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基礎の基礎

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「本当にヒントも与えないおつもりですか?」
 通信を終えたボーディに話しかけたのは、新たなるボディを手に入れる為、この地に留まっているリリアだった。
「ああ、与えん。与えた所で、あ奴がそれを理解出来るとも思えぬしな」
 声を掛けて来たリリアを一瞥する事も無く、ボーディは眼前に並ぶ薄緑色の液体で満たされた水槽のを見つめた。

 ここはパンゲア大陸の一画。
 天井や床に並んだ数多の機器を仄かに照らす、間接照明の様な明かりが灯る部屋。
 そんな薄暗い部屋ではあるが、意外に暗さを感じさせない。
 それは、見渡す限りに並ぶ、ボーディが見つめる水槽のせいだ。
 何本ものパイプを生やし、円筒形をしたその水槽は、淡く光を発する薄い黄色の液体で満たされていた。
 そして、その水槽の中には異様な物体が浮かんでいた。
 異様な物体…それは、剥き出しの脳と眼球、それに脊髄と繋がる神経と思われる白っぽい何か。
 骨や血管、皮膚や内臓、筋肉に皮膚。
 そういった物は一切見当たらない。
 まるで人の神経分布図の様なその物体が、ぷかぷかと水槽の中を漂っている。
 揺れる黄色い液体に漂うその物体…いや正確には眼球と不意に目が合う事があるのが、何とも不気味だ。
 しかもその水槽が、部屋の中に等間隔で前後左右、それこそ数え切れないほどにずらりと並んでいる。
 だが、ボーディもリリアも、そんな光景を目の当たりにしても、特に感情の揺れは見られなかった。
 どうやら、この様な不気味な水槽をずらりと並べられたとて、本能的な恐怖などという感情にはつながらない様である。

「ふむ…No.26から34は、少々神経伝達速度をもう少し上げる必要があるのぉ…」
 真面目な顔で、目の前の水槽を一つ一つ丁寧にチェックをし、手元の何かにボーディが書き込んでいく。
「ここまでして頂いている身としては、非常に申し上げにくいのですが…」
 そんなボーディにくっ付いて回っているリリアが、申し訳なさそうに言葉を掛ける。
「ん、どうした?」
「いえ…こんな基礎の基礎からボディ作成して頂いていいのでしょうか?」
 輪廻転生管理局 現地活動用サイバネティックス・ボディ管理 第2課 に元所属していた身としては、こういったプロセスは気になるのだろう。
「まぁ、少々面倒ではあるがの。管理局の技術では、ある程度完成された基本となるボディを複数準備し、それを複製しておるのじゃろうが…基本的に複製は派遣先の現地人の胚をベースに、人工子宮での複製じゃろう?」
「あ、はい…その通りです。よくご存知で…」
 言ってみれば、管理局の現地活動用サイバネティックス・ボディとは、一種のクローンである。
「その手法では、あまり良質な物は造れん。元となる胚の品質にかなり左右されるからのぉ」
 ボーディは未だにリリアへと視線を向けずに答える。
「ええ、その通りです。ですから、通常は新しいボディを数体準備して、適合率の高いものへと中身を入れ替えるのですが…」

「なるほど、確かにそれならばローコストかもしれぬのぉ…」
 リリアの回答に、あからさまに不機嫌そうな声で答えるボーディ。
「ローコスト…ですか?」
「ああ、ローコストじゃ。仮にも魂の器となるボディを、そんなお手軽な大量生産で賄うというのじゃから、そう言うしかあるまい?」
 管理局の手法とボーディ達のボディ作成方法は、似て非なる物である。
「お手軽…ですか? 失礼ですが、私達現地活動用サイバネティックス・ボディ管理では、かなり高度な技術を使って、例えばこの世界であれば現地人数千人が数千年暮らせるほどの資金を投入して1体を造り上げているのですよ!?」
 さすがにこのボーディの言葉は、リリアのプライドを刺激したらしい。
 だが…、
「やれやれ…じゃからローコストじゃと言ったのじゃ。妾達が造り上げる器とは比較にならぬほどにのぉ」
「え………えっ?」 
 言っている意味をリリアが理解出来なかったというわけでは無い。
 ボーディの語る言葉が信じられなかっただけなのだ。
「良いか、よく聞くのじゃ。妾達が造り上げる魂の器とは、お主等の造りあげたボディーの数百倍の資金を投入しておる。何故お主等の製法がローコストじゃと言うたのか理解出来ぬ様じゃが、簡単に言えば、お主等は現地の生物の胚を育て上げておるだけじゃ。対して妾達は、その胚を構成する元となる高分子生体物質…つまりはDNAの生成と無数の組み合わせから最適な物を探し出し、器を組み上げておるのじゃ。出来上がった生物の胚をベースに肉体を人工的に成長させるのと、魂の器として最適化した遺伝子構造の構成から作成するのと、どちらのコストが高いか分からぬか?」
 ボーディの説明を受けたリリアが何も反論できなかったのは、そのボディ製造方法が恐ろしくコストがかかる事を理解したからであった。
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