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獣人の国
Ep.4 朝の鍛錬/(1)
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今朝はやけに早く目が覚めた。王城に居た頃にも朝の鍛錬はしていたが、ここまで朝早く起きていた訳ではない。おそらく慣れぬ環境に緊張しているのだろう。
陽はまだまだ低いが、外はもう朝の明るさを取り戻している。皆はまだ休んでいるだろうし、もう少しゆっくりしていてもいいのだろうが、そういう気分にもなれず、着替えて外に出た。
水を使おうと宿の裏に回ると、水場で頭から水を被っている者がいた。顔を洗っているにしては大袈裟過ぎるその行動に、笑いそうになりながら声をかける。
「おはよう、早いな」
その栗毛の短髪を濡らしたまま軽く顔をあげたシアは、一瞬だがいつものふざけた表情ではない、戦いの時に見せる真面目な顔をしていた。
が、すぐに崩れた。
「ああ、おはよう。っと、すまない、すぐ終わる」
見ると濡れているのは髪だけではない。服も濡れている。いや、あれは汗か? 自分の視線に気付いたのか、シアは濡らしたタオルで体を拭きながら笑って言った。
「朝からボスのシゴキが厳しくてさー」
成程。二人とも、既に起きていたのか。
「君たちは仲が良いな…… もしかして恋人同士なのか?」
そう聞くと、シアは笑って頭を掻きながら、
「だったら嬉しいけどなあ。でもあいつに俺みたいなみっともねぇ男は釣り合わないだろう?」
でも後半はちょっと気まずそうに言った。
「この一行に選ばれているのだ、そんな風に自分を卑下することはないんじゃないか?」
「いや、俺は本当は選ばれるようなデキるヤツじゃないんだ。でも選んでもらえた事には本当に感謝している。俺みたいなヤツが皆の役にたてるって事も嬉しい」
真摯な言葉に感心したところで、彼の表情がいつもの様子に変わった。
「それに、こうして毎日あいつと一緒に居られると思うと、もうたまんねえ。昨日もこうして一つ屋根の下で一緒に寝ているとか。もう一緒の部屋で寝ているのと殆ど変わらないよな! いや、これはもう一緒に寝ていると言っても同じ……」
「それじゃあまるでお前と一緒のベッドにでも寝ているような言い方だな」
少し離れた所から澄んだ声が飛んできた。シアの声が少し大きくなっていたので、しっかりと聞こえていたらしい。その長い髪を僅かに汗で湿らせた彼女は、目を細めて少し可笑しそうに微笑んでいた。
「俺は大歓迎だぜ。なんなら次の宿からは一緒のベッドで寝ないか?」
なかなかに大胆なシアの発言に少し驚いたが、彼女は動じもせず、少し首を傾げて、
「野営の時にはいつも隣で寝ているだろうに。それにさっきの話だと、私だけでなく皆と一緒に寝ている事になるぞ」
そう揶揄うように彼女が言うと、それとは全然違えんだけどなーと頭を掻きながら拗ねたような顔をして見せる。
その二人の様子が可笑しくて微笑ましくて、つい吹き出しそうになり、口元に手を当てた。
「おはよう、早いな」
笑いを堪えながらそう挨拶をすると、彼女はちょっと不思議そうな顔をして応えた。
「おはよう。どうも朝から体を動かさないと落ち着かなくてな」
部屋で汗を流してくる。彼女がそういって宿の裏口に向かうと、俺が背中を流そうか?などと言いながら、シアが後を追っていく。
あの二人はいつもあのような感じなのだろうか。自分とアレクの関係とも全然違う。でも不思議と羨ましいような気持ちが沸いた。
と、宿に入りかけたシアがこっちを向いて声をあげた。
「そうだ。朝食の前に洗濯しちまうんで、汚れ物あったら出しといて」
突然の話に、ああと少し戸惑いながら答えると、彼は笑って手を振って行ってしまった。
そうだ。王城に居た頃とは違う。そういった事も自分たちでやらなければいけないのだ。当たり前の事なのに、気付けもしなかった事が恥ずかしく思えた。
この町に来る道程でも休憩や昼食の時には、あの二人が場を作り支度をしてくれた。自分にはそういう経験や知識はほぼ無い。冒険者の真似事をしていた頃も、行ったクエストは近場のものばかりだったし、皆にくっついて行っただけで、自分の世話までも誰かにやってもらっていた。それが当たり前だった。
この一行に冒険者が加わっているのは、民衆のご機嫌とりの様なものだと聞かされていた。貴族たちはその事が面白くないらしい。重要な旅に卑しい冒険者を同行させる必要は無い、と反対をする声も少なくはない。でも本当に彼らがいなくても、私たちは旅ができるのだろうか?
少しだけ体をほぐして部屋に戻る途中で、またシアと会った。
彼は自分の洗濯物を持って自室から出てきたところで、丁度良かったと言いながら私にも洗濯物を出す様に促した。
そのまま他の一行の部屋のドアを順に叩き、声を掛けるつもりらしい。気づけば朝食の支度の良い匂いが宿中に漂っている。皆も起きている頃だろう。
「すまない。次は私がやろう」
そう声をかけて手渡すと、「ああ、頼むぜ」と笑って応えた。
洗濯はあの二人でやっていたようで、それもいつもの事らしい。手洗いした後で風魔法と火魔法で乾かしているのだそうだ。朝食が終わるとすぐに、綺麗に畳まれたものがそれぞれの部屋に届けられた。
ルイがしきりと申し訳無いと口にしていて、シアにやり方を教えてほしいと頼み込んでいた。ルイの故郷のやり方とは大分違うそうだ。私も洗濯など自分でした事はないので、教わらないといけないな。
昨日もだが、シアの人当たりの良さに大分助けられている。この様子だとシアがルイの助けになってくれそうだ。
……正直、あの任は私には重すぎる。シアには申し訳ないが、そうなってくれればどれ程有り難いかと願ってしまう。
陽はまだまだ低いが、外はもう朝の明るさを取り戻している。皆はまだ休んでいるだろうし、もう少しゆっくりしていてもいいのだろうが、そういう気分にもなれず、着替えて外に出た。
水を使おうと宿の裏に回ると、水場で頭から水を被っている者がいた。顔を洗っているにしては大袈裟過ぎるその行動に、笑いそうになりながら声をかける。
「おはよう、早いな」
その栗毛の短髪を濡らしたまま軽く顔をあげたシアは、一瞬だがいつものふざけた表情ではない、戦いの時に見せる真面目な顔をしていた。
が、すぐに崩れた。
「ああ、おはよう。っと、すまない、すぐ終わる」
見ると濡れているのは髪だけではない。服も濡れている。いや、あれは汗か? 自分の視線に気付いたのか、シアは濡らしたタオルで体を拭きながら笑って言った。
「朝からボスのシゴキが厳しくてさー」
成程。二人とも、既に起きていたのか。
「君たちは仲が良いな…… もしかして恋人同士なのか?」
そう聞くと、シアは笑って頭を掻きながら、
「だったら嬉しいけどなあ。でもあいつに俺みたいなみっともねぇ男は釣り合わないだろう?」
でも後半はちょっと気まずそうに言った。
「この一行に選ばれているのだ、そんな風に自分を卑下することはないんじゃないか?」
「いや、俺は本当は選ばれるようなデキるヤツじゃないんだ。でも選んでもらえた事には本当に感謝している。俺みたいなヤツが皆の役にたてるって事も嬉しい」
真摯な言葉に感心したところで、彼の表情がいつもの様子に変わった。
「それに、こうして毎日あいつと一緒に居られると思うと、もうたまんねえ。昨日もこうして一つ屋根の下で一緒に寝ているとか。もう一緒の部屋で寝ているのと殆ど変わらないよな! いや、これはもう一緒に寝ていると言っても同じ……」
「それじゃあまるでお前と一緒のベッドにでも寝ているような言い方だな」
少し離れた所から澄んだ声が飛んできた。シアの声が少し大きくなっていたので、しっかりと聞こえていたらしい。その長い髪を僅かに汗で湿らせた彼女は、目を細めて少し可笑しそうに微笑んでいた。
「俺は大歓迎だぜ。なんなら次の宿からは一緒のベッドで寝ないか?」
なかなかに大胆なシアの発言に少し驚いたが、彼女は動じもせず、少し首を傾げて、
「野営の時にはいつも隣で寝ているだろうに。それにさっきの話だと、私だけでなく皆と一緒に寝ている事になるぞ」
そう揶揄うように彼女が言うと、それとは全然違えんだけどなーと頭を掻きながら拗ねたような顔をして見せる。
その二人の様子が可笑しくて微笑ましくて、つい吹き出しそうになり、口元に手を当てた。
「おはよう、早いな」
笑いを堪えながらそう挨拶をすると、彼女はちょっと不思議そうな顔をして応えた。
「おはよう。どうも朝から体を動かさないと落ち着かなくてな」
部屋で汗を流してくる。彼女がそういって宿の裏口に向かうと、俺が背中を流そうか?などと言いながら、シアが後を追っていく。
あの二人はいつもあのような感じなのだろうか。自分とアレクの関係とも全然違う。でも不思議と羨ましいような気持ちが沸いた。
と、宿に入りかけたシアがこっちを向いて声をあげた。
「そうだ。朝食の前に洗濯しちまうんで、汚れ物あったら出しといて」
突然の話に、ああと少し戸惑いながら答えると、彼は笑って手を振って行ってしまった。
そうだ。王城に居た頃とは違う。そういった事も自分たちでやらなければいけないのだ。当たり前の事なのに、気付けもしなかった事が恥ずかしく思えた。
この町に来る道程でも休憩や昼食の時には、あの二人が場を作り支度をしてくれた。自分にはそういう経験や知識はほぼ無い。冒険者の真似事をしていた頃も、行ったクエストは近場のものばかりだったし、皆にくっついて行っただけで、自分の世話までも誰かにやってもらっていた。それが当たり前だった。
この一行に冒険者が加わっているのは、民衆のご機嫌とりの様なものだと聞かされていた。貴族たちはその事が面白くないらしい。重要な旅に卑しい冒険者を同行させる必要は無い、と反対をする声も少なくはない。でも本当に彼らがいなくても、私たちは旅ができるのだろうか?
少しだけ体をほぐして部屋に戻る途中で、またシアと会った。
彼は自分の洗濯物を持って自室から出てきたところで、丁度良かったと言いながら私にも洗濯物を出す様に促した。
そのまま他の一行の部屋のドアを順に叩き、声を掛けるつもりらしい。気づけば朝食の支度の良い匂いが宿中に漂っている。皆も起きている頃だろう。
「すまない。次は私がやろう」
そう声をかけて手渡すと、「ああ、頼むぜ」と笑って応えた。
洗濯はあの二人でやっていたようで、それもいつもの事らしい。手洗いした後で風魔法と火魔法で乾かしているのだそうだ。朝食が終わるとすぐに、綺麗に畳まれたものがそれぞれの部屋に届けられた。
ルイがしきりと申し訳無いと口にしていて、シアにやり方を教えてほしいと頼み込んでいた。ルイの故郷のやり方とは大分違うそうだ。私も洗濯など自分でした事はないので、教わらないといけないな。
昨日もだが、シアの人当たりの良さに大分助けられている。この様子だとシアがルイの助けになってくれそうだ。
……正直、あの任は私には重すぎる。シアには申し訳ないが、そうなってくれればどれ程有り難いかと願ってしまう。
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