上 下
37 / 38
第十一章 父子

第十一章⑤

しおりを挟む
 右腕と左腕、そして腰にも鈍痛が走る。肇は眉を顰めて目を覚ました。図体のデカい子供が二人、肇の腕を枕にしていた。
 
「肇。おはよ」
 
 薫が頭をもたげて肇を見やると、肇は鬱陶しそうに薫を押しのけた。
 
「重い。邪魔だ」
「え~、ひどぉい」
「何が……つか、この声……」
 
 肇は渇いた咳をする。それでも容易には治らない、砂漠みたいに掠れた声。しかし、薫に言わせればそんな声もまた色っぽい。濃密な情事の残滓を感じさせる。肇は恨めしげに薫を睨んだ。
 
「……むちゃくちゃしやがって……」
「だって、肇が真純ばっかり甘やかすから……」
 
 自分で言って、あまりの子供っぽさに恥ずかしくなった。薫は自分で思っているよりもずっと子供じみたところがある。昔からあまり変わっていない。
 
「お前なぁ……」
「だってそうじゃん。肇を抱くのは僕だけなのに。そりゃあ、僕も悪かったよ。お見合いなんて、きっぱり断ればよかった。肇を不安にさせるつもりなんてなかったのに」
 
 女々しいような気もするけれど、気持ちが溢れて止まらない。
 
「でも、だからってこんな、当てつけみたいに真純としなくてもいいじゃん。僕だって、僕の方が、肇のこと好きなのにさ」
「……」
「あっ、めんどくさいって思ってるでしょ。いいよもう、僕はどうせ真純には敵わないんだし、分かってるし」
「おいおい、そう卑屈になんなよ。俺ァ、お前も真純も平等に甘やかしてるつもりなんだがな」
「……ほんと?」
「伝わってなかったか? なら、俺の落ち度だな」
「……」
 
 肇は美しくも妖しい笑みを湛える。口の端の傷が魅惑的に薫を惹き付ける。
 
「信じられねぇか? こんな俺には飽き飽きしたかよ」
「っ、なわけない! 大好きだよ、肇!」
「ならよかったぜ」
 
 薫は肇を抱きしめた。薫の方が身長は高いが、全体的な肉付きというか、ガタイは肇の方がいいので、抱きしめると体に馴染むし、気持ちがいい。薫にとってこんなにも抱きしめ甲斐のある人間は他にいないだろう。
 
「でも、やっぱ真純とするのはダメでしょ」
「そうかァ?」
「そうだよ。僕も途中ハイになっちゃったけど、冷静に考えて、親子なんだからさ」
「……」
 
 肇はぴんと来ていない様子で、きょとんと首を傾げた。
 
「親子だとダメなのか?」
「だ、ダメだよ、普通は」
「……俺は親がいねぇから、普通の親子ってもんが分からねぇのかもな」
「……」
 
 そういえばそうだった。肇の複雑な家庭環境を思い、薫は胸を痛める。まぁ、だからといって実の息子に抱かれることを良しとするのはどういう倫理観なんだと問い詰めたくはなるが。
 
「俺もガキの頃から親父に掘られてたし、そんなもんかと」
「……えっ?!」
「兄貴と3Pしたこともあるが、それに比べりゃ今日のはまだヌルかったしな」
「えっ、ちょ……待って待って、聞いてないよ?」
 
 突如撃ち込まれた爆弾に、薫は脳の処理が追いつかない。
 親父というのは、肇を引き取った伯父のことだろうか。実家に帰るとたまに顔を合わせる。取り繕うのも不可能ほどに後退した前髪を思い出し、「あのクソジジイ、いつか殺さなきゃ」と薫は心の中で悪態を吐いた。
 兄については顔も思い出せない。おそらく会ったことはあるだろうが、よっぽど影の薄い連中に違いない。一目で薫の心を奪った肇とは比べるにも値しない。
 
「言ってなかったか?」
「初耳……」
「ま、過ぎた話だ。あの頃は俺もガキだったし、ちょうど使い勝手がよかったんだろ。今は何とも思っちゃいねぇよ」
「……」
 
 肇はあっけらかんと言い放つが、薫の胸にはどす黒い闇が渦巻く。肇が実家でどんな扱いを受けていたのか、上辺だけ見て判断していた己が憎らしい。やはり財産を没収して家を取り潰すしかない。
 そんな薫の胸中を察したのか、肇は安心させるように薫の頭を撫で回した。
 
「んな顔すんなよ。俺がこんなこと話せるの、お前しかいねぇんだぞ」
「……それは……嬉しいけど。やっぱり許せない」
「俺がいいっつってんだから、いいんだよ。昔のことだ」
「……でもっ……」
「俺のためにお前が怒ってくれるのは嬉しいぜ」
「……」
「ああ、真純には言うなよ。変な気遣わせたくねぇからな」
「言うわけないよ……」
 
 男らしい指が、ふわふわの髪に絡む。そうやって宥めるように撫でられるうち、薫の胸を塞ぐ闇は徐々に薄まった。薫の扱い方を、肇はよく心得ている。
 
「真純が俺としたいなら、別にいいと思ったんだ。女と違って孕むわけでもねぇ。いつか好きな女を抱く時のための練習がしたいなら、付き合ってやってもいいと思ったんだがな」
「いや……そういう問題? 真純、確実に性癖捻じ曲がっちゃってるじゃん」
「確かにな~。練習って感じではなかったよな」
 
 練習台どころか、真純は肇に本気だ。想像の遥か斜め上を行くファザコンぶりである。そして、そうなったのはきっと薫の責任でもある。薫が肇を女として扱うものだから――隠しているつもりでも、こういった雰囲気は漏れ出てしまうものである――真純も肇を性の対象として見るようになったのではないか。
 
「さすがに、親父のケツでしかイけなくなったら後々まずいよな」
「そりゃそうだよ。親離れできないってレベルじゃないよ」
「でも俺、真純がまたしてぇっつったら、たぶんまたさせてやると思うわ」
「ちょ、ダメだからね?!」
「なんで」
「いや、だから親子だし! 親子でエッチは普通しないから!」
「俺ら元々普通じゃねぇんだから、今更だろ」
「そ、そんなことないって……肇もいい加減子離れしな?」
「はっ、お前が俺を独占したいだけだろ」
「当たり前でしょ! 僕、こう見えて独占欲強いんだからね」
「んなの、とっくの昔から知ってるわ」
 
 肇の指が、そっと薫の頬に触れた。ああ、これからキスされるんだ、と思い薫は目を瞑ったが、いくら待っても唇が触れない。その代わりといっては何だが、真純の声が静かに響いた。
 
「……おれ、親父としたいなんてもう言わない」
 
 声変わりは終えているのに、肇や薫と比べて幾分高く不安定だ。その低音をいまだ自分のものとして使いこなせていない、そんな危うさを感じさせる少年の声。
 
「真純ィ、起きてたのかよ」
「二人がうるさくて起きた。あと今チューしようとしてたろ」
「あは、バレた?」
「子供の前でそういうのよくないぞ」
「ごめん……」
 
 薫は小さくなって謝った。子供が父親を抱くのはいいのか、という話は、今は棚に上げておく。真純は、肇に腕枕されたままの姿勢で、甘えるように抱きついた。胸の膨らみを指先でくすぐるようになぞる。
 
「……おれだって、分かってる。親父は俺だけの親父じゃないし、いつまでも一緒ってわけにはいかないんだ。親父が選んだ男なら、そいつがどんなに酷いやつでも、おれは祝福してやらなきゃならないんだ」
「ちょっと待って。酷い男って僕のこと?」
「親父はちょっとおかしいから、息子に抱かれるのも平気みたいだけど、おれは、そういうのはよくないって、ちゃんと分かってるし」
「おい待て。誰の頭がおかしいって?」
「……だから、おれは……」
 
 真純は、肇の広い胸に、頬をぎゅっと押し付けた。
 
「あんたに親父をやってもいいけど、その代わり、絶対に親父を幸せにするって、誓ってもらわなきゃ困るんだ」
「……大袈裟だな。今で十分だぜ、俺は」
「だめだ。絶対に親父を一人にしないし、二度と泣かせたりしないって、約束してくれなきゃ親父はやれない」
「いや……だから、泣いてはねぇから……。これ以上俺に恥かかすな……」
 
 肇は困ったように言いながら、満更でもない様子で真純の頭を撫で回す。真純は肇に抱きついたまま、品定めするように薫を見つめた。肇とそっくりな黒い瞳が、真っ直ぐに薫を射抜いている。
 
「そういうことなら、僕にいい考えがあるよ」
 
 長らく密かに温めていたが、言い出せずにいた薫の考え。
 
「結婚式、しよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

小界奇談~ちょっと怖い物語~(100話完結)

川辺翡翠
ホラー
「ちょっと怖い」「ちょっと不思議」なショートストーリー集。 子供が読んで楽しめるくらいの怖さです。 語り手は小学生から高校生がメインです。 100話となり完結しました。 ※他サイトでも掲載中です。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

恋と愛とで抱きしめて

鏡野ゆう
恋愛
医学生の片倉奈緒は二十歳の誕生日の夜、ひょんなことから“壁さん”とお知り合いに。 お持ち帰りするつもりがお持ち帰りされてしまったお嬢さんと、送るだけのつもりがお持ち帰りしてしまったオッサンとの年の差恋愛小話。 【本編】【番外編】【番外小話】【小ネタ】 番外小話ではムーンライトノベルズで菅原一月さま×mo-toさま主催【雪遊び企画】、mo-toさま主催【水遊び企画】に参加した作品が含まれます。

ボクのパパは、とっても可愛い。

そらも
BL
とあるお家に住んでいる二人っきりの仲良し家族である高校一年生十五歳なボクと会社員三十四歳なパパとの、とっても素敵でとっても愛がたっぷりな日常のひとコマストーリー♪ つまりは、パパに激重愛感情ぶつけまくりなしたたか息子くん×けっこうダメダメなところ多しだけど息子大好きなほわほわパパとの近親相姦えろえろ話でございます♡  息子×実父に加え、受けのパパの方が体格良しおなのでそこのところどうぞよろしくです! あと作中で相手側に問題があるとはいえ、息子くんが実母であるパパと離婚したママのことを中々に悪く言っておりますのでそこもどうぞご注意を。 ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!

乙女ゲームの純粋王子様がクズ竿役男に堕ちるまで

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
タイトル通りのアホエロです。 乙女ゲーム攻略対象な無垢王子様×ド変態のバリネコ淫乱おっさん。 純粋培養なノンケの王子様が、うっかりドクズの変態おじさんに目をつけられて、おじさん好みのドSクズ野郎に調教されてっちゃう感じの話。始終スケベしかしていません。 無垢なノンケがクズいバリタチに変貌していくシチュが好きな人、あるいはノンケを陥落させる淫乱おっさん受けが好きな人向け。 性癖お品書き ・攻めのオス堕ち、快楽堕ち、クズ化 ・ノンケの快楽堕ち、逆NTR ・淫乱受け、クズ受け ・淫語、♡喘ぎ、雄喘ぎ

処理中です...