上 下
112 / 333
新しい生活

54 旅鳥の帰還(1)

しおりを挟む
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ジャスパー…『樫の木亭』夫婦の一人息子で、Cランク冒険者
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・アラン…デニスの後輩の冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。

====================

 私の居なかった昨日に、ちょっとした出来事があったらしい。

 マーニャさんが連れてきた魔法使い仲間さんが、ジャスパーさんに興味を持ったそうだ。
 ジャスパーさんが冒険者として思うようにいかなかったのは、適性が間違っているのではないのか。もしかしたら魔法使いの素質があるかもしれない。よろしければ確認してみませんか?と。
 父親のトムさんは元はSランクの戦士だけれど、母親のシェリーさんの血縁には魔法使いとして大成している方もいるそうで、確認してみても損はないだろうと。ジャスパーさんはそのお仲間さんに連れられて出て行ったのだと。

 詳しい話は訊けていないけれど、結果としてジャスパーさんはしばらく養成所の様な場所で魔法使いとしての勉強をするようになったらしい。
 本人も少し自信を取り戻したようで、しかもマーニャさんの紹介なら安心だと、トムさんとシェリーさんも嬉しそうだ。

 私もその魔法使いさんに会ってみたかったのだけれど、マーニャさんと一緒に早々に旅に出てしまったと聞いた。昨日、私が町にいなかった事ですれ違いになってしまって、ちょっと残念だった。

 そういう訳で、今日もジャスパーさんは養成所に行っていて、帰りが夕方になるので店の手伝いはそれからになる。私は夜の準備もあってクエストには行っていなかったし、それまでの時間の助けになるかもと、早めに『樫の木亭』に顔を出していた。


 今日何度目かのドアベルの音が響き、いらっしゃいませと振り向こうとする前に、常連客らが沸き立った。皆が口々に入って来た男性の名を親しげに呼び、彼は軽い口調で気さくにそれに応えている。
 今朝、会ってあれだけ言葉を交わしたのに、また動揺しかけている心を抑え、普通を装って、いらっしゃいませと声を掛けた。彼がこちらを向いて、気付いたように顔を緩ませ手を挙げる。
「シアンさん!」
 それを見る私の後ろから、ミリアちゃんの声がした。

 私の横をミリアちゃんが早足で通り抜け、彼に抱きついた。彼はそれを軽々と受け止めて抱き上げる。抱き上げられたミリアちゃんが本当に嬉しそうに笑っていて。
「久しぶりだな、ミリア! お前、ますます綺麗になったなぁ」
「お帰りなさい。 もう…… 心配しますから、もう少し早く帰ってくるか、せめて手紙でも寄越して下さい」
「ゴメンな、爺さんに捕まっててなぁ」
 そんな会話をしている二人を見て、ふっと目尻が緩んだ。

「よー、おっさん! 元気だったかー!」
 焼き鳥を片手にエールを飲んでいたデニスさんが、席を立って彼に近づくと、同じテーブルでまだ食事をしていたニールが、小声でおっさん?と言うのが耳に入った。
 ニールがそう呟いてしまうくらい、彼はその呼称に似つかわしくない容姿をしている。その理由の一つに、今朝私が出した服を着ている所為せいもあるのだろうけれど。

「お帰りくらい言えねーのか、お前は。あと、お兄様だろうが」
「んな、気持ち悪い呼び方するかよ。ったく、心配してたぜ」
「ありがとよ。そうだなあ、俺になんかあったら、お前は泣くからなあ」
「うるせー」
 ニヤニヤと話す彼の言葉に、デニスさんも否定をしない。ミリアちゃんもだけれど、デニスさんとも大分仲が良い様だ。


 デニスさんが自分たちのテーブルに彼をともなって席に着いた。オーダーをとる為と挨拶にと思いそのテーブルへ向かうと、ニールは不思議そうな顔できょとんとしていて、アランさんは何故か緊張した表情で固まっている。
「ああ、嬢ちゃん、さっきは本当にありがとうな」
 彼はやっと私に気が付いたようで、軽く手を挙げてみせながらそう言った。
「おっさん、リリアンにもう会ってたのか?」
「ああ、今朝風呂を貸してもらった」
「風呂って…… リリアン、このおっさんを家に上げたのか? 変な事されなかったろうな?」
「おいおい、デニス。紳士な俺が女性に失礼な事をするわけないだろう?」

「おっさん?」
 テンポの良すぎる二人のやり取りの合間に、ニールが今度は普通の声で疑問を投げ込んだ。その声に二人は申し合わせたようにこちらを向く。ああと気付いたように、デニスさんが悪戯いたずらげな笑みを浮かべた。

「ニール、リリアン。こいつ幾つだと思う?」

 本当は……私は彼の年齢を知っている。でも今の彼を見る限り、それが間違いなんじゃないかとも思えてしまう。さっきからデニスさんと仲良く言い合っている様子は、まるで仲の良い兄弟の様で。23歳のデニスさんの、自然にお兄さんであるように、せいぜい26~7歳かそこらにしか見えないのだ。

 多分、ニールからも同じように見えたのだろう。
「ええと……じゃあ、30歳くらい?」
 デニスさんの質問からして、実際の見え方から少し上の年齢を答えるのは当然の流れだ。ニールの答えを聞き、今度はデニスさんの視線は私の方を向いた。誤魔化ごまかす為に私もニールに同意する風にうんうんとうなずいてみせた。

「こいつ、これで35歳なんだから、化けもんだよな」
「おい、それは言い過ぎじゃねーか?」
 デニスさんの答えから、また当たり前の様に二人のやり取りがはじまりそうになった。

 ガタッ!
「やっぱり……! 前・魔王討伐隊のシアン様なんですね!」
 今まで固まっていたアランさんが興奮した様子で急に立ち上がった。こんな風に声を上げるアランさんを見るのは初めてだ。ちょっと驚いた。見るとデニスさんもニールも、アランさんを見て意外そうな顔をしている。
「私はデニスさんの後輩のアランと申します! お目にかかれて光栄です!」
 大袈裟おおげさに深々と頭を下げるアランさんを見て、彼は困った顔で頭を掻いた。
「……俺はそんな大層なもんじゃねえよ。デニス、皆を紹介してくれ」

「リリちゃん、私たちも座りましょう」
 いつの間に横に来ていたミリアちゃんが、彼の分のエールと私たちの飲み物ジュース、さらに串焼肉の乗った大きいプレートをテーブルに置いた。ちらとシェリーさんの方を見ると、こちらに指で丸を作ってみせた。お店は大丈夫よと伝えてくれている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

屋根裏の魔女、恋を忍ぶ

如月 安
恋愛
――大好き。 決して、叶わない恋だとわかっているけど、夢で想うだけで、幸せです。 と思ってただけなのに、なんで、こんなことに……。 ワケあって、伯爵邸の屋根裏に引き籠るリリアーナは、巷では魔女だと噂されていた。 そんな中、社交界の華と呼ばれる姉とその婚約者である公爵が、晩餐で毒を盛られた。 「犯人はリリアーナ」と誰もが言い、暗殺計画まで持ち上がっている様子。 暗殺を命じられたのは、わたしを冷然と見やる、片想いの相手。 引き籠り歴十二年。誰よりも隠れ暮らすのは得意。見つからないように隠れて逃げ続け、生き延びてみせる! と決意したのも束の間、あっさりと絶体絶命に陥る。 諦めかけたその時、事件が起こり……? 人の顔色伺い過ぎて、謎解き上手になった小心者令嬢と不器用騎士が、途中から両片想いを拗らせてゆくお話です。 暗ーい感じで始まりますが、最後は明るく終わる予定。『ざまぁ』はそれほどありません。  ≪第二部≫(第一部のネタバレややあり?)  幼いレイモンドとその両親を乗せた馬車が、夜の森で襲われた。  手をくだしたのは『黒い制服の騎士』で――――――。  一方、幸せいっぱいのロンサール邸では、ウェイン卿とノワゼット公爵、ランブラーとロブ卿までが、ブランシュとわたしを王都から遠ざけようとしているみたい。  何か理由があるの?  どうやら、わたしたち姉妹には秘密にしたいほど不穏な企みが、どこかで進行しているようす。  その黒幕は、毒蛇公爵の異名をとるブルソール国務卿?  それとも、闇社会を牛耳る裏組織?  ……いえいえ! わたしのような小娘が首を突っ込むような問題じゃありませんとも。  そんなことは騎士の皆様にお任せして、次の社交シーズンに向けて頑張ろうっと。  目標は、素敵で完璧なウェイン卿の隣に立つにふさわしい淑女になること!    だけど、あら?  わたし、あることに気がついちゃったかも……?    あまあま恋愛×少しファンタジー×コージーミステリーなお話です。    登場人物たち悩み抜いて迷走しますが、明るく完結予定です。  不定期更新とさせていただきます。

仮面幼女の面倒厄介(回避したい)録

ファンタジー
 2024年7月22日、『仮面幼女の面倒厄介(回避したい)録』へタイトルを変更しました。  道中出来ていないというのが主な理由です。こんなはずでは……  小柄な幼女エリィは、気づけば仮面で顔は半分覆われ、身体も顔以外水銀のような状態で転生していた。前世の記憶があるせいか、感情の起伏に少々乏しくあまり子供らしくないが、子供ロールプレイをする趣味はないので自分的には問題はないようだ。  ただ剣と魔法の世界らしいのに、世界のシステムがどういう訳か一部破綻していて、まともに魔法が使えないというのが残念極まりない。エリィの転生理由もそこにありそうだが、一番にしないといけない事は自分の欠片探しだと言われる。  何にせよ便利且つ最強な転生特典豪華チートもりもりで乗り切っていくとしよう。  そんな欠片探しの旅の仲間は、関西弁な有翼青猫に白銀グリフォン、スライム、執事なシマエナガにクリスタルなイモムシや金色毛玉こと大狐と、一貫性も何もないが、そこは気にする必要はないだろう。  それにしても確かに便利最強な転生チートで乗り切る所存とは言ったものの、何かある度に増えていく技能と言うか能力と言うかスキルや魔法に箱庭等々、明らかにバレちゃダメなレベル。とはいえ便利なのは確かだし使わないと勿体ないのだから仕方ない。  もしかしたらちょっぴりダークでご都合主義満載なエリィ達一行が、自らの常識のなさや人間たちとの関わりに苦労しつつ厄介事に巻き込まれてていくと言う、そんな物語。 ※なろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観の為、『実際』とは違う部分が多数あります事等、どうぞお許しください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※リアル都合により不定期更新となっております。 ◆◆◆◆◆  未だに至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。  誤字脱字他は標準搭載となっております。本当に申し訳ありません<(_ _)>

【読み切り版】婚約破棄された先で助けたお爺さんが、実はエルフの国の王子様で死ぬほど溺愛される

卯月 三日
恋愛
公爵家に生まれたアンフェリカは、政略結婚で王太子との婚約者となる。しかし、アンフェリカの持っているスキルは、「種(たね)の保護」という訳の分からないものだった。 それに不満を持っていた王太子は、彼女に婚約破棄を告げる。 王太子に捨てられた主人公は、辺境に飛ばされ、傷心のまま一人街をさまよっていた。そこで出会ったのは、一人の老人。 老人を励ました主人公だったが、実はその老人は人間の世界にやってきたエルフの国の王子だった。彼は、彼女の心の美しさに感動し恋に落ちる。 そして、エルフの国に二人で向かったのだが、彼女の持つスキルの真の力に気付き、エルフの国が救われることになる物語。 読み切り作品です。 いくつかあげている中から、反応のよかったものを連載します! どうか、感想、評価をよろしくお願いします!

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

【完結】お飾り契約でしたが、契約更新には至らないようです

BBやっこ
恋愛
「分かれてくれ!」土下座せんばかりの勢いの旦那様。 その横には、メイドとして支えていた女性がいいます。お手をつけたという事ですか。 残念ながら、契約違反ですね。所定の手続きにより金銭の要求。 あ、早急に引っ越しますので。あとはご依頼主様からお聞きください。

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

処理中です...