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第九章
9-10 邂逅
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「あ……あなたは?」
「貴女様の父上に仕えていた者です」
アリアちゃんの不安そうな問いにそう答えてから、彼がもう一度深く頭を下げると、フードの裾から僕のと同じような獣の尾がふさりと見えた。
フードの人物が言う『父上』って、ジャウマさんたちのことじゃあないよな。あの3人とアリアちゃんの間に、血の繋がりは無いのだと聞いていた。それならばアリアちゃんの父親は別にいるのだろう。
城に住んでいたことを知った辺りから、彼女がただならぬ身分の方ではないかと、そう思っていた。だから彼がアリアちゃんを『姫』と呼んだこと自体には、さほど驚きはしなかった。僕らは『神魔族』だ。その『神魔族』の『姫』の父親ということは……
「何かあったのか?」
セリオンさんの声がして振り返った。
見るとセリオンさんだけでなく、ジャウマさん、ヴィーさんもあの部屋から出てきている。こちらの話し声が聞こえたんだろう。
目の前にいるフードの人物は3人の方をを見ると、弾けたように声をあげた。
「ああ、セリオン様! 貴方様もいらっしゃったんですね!」
名を呼ばれたセリオンさんは、彼の方に眼鏡越しの視線を向けると静かな声で言う。
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
「申し訳ありません。つい気が急いてしまいまして……」
フードの人物はそう言いながら立ち上がると、顔を隠しているフードに両の手を掛けた。
「あの頃から、色々とありまして…… その…… だいぶ、雰囲気が変わってしまっていると思いますが……」
何やら言い訳じみたことを口にしながら、フードを取り払う。フードの下にあったのは毛の生えた獣の耳と、捻じ曲がった2本の角だ。
「これでお分かりいただけますでしょうか?」
そう言って僕らの方に向けて顔を上げたのは、以前ギガントロックドラゴンのダンジョンで会った、キメラの獣人だった。
「!!」
緊張が走る。
ヴィーさんとジャウマさんが身構え、クーも身を低くしてキメラの獣人を睨みつけた。遅れて僕もアリアちゃんを守る様に両の手に抱える。同時にいつでも結界を張れるように魔力を貯めた。
ただ、セリオンさんだけは彼の様子を静かに眺めている。そして何かに気付いたように軽く頷くと、口を開いた。
「君はもしや、フータくんか」
その言葉に、少し不安げだったキメラの獣人の表情がぱあっと明るくなる。
「そうです。フータです! 覚えてくださっていて嬉しいです!」
それから、警戒している僕らを見回して、また困ったように表情を曇らせた。
「あああ、この醜い姿に驚かれたのでしょう。申し訳ありません、申し訳ありません」
僕らは彼の姿を醜いと思って警戒したわけではない。でも彼には思い当たる節はないようだ。
確かに、彼の姿はあの時のキメラの獣人と同じなのに、雰囲気は全く違う。あの獣人はやたらと威圧的な様子だったのに、今の彼はむしろ人の好いおにいさんという感じだ。別人なんだろうか。
「フ、フータ様。彼らに貴方のお姿を見せてしまってよいのでしょうか?」
フータと名乗るキメラ獣人の後ろから、今まで黙っていた神官長が遠慮がちに尋ねた。
「いいのです。こちらの方々は私の主のご息女と、同郷の者たちです」
それを聞いた神官長は、慌てて僕らに頭を下げた。
「どうやら、敵ではなさそうだな」
ジャウマさんがそう言うと、ヴィーさんも攻撃体勢を崩す。それを見て、僕もアリアちゃんを庇う腕を緩めた。場の緊張は一気にほぐれた。
「セリオンは彼を知っているのか?」
「ああ。城の図書室の司書だ」
「はい、セリオン様が魔導書を探して図書室にいらっしゃった時に、何度かお手伝いをさせていただきました」
ジャウマさんとセリオンさんのやりとりに、フータさんは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「俺は知らねえぞ」
「お前は本を読まないからな。図書室には行かないだろう」
セリオンさんに冷たく言われ、ヴィーさんは不満そうに口を曲げた。
「ああ、良かった。同郷の者たち会えたのは本当に久しぶりです」
フータさんは、ほっとしたようにそう言うと、今度は神官長の方を向いて言った。
「席を外しなさい」
それはお願いではなく、命令だ。少なくとも、フータさんは神官長よりも偉い立場だということだ。
「え? ですが……」
「私はこちらの方々と話すことがあります。席を外しなさい。こちらの御方は、とても高貴な方なのですよ」
そう、アリアちゃんを見て言った。
ザネリーさんは、もう一度僕らを見ると、黙って礼をして部屋を出ていった。
「失礼いたしました」
扉が閉まると、フータさんはそう言って、また額を床に擦り付けるほどに頭を垂れた。
「その姿…… いったい貴方に何があったのですか?」
セリオンさんが尋ねる。以前知っていたフータさんは、こんな姿ではなかったのだろう。彼も自分で自分の姿を『醜い』と称していた。
「もう何百年も前のことになるんですね」
フータさんはそう言って、懐かしそうに、そして悲しそうに目を細める。
「魔王様が亡くなられたあの日、私は家族と、全てを失ったのです」
「貴女様の父上に仕えていた者です」
アリアちゃんの不安そうな問いにそう答えてから、彼がもう一度深く頭を下げると、フードの裾から僕のと同じような獣の尾がふさりと見えた。
フードの人物が言う『父上』って、ジャウマさんたちのことじゃあないよな。あの3人とアリアちゃんの間に、血の繋がりは無いのだと聞いていた。それならばアリアちゃんの父親は別にいるのだろう。
城に住んでいたことを知った辺りから、彼女がただならぬ身分の方ではないかと、そう思っていた。だから彼がアリアちゃんを『姫』と呼んだこと自体には、さほど驚きはしなかった。僕らは『神魔族』だ。その『神魔族』の『姫』の父親ということは……
「何かあったのか?」
セリオンさんの声がして振り返った。
見るとセリオンさんだけでなく、ジャウマさん、ヴィーさんもあの部屋から出てきている。こちらの話し声が聞こえたんだろう。
目の前にいるフードの人物は3人の方をを見ると、弾けたように声をあげた。
「ああ、セリオン様! 貴方様もいらっしゃったんですね!」
名を呼ばれたセリオンさんは、彼の方に眼鏡越しの視線を向けると静かな声で言う。
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
「申し訳ありません。つい気が急いてしまいまして……」
フードの人物はそう言いながら立ち上がると、顔を隠しているフードに両の手を掛けた。
「あの頃から、色々とありまして…… その…… だいぶ、雰囲気が変わってしまっていると思いますが……」
何やら言い訳じみたことを口にしながら、フードを取り払う。フードの下にあったのは毛の生えた獣の耳と、捻じ曲がった2本の角だ。
「これでお分かりいただけますでしょうか?」
そう言って僕らの方に向けて顔を上げたのは、以前ギガントロックドラゴンのダンジョンで会った、キメラの獣人だった。
「!!」
緊張が走る。
ヴィーさんとジャウマさんが身構え、クーも身を低くしてキメラの獣人を睨みつけた。遅れて僕もアリアちゃんを守る様に両の手に抱える。同時にいつでも結界を張れるように魔力を貯めた。
ただ、セリオンさんだけは彼の様子を静かに眺めている。そして何かに気付いたように軽く頷くと、口を開いた。
「君はもしや、フータくんか」
その言葉に、少し不安げだったキメラの獣人の表情がぱあっと明るくなる。
「そうです。フータです! 覚えてくださっていて嬉しいです!」
それから、警戒している僕らを見回して、また困ったように表情を曇らせた。
「あああ、この醜い姿に驚かれたのでしょう。申し訳ありません、申し訳ありません」
僕らは彼の姿を醜いと思って警戒したわけではない。でも彼には思い当たる節はないようだ。
確かに、彼の姿はあの時のキメラの獣人と同じなのに、雰囲気は全く違う。あの獣人はやたらと威圧的な様子だったのに、今の彼はむしろ人の好いおにいさんという感じだ。別人なんだろうか。
「フ、フータ様。彼らに貴方のお姿を見せてしまってよいのでしょうか?」
フータと名乗るキメラ獣人の後ろから、今まで黙っていた神官長が遠慮がちに尋ねた。
「いいのです。こちらの方々は私の主のご息女と、同郷の者たちです」
それを聞いた神官長は、慌てて僕らに頭を下げた。
「どうやら、敵ではなさそうだな」
ジャウマさんがそう言うと、ヴィーさんも攻撃体勢を崩す。それを見て、僕もアリアちゃんを庇う腕を緩めた。場の緊張は一気にほぐれた。
「セリオンは彼を知っているのか?」
「ああ。城の図書室の司書だ」
「はい、セリオン様が魔導書を探して図書室にいらっしゃった時に、何度かお手伝いをさせていただきました」
ジャウマさんとセリオンさんのやりとりに、フータさんは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「俺は知らねえぞ」
「お前は本を読まないからな。図書室には行かないだろう」
セリオンさんに冷たく言われ、ヴィーさんは不満そうに口を曲げた。
「ああ、良かった。同郷の者たち会えたのは本当に久しぶりです」
フータさんは、ほっとしたようにそう言うと、今度は神官長の方を向いて言った。
「席を外しなさい」
それはお願いではなく、命令だ。少なくとも、フータさんは神官長よりも偉い立場だということだ。
「え? ですが……」
「私はこちらの方々と話すことがあります。席を外しなさい。こちらの御方は、とても高貴な方なのですよ」
そう、アリアちゃんを見て言った。
ザネリーさんは、もう一度僕らを見ると、黙って礼をして部屋を出ていった。
「失礼いたしました」
扉が閉まると、フータさんはそう言って、また額を床に擦り付けるほどに頭を垂れた。
「その姿…… いったい貴方に何があったのですか?」
セリオンさんが尋ねる。以前知っていたフータさんは、こんな姿ではなかったのだろう。彼も自分で自分の姿を『醜い』と称していた。
「もう何百年も前のことになるんですね」
フータさんはそう言って、懐かしそうに、そして悲しそうに目を細める。
「魔王様が亡くなられたあの日、私は家族と、全てを失ったのです」
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