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過去を手繰る

Ep.15 知らないところ/ルイ

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瑠衣るいーー!!」
 自分の名を呼ぶ声に、手元の本から目を離して顔を上げる。
「相変わらず、来るの早いねぇ」
 そう言いながら駆け寄って来る友達に、笑顔で応えた。

「また本読んでるんだ? 本ばっかり読んで引き籠ってたら、彼氏もできないよー」
「引き籠ってなんかいないよー 今日だってこうして出掛けてるじゃない」
「それは私が誘ったからでしょう?」

 今日は私の誕生日。友達と映画を見て、街で買い物をして、それからカフェでケーキを食べる事になっている。
「誕生日おめでとう、瑠衣」
 言葉と笑顔で祝ってくれた彼女と、二人で歩き出した。

「彼氏でも居れば、こんな日はデートなんだろうねえ」
 悪びれもなく、ふざけた様子で言われた言葉に、そうだねと笑って返す。

 今まで20年生きてきて、彼氏なんて出来た事がない。
 正直言うと、好きな人が出来た事もない。高校の時にカッコいい先輩の話に花を咲かせていたのも、友達付き合いみたいなものだ。

「瑠衣はさ、どんな人が好みなのよ」
 そう訊かれたけれど、イマイチぴんとこない。
「うーーん、と…… 優しい人?」
 そう言うと、彼女は首を傾げた。

「見た目はどんな人がいいの? カッコいい人? 可愛いとか、たくましいとか?」
「うーん…… 気にした事ないかな」
「じゃあ、あんな感じは?」

 そう言って友達はビルに掛かった大型ビジョンを指さした。そこに映っているのは、若い世代では知らない人は居ない程の有名人だ。
 彼は世界で一番有名なゲームを作った人、らしい。ゲームはあまりやらないし、やってもそこまで拘らない私には、イマイチわからないけれど。

 それだけではない。男性の割には中世的な整った容姿をしていて、それも人気の理由なのだ。
 メディアには何度も取り上げられている。今、そこに流れているのはインタビュー映像らしい。彼が作り上げたゲーム画面を映しながら、そこで描かれている世界についての話をしている。

「イケメンなのはわかるけどねー」
 ああいう自信家で偉そうな人は好まない。でも、それを口には出さなかった。
 友達は相変わらずねと笑って私の肩を叩く。
「ま、そのうち良い人が見つかるわよ」
 かけられたのはありきたりな言葉だったけれど、自分もそう思った。

 映画も面白かった。新しい服も買った。雑貨屋や花屋を覗いて、カフェで他愛もないおしゃべりをする。いつもよりちょっとだけ特別な、楽しい友達との1日はあっという間に過ぎた。


 両手に荷物を抱えて家に帰った。
 いつものクセで「ただいま」を言うけれど、返事はない。わかっていたけどね。
 明日も休みだ、溜まっている洗濯物を片付けないと。
 それから庭の花壇に花の種を蒔こう。おばあちゃんは花が好きだったから。
 来週は新作のケーキを食べに行こうと約束をした。今日買ってきた服を早速着て行こう。タグを外しておかないとね。

 ああ、でも今日は丸一日歩き回ってたから、流石に疲れたな。

 着替えもせずにベッドに寝ころんだ。
 翌朝目が覚めたら、異世界に行っているとは思いもしなかった。

 * * *

 見たことの無い風景。まるでゲームか映画か何かの、ファンタジーの世界のような、ヨーロッパのお城を思わせる建物。
 そのおそらく応接室で、流されるままにケーキを食べていた。

 正確にはケーキと紅茶。本当はそんな場合じゃないのだけど。
 でも、出してもらった物はちゃんと頂かないとね。などと自分に言い訳をしながら、クリームたっぷりのスポンジケーキを口に運んだ。
 甘い、とても美味しい。こんなにちゃんと味がわかるって事は、やっぱり夢ではないみたい。
 正面の青年に目をやると、こちらを見てにっこりと上品に微笑んだ。

 整った顔立ち、肩に軽くかかるくらいの波打つ金髪に、碧玉サファイアのような瞳。まさに王子様!なビジュアルなのも、これが夢ではないかと疑う要因だ。

 クリストファーと名乗った彼は、やっぱり王子だそうだ。
 そんなイケメンとケーキを食べてるなんて、今までの人生ではなかったし、これからだってあるとは思わなかった。
 ちょっと待って。イケメンでなくても男性とお茶をする事自体が人生で初めてじゃない?

 これが夢ではないのなら、伝えられた言葉を信じるしかない。
 ここは所謂いわゆる、異世界だそうだ。そして私は、この国を守る為に勇者として召喚されたらしい。


 「さて、少しは落ち着きましたか?」
 イケメン――もとい、クリストファー様が口を開く。
 さっき気付いたのだけど、言葉は通じるようだ。

 異世界に召還されたと聞いて、まず「新作のケーキを食べるはずだったのにー」と、今思えば恥ずかしい事を口にしたら、ケーキと紅茶をごちそうになった。
 しょうがないじゃない。昨日買った服を着て、カフェに行くのを楽しみにしてたんだもの。
 でもこれじゃまるで、食べ物につられたみたいで。思い返すと穴にでも入りたくなってきた。

「えーっと……」
 カップを置いて話し始めた。
「私はここで何をすればいいんでしょうか?」


 この国は一柱の女神によって守られている。その女神より魔王の復活の神託が下ったそうなのだ。
 そして女神の力によって、勇者――つまり私が召喚された。

 魔王が復活すると、鳴りを潜めていた魔族が活動を始める。魔族たちの本格的な侵攻が始まる前に魔王を封じる力を集めてほしい、と。
 それが出来るのは異世界から来た勇者だけなのだ。そして最終的には魔王の下へおもむき、倒してほしいのだと……

 そんな話を聞いて、どんどん気持ちは重くなっていった。

 うん……正直、荷が重い……
 アニメやマンガ好きの、オタクな部類に入る私は、当然のように運動は苦手。
 勇者って言ったら、やっぱり剣を持って敵を倒したりしないといけないんでしょう? でも実際の剣なんて振り回したら、自分が振り回されるのは目に見えてる。

「……他の人を呼び直してもらうわけにはいきませんか?」
「残念ながら、一度召喚を行うと次に召喚ができるのは20年後なのですよ」
「でも私、武器とか使ったことないし…… 何にもできないし……」
「そこは大丈夫です。私たちがお守りしますから」
 イケメンが頼り甲斐のあるセリフを口にして笑うと、本当に眩しく思えるんだなと、そう思った。


 クリストファー様が、この国について色々と教えてくれた。信仰する神の事、この国に生きる人々の事、旅人を脅かす魔獣の事。
 その話に、既視感きしかんを感じる。なんだろう? この話を聞くのは初めてじゃない、どこかで聞いたことがあるような気がする。

 私以外にも、今まで何人もの勇者がここに来ていたらしい。この部屋の壁には代々の勇者の肖像画が並んでいる。

 その一番端の顔に見覚えがあった。
 見ようによっては、男性にも女性にも見える、あの人は……
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