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王都を離れて
89 ダンジョン
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。教会の魔法使いしか使えないはずの、転移魔法を使う事ができる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。元討伐隊のリリアンとシアンを慕って、今回の旅に同行している。
(87話のラスト部分で語られているダンジョン探索の話です)
====================
山間の森の奥にあるそのダンジョンの扉は、すでに開いていた。
ひとまず、入り口の脇で転移魔法の為の座標を記録する。その座標を手持ちの地図に書き込んだ。
「ダンジョンの探索を始める前に、ちょっと実験をしておきたいので付き合ってください」
そう言って、シアさんの腕を取る。
「そこで待っていてくださいね」
不思議そうな顔をしているデニスさんとタングスにそう告げると、そのままシアさんの手を引いて100歩程ダンジョンの中へ進んだ。
軽く見回して辺りの安全を確認すると、また座標記録の魔法を使った。が、魔法は発動しなかった。
「うーん、やっぱりダンジョンの中ではダメみたいです」
「なるほど。じゃあ、やっぱり普通に探索しないとダメなんだな」
「そうですね。入口までは跳んで来れそうですけど」
流石に、行く先々で座標記録をしているので、シアさんには私の意図が分かってきたようだ。
「じゃあ、今度はここから外へ跳んでみます」
またシアさんの腕をとって、転移魔法を唱えてみる。しかし、またもや魔法は不発に終わった。
「転移魔法も使えないのか」
「せめて帰る時くらいは楽ができるといいかなーって思ったんですけどね」
「おーい、いったい何をしてるんだー?」
入口の方から、デニスさんが私たちを呼んだ。
* * *
シアさん、デニスさんとダンジョンの奥を目指す。
タングスには入り口で留守番をしてもらっている。旅の移動については協力をしても良いが、ダンジョンの探索はダメだと言われているそうだ。
「今回はシアさんも一緒ですから、余計な心配はしなくても大丈夫ですよ」
後ろを付いて来るデニスさんに声をかけると、彼は微妙な顔をした。
以前一緒にダンジョンに潜った時の様子を思い出す。
あの時、デニスさんのトラウマを知らずに、半ば無理矢理ダンジョン調査に同行した。
その結果、私の事を過度に心配してしまったデニスさんが、不安で取り乱してしまって。その後、デニスさんから彼のトラウマの事を教えてもらった。
今回はそれを解消する目的を兼ねて、私の旅に付き合ってもらっている。
「前回、デニスさんと入ったダンジョンは、最近できたばかりの新しいものだったんですよ」
話をしながら、湿った土の臭いがする薄暗い道を進む。
「あの、ワーレンの近くにあったヤツか? お前と一緒に見に行った。あれは未発見だっただけで、別に新しいってわけじゃ……」
「いいえ、新しいものなんです。だから、ダンジョンマスターの魔力が強く匂っていたんです」
「でも、ダンジョンは魔族が造ってるんだろう? シルディス様の神託が下ったのはつい最近だ。あの時にはまだ魔族は復活してなかったはずだ」
「居るんだよ、魔族が」
前を歩いていたシアさんが、私たちの話に口を挟んだ。
「どういう事かはわからねえが、その前から活動している魔族が居るらしい。だからそれを調査してくるようにも言われてる」
「シアさん」
「デニスには話していいだろう? リリアン、ここは俺に任せてくれないか」
話しながらも私たちは、階層を下へと進んでいく。
とはいっても、地下3階までの魔獣は私たちに寄ってすら来なかった。おそらく魔獣も、私たちの事を敵わぬ相手と判断して、本能的に避けているのだろう。
「俺にこの調査を依頼したのはケヴィン様だ。リリアンもそれについては承知している」
「でも、元々この旅の話はリリアンから言われた事だろう?」
「ああ。旅の話をケヴィン様にしたら、それならついでにと依頼を寄越されたんだ」
「なるほどな。じゃあ、リリアンの旅の目的はなんなんだ?」
私を挟んで前後で掛け合っていた話の端で、デニスさんが私に問いかけた。
「以前お見せした地図、あれを完成させたいんです」
「さっき、何か書き込んでいたな。転移魔法と関係あるんだろう?」
「はい、転移魔法を使うには、転移先の座標が必要なんです。それを魔法で記録して、ああして地図にも書き込んでいます」
「……本来なら、転移魔法も座標記録の魔法も、教会の魔法使いしか使えないんだ。しかも、もっと制限がついているはずなんだがな。リリアンにはそれがない」
前を進みながら、振り返りもせずにシアさんが言う。それを聞いて、デニスさんが眉をひそめた。
「つまり国中の座標を集めれば、いつでもどこにでも跳んでいけるって事だよな? それって、すごすぎないか?」
「なんで、内緒にしておいてくださいね」
「当たり前だ。良からぬ奴らに知られたら、リリアンにどんな危険が及ぶかわからねえからな。デニスもそのくらいはわかってるだろう?」
デニスさんは、ああと言っていつもの様に私の頭を撫でた。大丈夫だと、安心させようとしてくれているのだろう。
それを見てシアさんが、少し面白くなさそうな顔をした、気がした。
* * *
地階へ10階ほど下ると、絡んでくる魔獣の相手をまともにしないと流石に進めなくなってきた。
それでも、元討伐隊のシアさんに加え、デニスさんも実力はSランクレベルだ。そこへ私を加えた3人しかいない少人数パーティーだけど、強さは十二分にある。
「デニスさん、大丈夫ですか?」
ここまで下ると、だいぶ魔力の匂いが強くなってきている。
「ああ、大丈夫だ。リリアンこそ大丈夫か?」
「はい、デニスさんのお陰で」
そう答えると、ちょっと少しだけホッとしたような表情が返ってきた。
出会う魔獣の強さが増すに従って、デニスさんが私を気にしてくれているのがわかる。彼を心配させぬ程度に、でもやりすぎない程度に上手く立ち回らないと。
「魔力の匂い、デニスさんは感じますか?」
私の問いに、デニスさんは空気を嗅ぐ様に鼻をひくつかせた。
「いや…… よくわかんねえな。でも何か気配……みたいなものは感じる気がする」
「ここまで潜ったからか、だいぶ匂いを感じます」
そう話しながらも、飛び掛かって来た魔獣を避け、切り捨てる。
「マルクスだろうな」
私たちの話を聞いていたシアさんが、息絶えた魔獣から剣を引き抜きながら言った。
「おっさん、誰だそいつは?」
「魔王の配下の上位魔族だ。元討伐隊の者なら、おそらく皆会った事があるだろう。名前までは知らねえらしいがな」
マルクスは他の上位魔族と違い、見た目は人間と全く変わらない。それどころか、無邪気な人の良い少年の姿をしている。人間の町に潜んでいても、おそらくわからないだろう。
「マルクスってのは、ぱっと見、俺ら人間と変わらない姿をしている。そして、ヤツ自身には大した戦闘力もない。出来るのは、ダンジョンを造る程度らしい。勿論、そのダンジョンに配置する為の魔獣を召喚する事は可能だ。でも、それだけなんだよ」
「それだけって……?」
「魔族相手にこう言うのも変なんだが、基本的に害はねえんだ。この国に、ダンジョンが出来て怒るヤツや困るヤツって殆ど居ないだろう? むしろダンジョンが見つかって喜ぶヤツの方が多い」
「冒険者たちにとっては、いい金稼ぎの場所ですからね」
「とは言っても、ダンジョンは遊び場じゃねえからな。お宝がざくざく見つかる事もあれば、命を落とすヤツもいる」
「あ……」
シアさんの話に、デニスさんの顔が曇った。自身の過去の経験を思い出したのだろう。
「マルクスにとっちゃ、ダンジョンは冒険者を引き寄せる罠なんだよ。でもその罠に好んで入り込んで行っているのは冒険者の方なんだ。しかもダンジョンがあるから生活できている冒険者も少なくはないからな」
魔族の侵攻に怯えながらも、その魔族のお陰で生きながらえている者もいる。なんて皮肉な話なのだろうか。
* * *
ダンジョンに入って18番目の階段を覗き込むと、むわんと濃い魔力が上がってくるのを感じた。
「どうやら、この下が最下層らしいな」
そう言って、シアさんがニヤリと笑った。
====================
(メモ)
座標記録、転移魔法(Ep.3、#67、#68)
ワーレンのダンジョン(#33、#77)
地図(#2、#31)
魔力の匂い(#34)
マルクス(#77)
過去の経験(#33、Ep.14)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。教会の魔法使いしか使えないはずの、転移魔法を使う事ができる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。リリアンの前世を知っている。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・タングス…仙狐(3本の尾を持つ白毛の狐)の兄妹の兄。元討伐隊のリリアンとシアンを慕って、今回の旅に同行している。
(87話のラスト部分で語られているダンジョン探索の話です)
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山間の森の奥にあるそのダンジョンの扉は、すでに開いていた。
ひとまず、入り口の脇で転移魔法の為の座標を記録する。その座標を手持ちの地図に書き込んだ。
「ダンジョンの探索を始める前に、ちょっと実験をしておきたいので付き合ってください」
そう言って、シアさんの腕を取る。
「そこで待っていてくださいね」
不思議そうな顔をしているデニスさんとタングスにそう告げると、そのままシアさんの手を引いて100歩程ダンジョンの中へ進んだ。
軽く見回して辺りの安全を確認すると、また座標記録の魔法を使った。が、魔法は発動しなかった。
「うーん、やっぱりダンジョンの中ではダメみたいです」
「なるほど。じゃあ、やっぱり普通に探索しないとダメなんだな」
「そうですね。入口までは跳んで来れそうですけど」
流石に、行く先々で座標記録をしているので、シアさんには私の意図が分かってきたようだ。
「じゃあ、今度はここから外へ跳んでみます」
またシアさんの腕をとって、転移魔法を唱えてみる。しかし、またもや魔法は不発に終わった。
「転移魔法も使えないのか」
「せめて帰る時くらいは楽ができるといいかなーって思ったんですけどね」
「おーい、いったい何をしてるんだー?」
入口の方から、デニスさんが私たちを呼んだ。
* * *
シアさん、デニスさんとダンジョンの奥を目指す。
タングスには入り口で留守番をしてもらっている。旅の移動については協力をしても良いが、ダンジョンの探索はダメだと言われているそうだ。
「今回はシアさんも一緒ですから、余計な心配はしなくても大丈夫ですよ」
後ろを付いて来るデニスさんに声をかけると、彼は微妙な顔をした。
以前一緒にダンジョンに潜った時の様子を思い出す。
あの時、デニスさんのトラウマを知らずに、半ば無理矢理ダンジョン調査に同行した。
その結果、私の事を過度に心配してしまったデニスさんが、不安で取り乱してしまって。その後、デニスさんから彼のトラウマの事を教えてもらった。
今回はそれを解消する目的を兼ねて、私の旅に付き合ってもらっている。
「前回、デニスさんと入ったダンジョンは、最近できたばかりの新しいものだったんですよ」
話をしながら、湿った土の臭いがする薄暗い道を進む。
「あの、ワーレンの近くにあったヤツか? お前と一緒に見に行った。あれは未発見だっただけで、別に新しいってわけじゃ……」
「いいえ、新しいものなんです。だから、ダンジョンマスターの魔力が強く匂っていたんです」
「でも、ダンジョンは魔族が造ってるんだろう? シルディス様の神託が下ったのはつい最近だ。あの時にはまだ魔族は復活してなかったはずだ」
「居るんだよ、魔族が」
前を歩いていたシアさんが、私たちの話に口を挟んだ。
「どういう事かはわからねえが、その前から活動している魔族が居るらしい。だからそれを調査してくるようにも言われてる」
「シアさん」
「デニスには話していいだろう? リリアン、ここは俺に任せてくれないか」
話しながらも私たちは、階層を下へと進んでいく。
とはいっても、地下3階までの魔獣は私たちに寄ってすら来なかった。おそらく魔獣も、私たちの事を敵わぬ相手と判断して、本能的に避けているのだろう。
「俺にこの調査を依頼したのはケヴィン様だ。リリアンもそれについては承知している」
「でも、元々この旅の話はリリアンから言われた事だろう?」
「ああ。旅の話をケヴィン様にしたら、それならついでにと依頼を寄越されたんだ」
「なるほどな。じゃあ、リリアンの旅の目的はなんなんだ?」
私を挟んで前後で掛け合っていた話の端で、デニスさんが私に問いかけた。
「以前お見せした地図、あれを完成させたいんです」
「さっき、何か書き込んでいたな。転移魔法と関係あるんだろう?」
「はい、転移魔法を使うには、転移先の座標が必要なんです。それを魔法で記録して、ああして地図にも書き込んでいます」
「……本来なら、転移魔法も座標記録の魔法も、教会の魔法使いしか使えないんだ。しかも、もっと制限がついているはずなんだがな。リリアンにはそれがない」
前を進みながら、振り返りもせずにシアさんが言う。それを聞いて、デニスさんが眉をひそめた。
「つまり国中の座標を集めれば、いつでもどこにでも跳んでいけるって事だよな? それって、すごすぎないか?」
「なんで、内緒にしておいてくださいね」
「当たり前だ。良からぬ奴らに知られたら、リリアンにどんな危険が及ぶかわからねえからな。デニスもそのくらいはわかってるだろう?」
デニスさんは、ああと言っていつもの様に私の頭を撫でた。大丈夫だと、安心させようとしてくれているのだろう。
それを見てシアさんが、少し面白くなさそうな顔をした、気がした。
* * *
地階へ10階ほど下ると、絡んでくる魔獣の相手をまともにしないと流石に進めなくなってきた。
それでも、元討伐隊のシアさんに加え、デニスさんも実力はSランクレベルだ。そこへ私を加えた3人しかいない少人数パーティーだけど、強さは十二分にある。
「デニスさん、大丈夫ですか?」
ここまで下ると、だいぶ魔力の匂いが強くなってきている。
「ああ、大丈夫だ。リリアンこそ大丈夫か?」
「はい、デニスさんのお陰で」
そう答えると、ちょっと少しだけホッとしたような表情が返ってきた。
出会う魔獣の強さが増すに従って、デニスさんが私を気にしてくれているのがわかる。彼を心配させぬ程度に、でもやりすぎない程度に上手く立ち回らないと。
「魔力の匂い、デニスさんは感じますか?」
私の問いに、デニスさんは空気を嗅ぐ様に鼻をひくつかせた。
「いや…… よくわかんねえな。でも何か気配……みたいなものは感じる気がする」
「ここまで潜ったからか、だいぶ匂いを感じます」
そう話しながらも、飛び掛かって来た魔獣を避け、切り捨てる。
「マルクスだろうな」
私たちの話を聞いていたシアさんが、息絶えた魔獣から剣を引き抜きながら言った。
「おっさん、誰だそいつは?」
「魔王の配下の上位魔族だ。元討伐隊の者なら、おそらく皆会った事があるだろう。名前までは知らねえらしいがな」
マルクスは他の上位魔族と違い、見た目は人間と全く変わらない。それどころか、無邪気な人の良い少年の姿をしている。人間の町に潜んでいても、おそらくわからないだろう。
「マルクスってのは、ぱっと見、俺ら人間と変わらない姿をしている。そして、ヤツ自身には大した戦闘力もない。出来るのは、ダンジョンを造る程度らしい。勿論、そのダンジョンに配置する為の魔獣を召喚する事は可能だ。でも、それだけなんだよ」
「それだけって……?」
「魔族相手にこう言うのも変なんだが、基本的に害はねえんだ。この国に、ダンジョンが出来て怒るヤツや困るヤツって殆ど居ないだろう? むしろダンジョンが見つかって喜ぶヤツの方が多い」
「冒険者たちにとっては、いい金稼ぎの場所ですからね」
「とは言っても、ダンジョンは遊び場じゃねえからな。お宝がざくざく見つかる事もあれば、命を落とすヤツもいる」
「あ……」
シアさんの話に、デニスさんの顔が曇った。自身の過去の経験を思い出したのだろう。
「マルクスにとっちゃ、ダンジョンは冒険者を引き寄せる罠なんだよ。でもその罠に好んで入り込んで行っているのは冒険者の方なんだ。しかもダンジョンがあるから生活できている冒険者も少なくはないからな」
魔族の侵攻に怯えながらも、その魔族のお陰で生きながらえている者もいる。なんて皮肉な話なのだろうか。
* * *
ダンジョンに入って18番目の階段を覗き込むと、むわんと濃い魔力が上がってくるのを感じた。
「どうやら、この下が最下層らしいな」
そう言って、シアさんがニヤリと笑った。
====================
(メモ)
座標記録、転移魔法(Ep.3、#67、#68)
ワーレンのダンジョン(#33、#77)
地図(#2、#31)
魔力の匂い(#34)
マルクス(#77)
過去の経験(#33、Ep.14)
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