上 下
106 / 135
第九章

9-8 大神殿を訪れる

しおりを挟む
 この家の主人でありヘンリーさんの父親でもある神官長――ザネリーさんに会えたのは、翌朝だった。前の晩は帰りが遅かったらしい。

「愚息の手紙を届けてくださったそうで、礼を言おう。何もない村だが、ゆっくりしていかれるといい」
 気難しそうな顔をした山羊獣人のおじいさんは、そう言うと表情を和らげた。

 セリオンさんが神殿への参拝を願うと、快く案内を引き受けてくれた。もちろん、神への祈りを捧げたいわけではない。大神殿を調べたいのだろう。

「それにしても、珍しい組み合わせですな」
 僕らを見回しながらザネリーさんが言った。僕らの獣人としての種族のことだ。

 確かに僕らはバラバラな種族の集まりに見える。
 ジャウマさんは竜の角と尾をもつ竜人で、ヴィーさんは鳥の羽根を持つ鳥人。セリオンさんには白狐の耳と尾が生えていて、僕には黒い犬らしき耳と尻尾がある。アリアちゃんは金髪から黒い兎の耳が見えているし、その隣にいるのは銀毛を持つ月吠狼ルナファングのクーだ。

「ああ、俺ら4人は冒険者だからな。冒険者ってのはそういうもんだろう?」
 ヴィーさんは『4人』と言った。冒険者の中に、僕も含まれているらしい。


 朝食を終えると早速、ザネリーさんの案内で村の奥にあるという大神殿に向かうことになった。
 その道中、村の人たちに必ずと言っていいほどにじっと見られた。昨日の羊のおばあさんが言っていたように、旅の者が珍しいんだろう。
 あまりにも注目されているので、逆に恥ずかしくて周りを見ることができない。

「あ、うさぎさんだー。あっちにもっ」
 隣を歩くアリアちゃんの可愛らしい小声が聞こえる。視線を合わせないようにしている僕とは対照的に、アリアちゃんはこちらを見る村人たちに笑いかけたり会釈をしたりして愛想を振りまいている。
 そうして見かけた村人たちの種族を口にしているようだ。アリアちゃんと同じ耳をもつ兎獣人が多いことが、ことさらに嬉しいらしい。

「ぞうさん、しかさんかな? あ、ひつじさんー」
 周りを見れない僕は、代わりにアリアちゃんがそうして呟くのを聞きながら歩いていた。

「あれ……?」
 ふと気が付いて、つい声が出た。
「どうしたんだ?」
 僕のすぐ前を歩いていたジャウマさんが振り返った。
「あ、いや。別に変なことではないんですけど。ここの人たちの種族がやけに偏ってるなって思って……」

 さっきからアリアちゃんが呟く動物の名前が、兎や羊や山羊、馬、象、バクなどの草食系の獣ばかりだ。それに気が付いて、顔を上げて周りを見てみると、確かに辺りに居るのは大人しそうな獣人ばかりだ。
 そのことをジャウマさんに伝えると、ふむと言って口元に手を当てた。
「やけにのどかな村だと思ったが…… 草食系の獣人ばかりだというのもあるんだろう」

「そうです。そしてこの村の者たちは、争い事は苦手なのですよ」
 僕らの会話が聞こえたのか、ザネリーさんがこちらを見て言った。
「日々穏やかに暮らし、神に祈りを捧げて過ごしています。この大神殿も、その為にあるのです」

 ザネリーさんの促す先、小高い山の肌に貼り付くように作られた、石造りの大きく立派な神殿が建っていた。

 * * *

 神殿に入るとすぐに広めの礼拝堂になっている。村の規模にしては確かに大きいけれど、それ以外は他の町で見るようなものと変わらない。部屋の中央に道のように敷かれた絨毯じゅうたんの先に祭壇があり、そこに神の像が飾られていた。
 祀られている神も他で見るものと同じものだ。

 万物の父とも称される『創造の神エルヴァローラ』。この世界と全ての種族を造られた神であり、この像の主だ。人間も獣人も、この世界に住むほとんどの者たちはこの神に祈りを捧げている。

 てっきり別の神――もしかしたら魔王が祀られていたりするんじゃないかと、内心不安になっていたので、神の像を見て気が抜けた。特にセリオンさんが神殿のことを疑っていたので、尚更なおさらにそんな気になってしまったんだろう。

 その時、脇にある扉の奥で何やら騒がい物音が聞こえてきた。その騒がしさはバタバタという人の足音になり、こちらに向かってくる。
 その足音の持ち主は突然扉を開けてこの部屋に入ってくると、ザネリーさんに向けて軽く頭を下げた。
「申し訳ありません、神官長。村長が急用だと言って参られました」

 兎獣人の青年の言葉に、ザネリーさんは少しだけ眉根を寄せると、次に僕らの方を向いた。
「私たちは大丈夫です。こちらで祈りを捧げさせていただきます」
 ザネリーさんが口を開く前にセリオンさんが告げると、ザネリーさんは安心したような表情を浮かべ、「では失礼する」と言って青年と部屋を後にした。

「よっしゃ、あさるか」
「そうだな」
 珍しく、ヴィーさんとセリオンさんの言うことが揃う。その声に、アリアちゃんも含め皆で部屋の方々へ散った。


 と言っても、特におかしなところは見受けられない。さっきも思った通り、他の町で見る神殿と殆ど同じだ。
 神が祀られている隣にある扉は特別な礼拝室だろう。大きな町にある神殿には、特別な参拝者の為に個室を設けているのが一般的だ。こんな小さな村の神殿に個室があるのは珍しいけれど、変というわけではない。
 
「ラウル」
 所在なくただキョロキョロと辺りを見回していると、セリオンさんから名を呼ばれた。
「目で見るだけでなく、魔力の匂いを嗅ぐんだ。狼の力を持つ君は、私と同じように鼻も利くはずだ」

 え、狼?
「ぼ、僕って狼なんですか?」
「そんなの見りゃわかるだろう? 鏡を見ていないのか?」
 きょとんとした顔をしたヴィーさんが言った。
「見ましたけど…… 犬だと思っていました……」

 驚いたままの僕の顔を見て、ヴィーさんはアハハと笑う。
「まあ、確かにその方がしっくりくるよなぁ」
 うん、自分でも狼だなんて合わないんじゃないかと思ってしまう。

 いやでも、犬であろうと狼であろうと、鼻が利く事には変わりないだろう。結界を見つけた時のことを思い出し、すんすんと鼻で空気を吸いながら祭壇の近くを探ってみる。

「うん……?」
 何かに気付いたのは、さっき見た個室の扉の前だ。この奥に何かがある気がする。

「何か見つけたか?」
 ジャウマさんの声に、皆が僕の方を見た。
しおりを挟む

処理中です...