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第九章 永い雨
3 雨上がり
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空白を埋めるように激しく求め合った。疲れ果てて、青々と繁った草むらに大の字に寝転がる。わた雲が上空を流れていく。馨はうんと伸びをし、目を閉じて深呼吸をする。
「青姦も、たまには悪うないのう」
「そう? ベッドの方が安心できていいな」
「この開放感にゃあ勝てんろう。お天道様の下で素っ裸になるらぁて、滅多にできん」
「けど、せっかくの浴衣が汚れてもうたね」
羽織ったまま寝転がったので背中側が汚れた。ただでさえ皺だらけな上、汗を吸って湿っぽくなっているというのに。
「おかんに怒られるかのう」
「クリーニング代出そうか?」
「いんやぁ……別にえい。気にしなや」
馨は何か愉快な気分になり、くすくす笑った。
「おもしろいことあった?」
「いんや。けんど、なんぞ楽しい。おまんの顔見ゆうだけで楽しい」
「えー? どういうこと、それ」
「にゃあ、りょーまぁ」
とんとん、と馨は自身の唇を叩いた。吸い寄せられたように遼真の唇が重なる。疲れ切っていたはずなのに、馨は鼻を鳴らして夢中で舌を絡めた。
*
一天にわかに掻き曇り、大粒の激しい雨が降り始めた。一瞬にして豪雨となった。冷たい雨が、灼けた大地と火照った体を冷やしていく。二人は大きな木の下で雨宿りをしたが、夕立らしくすぐに止んだ。雨上がりの夕焼けは殊更に美しい。西の空が一面薄紫に染まり、青い雲が細くたなびいている。東の空には白い月が昇っている。
「……盆踊り、中止かな」
「強行突破しちゅうかもしれん」
「けど、どっちにしろ間に合わないね」
「まぁ、元々大して行く気はなかったき」
「嘘ついたんだ。わりことしじゃのう」
「ほうでもせんとおまんを連れ出せんやか」
馨は浴衣の帯を締め直す。着付けは遼真がやってくれた。一人では着られない。
「さて、そろそろ帰るかの」
「その前に寄りたいところがあるんだけど」
「沢で水遊びでもするがか?」
「せんよ。今からじゃ風邪引くよ」
遼真の行きたいところというのは、近所の駄菓子屋だった。何の変哲もない、昔懐かしい、営業を続けていられるのが不思議なくらい流行っていないが、ついつい足が向いてしまう駄菓子屋。既に店仕舞いしていたが、特別に開けてくれた。遼真はアイスケースを覗き、迷わずダブルソーダアイスを手に取る。
「遼真くんと馨くん、今年も二人一緒ながやねぇ」
「ええ、はい。一緒に帰省しちょって」
「えいねぇ。浴衣着ちゅうけど、盆踊りの帰り?」
「まぁ、そがなとこです。ほいじゃあ、わざわざありがとうございました」
挨拶をして、駄菓子屋を後にした。
遼真はアイスをパキッと二つに割る。割れ目に沿って真っ直ぐ割っていくのだが、どうしても均等に割れない。絶対に片方だけ短くなる。昔からそうだ。大人になっても上手く割れない。遼真は大きい方を必ず馨にくれる。これも昔のまま。幼い頃からずっとそうだ。
「冷やぁ。甘ぁ」
「うん。おいしい」
格別に物凄く旨いというわけではない。所詮は子供の小遣いで買えるお菓子だ。けれどそれが良いのだった。思い出と共に口の中で解ける。
馨は最後一口分ほど食べ残し、遼真にあげた。
「もういらんの?」
「いんや。けど、これでちょうど半々になるろう。おまん食いや」
「別に気にせんでいいのに」
「えいき、もろうちょき」
遼真の手に押し付けた。遼真は笑った。こういうことをするのは初めてだった。昔だったら、遠慮せずに全部食べていた。何なら、味がしなくなるまで意地汚く棒をしゃぶっていた。けれど、今はもう違うのだ。馨の残したアイスを舐めて、遼真はまた微笑んだ。
*
一緒に来てほしいと遼真が言うので、二人で遼真の実家へ向かった。何をするのか、馨には予想がついた。きっと遼真も同じことを考えているのだろうと思った。
昼間、遼真の元へ行く前、母に浴衣を着付けてもらっている時、馨は、好きな人がいるのだと告白をした。いつか言おうと思っていた。それが今日だった。母は特に驚きもせず、遼真くんのことかと言った。
「……どういてわかるがや」
「どういても何も、あんた遼真くんのこと好きやいか」
「わしの言っちゅうがはそがなんやのうて」
「わかっちゅうわかっちゅう。ラブな方の好きやろ」
気まずさから馨は首を竦める。
「まぁ、あんたからそがぁな話題が出るらぁて思わざったわ。あんた、年頃になっても色恋に興味がのうて、そがな話もとんと聞かざったき、心配しちょったのよ」
「……」
「ひょっと、誰のことも好きになれん体質ながか思うて。ほいたら、うちらがのうなった時に、あんた一人ぼっちになってまうろう? やき、それ聞いて安心したわ。あんたの選んだ人なら相手は誰でもえかったけんど、遼真くんならなおのこと安心やわ」
秋から遼真について海外に行くと言ったら、母はそれも応援してくれた。父には母から話しておいてくれると言った。最初は受け入れてもらえないかもしれないが、母の手に掛かれば十中八九説得できるだろう。
場面は戻って、遼真の実家。神妙な面持ちで畳の上に正座をする。卓袱台の向こうには遼真の両親。痺れを切らして母親が口を開こうとする。同時に、遼真は勢いよく土下座をした。
「父さん、母さん、僕は――」
父親は終始承服しかねるというような顔をしていたが、口を挟みはしなかった。母親も、やはり衝撃に目を見開いていたが、反対するようなことは言わなかった。何となくそんな気はしていた、とだけ言った。孫の顔は見られないのか、とも言った。とても残念そうであった。しかし遼真が謝ると、謝らなくていいと言う。
「あんたが幸せなら、お母ちゃんは何も言わんよ。あんたの人生やもの。幸せになりや」
「……うん。ありがとう」
その後、皆で夕食を囲んだ。相変わらず、遼真の母の手料理は美味しかった。
「青姦も、たまには悪うないのう」
「そう? ベッドの方が安心できていいな」
「この開放感にゃあ勝てんろう。お天道様の下で素っ裸になるらぁて、滅多にできん」
「けど、せっかくの浴衣が汚れてもうたね」
羽織ったまま寝転がったので背中側が汚れた。ただでさえ皺だらけな上、汗を吸って湿っぽくなっているというのに。
「おかんに怒られるかのう」
「クリーニング代出そうか?」
「いんやぁ……別にえい。気にしなや」
馨は何か愉快な気分になり、くすくす笑った。
「おもしろいことあった?」
「いんや。けんど、なんぞ楽しい。おまんの顔見ゆうだけで楽しい」
「えー? どういうこと、それ」
「にゃあ、りょーまぁ」
とんとん、と馨は自身の唇を叩いた。吸い寄せられたように遼真の唇が重なる。疲れ切っていたはずなのに、馨は鼻を鳴らして夢中で舌を絡めた。
*
一天にわかに掻き曇り、大粒の激しい雨が降り始めた。一瞬にして豪雨となった。冷たい雨が、灼けた大地と火照った体を冷やしていく。二人は大きな木の下で雨宿りをしたが、夕立らしくすぐに止んだ。雨上がりの夕焼けは殊更に美しい。西の空が一面薄紫に染まり、青い雲が細くたなびいている。東の空には白い月が昇っている。
「……盆踊り、中止かな」
「強行突破しちゅうかもしれん」
「けど、どっちにしろ間に合わないね」
「まぁ、元々大して行く気はなかったき」
「嘘ついたんだ。わりことしじゃのう」
「ほうでもせんとおまんを連れ出せんやか」
馨は浴衣の帯を締め直す。着付けは遼真がやってくれた。一人では着られない。
「さて、そろそろ帰るかの」
「その前に寄りたいところがあるんだけど」
「沢で水遊びでもするがか?」
「せんよ。今からじゃ風邪引くよ」
遼真の行きたいところというのは、近所の駄菓子屋だった。何の変哲もない、昔懐かしい、営業を続けていられるのが不思議なくらい流行っていないが、ついつい足が向いてしまう駄菓子屋。既に店仕舞いしていたが、特別に開けてくれた。遼真はアイスケースを覗き、迷わずダブルソーダアイスを手に取る。
「遼真くんと馨くん、今年も二人一緒ながやねぇ」
「ええ、はい。一緒に帰省しちょって」
「えいねぇ。浴衣着ちゅうけど、盆踊りの帰り?」
「まぁ、そがなとこです。ほいじゃあ、わざわざありがとうございました」
挨拶をして、駄菓子屋を後にした。
遼真はアイスをパキッと二つに割る。割れ目に沿って真っ直ぐ割っていくのだが、どうしても均等に割れない。絶対に片方だけ短くなる。昔からそうだ。大人になっても上手く割れない。遼真は大きい方を必ず馨にくれる。これも昔のまま。幼い頃からずっとそうだ。
「冷やぁ。甘ぁ」
「うん。おいしい」
格別に物凄く旨いというわけではない。所詮は子供の小遣いで買えるお菓子だ。けれどそれが良いのだった。思い出と共に口の中で解ける。
馨は最後一口分ほど食べ残し、遼真にあげた。
「もういらんの?」
「いんや。けど、これでちょうど半々になるろう。おまん食いや」
「別に気にせんでいいのに」
「えいき、もろうちょき」
遼真の手に押し付けた。遼真は笑った。こういうことをするのは初めてだった。昔だったら、遠慮せずに全部食べていた。何なら、味がしなくなるまで意地汚く棒をしゃぶっていた。けれど、今はもう違うのだ。馨の残したアイスを舐めて、遼真はまた微笑んだ。
*
一緒に来てほしいと遼真が言うので、二人で遼真の実家へ向かった。何をするのか、馨には予想がついた。きっと遼真も同じことを考えているのだろうと思った。
昼間、遼真の元へ行く前、母に浴衣を着付けてもらっている時、馨は、好きな人がいるのだと告白をした。いつか言おうと思っていた。それが今日だった。母は特に驚きもせず、遼真くんのことかと言った。
「……どういてわかるがや」
「どういても何も、あんた遼真くんのこと好きやいか」
「わしの言っちゅうがはそがなんやのうて」
「わかっちゅうわかっちゅう。ラブな方の好きやろ」
気まずさから馨は首を竦める。
「まぁ、あんたからそがぁな話題が出るらぁて思わざったわ。あんた、年頃になっても色恋に興味がのうて、そがな話もとんと聞かざったき、心配しちょったのよ」
「……」
「ひょっと、誰のことも好きになれん体質ながか思うて。ほいたら、うちらがのうなった時に、あんた一人ぼっちになってまうろう? やき、それ聞いて安心したわ。あんたの選んだ人なら相手は誰でもえかったけんど、遼真くんならなおのこと安心やわ」
秋から遼真について海外に行くと言ったら、母はそれも応援してくれた。父には母から話しておいてくれると言った。最初は受け入れてもらえないかもしれないが、母の手に掛かれば十中八九説得できるだろう。
場面は戻って、遼真の実家。神妙な面持ちで畳の上に正座をする。卓袱台の向こうには遼真の両親。痺れを切らして母親が口を開こうとする。同時に、遼真は勢いよく土下座をした。
「父さん、母さん、僕は――」
父親は終始承服しかねるというような顔をしていたが、口を挟みはしなかった。母親も、やはり衝撃に目を見開いていたが、反対するようなことは言わなかった。何となくそんな気はしていた、とだけ言った。孫の顔は見られないのか、とも言った。とても残念そうであった。しかし遼真が謝ると、謝らなくていいと言う。
「あんたが幸せなら、お母ちゃんは何も言わんよ。あんたの人生やもの。幸せになりや」
「……うん。ありがとう」
その後、皆で夕食を囲んだ。相変わらず、遼真の母の手料理は美味しかった。
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