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獣人の国

17 黒の森の王/(1)

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 金狐きんこ族は神仕えの一族だ。獣人のうちでも特に神に近いと言われている場所に住み、大きな神殿で獣人の神をまつっている。それは森の奥深くにあり、そこへ行く為には獣人たちの背よりも遥かに高い木々の間に作られた林道を抜けなくてはならない。

 その林道を二人の獣人が歩いていた。
 木々のお陰で日差しはやわらいでいるとはいえ、一人はこの暑い季節に深いフードの付いたマントを羽織ってるのが、いささか異様にも見える。
 もう一人は銀髪に銀の耳と尾を備えたまだ若き青年だ。彼はこの季節にあった涼し気で、しかし品格のうかがえる麻の服を着ている。
 端から見ると、身分のある者とその付き人とでも見えるだろう。

 金狐族の門番は一瞥いちべつして彼らを通した。
 同族でない事はすぐにわかったが、灰狼かいろう族は敵ではなく警戒する理由はない。他種族の者が神殿に参拝に来るのも珍しい事ではなかった。

 二人はそのまま集落の中央にある一番大きな神殿に向かった。入ってすぐの場所に据えられている参拝者の為の祭壇を無視し、そのまま拝殿に上がる。

 奥にある祭壇の部屋から出てきた金狐族の巫女は、おやおやと口元を袖で隠しながら二人を出迎えた。
「これは…… 灰狼族の坊主ではないか。何用かな?」
 巫女の言葉に、銀髪の青年は軽く愛想笑いで応えた。
「先日、灰狼族の長を継ぎましたカイルと申します。どうぞお見知り置きください」
 銀髪の少年がそう挨拶すると、金狐族の巫女は慌てて低頭した。

 獣人にはそれぞれ種族同士での力関係があり、この辺りの地では灰狼族の格が一番高いのだ。
 ただの狼獣人相手であれば、神に仕える身である金狐族の巫女がこうべを垂れる道理はない。しかし、相手が族長であるならばそうはいかない。機嫌を害すれば一族の存続にも関わりかねないのだ。

 それに気づいた侍女が慌てて、バタバタと大きな足音をさせて拝殿から出ていった。おそらく金狐族の長を呼びに行ったのだろう。

 もう一人の来訪者が深く被っていたフードを外すと、長い黒髪と黒狼の耳が現れた。
「そちらは灰狼族の巫女殿でしょうか?」
 獣人にとって黒毛は神の恩寵おんちょうの証だ。金孤族の巫女がそう思うのも当然の事だが、カイルはそれを否定した。
「いいえ、私の妹です。この度は『黒の森の王』にご神託をたまわりたく参りました」

「わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、それは難しいかと」
 入口の方から、強く張りのある男性の声がした。
ご挨拶が遅れました。金狐族の長のエメリヤです。灰狼の族長とお聞きしておりますが」

 金の耳と尾を持つ金狐族の族長がわざと『大変』を強く言ったのは、族長に挨拶もせずに直接神殿に上がった事に対しての嫌味であろう。
「失礼をしております。カイルと申します。こちらは妹のリリアンです」
 自身の親程に年上の者の言葉を、カイルはえて流した。黒髪の少女はわずかに眉間にしわをよせたが、何も言わずに兄の隣で浅く会釈をした。

「我らが神はもう15年、神託を下しておりません。常に君に仕え尽くしている金狐族にならともかく、いくら格が高いとはいえ、神の社も持たない野蛮な灰狼族に、君が神託を下されるとは思えませんが」

 エメリヤはカイルの事を見縊みくびっていた。
 族長と言うが、所詮しょせんは成人したばかりの小童こわっぱだ。どんな絡繰からくりかは知らぬが、族長を継いだと言うのも形だけのものか何かであろう。まさかカイルが成人前に前族長の背を地に付けたとは、思いもしていないのだ。

 その時、どこからかりんとした男性の声が響いた。

『その者たちを通してはくれまいか?』

 それは15年ぶりの神託だった。

 その声に金狐の族長が慌てて膝を突く。遅れて、金狐の巫女と侍女たちが、頭を地にこすり付ける。
 今、その場に平然と立っているのは、狼獣人の二人だけだった。

 黒狼の少女はそんな狐たちには目もくれず、軽い足取りで奥の部屋へ歩み進んだ。
「では、失礼しますね」
 狼の若き族長は何事もなかったように言い放ち、妹の後に続いた。
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