上 下
146 / 333
過去を手繰る

70 旅の続き(2)

しおりを挟む
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。教会の魔法使いしか使えないはずの、転移魔法を使う事ができる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。アシュリーの生前、彼女に想いを寄せていた。
・デニス…西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・アニー…リリアンの家のメイドゴーレム

====================

 ここまで来れば、目的地までそう遠くはないそうだ。
 元々この街道は馬車が通れる道ではない。もう何年も昔の話だが、シアさんが来た時にもやはりこの道を歩いて行ったそうな。

 二人で、歩きながら色々な話をした。
 私は生まれてから、今までの冒険や旅の事。シアさんは魔王討伐隊を引退してから、一人で旅をしてきた話。どこでどんな魔獣を倒したとか。どんなダンジョンに潜ったとか。どの土地の食べ物がおいしかったとか。
 彼は相変わらずの話し上手で、それが楽しくて。焦る旅でなくたまにはこんなのもいいなあと、そう思わせてくれるのも、きっと彼の心遣いなのだろう。


 ふと思いついて、そう言えばと私が切り出した言葉に、シアさんが首を傾げた。
「ご結婚はされていないんですか?」
 傾げた首のままで、明らかに彼の表情が強張こわばった。これじゃあ答えを聞かなくてもわかる。

「えっと…… じゃあ、恋人は?」
 続けた私の言葉に、はあーとため息にも似た長い息を吐いてから、寂しそうに笑った。
「……情けねえ話だがな。昔、すっげえ好きだった女が居てさ。そいつの事が忘れられねえんだよ」

 ああ、そうだよね。あの時から、もう15年も経つ。
 一緒に居た、たかが2年なんかより、ずっとずっと色々な経験をしてきているだろう。私が死んで、彼はやっと自由になって。私の知らない所で私の知らない彼の人生を歩んでいたはずだ。
 その間に好きな人や恋人ができていても、ごく自然で当たり前の事だ。

「リリアンは、好きなヤツとかいないのか?」
 黙り込んだ私を気遣ったのだろうか。こちらに矛先を向けたシアさんの言葉で、思考の淵から引き揚げられた。
「えっと…… 居るような、居ないような……?」
「どういう事だ?」
「もう会えないんです」

 それを聞くとシアさんは焦ったような顔をした。
「ああ…… 無理に言わせちまってすまないな」
「いいえ、大丈夫です」
 そう笑うと、彼はまた私の頭をポンポンと撫でた。

「リリアンは、まだ若いのに色んな経験していそうだよなあ。お前、まだ17とか18とか、そんくらいだろう?」
「私の年ですか? 15歳ですよー?」
「え? だって、今Cランクだろう?」
 デビューして1年もしないうちにCランクになるなど、お金を積まない限りはそうはない。シアさんが疑問に思うのも当然だ。

「見習いで活動していたのと、あと色々と運が良くて。成人して4か月くらいで、ランクアップしちゃいました」
 えへへと笑ってみせたが、シアさんはまだ妙に驚いた顔をしている。まあ、確かに普通じゃないしね。
「旅の途中で、手負いのミノタウロスを見つけて止めだけ刺す事が出来たんです。それが大きかったですねー。本当に運が良かったんです」
 もう一度、好運を強調すると、彼はああそうかと思い当たったようにうなずいた。
「そういや、ワイバーンもやったとか、そんな話を聞いたな」
 ワイバーンの肉は美味いんだよなーと、そんな風にいい案配あんばいに話がれたので、下手な誤魔化ごまかしをせずに済んだ事に安堵あんどした。

 * * *

 夕方から夜に変わる前に、目的地のすぐ手前にある町に辿りついた。

「今日はここまでだな。リリアン、どうだ? 転移はできるか?」
「んーー 大丈夫だと思いますが…… もしかしたら、家に着いたところで魔力が尽きちゃうかもです」
「すまねえな。もしぶっ倒れたら、俺がベッドに運んでやるよ」
 なんならまた一緒に寝るか? と、そんな風にわざとふざけた彼の言いぶりに、気持ちと顔が緩んだ。
「あはは。もし本当に倒れたら、運ぶのはお願いしますね」
 それを聞いて、彼はふっと軽く笑った。


 結論から言うと、転移は無事にできた。
 そして、王都にある自宅の玄関につくと、途端に足の力がぬけて、へにゃりと座り込んでしまった。

「おい、大丈夫か?」
「はいーー、なんとかー」
『お帰りなさいませ、ご主人様』
「リリアン! シアンさん!」
 アニーの出迎えの後ろから、デニスさんが飛びだして来た。やっぱり心配して、この家で待っていてくれたようだ。

「ただいま、デニス。詳しい話は後でするから。ほら、リリアン、ベッドに行くぞーー」
 そう言いながら、シアさんは私を軽々と抱き上げた。

 ……が、そうだ。しまった。
「あの……」
「うん? どうした?」
「その前にお風呂に入りたいです」
 昨日あのままだったから、体を洗えていない。横で私の言葉を聞いたアニーが『かしこまりました』と言って浴室に向かった。

「体、自分で洗えるか? 俺が洗ってやろうか?」
「おい、おっさん!」
「湯船につかって、体を洗うくらいはできますから、大丈夫ですよー」
 そう言ったのに、シアさんの冗談にデニスさんは面白くなさげな顔をしてにらみ付けた。

 昨日と違って普通には動けるので、服も自分で脱げるし風呂も問題ない。そう言ったのだけど、シアさんはやたらと私を気遣ってくれて、抱き上げたまま浴室まで運んでくれた。
 デニスさんも心配そうに後からついて来ている。本当に申し訳ない。シアさん、ちゃんとデニスさんに昨日の話をしておいてくれるかな?

 終わったら呼べよと言葉を添えられながら、私は浴室に下ろされた。
「すまねえな、デニス」
 シアさんが出て行く時に、デニスさんに謝るのが聞こえた。
「やっぱりお前の……」

 最後の方は、浴室のドアを閉める音でかき消されて良く聞こえなかった。

====================

(メモ)
 ワイバーンの話(#59)
 また一緒に~(#61)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

屋根裏の魔女、恋を忍ぶ

如月 安
恋愛
――大好き。 決して、叶わない恋だとわかっているけど、夢で想うだけで、幸せです。 と思ってただけなのに、なんで、こんなことに……。 ワケあって、伯爵邸の屋根裏に引き籠るリリアーナは、巷では魔女だと噂されていた。 そんな中、社交界の華と呼ばれる姉とその婚約者である公爵が、晩餐で毒を盛られた。 「犯人はリリアーナ」と誰もが言い、暗殺計画まで持ち上がっている様子。 暗殺を命じられたのは、わたしを冷然と見やる、片想いの相手。 引き籠り歴十二年。誰よりも隠れ暮らすのは得意。見つからないように隠れて逃げ続け、生き延びてみせる! と決意したのも束の間、あっさりと絶体絶命に陥る。 諦めかけたその時、事件が起こり……? 人の顔色伺い過ぎて、謎解き上手になった小心者令嬢と不器用騎士が、途中から両片想いを拗らせてゆくお話です。 暗ーい感じで始まりますが、最後は明るく終わる予定。『ざまぁ』はそれほどありません。  ≪第二部≫(第一部のネタバレややあり?)  幼いレイモンドとその両親を乗せた馬車が、夜の森で襲われた。  手をくだしたのは『黒い制服の騎士』で――――――。  一方、幸せいっぱいのロンサール邸では、ウェイン卿とノワゼット公爵、ランブラーとロブ卿までが、ブランシュとわたしを王都から遠ざけようとしているみたい。  何か理由があるの?  どうやら、わたしたち姉妹には秘密にしたいほど不穏な企みが、どこかで進行しているようす。  その黒幕は、毒蛇公爵の異名をとるブルソール国務卿?  それとも、闇社会を牛耳る裏組織?  ……いえいえ! わたしのような小娘が首を突っ込むような問題じゃありませんとも。  そんなことは騎士の皆様にお任せして、次の社交シーズンに向けて頑張ろうっと。  目標は、素敵で完璧なウェイン卿の隣に立つにふさわしい淑女になること!    だけど、あら?  わたし、あることに気がついちゃったかも……?    あまあま恋愛×少しファンタジー×コージーミステリーなお話です。    登場人物たち悩み抜いて迷走しますが、明るく完結予定です。  不定期更新とさせていただきます。

仮面幼女の面倒厄介(回避したい)録

ファンタジー
 2024年7月22日、『仮面幼女の面倒厄介(回避したい)録』へタイトルを変更しました。  道中出来ていないというのが主な理由です。こんなはずでは……  小柄な幼女エリィは、気づけば仮面で顔は半分覆われ、身体も顔以外水銀のような状態で転生していた。前世の記憶があるせいか、感情の起伏に少々乏しくあまり子供らしくないが、子供ロールプレイをする趣味はないので自分的には問題はないようだ。  ただ剣と魔法の世界らしいのに、世界のシステムがどういう訳か一部破綻していて、まともに魔法が使えないというのが残念極まりない。エリィの転生理由もそこにありそうだが、一番にしないといけない事は自分の欠片探しだと言われる。  何にせよ便利且つ最強な転生特典豪華チートもりもりで乗り切っていくとしよう。  そんな欠片探しの旅の仲間は、関西弁な有翼青猫に白銀グリフォン、スライム、執事なシマエナガにクリスタルなイモムシや金色毛玉こと大狐と、一貫性も何もないが、そこは気にする必要はないだろう。  それにしても確かに便利最強な転生チートで乗り切る所存とは言ったものの、何かある度に増えていく技能と言うか能力と言うかスキルや魔法に箱庭等々、明らかにバレちゃダメなレベル。とはいえ便利なのは確かだし使わないと勿体ないのだから仕方ない。  もしかしたらちょっぴりダークでご都合主義満載なエリィ達一行が、自らの常識のなさや人間たちとの関わりに苦労しつつ厄介事に巻き込まれてていくと言う、そんな物語。 ※なろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観の為、『実際』とは違う部分が多数あります事等、どうぞお許しください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※リアル都合により不定期更新となっております。 ◆◆◆◆◆  未だに至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。  誤字脱字他は標準搭載となっております。本当に申し訳ありません<(_ _)>

【読み切り版】婚約破棄された先で助けたお爺さんが、実はエルフの国の王子様で死ぬほど溺愛される

卯月 三日
恋愛
公爵家に生まれたアンフェリカは、政略結婚で王太子との婚約者となる。しかし、アンフェリカの持っているスキルは、「種(たね)の保護」という訳の分からないものだった。 それに不満を持っていた王太子は、彼女に婚約破棄を告げる。 王太子に捨てられた主人公は、辺境に飛ばされ、傷心のまま一人街をさまよっていた。そこで出会ったのは、一人の老人。 老人を励ました主人公だったが、実はその老人は人間の世界にやってきたエルフの国の王子だった。彼は、彼女の心の美しさに感動し恋に落ちる。 そして、エルフの国に二人で向かったのだが、彼女の持つスキルの真の力に気付き、エルフの国が救われることになる物語。 読み切り作品です。 いくつかあげている中から、反応のよかったものを連載します! どうか、感想、評価をよろしくお願いします!

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

【完結】お飾り契約でしたが、契約更新には至らないようです

BBやっこ
恋愛
「分かれてくれ!」土下座せんばかりの勢いの旦那様。 その横には、メイドとして支えていた女性がいいます。お手をつけたという事ですか。 残念ながら、契約違反ですね。所定の手続きにより金銭の要求。 あ、早急に引っ越しますので。あとはご依頼主様からお聞きください。

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

処理中です...