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新しい生活

53 壊れた時と/(2)

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 貸してくれた服に着替えて居間へ行くと、少女は俺を見てまた驚いたように目を見張った。髭を当たって大分雰囲気も変わって、別人かと思われる程だろう。驚かれるのも無理はない。
「ありがとうな。すげえ助かった」
 笑ってそう言うと、少女はハッと気がついたようにして、目をらせた。
「あ…… 服のサイズが合って良かったです……」
 そりゃあそうだ。この服は……
「なあ、お嬢ちゃん。この服はどうしたんだ?」
「この家にあったんです。ここ、最近買ったんですけど、前に住んでた人の荷物もそのままになっていて…… だからそれ使わないので、良かったらそのまま着ていって下さい」
「……ああ、そういう事なら。ありがたく……」
 ……そっか……

 勧められてダイニングのテーブルに着くと、良く冷えたレモネードを出してくれた。乾いた喉にハチミツの甘さとレモンの酸味と香りが染み通る。あまりの美味さに一気に飲み干すと、少女は笑いながらお代わりを出してくれた。
 そんなやり取りの中で、少し緊張気味だった少女の表情はすっかりゆるいでくれた。

 流石に髭も剃ったこの姿では俺の事も知れたかとちょっと思ったが、少女の態度を見る限りではそれもないようだ。まあ15年も前じゃあ、こんなお嬢ちゃんは生まれても居ないのだろうしな。

「風呂に服まで、本当に助かった。ええと……でも親御さんに叱られたりはしないか?」
 この家は2階に居室が3部屋もある家族向けの仕様だ。きっと家族で住んでいるのだろう。そう思ったのだが、少女は俺のあやふやな言葉にくすくすと笑いながら答えた。
「ここは私だけの家ですから、大丈夫ですよ」

 ……まさかの独居どっきょとは…… それはそれで、俺を家にあげたら大丈夫じゃないと思うが……
「冒険者なのでしょう? こういう時はお互い様ですから」
「お互い様って、お嬢ちゃんも冒険者なのか?」
 悪いが、まさか成人しているとは思わなかった。
「まだCランクですけれど」
 しかもCって事は成人して2~3年ってとこか? 獣人の成長具合は人間とは違うとは知っているが、それにしても彼女は大分幼く見えるようだ。

 風呂を借りた代金と服代を払おうとしたが、彼女は受け取ろうとはしなかった。代わりに旅の話を聞かせてほしいとせがまれ、話を始めると彼女はなかなかに聞き上手で、それが楽しくて。結局そのまま昼飯までごちそうになってしまった。

 * * *

 西の冒険者ギルドに顔を出すと、そういえば昼過ぎのこの時間は冒険者の少ない時間でなんだか閑散としていた。
 ひとまずボードの前に行き、貼り出された依頼にひと通り目を通す。もうこれはすっかり癖になっている。その様子が、ちょうど手を余らせていた彼女の目に入ったのだろう。受付のカナリアが俺に気付いて、声をかけに出てきた。俺の名前を呼んで「お帰りなさい」と言うと、ちょっと不思議そうな顔で俺を上から下まで見回す。
「なんだかいつもと雰囲気が違いますね」

 そういやカナリアはまだここにきて5年かそこらだもんな。いつも旅から戻ってここに寄るときは、せいぜい汗を流して髭を剃ったくらいで、あとは旅装のままだった。そうでなくてもクエスト用の服装だったし、こんな町に居るとき用のさっぱりした格好はずっとしていなかった。
「似合わねーか?」
 そう聞くと、カナリアはふふっと笑ってから、いいえと答えた。
「こちらへどうぞ」
 彼女は俺が何も頼まずともわかっている様に、ギルドマスターの部屋に案内してくれた。

 久しぶりに会ったマイルズは、前に見た時よりもさらに頭が寂しくなったようだ。そのマイルズには、まずこの小ざっぱりした姿と若作りな服装に驚かれた。
「その姿じゃあ、なんだか昔のお前を見ているようだな」
 マイルズは懐かしむような顔をしながら、ニヤリと笑った。


 1年半の旅の話に花を咲かせていると、扉の向こうが大分にぎやかになってきていた。気付けば冒険者たちが帰ってくる頃合いの様だ。
「すまない。すっかり長居しちまったな」
「いや、お前の旅の話も貴重な情報源だからな。それより、またデニスの所に泊まるのか?」
「多分な。まあアイツが女でも連れ込んでなきゃ泊めてもらえるだろう。そうでなきゃ宿でもとるさ」
 そう言いながらも、今朝のあの家を思い出していた。いや、もうあそこはあの獣人の彼女の家なんだよな……

「まあ、とりあえず『樫の木亭』に行ってみるわ」
 そう言って荷物を担いで出口に向かった俺に、ああそうだと、思い出した様にマイルズが声を掛けてきた。
「まだこれを言っていなかったな。お帰り、シアン」



【シアン】


====================

(メモ)
 獣人の成長(#2)

 「53 壊れた時と/」→「53 壊れた時と/シアン」
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