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第四章
4-3 ヴィーさんの用事
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翌朝、朝食を済ませてすぐに、セリオンさんに連れられて宿を出た。
昨日聞いていた話の通り、町の北の方に向かうと工房街があった。でもこの工房街に用があるわけではないらしい。そのままそこを通りすぎた。
多分、セリオンさんは昨日のあのやり取りだけで全部わかっているんだろう。
どこへ向かうのかは聞いてはいない。でもなんとなく、それを聞いてはいけない気がして、黙って付いていく。
と、向かう先にある建物から子供が二人、飛び出してきた。
「あそこだな」
セリオンさんが独り言のように言う。
自分たちに視線を留めている僕らに気がついたのだろう。子供たちは僕らを見て目を丸くさせると、慌てて建物に戻って行った。建物の中から、今の子供たちが大人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ラウルくん、行こう」
どうやらあそこが目的地らしい。でもセリオンさんが訪ねるような特別な施設とは思えない。
いや。特別というなら確かに特別だ。ここには『訳のある』子供が住んでいる施設だ。僕と妹も幼い頃にはここと同じような施設に居た。
「ラウルくんは子供たちの様子を気にしていてくれ」
セリオンさんが、小声で言った。
建物の前に着くと、さっきの子供たちに呼び出されたらしい老婆が、ちょうど扉を開いて出てきたところだった。
* * *
この孤児院の院長夫人と名乗った老婆は、僕たちをソファーセットのある部屋に通した。
多分、応接室だろう。でも応接室にしてはやけにさっぱりとしている。広くもないこぢんまりとした部屋の中央に、少しくたびれたソファーとローテーブルが置いてあるお陰でどうやら応接室らしいと、そう判断できた程度だ。
この部屋だけじゃない。最初に通りぬけた玄関も、ここにたどり着く途中の廊下も質素で。それだけでなく、ところどころ壊れているのにも気が付いていた。
僕らがそれを気にするような素振りを見せたわけではないのに、老婆は自分から言い訳をするように口を開いた。
「申し訳ありません。修理をするのにも手がまわらなくて……」
別に僕らに謝る必要のあることではないのに。
「人手がないのですか」
「それもですが、人を雇えるお金もないのです。売れるものは殆ど売ってしまいました」
「国から支援は受けられないのですか?」
セリオンさんが尋ねると、老婆は言いにくそうに一度口を噤む。
「……このような場末の孤児院は、貴族様の口利きでもなければ、支援は後回しになってしまうのです。一応は嘆願を出しているのですが、なかなか……」
その時、開いたままになっていた扉の方で物音がした。
見ると、ここに来る時に見かけた二人の子供が、扉の陰からこちらを窺っている。
「こら、お客さんですよ。あちらで遊んでいなさい」
夫人が優しく諫めると、子供たちは僕らに向けて慌ててお辞儀をし、奥に向かって駆けていった。
「ラウルくん」
セリオンさんが、ただ隣で黙って座っていた僕の名を呼んだ。
「は、はい! なんでしょう?」
「私は夫人と話があるから、少し子供たちの遊び相手をしてきてくれないか」
あ……
ここに迎え入れられる前に、セリオンさんが言ってたのはこのことか。
「わかりました」
席を立ち、夫人に会釈をして応接室を出る。先ほど去っていった二人を追うように建物の奥へ向かうと、廊下の突き当りに扉があった。その向こうから子供たちの声が聞こえてくる。
そっと開けて見ると、その先は裏庭に繋がっていた。子供たちの視線が僕に集まった。
「や、やあ。はじめま――」
「あ! さっきのおにいちゃんだーー!!」
応接室を覗いていた子供が声を上げると、僕が挨拶をする前に子供たちが集まって来た。
しばらくの後にセリオンさんが僕を迎えにくるまで、自分も孤児院にいた頃を思い出しながら、子供たちと走り回って遊んでいた。
* * *
院長夫人の見送りで先ほど迎え入れられた玄関まで戻ると、セリオンさんは懐から布の袋を出して夫人に手渡した。
「こちらは子供たちの為に。何か美味しい物でも食べさせてあげるといい」
あれは皆から預かっていたお金だろう。布袋を院長夫人は深々と頭を下げて受け取る。
「本日はありがとうございました。貴方のような御方がこちらに訪れて下さることもそうは無いのです」
どうやら、セリオンさんは身分のある人だと思われているらしい。
たしかにセリオンさんの気品のある雰囲気と丁寧な物腰は、そう勘違いされても仕方ないだろう。そう言えば、今日は手持ちで一番良い服を着てきているようだ。
「そういえば、院長はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
セリオンさんが尋ねると、院長夫人は少しだけ動揺した。
「実は……院長は病床にありまして……」
「病気ですか? 治療は?」
「……できれば良いのですが、先立つものが……」
言いにくそうな夫人の様子に、事情を理解した。確かに先ほども金がないのだと夫人は言っていた。
「治療師の話によると、特別な薬草が必要なのです。しかも貴重な品で、この辺りではなかなか手にはいらないそうで」
貴重な品、しかも遠方から取り寄せるとなると、さらに費用も嵩むだろう。
「院長はもう治療をしなくていいと言いました。それよりも子供たちにしっかり食べさせてやってほしいと」
確かに建物の粗末さに反して、子供たちは元気いっぱいだった。
「……院長の病気のことは、子供たちも知っているのですか?」
「詳しくは話していませんが、ずっと伏せっているのは知っていますので、おそらく……」
そこまで言うと、老婆は悲し気に目を伏せた。
昨日聞いていた話の通り、町の北の方に向かうと工房街があった。でもこの工房街に用があるわけではないらしい。そのままそこを通りすぎた。
多分、セリオンさんは昨日のあのやり取りだけで全部わかっているんだろう。
どこへ向かうのかは聞いてはいない。でもなんとなく、それを聞いてはいけない気がして、黙って付いていく。
と、向かう先にある建物から子供が二人、飛び出してきた。
「あそこだな」
セリオンさんが独り言のように言う。
自分たちに視線を留めている僕らに気がついたのだろう。子供たちは僕らを見て目を丸くさせると、慌てて建物に戻って行った。建物の中から、今の子供たちが大人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ラウルくん、行こう」
どうやらあそこが目的地らしい。でもセリオンさんが訪ねるような特別な施設とは思えない。
いや。特別というなら確かに特別だ。ここには『訳のある』子供が住んでいる施設だ。僕と妹も幼い頃にはここと同じような施設に居た。
「ラウルくんは子供たちの様子を気にしていてくれ」
セリオンさんが、小声で言った。
建物の前に着くと、さっきの子供たちに呼び出されたらしい老婆が、ちょうど扉を開いて出てきたところだった。
* * *
この孤児院の院長夫人と名乗った老婆は、僕たちをソファーセットのある部屋に通した。
多分、応接室だろう。でも応接室にしてはやけにさっぱりとしている。広くもないこぢんまりとした部屋の中央に、少しくたびれたソファーとローテーブルが置いてあるお陰でどうやら応接室らしいと、そう判断できた程度だ。
この部屋だけじゃない。最初に通りぬけた玄関も、ここにたどり着く途中の廊下も質素で。それだけでなく、ところどころ壊れているのにも気が付いていた。
僕らがそれを気にするような素振りを見せたわけではないのに、老婆は自分から言い訳をするように口を開いた。
「申し訳ありません。修理をするのにも手がまわらなくて……」
別に僕らに謝る必要のあることではないのに。
「人手がないのですか」
「それもですが、人を雇えるお金もないのです。売れるものは殆ど売ってしまいました」
「国から支援は受けられないのですか?」
セリオンさんが尋ねると、老婆は言いにくそうに一度口を噤む。
「……このような場末の孤児院は、貴族様の口利きでもなければ、支援は後回しになってしまうのです。一応は嘆願を出しているのですが、なかなか……」
その時、開いたままになっていた扉の方で物音がした。
見ると、ここに来る時に見かけた二人の子供が、扉の陰からこちらを窺っている。
「こら、お客さんですよ。あちらで遊んでいなさい」
夫人が優しく諫めると、子供たちは僕らに向けて慌ててお辞儀をし、奥に向かって駆けていった。
「ラウルくん」
セリオンさんが、ただ隣で黙って座っていた僕の名を呼んだ。
「は、はい! なんでしょう?」
「私は夫人と話があるから、少し子供たちの遊び相手をしてきてくれないか」
あ……
ここに迎え入れられる前に、セリオンさんが言ってたのはこのことか。
「わかりました」
席を立ち、夫人に会釈をして応接室を出る。先ほど去っていった二人を追うように建物の奥へ向かうと、廊下の突き当りに扉があった。その向こうから子供たちの声が聞こえてくる。
そっと開けて見ると、その先は裏庭に繋がっていた。子供たちの視線が僕に集まった。
「や、やあ。はじめま――」
「あ! さっきのおにいちゃんだーー!!」
応接室を覗いていた子供が声を上げると、僕が挨拶をする前に子供たちが集まって来た。
しばらくの後にセリオンさんが僕を迎えにくるまで、自分も孤児院にいた頃を思い出しながら、子供たちと走り回って遊んでいた。
* * *
院長夫人の見送りで先ほど迎え入れられた玄関まで戻ると、セリオンさんは懐から布の袋を出して夫人に手渡した。
「こちらは子供たちの為に。何か美味しい物でも食べさせてあげるといい」
あれは皆から預かっていたお金だろう。布袋を院長夫人は深々と頭を下げて受け取る。
「本日はありがとうございました。貴方のような御方がこちらに訪れて下さることもそうは無いのです」
どうやら、セリオンさんは身分のある人だと思われているらしい。
たしかにセリオンさんの気品のある雰囲気と丁寧な物腰は、そう勘違いされても仕方ないだろう。そう言えば、今日は手持ちで一番良い服を着てきているようだ。
「そういえば、院長はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
セリオンさんが尋ねると、院長夫人は少しだけ動揺した。
「実は……院長は病床にありまして……」
「病気ですか? 治療は?」
「……できれば良いのですが、先立つものが……」
言いにくそうな夫人の様子に、事情を理解した。確かに先ほども金がないのだと夫人は言っていた。
「治療師の話によると、特別な薬草が必要なのです。しかも貴重な品で、この辺りではなかなか手にはいらないそうで」
貴重な品、しかも遠方から取り寄せるとなると、さらに費用も嵩むだろう。
「院長はもう治療をしなくていいと言いました。それよりも子供たちにしっかり食べさせてやってほしいと」
確かに建物の粗末さに反して、子供たちは元気いっぱいだった。
「……院長の病気のことは、子供たちも知っているのですか?」
「詳しくは話していませんが、ずっと伏せっているのは知っていますので、おそらく……」
そこまで言うと、老婆は悲し気に目を伏せた。
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