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新しい生活

52 彼女との距離/デニス(2)

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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。灰狼族と言う銀毛の人狼の一族の出身。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・ラーシュ…獅子獣人の冒険者仲間

====================

「何か飲むものをお出ししますね」
 そう言ってリリアンが席を立つと、隣に触れていた温かさが一緒に逃げて行って、どうにか留めてあった安心が見つからなくなった。そのまま距離を置かれてしまったらどうしようか。

 リリアンは二人分のコップにレモネードを注いで持ってくるとローテーブルに並べ、また当たり前の様に俺の横に腰掛けた。さっきの様に膝が触れる距離ではないが、今までの、いつもの様な隣の距離で。彼女にわからぬ程度にほっと息をついた。

「一族と言えば、さっきラーシュと話してた事だが、お前の兄貴って族長なのか?」
「はい、最近代替わりをしたばかりですが」
「獣人の事はよく知らないんだが、それって獣人の国の王みたいなもんか?」
「いや、違いますね。獣人の国は人間の国と違って王政ではないので」

 獣人の国と呼ばれる地域は、正確には国ではない。獣人の村や町などが集まっており、それぞれが自治体として機能している地域である。それが便宜上「獣人の国」として括られているに過ぎない。その事は一応知っている。
 複数の種族が集まっている以上、種族間の力関係はそれなりに存在しているし、治安の為にはまとめ役も必要になってくる。その為、獣人の国は大きく四つのエリアに分けられ、それぞれを力ある有力種族がまとめ上げていて、そのうち北をまとめているのが、灰狼族なのだそうだ。

「じゃあ、地方の領主みたいな感じか」
「そうですね。そんなイメージが近いと思います」
 でも、その獣人の国の4分の1をまとめているのなら、それなりに権力とかあるんじゃないのか?
「じゃあ、お前、そこの御令嬢って事になるのか?」
「まさかー そんな貴族みたいな身分じゃないですよ。第一うちの族長は世襲じゃないですから、身分があるのは本人だけですよ」

 それを聞いて、何故かホッとした。
「まあ、そうだよな。お前のどこをひっくり返して見ても御令嬢には見えないもんな」
 わざとそう言ってみせると、リリアンはむくれてポカポカと俺の肩を叩いた。


「ああそうだ。これをギルマスから預かってきた」
 バタバタとしすぎていて、すっかり忘れるところだった。バッグから取り出してリリアンに渡したのは、金の縁取り飾りが小さくついている白い封筒だ。派手さはないが質の良い物なのは明らかだ。

 以前、アランに「下心のある貴族からリリアンに茶会の招待があるかもしれない」と言う話を聞いていた。
 その下心のある貴族も……要は今日の俺と同じ目的だと言うのだから、俺も人の事言えやしねえ…… いや別に俺は『獣使い』が目的だったわけじゃねえし、むしろ『獣使い』の事が無くても、リリアンを…… て言うと、それはそれで体目的みたいだな…… 考えるのはやめよう、うん。
 そしてそれらしいタイミングで、冒険者ギルドを通じてリリアンに手紙が届いた。これが問題の招待状の可能性もあるかもと、ギルマスと色々と話をした上で手紙を預かって来た。

 もしそうだとしても、これはあくまでもリリアン個人の問題なので、本人の意思を尊重する事。余計な口出し手出しもするなよと。本人の希望により助力が必要であれば俺が手を貸すようにと。
 だが今回の手紙は騎士団長が直接持ってきたそうだ…… どうにも意味がわからん。

 リリアンはなんの用心もせずにナイフで封を開け、中の便箋を開いて目を通した。
「んー、成程…… さっきのデニスさんと同じ事を考えた方が居るみたいです」
「って『獣使い』を……?」
「違いますよ! 族長の話ですー」
 リリアンはまた俺の肩をポカポカと叩いて来た。本当は素で間違えたんだが、リリアンが冗談と思ってくれたようで救われた。

「確かに灰狼かいろう族の族長であれば、獣人の国ではそれなりに権力はあるんですが…… だからと言って族長の妹でしかない私にはそこまでの力はありません。でもこの手紙の主は、新しい族長の妹である私に挨拶をしたいと、そう書いてあります」
「これ、例のニールが言ってた貴族とは違うのか?」
「わかりません…… 先方のサインはありますが、ニールの話に出ていた貴族の名前を聞いてないですからね、照合ができないです。でも族長の代理として指名されているのなら、行かない訳にはいかないですし。そういう名目で招待しているのなら、変な事もしてこないと思いますし」

 リリアンは行く気のようだ。心配がないわけじゃない。でも彼女が助力を希望している訳でもないし、別に彼女と特別な関係でも何でもない俺には、それを止める権利も無い。結局今日は何も言えなかったし、下手すれば嫌われてたかもしれない……
 だから俺は今でもただの彼女の先輩なだけなんだ。
「……気を付けてな。心配するからな」
 それだけしか言えずにリリアンの頭をわしゃわしゃと撫でると、でもリリアンは少し嬉しそうな顔をした。


 結局、何もなくリリアンの家から帰って来た。
 薄暗い部屋の中、頭を振って大きなため息をつく。今日も色々な事がありすぎて頭ん中がごちゃごちゃしている。
 でも本当は……

 その夜はなかなか寝付く事が出来なかった。

====================

(メモ)
 茶会の招待(#40)
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