上 下
125 / 333
新しい生活

60 地下室/シアン(2)

しおりを挟む
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。前世では冒険者Sランクの人間の剣士だった。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、前『英雄』アシュリーの『サポーター』。35歳のはずだが、見た目がとても若く26歳程度にしか見えない。
・アンドレ/アニー リリアンの家のメイドゴーレム。霧で出来ているので姿は可変。男性形か女性形かで呼び名が変わる。
・デニス…Sランクの実力を持つAランクの冒険者で、リリアンの先輩。リリアンに好意を抱いている。

====================

「……リリアン。お前、ここが元は誰の家だったか知っているのか?」
「冒険者ギルドでは『オスカル』と言う名の冒険者の遺留財産だと言われました。でも、それは本当の名前ではありませんよね」

 そうだ……
 万が一の為にと、魔族領に入る前にギルドにこの家を財産登録をした。しかしもし場合に、元『英雄』の所有物が売りに出されたとなると、争いや奪い合いなど面倒の種にもなりかねない。そう判断したギルドマスターの頼みで、彼女は偽名でここを登録した。
『アッシュさん、オスカル様みたいね』
 ルイが故郷の物語の登場人物の話を引き合いに出して褒めたのを、彼女はいたく気に入っていて。じゃあその名前を偽名にしようと、そう提案したのは誰だったか…… そのままのノリでサムが作ったゴーレムにもその物語の登場人物の名前をつけた。

「お前は、それを知っていてこの家を買ったのか?」
「はい」

 クリストファーと書かれた箱を開ける。
 中には町で買い求めた雑貨と、道中入手した魔物の素材がいくつか入っていた。王族で世間慣れしていないクリスは、旅の合間に皆と町に出掛ける事を密かに楽しみにしていた。遠慮しつつも自分で選んだ買い物を、王宮には持って帰れないなとあいつはボヤいていた。

「目的は?」
「言えません。でも一つはこの家にある物を確認する為です」

 アレクサンドラと書かれた箱を開けた。
 中にはやはり町で求めた細々とした雑貨が入っており、その中に可愛らしいハンカチがあるのが目にとまった。このハンカチは女たちが揃いで買っていた物だ。やたらと生真面目で、でも実は恥ずかしがりやのアレクが、この時には珍しくルイとはしゃいで喜んでいた。

「……あの朝、俺が居るのを知って扉を開けたのか?」
「アニーが外を気にしていたんです。だから、どうしたんだろうと思って開けただけです」

 サマンサと書かれた箱の中身の一つは、アレクの箱に入っていたのと同じハンカチだった。
 さらに鮮やかな柄のカードが何枚か。俺には読めない文字が書いてある。きっとルイが書いたものだろう。サムとルイは本当に仲が良かった。ルイが故郷に帰るのを一番惜しんでいたのは、おそらくサムだろう。

「なんで俺を家に入れた?」
「水場を借りたいと言ったじゃないですか。お困りなんだろうと、思ったからです」
 ああそうだ、確かに俺が言ったんだ。

 メルヴィンと書かれた箱を開けようと手をかけ、少し躊躇ちゅうちょした。
 思い切って開けると、酒の瓶が一つだけ入っていた。あの任務が終わったら、彼女とこの家で飲むつもりだったのだろう。そうだ、この家は彼女がメルの為に買ったものなんだ…… それを思い出し、胸が詰まった。

 箱の中身から目をらせたくて、リリアンの顔を見据えた。
「理由はそれだけか?」
「はい」
 俺ににらまれたと思ったのだろう。彼女は少し困った様に笑ってみせた。

 そんなつもりはなかったのに、まるで彼女を責めているようになってしまった。
 それは筋が違うだろう。彼女はこの家の事を知っていて、そして俺の事を知って、ここを見せる為にこうして導いてくれたじゃないか。彼女の好意を疑うのはどうなんだ? 別に怒る事でもないし、彼女を困らせてしまうような態度をとるのは間違っている。
 彼女のその表情に、逆に申し訳ない気持ちになり、その視線から逃げる様に次の箱に目を移した。

 次の箱…… アシュリーと書かれた箱を開けると、中身は空っぽだった……

 何かを期待してた訳じゃない、はずだ…… でもその空っぽの箱が、まるで自分の心の空虚を映しているように思えて、何かが崩れかけた。


「昨日、魔王討伐隊の話をしていましたよね。その時に、魔法使いの居場所を貴方は知っていると言っていました。それを教えてほしいんです」

 俺が手を止めていたからだろう。リリアンの方から俺に話し掛けてきた。

「魔法使いって、サムの事か?」
「はい」
「……会ってどうする?」
「色々聞きたい事があったんです。でも……」

 ……でも?


ご主人様マスター、お呼びですか?』
 その声に気が付くと、入り口にアニーが立っていた。いつの間に来ていたのか…… 彼女の体は霧で出来ているので、階段に足を付く事はなく、こんな古びた階段でもきしむ音もさせない。

「私がこの家に来たときに、アニーは極度の飢餓状態におちいっていました。この体は魔力を帯びた霧でできていますから、定期的に魔力を供給しないといけないんですよね?」
 リリアンは自分の横にアニーを呼び寄せて話を続けた。
「ああ、だけど魔法使いたちが何か対策をしていたはずだ……」
「冒険者ギルドの話によると、10年以上前からこの家には誰も立ち入っていないそうです。なのでこの子が魔力を得る為にはその魔法使いの対策しかなかった。そしてこの子はすっかり飢えて姿が消えかかっていました」

 え……?

「魔法使いの、魔力の遠隔供給は絶たれていたんです……」

 ……どういう事だ?

「……アニー、お前の魔力供給が絶たれたのは、いつ頃?」
『サマンサ様の魔力は約2か月前に、メルヴィン様の魔力は15年前に、それぞれ途絶えております』
「!! 15年前だって!?」
「……二人の主人マスター登録が抹消されたのは?」
『それぞれ同じ時期です』

 あまりの事に、驚いて声も出せなかった……
 まさか…… メルが15年前に…… あの頃に死んでいたという事か……?

「どうしてお前が……!」
 リリアンを問いただそうとして、そう声をあげた俺の目に映った光景は…… その先の言葉をかき消してしまった。

 ライトの魔法に反射した何かが、彼女の目からこぼれ落ちた…… ひとつ、ふたつと……

 リリアンは歯を食いしばって、目を見開きながら、大粒の涙をぽろぽろと流していた。

「……春の……大礼拝に行ったんです…… 確認したくて…… 大礼拝の時には、教会の者は全て参列する筈です。だから、教会の奥にこもっていると言われている、メルも出て来るはずだから…… でも彼の魔力の匂いは全く感じられなかった…… だから覚悟はしていたんです…… でも…… でもまさか…… 15年前に……」

 ……なんで彼女が泣くんだ?

「……しかも、サムまで……」

 彼女は耐えきれなくなったように、両の手を顔に当ててへたり込んだ。

「ご…… ごめんなさい…… 自分がこんなにもろいと思わなかった…… 覚悟はしていたはずなのに……」



 * * *

 まだ大分早い朝の気配に、いつもの様に目が覚めると、胸元にすがりつく別の温もりに、すぐに気が付いた。

 あー…… やってしまった……

 いや、違う。正確にはヤってはいない。でも今のこの光景を、もし人に見られたら十中八九じゅっちゅうはっく、そう見られるだろう。
 間違ってもデニスには見せられない。

 しかし、そうか…… 今、生きているのは俺とアレクだけなのか……
 言い表せない悔しさの様なものが、内から沸きあがってくる。

 昨晩は泣き出した彼女に気を取られてしまい、それ以上を追究する事は出来なかった。元からわかっていれば、何かができたのだろうか? 今までここに来るのを避けていた、自分にも責があるのだろうか? 今からでもせめて何かを見つける事ができるのだろうか?

 何よりリリアンは何を知っていて、何をしようとしているのだろうか?

 そう思いを巡らせていると、胸に抱いている彼女が軽く身じろぎをした。

====================

(メモ)
 遺留財産(#49)
 飢餓状態(#50)
 大礼拝(#10)
 (#28)
 (Ep.8)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

処理中です...