上 下
9 / 135
第一章

1-9 廃墟の『悪魔』

しおりを挟む
 怪しい気をまといながら廃墟はいきょの奥から現れたのは、見たこともない真っ黒い、虎に似た巨大な魔獣だった。

 そいつがアリアちゃんに狙いを定めたことに気づいて、咄嗟とっさに体が動いた。
「アリアちゃん、目を閉じて!!」
 いつもふところに入れてある小さな布袋を魔獣目掛けてぶつけたのと、アリアちゃんが目をつむって身を伏せたのはほぼ同時だった。

 布袋の中に入っていたからい粉を顔面に受け、ひるんだ黒い魔獣は後ずさりをした。その隙に、立ち上がったアリアちゃんが迷わず僕を目掛けて駆けてくる。
「おにいちゃんーー!」
 懐に飛び込んできた少女を抱き止めて、結界魔法を発動した。

「でかしたぞ! ラウル!」
「アリアを頼む」
 ジャウマさんが魔獣に向かって大剣を掲げると、魔獣の注意はそちらに向けられた。

 たった今、彼らは家族の敵なのだと、そう思っていたのに。
 たった今、僕は彼らと敵対しようとしていたはずなのに。
 当たり前のようにアリアちゃんは僕を頼り、当たり前のように3人は僕らを守ろうとしてくれている。

「二人とも下がっていろ」
 ヴィーさんが視線だけ僕らに向けて言うと、アリアちゃんがこちらだというように僕の腕を引っぱる。僕はさっきまでのことも忘れ、その導きに従った。

「こいつが、廃墟の『悪魔』……?」
「あの町の人たちはそう呼んでいるようですね。そして――」
 そこまで言って、セリオンさんはちらりと僕の方を見てから続けた。
「こいつは君の妹さんだったモノです」

「……え?」
 今、セリオンさんは何と言った……?

「『悪魔』と呼ばれるこの魔獣は、獣人のふりをして君の家族の中に入り込み、あの日、君の両親を殺したんです」

 その『悪魔』は、セリオンさんの言葉を聞いて、ニヤリと笑った。
「だって、お兄ちゃんが町を出ていくって言ったから」
 ……それは妹の、声だった……

「私を置いていくって言ったから…… そうしたらお兄ちゃんと離れ離れになっちゃうじゃない」
 妹は本当に甘えん坊で……
「だから、あの人間たちを殺したの。そうすれば、お兄ちゃんは私を置いていくのをやめるでしょう?」
 いつも僕にべったりで……
「せっかく獣人のふりをして、お前の妹になったのに…… そうしてお前の力を私のものにしていたのに、こいつらに邪魔をされてしまった…… こうなったらお前らを食らってやる!!」
 魔獣は、廃墟が震えるほどの咆哮ほうこうをあげた。

「そうはさせない」
 ジャウマさんが、魔獣にむけて言った。
 二足で立ち上がった魔獣は、鋭い爪の付いた太い腕を3人に向かって振り下ろす。ヴィーさん、セリオンさんは同時に後方に飛び退き、反対にジャウマさんが一歩前に出た。でも、その手には盾も剣も持っていない!?

 ガッ!!
 大きく鈍い音がした。ジャウマさんの額に魔獣の鉤爪かぎつめが当たっている。でもその額に鋭い爪は食い込みもせず、傷すらつけられていない。

「うおおおおおおお!!」
 低い叫びと一緒にジャウマさんが、自身の頭を魔獣の鉤爪ごと前方に押し込もうとする。
 ジャウマさんの体のあちこちは盛り上がり、全身に赤い鱗をもつ生き物に変わっていく。大きなあぎとに並んだ鋭い牙、ギロリと表情の見えないトカゲのような目が魔獣をにらみつける。

 大きな、赤い竜がそこにいた――
 赤竜は一度腰を落とすと、思いっきり前方に頭を押し込み、魔獣を弾き飛ばした。

 それに合わせて、ヴィジェスさんが背中の翼を広げ空に飛び上がる。
 月明かりがその大きな翼で遮られ、一瞬目の前が暗くなる。すぐに視界が慣れるとそこには虹色に光る大きな鳥の姿があった。
 その鳥が大きく羽ばたきをすると、翼から放たれた羽根たちがまるで矢のように放たれ、魔獣に突き刺さった。

 そして、セリオンさんの居たはずの場所には、三本の尾を持つ大きな白い狐が……
 その狐がひと吠えすると、その身の周囲に無数の氷のかたまりが現れ、吹雪と共に魔獣に向かう。氷のつぶてが魔獣を打ち、吹雪に覆われた魔獣の黒い体はまるで凍ったように白くなっていく。

 それでも魔獣は起き上がり、3人……いや、3匹の獣に向かって再び襲い掛かった。赤竜がその攻撃を受け止め、大きな顎で黒い魔獣の肩口に噛み付いた。


 僕は、驚きとよくわからない何かが入り混じった気持ちを抱えながら、結界の中で震えながら見ているのが精いっぱいで。

「大丈夫だよ。パパたちは強いから」
 僕を落ち着かせるようにアリアちゃんが言う。
「だから、ラウルおにいちゃんは私のことを守ってね」

 * * *

 妹だったハズのモノは、もう動かなくなっていた。
 わかっている。あれは妹だったけれど、妹じゃあなかったんだ。最初から……
 彼らのおかげで両親の敵を討つことはできたはずなのに、僕の心にはぽっかりと埋まらない穴のようなものがあって。それがやたらと悲しくて寂しくて、そして苦しかった。

 ただ座り込んでいる僕の腕の中から、アリアちゃんがするりと抜け出した。そのまま軽い歩調でとことこと倒された魔獣の所に駆け寄っていく。

「アリアちゃん……何を……?」
 魔獣の遺骸いがいを見るアリアちゃんの瞳が、さらに赤く光った。

 僕の目の前で、アリアちゃんの垂れた耳がピンと空をむいて伸びた。その体はみるみるうちに大きく盛り上がり、金の髪が伸び、それが体を覆い……

 アリアちゃんの姿は大きな金色の獣と化していた。頭から伸びた角だけが黒く、その瞳は燃えているように赤く。
 その獣の口が耳の近くまで大きく裂け、魔獣の遺骸をぺろりと一口で飲み込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...