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王都を離れて

90 過信/デニス(1)

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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。

====================

「きゃあ!!」
 不意に飛び出して来た魔獣が、リリアンに飛び掛かろうとした。
 咄嗟とっさに身をすくめる彼女の肩を抱き寄せ、その身をかばいながら魔獣に向かって槍を突き出した。
「ギャン!!!」
 一撃でその魔獣は軽々と地に沈んだ。

「リリアン、大丈夫か?」
「ありがとうございます、デニスさん。やっぱり頼りになりますね」
 ほっとした表情の彼女が、俺の胸に頬を寄せる。
「デニスさんが一緒に来てくれて、良かったです」

 そう言って、すっかり俺の腕の中に体を預けた彼女に、ずっと言いたかった言葉を伝える。
「俺がお前を守ってやる。だから、俺をマスターにしないか?」
 それを聞いたリリアンは、驚く様に少し目を見開いた後で、今度は嬉しそうに微笑んで、そっと目を閉じた。
 そのまま彼女の頬に手を当て、そっと唇を――――

 ――――――

 俺だって男だし、そんな風に好きな女に頼られる、なんて妄想をした事が無いわけじゃあない。
 でも、今の俺にはそんな頼り甲斐も余裕も全く無かった。

 先頭を行くのはシアンさん。過去にこのダンジョンに潜った経験があるそうで、道案内をも兼ねている。
 当然の様に、俺らの前に飛び出して来た魔獣は、まずシアンさんの一撃で動きを止められ、二番手のリリアンが止めを刺す。
 そして後方は俺が守る。

 3人だけのパーティーで、リリアンが一番低いCランクだ。だから、リリアンの前後を二人で守っている……のだが。
 実際には俺の警戒よりも、獣人のリリアンの耳と鼻の方がすこぶる性能がいいらしい。

 俺が敵の気配に気付く前に、彼女の尾が軽く揺れ、その耳がピンと立ってわずかに後方を向く。
 後方を警戒しながら歩いているつもりなのに、結果的に彼女のそんな様子に助けられている。

 彼女が敵の存在に気付いても、敢えて振り向かずに俺に任せてくれている事に気付いたのは、そんなのが3度続いてからだった。

 信頼もしてくれている。でも多分……気も使われているのだろう。
 リリアンは俺のトラウマの事を知っている。この旅に俺を誘ったのも、ダンジョンに慣らす為なんだ。

 こんなんじゃ彼女を守る、なんて出来るわけがない。

 * * *

「どうやら、この下が最下層らしいな」
 『龍の眼』を揺らしながら、シアンさんはニヤリと笑った。

 下に向かう階段の奥から感じる何かの気配…… これがこのダンジョンを造った魔族の魔力なんだそうだ。
 ぞわぞわと、背中を不快な何かが上がってきた。

 あの苦い経験を忘れられるものか……
 俺が…… 俺が皆を止めないといけなかったんだ。俺の所為せいで皆が危険に……

 そんな今ではどうにもならない過去の想いが、ぐるぐると頭の中を駆け巡り、ただただ不安をかき立てる。あの時のダンジョンと、壁の文様も、床の色も全く違うのに。まるでここがあのダンジョンかの様に思わせられる。
 ああ、この先だ。最下層の、あの祭壇の間で…… 俺たちは……


「今も不安……ですか? デニスさん」
 リリアンの声で、我に返った。

「あ……いや、大丈夫――」
「大丈夫でないのに、無理にそういう事を言うな」
 俺の言葉に被せるように、シアンさんが厳しい口調で言った。

「お前から過去の話は聞いているし、リリアンにも魔力の事は聞いている。お前がこの魔力の気配に不安に思うのは当然だろう。だが、ここが危険な場所であれば尚の事。お前が不調を押し殺して何かがあれば、それはパーティー全体の不利になるんだ。本当に危険なのは、この魔力の匂いか? それとも不調なくせに大丈夫と言おうとするヤツの過信か?」

 過信……
 そうだ、あの時も俺が過信した所為せいで……

「もう一度聞くぞ、今も不安はあるのか?」
「……はい、あります」
「進む前に少し休もう」
 シアンさんが、ぽんと俺の肩を叩いた。


 既にリリアンが俺らの座る場所を選んで結界を張ってくれていた。
 腰を落ち着けて息を大きく吐くと、ピンと張っていた気持ちが肩の力と一緒に抜けていく。
 リリアンが手渡してくれたカップを持つと、まだ僅かに手が震えていた。

「シアンさん、すいません……」
「……お前が不安になる気持ちもわかるよ。俺も、大事な仲間を亡くした事があるんだ」

 知って……いる……
 シアンさんが、わざわざ自分のつらい思い出を引き合いに出してくれる。そんな事をすれば、自分もつらくなるだろうに。

「あの時、俺が本当にひでえ状態だったのを、お前は知ってるだろう? それに比べたら、お前は凄いよ。良くやってる。って、俺なんかと比べても仕方ねえけどさ」
 そう言って、シアンさんは俺に笑ってみせる。

「お腹空いていませんか? どうぞ」
 リリアンがいつの間に用意していたのか、燻製くんせい肉とチーズと野菜を挟んだサンドイッチを俺たちに手渡してくれた。


 二人は俺の心が落ち着くまで、待っていてくれた。

====================

(メモ)
 魔力の匂い(#34)
 デニスの過去、トラウマ(#33、Ep.14)
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