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ドワーフの国へ
Ep.7 髪が乾くまで/シアン(1)
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「シアくん、今日もお願いしていいかなぁ?」
その言葉に「ああ」といつも通りに答えると、ルイの顔がぱあっと笑顔になる。
そのくらいは、まあいいんだが…… でもなあ……
まさかこの俺が、『モテすぎて困る』なんて悩みを抱える事になるとは思っていなかった。
普段から俺は、望まれなくともアッシュの身の回りの世話をしている。
別に俺がいないと出来ない事じゃあない。もし俺がやらなくても、アッシュは自分自身でやってしまうだろう。これは俺が好きで、やりたくてやっている事だ。
最近はルイとアレクにせがまれて雑事を教える場面が増えている。どうやら俺はそういった事が頼みやすい相手らしい。
女同士なんだしアッシュに聞いても良さそうなんだが…… いや、そのアッシュの身の回りの事を俺が引き受けているんだから、こうなるのは当然か。
二人の希望には『人に頼らず出来るようになりたい』というのも含まれている。まあ、それはむしろ良い事だし、意欲も尊重したい。
さらにそれに便乗して、サムもあれこれと俺に仕事を頼んでくる。頼み事自体は大した事じゃないし、サムも頼みっぱなしにするわけじゃねえ。それはそれで構わない。
でもそんなこんなで、何故だか女連中に引っ張りだこになっている。色恋沙汰って訳じゃねえが、こんなにモテるのは生まれて初めてだろう。
だが困ったことに、俺にとって一番肝心なアッシュにはモテてない。それどころか、逆に俺が忙しかろうと気遣ってか、敢えて声を掛けずに居てくれちまう。
今日もルイの髪を乾かしているうちに、アッシュの髪を乾かすタイミングを逃してしまった。
髪を乾かすには、洗濯物を乾かすのと同じ要領で火魔法と風魔法を使う。日常生活で使える程度の弱い魔法なら、大抵の者はそれなりに使えるし、使えなくても安価な魔法石でカバーする事ができる。
でもそれを人体に向けるとなると調整に気を使う。強すぎては怪我をするし、弱すぎても役に立たない。アレクはこの微調整がどうも苦手らしい。
さらにルイは全く魔力がないので、魔法石すら使えない。これじゃあ自分で髪を乾かす事もできねえ。
ここ数日はルイの髪を乾かしてみせながら、アレクにも加減を教えるような事をしていた。今日はアレクの熱心さに、彼女たちの部屋にいつもより長居をしてしまった。
その後でアッシュの部屋に行くと、すでに彼女の髪は乾いていた。自身でさっさと済ませちまったらしい。
悔しかった。
アッシュの髪を乾かすのは俺の仕事だ。あの人を、あの美しい髪を一人占め出来る時間はとても貴重なんだ。他の誰にも譲れない、俺だけの特権だと勝手に思ってる。
でも、皆との和を取り持つのはアッシュが望んでいる事でもある。
実際に俺がこうして皆の間に入っている事で、ルイとアレク、サムが仲良くなっているのも確かだ。こういう俺の働きを認めてくれて、喜んでくれるのもアッシュなんだ。
俺のワガママなんかよりも、彼女の希望を優先するのは当然じゃないか。
でもなあ。やっぱりアッシュを一人占めには、したいよなぁ……
そんな事を考えて、大きなため息が出た。
正直、俺は全く相手にされていない。
どんなに熱のこもった言葉を紡ごうと、『いつものおふざけ』としか受け取られない。
脈が全くないのだろうかと、心が折れそうになった時もある。
いやでも、そんなのは元から承知の上じゃあないか。
あの人に俺なんかは釣り合わないって。
あの人を幸せにできるのは、俺みたいなみっともないヤツじゃない。
あの人には、もっともっといいヤツがいるはずだ。
あの人につらい思いをさせてしまった分、あの人には幸せになってほしいんだ。
ああでも、参ったなぁ。
やっぱり好きなんだよな……
空を見上げてまたため息をつくと、星が呼応するように瞬いたように思えた。
アッシュの事を考えながら、星を眺める。諦めたい理由は見つけられずに、ただただ想いだけが募る。
あーあ、と誰に聞かせるでもない呟きを吐きながら、窓枠に乗せた腕にもたれて外を眺めると、暗闇に人影が見えた。
影の形と歩調だけで、今の今まで想っていた相手だとわかった。
「あいつ……こんな夜更けにまた一人で出掛けてたのかよ」
出掛ける時には誘ってくれと言っているのに、余計な気遣いをされてまともに取り合ってもらえない。
あんな美人を一人で夜歩きさせるなんて、もしも何かあったらどうするんだ。
急いで廊下に出て、皆を起こさぬよう静かに玄関に走った。
ロビーに出ると、丁度アッシュが玄関からそっと入ってきたところだった。
「ああ、シア。起きていたのか」
んなこた、どうでもいい。なんでこんな遅くに一人で出掛けてんだよ。
言いたい言葉を飲み込んで「飲んできたのか?」とだけ声をかけると、否定もせずに目を細めて僅かに笑みを見せた。
「大丈夫だ。酔うほどは飲んでいない」
そうは言っても、うわばみなアッシュの事だ。人並み以上には飲んでいるのだろう。
近づくとやけに強い酒精の匂いがした。
「全く……何故静かに飲ませてくれないのか……」
聞くと、酒場でナンパに捕まっていたらしい。なかなかにしつこいヤツで容易には逃れられなかったと。アッシュがなびかないと知ると、酒を浴びせ暴言を吐いて去っていったらしい。
それ以上何事も無くて良かったと、心からそう思った。
その言葉に「ああ」といつも通りに答えると、ルイの顔がぱあっと笑顔になる。
そのくらいは、まあいいんだが…… でもなあ……
まさかこの俺が、『モテすぎて困る』なんて悩みを抱える事になるとは思っていなかった。
普段から俺は、望まれなくともアッシュの身の回りの世話をしている。
別に俺がいないと出来ない事じゃあない。もし俺がやらなくても、アッシュは自分自身でやってしまうだろう。これは俺が好きで、やりたくてやっている事だ。
最近はルイとアレクにせがまれて雑事を教える場面が増えている。どうやら俺はそういった事が頼みやすい相手らしい。
女同士なんだしアッシュに聞いても良さそうなんだが…… いや、そのアッシュの身の回りの事を俺が引き受けているんだから、こうなるのは当然か。
二人の希望には『人に頼らず出来るようになりたい』というのも含まれている。まあ、それはむしろ良い事だし、意欲も尊重したい。
さらにそれに便乗して、サムもあれこれと俺に仕事を頼んでくる。頼み事自体は大した事じゃないし、サムも頼みっぱなしにするわけじゃねえ。それはそれで構わない。
でもそんなこんなで、何故だか女連中に引っ張りだこになっている。色恋沙汰って訳じゃねえが、こんなにモテるのは生まれて初めてだろう。
だが困ったことに、俺にとって一番肝心なアッシュにはモテてない。それどころか、逆に俺が忙しかろうと気遣ってか、敢えて声を掛けずに居てくれちまう。
今日もルイの髪を乾かしているうちに、アッシュの髪を乾かすタイミングを逃してしまった。
髪を乾かすには、洗濯物を乾かすのと同じ要領で火魔法と風魔法を使う。日常生活で使える程度の弱い魔法なら、大抵の者はそれなりに使えるし、使えなくても安価な魔法石でカバーする事ができる。
でもそれを人体に向けるとなると調整に気を使う。強すぎては怪我をするし、弱すぎても役に立たない。アレクはこの微調整がどうも苦手らしい。
さらにルイは全く魔力がないので、魔法石すら使えない。これじゃあ自分で髪を乾かす事もできねえ。
ここ数日はルイの髪を乾かしてみせながら、アレクにも加減を教えるような事をしていた。今日はアレクの熱心さに、彼女たちの部屋にいつもより長居をしてしまった。
その後でアッシュの部屋に行くと、すでに彼女の髪は乾いていた。自身でさっさと済ませちまったらしい。
悔しかった。
アッシュの髪を乾かすのは俺の仕事だ。あの人を、あの美しい髪を一人占め出来る時間はとても貴重なんだ。他の誰にも譲れない、俺だけの特権だと勝手に思ってる。
でも、皆との和を取り持つのはアッシュが望んでいる事でもある。
実際に俺がこうして皆の間に入っている事で、ルイとアレク、サムが仲良くなっているのも確かだ。こういう俺の働きを認めてくれて、喜んでくれるのもアッシュなんだ。
俺のワガママなんかよりも、彼女の希望を優先するのは当然じゃないか。
でもなあ。やっぱりアッシュを一人占めには、したいよなぁ……
そんな事を考えて、大きなため息が出た。
正直、俺は全く相手にされていない。
どんなに熱のこもった言葉を紡ごうと、『いつものおふざけ』としか受け取られない。
脈が全くないのだろうかと、心が折れそうになった時もある。
いやでも、そんなのは元から承知の上じゃあないか。
あの人に俺なんかは釣り合わないって。
あの人を幸せにできるのは、俺みたいなみっともないヤツじゃない。
あの人には、もっともっといいヤツがいるはずだ。
あの人につらい思いをさせてしまった分、あの人には幸せになってほしいんだ。
ああでも、参ったなぁ。
やっぱり好きなんだよな……
空を見上げてまたため息をつくと、星が呼応するように瞬いたように思えた。
アッシュの事を考えながら、星を眺める。諦めたい理由は見つけられずに、ただただ想いだけが募る。
あーあ、と誰に聞かせるでもない呟きを吐きながら、窓枠に乗せた腕にもたれて外を眺めると、暗闇に人影が見えた。
影の形と歩調だけで、今の今まで想っていた相手だとわかった。
「あいつ……こんな夜更けにまた一人で出掛けてたのかよ」
出掛ける時には誘ってくれと言っているのに、余計な気遣いをされてまともに取り合ってもらえない。
あんな美人を一人で夜歩きさせるなんて、もしも何かあったらどうするんだ。
急いで廊下に出て、皆を起こさぬよう静かに玄関に走った。
ロビーに出ると、丁度アッシュが玄関からそっと入ってきたところだった。
「ああ、シア。起きていたのか」
んなこた、どうでもいい。なんでこんな遅くに一人で出掛けてんだよ。
言いたい言葉を飲み込んで「飲んできたのか?」とだけ声をかけると、否定もせずに目を細めて僅かに笑みを見せた。
「大丈夫だ。酔うほどは飲んでいない」
そうは言っても、うわばみなアッシュの事だ。人並み以上には飲んでいるのだろう。
近づくとやけに強い酒精の匂いがした。
「全く……何故静かに飲ませてくれないのか……」
聞くと、酒場でナンパに捕まっていたらしい。なかなかにしつこいヤツで容易には逃れられなかったと。アッシュがなびかないと知ると、酒を浴びせ暴言を吐いて去っていったらしい。
それ以上何事も無くて良かったと、心からそう思った。
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