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新しい生活

52 彼女との距離/デニス(1)

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◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。灰狼族と言う銀毛の人狼の一族の出身。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・ラーシュ…獅子獣人の冒険者仲間。『獣使い』スキルの取得方法をデニスに教えた。

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 アランから「もう大丈夫」のお墨付きが出たのだから、リリアンを家まで送る必要はもう無い。今日リリアンとこうして夜道を歩いているのは、一緒にリリアンの家に向かっているのは別の理由だ。
 いや大丈夫と言われていても、女性が一人で夜道を歩くのが危険なのは変わらないだろう。だから守ってやればいいんだ。用心していた頃のように、彼女の肩を抱いて歩くのは、守ろうとしているからであって…… 下心とか、そんな気持ちがあるからじゃない…… はずだ……

 俺に肩を抱かれたリリアンは、別になんて事も無い様にいつも通りの彼女で。今日の『樫の木亭』のおススメメニューが美味しかっただとか、そんな話を俺にしている。

 初めてなんだろう?
 変な緊張をしているのは俺だけか?
 獣人は、あまりそういう事を気にしないのか?
 それとも…… 普通の顔をしてみせているだけなのか?


 かつて幽霊屋敷だったリリアンの新居の扉をくぐる。あのゴーレムは居ないのか、居ても奥に控えているのか、家の中はしんと静まり返っていた。
 正面に伸びる廊下に目をやると、あの時キスをしていたゴーレムとリリアンの姿が、そしてその後のリリアンの唇の感触が思い出されて、胸の奥で何かが跳ねた。

 リリアンは足を止めた俺に気づくと、振り返って「どうぞ」と廊下の先の居間へといざなった。あの日にちらと見た居間の家具はそのままで使っているようだが、ファブリックだけは変えたようで雰囲気は大分違って見える。

 勧められてソファーに腰掛けると、リリアンも俺のすぐ隣に腰を掛けた。彼女が体を少しこちらに向けると、短いキュロットから覗くその素足が俺の足に触れる。

 ……それだけで、もう目の前のリリアンの事しか考えられなくなった。
 俺の膝に手をつき、彼女が体を寄せてくる。もう片方の手に俺の手が取られ、そのまま彼女の方に引き寄せられる。彼女はそっと目をつむって……

 ああ、そのまま…… あの日の様に唇を……

 夢中で彼女の唇を追おうとしていた俺の視界の端に、何かの光が差し込んだ。驚いて視線を向けると、俺の手をとったリリアンの手が光を放って、すうと俺の手の方に消えていった。

「……リリアン…… 今のは?」
 リリアンはそれには答えずに、何かを確認するように俺の顔をじーっと見てから、顔をほころばせた。
「はい、これで終わりました。ちゃんと『獣使い』スキルついています」

「……へ?」
「どうかしたんですか?」
「……『獣使い』ってそんな簡単に取得できるのか?」
「ああ、ええと……正式にはもうちょっと複雑な儀式をするんですけれど、私は本当の巫女じゃないのでそこまでは知らないんですよねー」

 リリアンは気まずそうにそう言ったが、それは俺の思った事とは違う。
「儀式って何の事だ?」
 リリアンはきょとんとした顔で首を傾げた。
「その事じゃないんですか?」
「ラーシュはお前を……」
 いや、
「……お前とつがいになれば『獣使い』スキルを取得できるからって……」

 少しの間があり、リリアンの顔が赤くなっていき、耳と眉がへにゃりと垂れていくのがわかった。
「……つまり…… 私と……?」
 そう言いながら、両の手で頭を抑えて項垂うなだれるリリアンの姿を見て、しっかりと自分が間違っていた事を認識した。一人で空回りしていた事が、申し訳なくて、やけに恥ずかしい。

 この様子じゃあ、下心があったとは思っていなかったのだろう。せめて嫌われていないだろうかと不安で、でも声も掛けられずにいると、リリアンがぽつりと話し始めた。
「言ったのは……ラーシュさんなんですよね…… 金獅子きんじし族は力主義な種族です。他の種族に比べると巫女の存在意義が低いのでしょう。なので巫女に『獣使い』を付与する力があると知らなかったのかもしれません。だから、つがいになって……それで取得するしか無いと思ったのかもですが……」
「違ったんだな……」
 あいつめ…… 知らなかったとはいえ、危うく大変な事をしでかすところだった。

「金獅子族は一夫多妻制なんです。だから、特に男性側はつがいになる相手にそこまで深い条件を求めないのでしょう。自分に益のある相手と認めればつがいの相手に成り得るし、それは一人に限らないと。ラーシュさんもそのくらいのつもりでデニスさんに言ったんでしょうね……」
「……ええと、つまりどういう意味だ?」

 リリアンの顔の赤みは話すうちに落ち着いたようで、言い難そうに渋い顔で俺を見てから、また視線をらせた。
「……つまり、今『獣使い』を取得する為に私とつがいになっても、別に良い人が出来たらその人ともつがいになればいいのだからと、そのくらいの意味合いだと思います」
「いや! 俺はそんなつもりは……」
「わかっていますよ。デニスさんはそういう人じゃないと思いますし。それにをしなくても、もう『獣使い』は付与できましたから大丈夫ですよ」

 リリアンが何故か申し訳なさげに微笑んでみせながら大丈夫と言う姿に、なんとか嫌われずには済んだかと思えて少し安心した。
 だがラーシュめ…… 重ね重ねなんて事を…… 大きなため息をついて、今度は俺が頭を抱えた。

「……獣人って、皆そうなのか?」
「いいえ、種族によって違います。それと、いくら金獅子族が一夫多妻制だとしてもここは人間の国です。獣人の国での勝手とは違うという事も、ラーシュさんは理解しているはずです。ただ今回は相手が……私が人間でなくて獣人だったので、そういう事を言ったんでしょうね」
「……リリアンの一族もそうなのか?」
「まさかー、うちの一族は『普通』ですよ」
 その『普通』がわからんのだが…… 困惑してリリアンの顔を見ると、彼女は少し首を傾げた。

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(メモ)
 『獣使い』(#23)
 金獅子族(#20、#21)
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