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過去を手繰る
閑話8 休息/シアン
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。完全獣化と神秘魔法で仔狼の姿などになれる。
・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。討伐隊仲間のアシュリーに想いを寄せていた。
・アニー…リリアンの家のメイドゴーレム。霧で出来ているので姿は可変。
====================
リリアンの家に居候させてもらうようになって、もうすぐひと月になる。
先日からデニスもこの家に住む事になって、俺が泊まらせてもらっていたあの部屋も正式に俺の部屋になった。
リリアンの前世――アッシュは討伐隊の任務が終わったら、デニスを引き取るつもりだったろう。だからデニスがこの家に住むのは、ある意味では当然だ。
でも俺がこの家に住むのは予定外なんじゃねえのかな。
そう思ってリリアンに訊いたけど、「部屋は空いてますから」と、デニスに言ったのと同じような理由が返ってきた。
俺はアッシュのそばにずっと居られるのが嬉しいけどさ。
あいつから、一緒に居たいだとか、そんな嬉しい言葉を聞けるような事はないのかなと、虫の良い事も考えてしまう。
そういやアッシュからも、そんな言葉を聞いた事は一度もなかった。
* * *
この家は本当に居心地がいい。
治安の悪い北地区寄りに位置しているのと、王都の外壁に近い事もあって、一般の町民には敬遠されがちな立地だが、俺ら上級冒険者にはそんな事は問題にならない。
立派な一軒家ってだけでなく、庭も広めで日当たりもいい。先日デニスと覗いた古道具屋で買ってきた木製のテーブルとベンチが、庭にいい感じの休息場所を作っていた。
今日は天気も良いしなと思って庭に出ると、既にベンチには先客が居た。
デニスと真っ黒い仔犬…… いつか見かけたヤツだ。
あの時はただの野良犬かと思ったが、もう俺は知っているぞ。こいつはリリアンが化けているんだ。
大人しくデニスに撫でられている姿に、ちょっと……いや、だいぶ妬いた。
そしらぬ振りでデニスに声を掛ける。
「そいつ、この辺りに居たんだな」
「ああ、シアンさん。さっき庭に入ってきてさ」
リリアンは調べものがあるって言って、部屋に籠っているはずなんだが…… いつの間に出てきたのか?
「こいつ、可愛いよなー」
そう言うと、仔犬はデニスに撫でられながら、耳をぴくぴくとさせた。
仔犬の隣に腰掛けて顔を覗き込むと、ちらりと俺の顔をみて目を逸らせた。
俺はもう知ってるしな。気まずいんだろう。
「飲み物でも持ってくるよ」
俺がくつろごうとしている様子を見てか、デニスがそう言って立ち上がった。
普段は俺の事をおっさん呼ばわりしているが、本当は俺の事を慕ってくれているし、認めてくれているし、尊敬もしてくれている。
デニスのその気持ちを、こんな風に俺への気遣いで見せられると、なんだかこそばゆくも嬉しいような気分になる。
ヤツの背中を見送りながらニヤついていると、クゥと仔犬の鳴き声が耳に入った。
仔犬が俺を見上げているのに気付き、今度は俺が目を逸らす。
「あー…… やっぱり、デニスのがいいのか?」
そうボヤくと、視線の端で仔犬が少し首を傾げたようにも見えた。
「俺が撫でてもいいか? 嫌じゃあないか?」
試しにそう訊いてみると、ふさふさの尾が軽く揺れた。
いいって事かな?
そう思ってそっと手を出してみると、撫でろとねだる様に顔をすり寄せて来た。
やべえ、無茶苦茶可愛い。
手で包み込むように黒い頭を撫でてやると、つぶらな黒い目を気持ち良さげに細めた。
15年前、俺らが討伐隊だった頃。アッシュのあの長い黒髪を乾かすのが俺の日課で楽しみの一つだった。
アッシュは俺の女神さまだったから。
その彼女と二人きりで過ごして、彼女の一部に堂々と触れられるあの時間は、俺にとっては特別な物だった。
アッシュが転生して、今はリリアンになっているんだとしても、今こうして彼女の頭を撫でていられるなんて…… 不思議な気分だ。なんだか昔を思い出して、しんみりした気分になってきた。
黙って俺に撫でられていた仔犬が、俺の手を払うように頭を振った。
「うん? どうした?」
そう尋ねる声を気にもしないように、ベンチの上ですくっと立ち上がると、今度は俺の膝に前足をかけた。
まるで乞われている気がして、いつかの様に仔犬を抱き上げる。
胸元に抱きかかえると、湿った舌が俺の頬を舐めた。
っちょ!! なんだこれ! 可愛い!
「す、好きだっ」
つい、口にでた。ぎゅうっと抱きしめたが、仔犬は嫌がる様子もない。
「おっさん、何してんだよっ」
後ろからデニスの呆れた声がした。やべえ、見られた。
「そんなに犬が好きなんだなー」
冷やかすように、からからと笑う。まあ、デニスはこの仔犬がリリアンだって知らないもんな。
「ほら、そいつにはミルクをもってきたぞ」
仔犬はするりと俺の腕を抜けて、ベンチにちょこんと座り込んだ。飲む気満々みたいだ。
良く冷えたレモネードを飲みながら、デニスと他愛もない話をしていると、ミルクを飲み干した仔犬は腹がふくれたのかベンチで眠ってしまった。
あの時のように。
* * *
「あれー? 二人とも何してるんですか?」
頭上から聞き覚えのある声がした。
「え? なんでお前がそこにいるんだ?!」
「……なんでって…… ここ私の家ですよ? ちょっと疲れたので一休みですー」
2階の窓から俺らを見下ろすリリアンと目が合った。
って、この仔犬がリリアンじゃなかったのか??
リリアンの声に驚いた様に目を覚ました仔犬は、慌ててベンチから跳び降りると向こうの茂みに駆けて行ってしまった。
「あーー……」
「まあ、この辺に住んでるなら、また来るんじゃねえか?」
デニスの言葉に、そうだなと返事をしてみたが、まだちょっと混乱している。
……落ち着け、俺。
とりあえず、仔犬はリリアンではなかった、らしい……
「うん? どうしたんだ? おっさん」
「俺、あいつに頬っぺた舐められた」
「おっさんもか。あいつ、懐っこいよなーー」
も、って事は、デニスも舐められたのか。
でもさっきみたいに、妬く気持ちは沸いては来なかった。
気付けば真上にあった日がだいぶ傾いている。庭に落ちた影が風で揺れるのに気が付いた。
「ああ、洗濯物を取り込まないとだな」
いつもならもっと早い時間にメイドゴーレムのアニーが取り込んでいるはずなのに、今日は珍しく出掛けてでもいるのだろうか。
取り込んだ洗濯物を抱えて家の中に戻ると、パタパタとリリアンが家の奥から出てきた。
「すいませんっ、お二人にやらせてしまって……」
「いいんだよ、このくらい。むしろ俺らが世話になってるしな」
その後ろからアニーもやって来る。俺らから洗濯物を受け取ると家事室に持って行った。
「本当、こんな立派な家に一緒に住まわせてもらえて有り難えよな」
そう言うと、黒い耳と尻尾がぴくりと動くのが見えた。
「一人で住むのは寂しかったから、お二人と一緒に居られて…… う、嬉しいです」
え……
嬉しいって…… リリアンはそう言った。
一緒に居られて、嬉しいんだって。
そう言って顔をあげたリリアンの恥ずかしそうな笑顔に、何故だかあの女性が初めて見せた笑顔を思い出した。
====================
(メモ)
仔犬(#66)
髪を乾かす(Ep.7)
笑顔(Ep.12)
(#31)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー。完全獣化と神秘魔法で仔狼の姿などになれる。
・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。討伐隊仲間のアシュリーに想いを寄せていた。
・アニー…リリアンの家のメイドゴーレム。霧で出来ているので姿は可変。
====================
リリアンの家に居候させてもらうようになって、もうすぐひと月になる。
先日からデニスもこの家に住む事になって、俺が泊まらせてもらっていたあの部屋も正式に俺の部屋になった。
リリアンの前世――アッシュは討伐隊の任務が終わったら、デニスを引き取るつもりだったろう。だからデニスがこの家に住むのは、ある意味では当然だ。
でも俺がこの家に住むのは予定外なんじゃねえのかな。
そう思ってリリアンに訊いたけど、「部屋は空いてますから」と、デニスに言ったのと同じような理由が返ってきた。
俺はアッシュのそばにずっと居られるのが嬉しいけどさ。
あいつから、一緒に居たいだとか、そんな嬉しい言葉を聞けるような事はないのかなと、虫の良い事も考えてしまう。
そういやアッシュからも、そんな言葉を聞いた事は一度もなかった。
* * *
この家は本当に居心地がいい。
治安の悪い北地区寄りに位置しているのと、王都の外壁に近い事もあって、一般の町民には敬遠されがちな立地だが、俺ら上級冒険者にはそんな事は問題にならない。
立派な一軒家ってだけでなく、庭も広めで日当たりもいい。先日デニスと覗いた古道具屋で買ってきた木製のテーブルとベンチが、庭にいい感じの休息場所を作っていた。
今日は天気も良いしなと思って庭に出ると、既にベンチには先客が居た。
デニスと真っ黒い仔犬…… いつか見かけたヤツだ。
あの時はただの野良犬かと思ったが、もう俺は知っているぞ。こいつはリリアンが化けているんだ。
大人しくデニスに撫でられている姿に、ちょっと……いや、だいぶ妬いた。
そしらぬ振りでデニスに声を掛ける。
「そいつ、この辺りに居たんだな」
「ああ、シアンさん。さっき庭に入ってきてさ」
リリアンは調べものがあるって言って、部屋に籠っているはずなんだが…… いつの間に出てきたのか?
「こいつ、可愛いよなー」
そう言うと、仔犬はデニスに撫でられながら、耳をぴくぴくとさせた。
仔犬の隣に腰掛けて顔を覗き込むと、ちらりと俺の顔をみて目を逸らせた。
俺はもう知ってるしな。気まずいんだろう。
「飲み物でも持ってくるよ」
俺がくつろごうとしている様子を見てか、デニスがそう言って立ち上がった。
普段は俺の事をおっさん呼ばわりしているが、本当は俺の事を慕ってくれているし、認めてくれているし、尊敬もしてくれている。
デニスのその気持ちを、こんな風に俺への気遣いで見せられると、なんだかこそばゆくも嬉しいような気分になる。
ヤツの背中を見送りながらニヤついていると、クゥと仔犬の鳴き声が耳に入った。
仔犬が俺を見上げているのに気付き、今度は俺が目を逸らす。
「あー…… やっぱり、デニスのがいいのか?」
そうボヤくと、視線の端で仔犬が少し首を傾げたようにも見えた。
「俺が撫でてもいいか? 嫌じゃあないか?」
試しにそう訊いてみると、ふさふさの尾が軽く揺れた。
いいって事かな?
そう思ってそっと手を出してみると、撫でろとねだる様に顔をすり寄せて来た。
やべえ、無茶苦茶可愛い。
手で包み込むように黒い頭を撫でてやると、つぶらな黒い目を気持ち良さげに細めた。
15年前、俺らが討伐隊だった頃。アッシュのあの長い黒髪を乾かすのが俺の日課で楽しみの一つだった。
アッシュは俺の女神さまだったから。
その彼女と二人きりで過ごして、彼女の一部に堂々と触れられるあの時間は、俺にとっては特別な物だった。
アッシュが転生して、今はリリアンになっているんだとしても、今こうして彼女の頭を撫でていられるなんて…… 不思議な気分だ。なんだか昔を思い出して、しんみりした気分になってきた。
黙って俺に撫でられていた仔犬が、俺の手を払うように頭を振った。
「うん? どうした?」
そう尋ねる声を気にもしないように、ベンチの上ですくっと立ち上がると、今度は俺の膝に前足をかけた。
まるで乞われている気がして、いつかの様に仔犬を抱き上げる。
胸元に抱きかかえると、湿った舌が俺の頬を舐めた。
っちょ!! なんだこれ! 可愛い!
「す、好きだっ」
つい、口にでた。ぎゅうっと抱きしめたが、仔犬は嫌がる様子もない。
「おっさん、何してんだよっ」
後ろからデニスの呆れた声がした。やべえ、見られた。
「そんなに犬が好きなんだなー」
冷やかすように、からからと笑う。まあ、デニスはこの仔犬がリリアンだって知らないもんな。
「ほら、そいつにはミルクをもってきたぞ」
仔犬はするりと俺の腕を抜けて、ベンチにちょこんと座り込んだ。飲む気満々みたいだ。
良く冷えたレモネードを飲みながら、デニスと他愛もない話をしていると、ミルクを飲み干した仔犬は腹がふくれたのかベンチで眠ってしまった。
あの時のように。
* * *
「あれー? 二人とも何してるんですか?」
頭上から聞き覚えのある声がした。
「え? なんでお前がそこにいるんだ?!」
「……なんでって…… ここ私の家ですよ? ちょっと疲れたので一休みですー」
2階の窓から俺らを見下ろすリリアンと目が合った。
って、この仔犬がリリアンじゃなかったのか??
リリアンの声に驚いた様に目を覚ました仔犬は、慌ててベンチから跳び降りると向こうの茂みに駆けて行ってしまった。
「あーー……」
「まあ、この辺に住んでるなら、また来るんじゃねえか?」
デニスの言葉に、そうだなと返事をしてみたが、まだちょっと混乱している。
……落ち着け、俺。
とりあえず、仔犬はリリアンではなかった、らしい……
「うん? どうしたんだ? おっさん」
「俺、あいつに頬っぺた舐められた」
「おっさんもか。あいつ、懐っこいよなーー」
も、って事は、デニスも舐められたのか。
でもさっきみたいに、妬く気持ちは沸いては来なかった。
気付けば真上にあった日がだいぶ傾いている。庭に落ちた影が風で揺れるのに気が付いた。
「ああ、洗濯物を取り込まないとだな」
いつもならもっと早い時間にメイドゴーレムのアニーが取り込んでいるはずなのに、今日は珍しく出掛けてでもいるのだろうか。
取り込んだ洗濯物を抱えて家の中に戻ると、パタパタとリリアンが家の奥から出てきた。
「すいませんっ、お二人にやらせてしまって……」
「いいんだよ、このくらい。むしろ俺らが世話になってるしな」
その後ろからアニーもやって来る。俺らから洗濯物を受け取ると家事室に持って行った。
「本当、こんな立派な家に一緒に住まわせてもらえて有り難えよな」
そう言うと、黒い耳と尻尾がぴくりと動くのが見えた。
「一人で住むのは寂しかったから、お二人と一緒に居られて…… う、嬉しいです」
え……
嬉しいって…… リリアンはそう言った。
一緒に居られて、嬉しいんだって。
そう言って顔をあげたリリアンの恥ずかしそうな笑顔に、何故だかあの女性が初めて見せた笑顔を思い出した。
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(メモ)
仔犬(#66)
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(#31)
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