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王都へ帰る旅
37 迷惑と覚悟/ニール(2)
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◆登場人物紹介(既出のみ)
・ニール…主人公リリアンの友人で、冒険者見習いとして活動している自称田舎貴族の少年
・アラン…ニールのお供兼「冒険者の先生」をしている騎士
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
====================
振り返ると、もう一人の従兄殿が立っていた。内容が内容なので、目立たぬ場所を選んで話をしていたのに。偶然通りかかった訳ではないのだろう。
先程の不躾な方の従兄とは違って、兄である彼は同じ血が通っているとは思えぬ程の常識人だ。彼は俺たちの表情を見ると、その愛想笑いを取り払った。
「やっぱり…… また弟が何か言ったんだな……」
ため息をつきながら、そう零した。
これは、いい機会なのだろうか…… それとも……
アランの方に目を向けると、何か思うような目で真っすぐに彼の方を見ている。
「実は……」
と、アランは一度も俺の方を見ずに口を開いた。
アランはあくまでも自分の知っている話しかしなかった。世話になっているギルドに探し人の照会が来た事。それに該当する女性がアランの友人である事。そういった貴族からの照会で対象が女性であった場合、過去に事件に繋がった例も多く、マスターに警戒をするように促された事。そして、その照会をしたのが彼の弟であると先程判明して困惑している、と……
一通り話が終わると、従兄殿はふむと口許に手を当てて考え込んだ。
「……その『事件』とは、どういう……?」
「聞いた話でしかありませんが、貴族が町で見かけて気に入った庶民の女性を……無理矢理手込めにするような事があったそうです。拒んで勾引かされた例もあると……」
それを聞いて従兄殿は明らかに眉をしかめた。
「……確かに、そういう事があったのなら、警戒をするのも当然だろう。正直、自分の弟の事を悪くは思いたくないが…… しかし、弟が女性に対して特別な興味を示しているのも確かではある。私の方から話をして、少なくとも強引な手筈を取るような事はさせないと約束しよう。だが普通に食事や茶会などに招待するのならば、問題は無いのだろう?」
「……先方は庶民の女性ですので、全く問題は無いとは言いきれませんが…… 例がない訳ではありませんので、可能ではあるかと……」
そういえば先日、冒険者でも貴族の家に呼ばれる事があると、マーニャさんから聞いた。その事を言っているのだろう。
「ならばその女性と会いたいのなら、そういう形をとらせるようにしよう。それでもまだ何かあるようなら、私に連絡をしてくれ」
それを聞いて、アランは深く頭を下げた。
「大丈夫だよ。君の友人について、もうそういった心配は無いようにしよう」
従兄殿はそうアランにだけ言うと、ちらとだけ俺に目線を寄越して立ち去った。
ようやく俺は…… もしもの為にアランが自身の事であるような話し方をしてくれていた事。それをわかっていて、敢えて従兄殿もそう対応してくれた事に、気が付いた。
* * *
気分の悪い勉強会から帰り、家で少し遅めの昼食を取った。その席で、アランからデニスさんの不在の理由を聞いた。
デニスさんたちと行ったクエストが、俺たちの為でもあった事。その所為で目立ってしまったデニスさんが、どうやら貴族に無理難題を押し付けられそうになり、しばらく身を隠す事にしたらしいと。
ああ俺は、デニスさんにも、リリアンにも…… 皆にも……
「迷惑をかけていると、そう思いましたか?」
俺の考えを見透かす様に、アランが言った。それに答える事も出来ず、ただ歯を食いしばってアランを見た。
「正直、私もそれを思いました…… でも、デニスさんを当てにして、貴方の育成に巻き込んだのは私です。それを決めた時には既に迷惑をかける覚悟はあったはずなんです。今更後悔など、しても何もならない。だから後悔するよりも、前に進んで成果を出さないと……」
「でも、俺は…… リリアンやミリアさんを巻き込む覚悟なんてしていない……」
「……厳しい事を言う様ですが。中傷や厄介事を避けて王都を離れられたお母様の方針に逆らって、貴方が王都に出てきた時点で、こういった厄介事を背負う事はわかっていたはずです」
そう言われて…… 何も否定は出来なかった……
そうだ、そんなものは払拭してやるんだと、そう思って王都に来ることを選んだのは自分だったじゃないか。俺の…… 考えが甘かっただけなんだ……
「とはいえ、今回の事についてはあの方に問題があるだけです。貴方が覚悟していようがしていまいが、あの方の良識がない限りこれに近い問題は遅かれ早かれ発生したでしょう。後はあの兄上様が良い対処をしてくれるのを期待しましょう」
俺の覚悟は…… 皆に掛けている迷惑には、全然釣り合っていなかった。払拭しないといけないのは、俺の甘さだ。そして、前に進むんだ。
* * *
『樫の木亭』の手伝いの前に、まだ時間があったので冒険者ギルドに出向いた。アランと共に西のギルドの入り口をくぐると、受付のカナリアさんが声を掛けてきた。
「こんにちは。アランさん、デニスさんが戻られましたよ」
「ああ、それは良かった。今はどちらに?」
アランが明らかにほっとした表情をする。
「今はギルドマスターと話をされています。リリアンさんも一緒です」
「え?リリアンも帰って来たのか?」
「はい、デニスさんと一緒に」
……どういう事だろう?
そう思っていると、俺たちの後ろから『樫の木亭』店主のトムさんが入って来た。
「トムさん、マスターが応接室でお待ちです」
カナリア嬢からそう声が上がった。トムさんは、ああと返事をすると俺の姿を認めて、
「ニール君、少し用があって店に戻れないのだ。もし時間が取れたらでいいのだが、早めに手伝いに入ってはもらえないか?」
「あ…… はい、わかりました。これからすぐに行きます」
「すまないな。本当に助かる」
そう言うと、トムさんは慌てた様にギルドの奥に入っていった。
さっき、ギルドマスターはデニスさんとリリアンと話をしていると聞いていたけれど。そこにトムさんも……? いったい何があったのだろう?
アランの顔を見ると、俺と同じように思ったらしい。どうにも納得できないような表情をしていた。
「……今は『樫の木亭』の手伝いをするのが優先ですね。もうこんな時間ですし」
確かに、本当なら夕飯の支度に忙しい時間だ。この疑問の答えは、後でデニスさんにでも聞かせてもらえるだろうか。そう思いながら『樫の木亭』へ足を向けた。
・ニール…主人公リリアンの友人で、冒険者見習いとして活動している自称田舎貴族の少年
・アラン…ニールのお供兼「冒険者の先生」をしている騎士
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
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振り返ると、もう一人の従兄殿が立っていた。内容が内容なので、目立たぬ場所を選んで話をしていたのに。偶然通りかかった訳ではないのだろう。
先程の不躾な方の従兄とは違って、兄である彼は同じ血が通っているとは思えぬ程の常識人だ。彼は俺たちの表情を見ると、その愛想笑いを取り払った。
「やっぱり…… また弟が何か言ったんだな……」
ため息をつきながら、そう零した。
これは、いい機会なのだろうか…… それとも……
アランの方に目を向けると、何か思うような目で真っすぐに彼の方を見ている。
「実は……」
と、アランは一度も俺の方を見ずに口を開いた。
アランはあくまでも自分の知っている話しかしなかった。世話になっているギルドに探し人の照会が来た事。それに該当する女性がアランの友人である事。そういった貴族からの照会で対象が女性であった場合、過去に事件に繋がった例も多く、マスターに警戒をするように促された事。そして、その照会をしたのが彼の弟であると先程判明して困惑している、と……
一通り話が終わると、従兄殿はふむと口許に手を当てて考え込んだ。
「……その『事件』とは、どういう……?」
「聞いた話でしかありませんが、貴族が町で見かけて気に入った庶民の女性を……無理矢理手込めにするような事があったそうです。拒んで勾引かされた例もあると……」
それを聞いて従兄殿は明らかに眉をしかめた。
「……確かに、そういう事があったのなら、警戒をするのも当然だろう。正直、自分の弟の事を悪くは思いたくないが…… しかし、弟が女性に対して特別な興味を示しているのも確かではある。私の方から話をして、少なくとも強引な手筈を取るような事はさせないと約束しよう。だが普通に食事や茶会などに招待するのならば、問題は無いのだろう?」
「……先方は庶民の女性ですので、全く問題は無いとは言いきれませんが…… 例がない訳ではありませんので、可能ではあるかと……」
そういえば先日、冒険者でも貴族の家に呼ばれる事があると、マーニャさんから聞いた。その事を言っているのだろう。
「ならばその女性と会いたいのなら、そういう形をとらせるようにしよう。それでもまだ何かあるようなら、私に連絡をしてくれ」
それを聞いて、アランは深く頭を下げた。
「大丈夫だよ。君の友人について、もうそういった心配は無いようにしよう」
従兄殿はそうアランにだけ言うと、ちらとだけ俺に目線を寄越して立ち去った。
ようやく俺は…… もしもの為にアランが自身の事であるような話し方をしてくれていた事。それをわかっていて、敢えて従兄殿もそう対応してくれた事に、気が付いた。
* * *
気分の悪い勉強会から帰り、家で少し遅めの昼食を取った。その席で、アランからデニスさんの不在の理由を聞いた。
デニスさんたちと行ったクエストが、俺たちの為でもあった事。その所為で目立ってしまったデニスさんが、どうやら貴族に無理難題を押し付けられそうになり、しばらく身を隠す事にしたらしいと。
ああ俺は、デニスさんにも、リリアンにも…… 皆にも……
「迷惑をかけていると、そう思いましたか?」
俺の考えを見透かす様に、アランが言った。それに答える事も出来ず、ただ歯を食いしばってアランを見た。
「正直、私もそれを思いました…… でも、デニスさんを当てにして、貴方の育成に巻き込んだのは私です。それを決めた時には既に迷惑をかける覚悟はあったはずなんです。今更後悔など、しても何もならない。だから後悔するよりも、前に進んで成果を出さないと……」
「でも、俺は…… リリアンやミリアさんを巻き込む覚悟なんてしていない……」
「……厳しい事を言う様ですが。中傷や厄介事を避けて王都を離れられたお母様の方針に逆らって、貴方が王都に出てきた時点で、こういった厄介事を背負う事はわかっていたはずです」
そう言われて…… 何も否定は出来なかった……
そうだ、そんなものは払拭してやるんだと、そう思って王都に来ることを選んだのは自分だったじゃないか。俺の…… 考えが甘かっただけなんだ……
「とはいえ、今回の事についてはあの方に問題があるだけです。貴方が覚悟していようがしていまいが、あの方の良識がない限りこれに近い問題は遅かれ早かれ発生したでしょう。後はあの兄上様が良い対処をしてくれるのを期待しましょう」
俺の覚悟は…… 皆に掛けている迷惑には、全然釣り合っていなかった。払拭しないといけないのは、俺の甘さだ。そして、前に進むんだ。
* * *
『樫の木亭』の手伝いの前に、まだ時間があったので冒険者ギルドに出向いた。アランと共に西のギルドの入り口をくぐると、受付のカナリアさんが声を掛けてきた。
「こんにちは。アランさん、デニスさんが戻られましたよ」
「ああ、それは良かった。今はどちらに?」
アランが明らかにほっとした表情をする。
「今はギルドマスターと話をされています。リリアンさんも一緒です」
「え?リリアンも帰って来たのか?」
「はい、デニスさんと一緒に」
……どういう事だろう?
そう思っていると、俺たちの後ろから『樫の木亭』店主のトムさんが入って来た。
「トムさん、マスターが応接室でお待ちです」
カナリア嬢からそう声が上がった。トムさんは、ああと返事をすると俺の姿を認めて、
「ニール君、少し用があって店に戻れないのだ。もし時間が取れたらでいいのだが、早めに手伝いに入ってはもらえないか?」
「あ…… はい、わかりました。これからすぐに行きます」
「すまないな。本当に助かる」
そう言うと、トムさんは慌てた様にギルドの奥に入っていった。
さっき、ギルドマスターはデニスさんとリリアンと話をしていると聞いていたけれど。そこにトムさんも……? いったい何があったのだろう?
アランの顔を見ると、俺と同じように思ったらしい。どうにも納得できないような表情をしていた。
「……今は『樫の木亭』の手伝いをするのが優先ですね。もうこんな時間ですし」
確かに、本当なら夕飯の支度に忙しい時間だ。この疑問の答えは、後でデニスさんにでも聞かせてもらえるだろうか。そう思いながら『樫の木亭』へ足を向けた。
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