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第一章
1-5 『悪魔の森』に向かう
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やけに月が綺麗な夜だった。
寝室の窓から差し込む月の光が、やたらと明るかったのを覚えている。
その晩、妹はなかなかベッドに入ろうとはしなかった。僕が他の町へ働きに出たいという話をしたからだろうか。甘えん坊の妹は僕と離れたくないと、いつまでも駄々をこねていた。
なんとかなだめすかしてベッドに入らせると、しばらくもしないうちに可愛い寝息が聞こえてきた。僕もその寝息を聞きながら眠りについた。
どのくらいの時間がたったのか、大きな物音と悲鳴で目が覚めた。下の階からだ、何があったのだろうか。隣のベッドで寝ているはずの妹を起こそうとすると、そこはもぬけの殻だった。
いったい…… 何が起こっているんだ? さっき聞こえてきたのは確かに悲鳴だった。嫌な想像がぐるぐると頭を巡る。もしや両親や妹に何かがあったんじゃないだろうか……
足音を立てないようにそっと部屋から抜け出した。階下に降りると、外の風を感じた。玄関の扉が開きっぱなしになっていて、そこから風が吹き込んでいる。
その風の合間に変な匂いが混ざっている。恐る恐る居間を覗き込むと…… 血だまりの中に両親が倒れていた。
無我夢中で両親に縋りついた。父だけはわずかに息があった。父は妹の名を呼んで玄関を指さして、それきり動かなくなった。
両親を殺した何者かが……妹を連れ去ったのだろう。せめて妹だけは、妹だけは助けないと。血が繋がっていなくても、たった二人の兄妹なんだから。
そう思って家を飛び出した。
その晩は月がやたらと明るかった。
そのせいで家から町の外に向かって、何かを引きずったような跡と血の跡が残っているのがはっきりと見えていた。妹を助けたい一心でその跡を辿った。
その跡は草原を越え、その先に『悪魔の森』に続いている。その森の暗がりの中に、何かが、居た。
燃えるような赤い目がこちらを見ていた。
ゆらりと尾のようなものが揺れた。
そして大きな顎が、『何か』を咥えていた。
その『何か』は妹だった……
それを見た途端、僕の体はまるで見えない何かに押さえつけられているように固まった。
妹を……妹を守りたいのに、気持ちと反して体が動かない。心臓の音だけがばくばくと頭の中に鳴り響いた。
その時、ばさりと翼が羽ばたいたような音がして、妹を咥えた魔獣は『悪魔の森』の奥に消えた。
弱い僕には……何もすることができなかった……
* * *
ドドドドドドド!!!!
激しい足音を立てて、ファングボアがヴィジェスさん――ヴィーさんを目掛けて駆けてくる。
「危ない!!」
咄嗟に叫んだ僕の声を気にもせず、ヴィーさんはその突進を、まるで体に翼でも生えているかのように軽やかに避けた。
普通のイノシシと違って、ファングボアの牙は一回り以上も大きく、さらに鋭い。あの牙に引っ掛けられただけで深い傷になり、突き刺されてしまえば体に穴が開くだろう。
渾身の一撃を躱されたボアは不服そうに荒い鼻息を吹き出すと、もう一度ヴィーさん目掛けて駆け出す。ヴィーさんは、今度は避ける様子もない。
ファングボアの大きな牙がヴィーさんに届く前に、ジャウマさんがボアの前に躍り出る。
ガッ!!
ジャウマさんの大盾がボアの突進を食い止めた。
「遅えぞ、ジャウ!」
ヴィーさんが笑いながら声をかける。
「うるせーぞ、ヴィー」
ジャウマさんは手にした大盾をさらに押し込み、軽く腰を落とす。次の瞬間、ジャウマさんが振り払った大盾で、ボアは簡単に後方に吹き飛ばされ、転がった。
「この程度の攻撃、食らうお前じゃないだろう?」
軽口を叩き合いながらヴィーさんが手にしたクロスボウをボアに向ける。
体勢を直して起き上がったばかりのボアの右目に、ヴィーさんの放った矢が刺さり、ボアは軽くよろけた。
その足元にきらきらと光る何かがまとわりつくと、氷の塊になる。地面と足とを氷で固定され戸惑っているボアに、駆け寄ったジャウマさんの大剣が振り下ろされた。
僕らの前にファングボアが出現してから、その身を横たえるまで、本当にあっという間の出来事だった。
* * *
期待していた通り、やっぱり彼らは強かった。でもファングボアを倒すのにあれだけスムーズだったというのに、セリオンさんの機嫌が悪い。
「アリアが一緒なのだから、ふざけて遊んだりせずにさっさと倒してしまえ」
「セリパパ、怒ってるの? アリアのせい??」
不安そうに顔を覗き込むアリアちゃんに、セリオンさんはちらりと視線を寄越すと、すぐに逸らせた。
「いいや、違う」
「セリオンはお前に危ない目にあってほしくなくて、心配をしてるんだ」
手招きをしながら言うジャウマさんを見て、アリアちゃんは兎の耳を揺らしながら嬉しそうに駆け寄る。
「ジャウパパー」
ジャウマさんは両手でアリアちゃんを抱き上げると、そのまま肩に乗せてまた歩きだした。
「ったく、騎士様は真面目だよな」
誰に聞かせるわけでもない、ヴィーさんの独り言が聞こえた。
「騎士? セリオンさんは、騎士なんですか?」
つい、その言葉を拾ってセリオンさんに話しかけてしまった。
「ああ…… ずっと、昔の話です」
こちらも見ずにそうとだけ言ったセリオンさんを見て、聞いてはいけなかったかとなんだか申し訳ない気持ちになった。
「この先に開けたところがある、そこで昼メシにしようぜ」
いいタイミングで、木に登って先を見通していたヴィーさんの声が上から降ってきた。
寝室の窓から差し込む月の光が、やたらと明るかったのを覚えている。
その晩、妹はなかなかベッドに入ろうとはしなかった。僕が他の町へ働きに出たいという話をしたからだろうか。甘えん坊の妹は僕と離れたくないと、いつまでも駄々をこねていた。
なんとかなだめすかしてベッドに入らせると、しばらくもしないうちに可愛い寝息が聞こえてきた。僕もその寝息を聞きながら眠りについた。
どのくらいの時間がたったのか、大きな物音と悲鳴で目が覚めた。下の階からだ、何があったのだろうか。隣のベッドで寝ているはずの妹を起こそうとすると、そこはもぬけの殻だった。
いったい…… 何が起こっているんだ? さっき聞こえてきたのは確かに悲鳴だった。嫌な想像がぐるぐると頭を巡る。もしや両親や妹に何かがあったんじゃないだろうか……
足音を立てないようにそっと部屋から抜け出した。階下に降りると、外の風を感じた。玄関の扉が開きっぱなしになっていて、そこから風が吹き込んでいる。
その風の合間に変な匂いが混ざっている。恐る恐る居間を覗き込むと…… 血だまりの中に両親が倒れていた。
無我夢中で両親に縋りついた。父だけはわずかに息があった。父は妹の名を呼んで玄関を指さして、それきり動かなくなった。
両親を殺した何者かが……妹を連れ去ったのだろう。せめて妹だけは、妹だけは助けないと。血が繋がっていなくても、たった二人の兄妹なんだから。
そう思って家を飛び出した。
その晩は月がやたらと明るかった。
そのせいで家から町の外に向かって、何かを引きずったような跡と血の跡が残っているのがはっきりと見えていた。妹を助けたい一心でその跡を辿った。
その跡は草原を越え、その先に『悪魔の森』に続いている。その森の暗がりの中に、何かが、居た。
燃えるような赤い目がこちらを見ていた。
ゆらりと尾のようなものが揺れた。
そして大きな顎が、『何か』を咥えていた。
その『何か』は妹だった……
それを見た途端、僕の体はまるで見えない何かに押さえつけられているように固まった。
妹を……妹を守りたいのに、気持ちと反して体が動かない。心臓の音だけがばくばくと頭の中に鳴り響いた。
その時、ばさりと翼が羽ばたいたような音がして、妹を咥えた魔獣は『悪魔の森』の奥に消えた。
弱い僕には……何もすることができなかった……
* * *
ドドドドドドド!!!!
激しい足音を立てて、ファングボアがヴィジェスさん――ヴィーさんを目掛けて駆けてくる。
「危ない!!」
咄嗟に叫んだ僕の声を気にもせず、ヴィーさんはその突進を、まるで体に翼でも生えているかのように軽やかに避けた。
普通のイノシシと違って、ファングボアの牙は一回り以上も大きく、さらに鋭い。あの牙に引っ掛けられただけで深い傷になり、突き刺されてしまえば体に穴が開くだろう。
渾身の一撃を躱されたボアは不服そうに荒い鼻息を吹き出すと、もう一度ヴィーさん目掛けて駆け出す。ヴィーさんは、今度は避ける様子もない。
ファングボアの大きな牙がヴィーさんに届く前に、ジャウマさんがボアの前に躍り出る。
ガッ!!
ジャウマさんの大盾がボアの突進を食い止めた。
「遅えぞ、ジャウ!」
ヴィーさんが笑いながら声をかける。
「うるせーぞ、ヴィー」
ジャウマさんは手にした大盾をさらに押し込み、軽く腰を落とす。次の瞬間、ジャウマさんが振り払った大盾で、ボアは簡単に後方に吹き飛ばされ、転がった。
「この程度の攻撃、食らうお前じゃないだろう?」
軽口を叩き合いながらヴィーさんが手にしたクロスボウをボアに向ける。
体勢を直して起き上がったばかりのボアの右目に、ヴィーさんの放った矢が刺さり、ボアは軽くよろけた。
その足元にきらきらと光る何かがまとわりつくと、氷の塊になる。地面と足とを氷で固定され戸惑っているボアに、駆け寄ったジャウマさんの大剣が振り下ろされた。
僕らの前にファングボアが出現してから、その身を横たえるまで、本当にあっという間の出来事だった。
* * *
期待していた通り、やっぱり彼らは強かった。でもファングボアを倒すのにあれだけスムーズだったというのに、セリオンさんの機嫌が悪い。
「アリアが一緒なのだから、ふざけて遊んだりせずにさっさと倒してしまえ」
「セリパパ、怒ってるの? アリアのせい??」
不安そうに顔を覗き込むアリアちゃんに、セリオンさんはちらりと視線を寄越すと、すぐに逸らせた。
「いいや、違う」
「セリオンはお前に危ない目にあってほしくなくて、心配をしてるんだ」
手招きをしながら言うジャウマさんを見て、アリアちゃんは兎の耳を揺らしながら嬉しそうに駆け寄る。
「ジャウパパー」
ジャウマさんは両手でアリアちゃんを抱き上げると、そのまま肩に乗せてまた歩きだした。
「ったく、騎士様は真面目だよな」
誰に聞かせるわけでもない、ヴィーさんの独り言が聞こえた。
「騎士? セリオンさんは、騎士なんですか?」
つい、その言葉を拾ってセリオンさんに話しかけてしまった。
「ああ…… ずっと、昔の話です」
こちらも見ずにそうとだけ言ったセリオンさんを見て、聞いてはいけなかったかとなんだか申し訳ない気持ちになった。
「この先に開けたところがある、そこで昼メシにしようぜ」
いいタイミングで、木に登って先を見通していたヴィーさんの声が上から降ってきた。
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