… 仲って……」
「二人で楽しくお茶の時間を過ごして、その上でいい雰囲気になったんでベッドに連れて来ただけだ。これからイイトコロだったのによ」
「それは本当かね?」
また別の声が聞こえた。
「ちゃんと彼女に予め招待状を出して、手順を踏んでお茶にお誘いして、了承の上でこちらへお連れしたのかね?」
年嵩のいった落ち着いた男性の声だ。どこかで聞いた事がある……
「お前が同意の上だと言うのなら、何故彼女がこうして正体を失くすような事になっているのかね?」
ぼんやりとした視界の中で、銀の髭をたたえた人物が私に向かって手を差し伸べる。その手から放たれた魔法を浴びると、痛む頭がすぅーーと晴れていった。
軽く頭を振ると、ようやく視界がはっきりしてきた。
「ミリアさん、大丈夫?」
ニールくんに問われて、自身の体を見回す。
まだ服は脱がされていない。レースをあしらったスカートが太ももまでたくし上げられている事に気付き、慌てて直した。
「!! ごっ! ごめんっ!!」
その様子をニールくんにも見られてしまい、彼は顔を真っ赤にさせて横へ逸らせた。
「お嬢さん、そのままでいいので聞かせてほしい。貴女は彼の言う通り、きちんと招待されてここに来たのかね?」
――そんな訳はない。
私を「迎えに」来たのは、騎士のなりをしているがやたらと言葉遣いが偉そうな男たちだ。
街歩きの女性を男たちで取り囲んで、有無を言わさず馬車に押し込めるのを「招待」と言うのなら、泥棒も強盗もこの国には居ない事になるだろう。
その問いに黙って首を横に振った。
「私の孫がすまなかった」
顔を上げると、先ほど回復魔法をかけてくれた人物がこちらに向かって頭を下げている。
って、孫……って……?
ひと目見てやんごとなき身分の方だとわかる服装、その物腰…… 戸惑う私の前で、その方が頭を上げる。
先王ケヴィン様だった。
私のような小娘が口を利けるような相手ではない。ましてや、こんなベッドの上からなど。
「あ…… 申し訳……」
「ミリアさん、無理しちゃだめだよ」
急いでベッドから降りようとする私を、ニールくんが押しとどめた。
今、自分には何が起きて、いったいここでは何があったのだろう? なんでここにケヴィン様が……
改めて見回すと、部屋の中は連れ込まれた時とはうって変わって酷く散らかっている。聞こえた音は花瓶が落ちた音だったのだろう。飛び散った水と陶器の破片の合間に散らばった花たちは、可哀想なほどに踏み荒らされていた。
壁際に立つウォレス様は、上半身裸で…… あれじゃあ、何をしようとしていたかは一目瞭然だろう。刺すような目でこちらを睨み付けている。怖くなって身を縮めると、代わりにニールくんが彼に睨み返してくれた。
「ニール、彼女を私の部屋に連れてきなさい」
「はい。ミリアさん、立てる?」
「ええ」
そうは言ったが、ベッドから下りると足の力が抜けてへたり込んでしまった。
「ごめんな、怖い思いをさせて」
そうか…… 私、怖かった……んだ……
皆に迷惑をかけない為に自分の事は諦められると、そう思っていたのに。覚悟を決めていたはずなのに。やっぱり私は怖いと思っていたんだ。
そう気付くと同時に、勝手に涙がポロポロと落ちてきた。
ニールくんは座り込んでしまった私にハンカチを手渡すと、そのまま私を抱き上げようと手を掛ける。
「!! ニールくん!? 大丈夫だからっ」
「そういう訳にはいかないよ。ほら、行こう」
そう言って軽々と横抱きにして立ち上がった。
「おっ、お前!! その飛竜、俺を蹴りやがったヤツ!!」
ウォレス様が憤慨した様子で叫んだ先を見ると、ケヴィン様の後ろで控えていた二人の騎士のうち、女性の騎士の背中に先ほど庭で見かけた飛竜の子どもが掴まっている。
「そいつを置いて行け! 懲らしめてやる!」
「それは出来ん。彼女は私の大事な騎士で、アレはそのパートナーだ。むしろ彼のお陰でお前は間違いを犯さずに済んだのだろう?」
ケヴィン様が強い視線を向けると、流石にウォレス様は口籠った。
「彼女にもあの飛竜にも害をなす事は許さん。勿論このお嬢さんにも、ニールにもな」
そうウォレス様に言い放って部屋を出て行くケヴィン様に続き、ニールくんは私を抱き抱えたままで後を追った。
ケヴィン様の二人の騎士に守られながら、華美な装飾を施された広い廊下を進む。
しっかりと危なげなく安定した足取りで、軽くはないだろう私を抱きあげて歩くニールくんに、少し驚いた。
「ニールくん。背、伸びた?」
「あ、ああ…… ちょっとは伸びた、かなぁ?」
背だけじゃない、肩も以前よりしっかりしている気がする。私を抱く腕も、思ったよりもずっと力強く感じる。
安心感にふっと気持ちが緩むと、ニールくんの心の鼓動が早くなっているのと、じんわりと汗ばんでいる事に気付いた。何があってかはわからないが、私を助ける為に急いで駆け付けてくれたのだろう。
「ミリアさん、申し訳ありません。私の配慮が足らないばかりに、危険な目に合わせてしまいました」
ニール君の横を歩く、もう一人の騎士に名を呼ばれてようやく気が付いた。アランさんだ。
彼は冒険者だと思っていたのに、今は騎士の姿をしている。アランさんも居る事に今まで気付けなかったのは、その所為もあるのだろう。
ケヴィン様直属の……という事は、第二騎士団所属の騎士のはずだ。
その騎士が何故ニールくんと一緒に? と、考えを巡らせようとする前に、すぐに思い当たった。
そうか……そうだったのか……
彼の瞳の色がクリストファー様と違うのは、母親のアレクサンドラ様に似たからなのか……
改めて彼――ニコラス様を見あげると、廊下に飾られたシャンデリアの光を映した瞳が、キラキラと碧玉のように光っていた。
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翠玉の瞳(#81)
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