帰りたい場所

小貝川リン子

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第十章 エピローグ

第十章 ※

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 司は息苦しさに目を覚ました。見慣れた天井、住み慣れた和室。ただ一つ異質なのは、見慣れぬ人影。彼は司の上へ馬乗りになっていた。
 
「っ……鶫くん!?」
 
 思わず叫んだ司の唇を、鶫は指先でそっと押さえた。
 
「静かにしてろ。パパにバレたくねぇだろ?」
「あ……う、うん……」
 
 唇に触れた鶫の指は温かい。柔らかい。いい匂いがする。思わずしゃぶっていた。鶫はくすぐったそうに目を細める。
 
「エロガキ」
「ぼく……オレ、もうガキちゃうもん。高校生やで? 立派な大人やん」
「そうかよ」
 
 鶫の唇が弧を描く。いやに赤く、艶めいて見えた。
 
「つーことは、こっちもさぞかし立派な大人なんだろうなァ?」
「ぇあっ、ちょっ……」
 
 容易く布団を剥ぎ取られて、着流しの裾がはらりと開けた。既にギンギンに張り詰めていたそこを、至近距離からじっと見つめられる。人目に触れることに慣れていない司のそこは、恥ずかしがってふるりと震えた。
 
「あ、あんまり見んといて……」
 
 ふぅ、と優しく息を吹きかけられると、とぷ、と先走りを漏らしてしまう。鶫はにんまりと微笑んだ。
 
「ふ、かわいいじゃねぇか」
「かっ、かわいいって何? かっこええて言うてよ」
「かわいいだろ。この程度で勃起させやがって。童貞か?」
「どっ、童貞ちゃうもん! 鶫くんで卒業したん、忘れたん?」
「そうだったか? 確かに、ガキの頃よりは立派になったかもなァ……」
 
 鶫がぱくりと口を開いた。妖しく艶めく舌がちらりと覗く。この先に待ち受ける快感を、司は身をもって知っている。期待に喉が鳴る。
 
「ふぁ、っあ、あぁ……」
「銜えただけで喘ぐなよ」
「ぅあ、だ、だってぇ、久しぶりやから……っ」
 
 腰が砕けるほど気持ちがいい。唾液をたっぷりと纏ったしなやかな舌が自在に動いて、カリ首や裏筋を的確に突つかれ、鈴口をぐりぐりほじられる。
 
「はぁ、あぁ、鶫くん……」
 
 いつだって司の思い通りになってくれなかったあの鶫が、恐ろしく整った美しい顔を司の股間に埋もれさせ、小さな口を目一杯開いて、飴でもしゃぶるように男根を頬張っているなんて。そう思うだけで、甘美な性感がぞくぞくと込み上げてくる。
 
「あっ、あかん、もうあかんて……!」
 
 司は咄嗟に鶫の頭を押さえ付けた。が、するりと逃げられてしまった。鶫は揶揄うような笑みを浮かべたまま、裸になって司に跨る。ちゅ、と先端がキスをした。
 
「無駄撃ちすんじゃねぇ。イクなら俺のナカで出せよ」
「まっ、待ってぇや、今挿れたら……!」
「待たねぇ。俺のケツが恋しかったんだろ? エロガキ」
「んァ、あ゛、あぁぁ……っ!」
 
 鶫がゆっくりと腰を落とす。先走りでぬるぬるになったペニスが、ねっとりと呑み込まれていく。
 
「ぅあ、ァ゛、つぐみ、く……っ!」
 
 強烈な蜜壺だ。熱く蕩けて、きつく締まって、熟れた肉襞が濃密に絡み付いてくる。腰から下がどろどろに蕩けて、真夏のソフトクリームのように全身が溶けてなくなってしまいそう。
 
「はは、お前の、ナカでびくびく言ってんぜ。そんなにいいかよ? 俺の体は」
「っ、ええに決まって……! ぼく……ぼくずっと、鶫くんのことだけ……!」
「おら、しっかり気張れよ。勝手にイッたら承知しねぇぞ」
 
 鶫は司の手を握った。糸を縒り合わせるように指を絡めてくれる。司の手より大きくて、指は太くて、肌はしっとりと滑らかだ。
 司の両手をしっかりと握りしめて、鶫は激しく腰を振った。どこでそんな動きを覚えてきたのかというくらい、妖艶に腰をくねらせる。
 
「っあ、はぁ、あっ、んぁ」
 
 鶫はうっとりと目を瞑り、艶めかしい喘ぎを漏らす。押し殺そうともせずに、全身で快楽を訴える。狭い胎内がきゅうきゅう蠢いて、奥へ奥へと誘うように吸い付いてくる。
 
「はぁ、あっ、司……ァ」
「つ、鶫くん……っ、鶫くんも、気持ちええの?」
「ああ、っ、いいっ、お前の、気持ちいい……っ」
 
 いやらしい腰付き、大きく仰け反る胸、無防備に晒された喉仏、白い首筋。そして、濡れた唇を舐める真っ赤な舌。全てが刺激的すぎて、頭がどうにかなりそうだった。
 気付くと、司は鶫を押し倒していた。鶫の両手を握りしめたまま押さえ付け、ガツガツと杭を打ち込んだ。
 鶫は涙を散らして善がり狂う。いやいやとかぶりを振り、黒々とした髪を振り乱す。頬は紅潮し、汗ばんで、恍惚に染まっている。
 
「つかさ、司ァ……かっこよくなったな、ァ」
「鶫くん……! 鶫くんはほんまかわええ! ずっとずうっとかわええよぉ!」
「愛してるぜ、司」
「ぼくもぉ! ぼくも愛してる! 好きや、鶫くん! 大好きぃ!」
「お前のモンになりてぇ」
「うん! うん! 結婚しよな! 幸せにしたる!」
「お前との子がほしいんだ」
「っ!? ほ、ほんまに!?」
「ナカに出して、孕ませてくれ」
「っ、うん! いっぱいいっぱい、二人の子供作ろうな!」
「奥に出して、いっぱい種付けして……、お前のモンにしてくれ……っ」
「ぅ、っぐ、鶫くぅん……っ!」
 
 司は最後の迸りを得た。鶫の子宮に、溢れんばかりの精をたっぷりと注ぎ込む。絶対に孕ませてやる。自分だけのものにしてやる。捕まえて一生離さない。そんな思いを込めて。
 
「ああ……愛してる……」
 
 黒い瞳を滲ませて法悦の笑みを湛える鶫を、司は強く抱きしめた。何度も何度も、夢中になって唇を重ね、甘い甘いキスに溺れた。
 
 
 司は、下腹部の違和感に目を覚ました。見慣れた天井、住み慣れた和室。障子の向こうは僅かに白んでいる。何の変哲もない、早朝の風景。
 
「……つぐみ……くん……」
 
 なんて残酷な夢だろう。夢のようなひと時は、もう二度と巡ってはこない。鶫は二度と司の元へは戻らない。
 
 *
 
 あれは予知夢だったのだろうか。父の仕事について訪れた遠く離れた街で、司は鶫に再会した。
 ごった返す人波。目まぐるしい雑踏。排ガスを撒き散らす自動車。行き交うタクシー。バス停の行列。低俗な広告を垂れ流す電子掲示板。うんざりする都会の喧騒のど真ん中に、まるで一本の大樹のような凛とした佇まいで、鶫は一人立っていた。
 
「よぉ」
 
 軽い調子で鶫は言った。司は一歩も動けなかった。
 
「何ぼさっとしてんだ。俺を殺しに来たんだろ?」
「なっ……」
「なんだ、ちげぇのか」
 
 鶫は気の抜けたような顔をした。
 
「別に、殺したいならいいんだぜ? ま、簡単に殺されてやるつもりもねぇけどな」
 
 鶫は挑発するように笑った。司が夢で見たのとは別人のような、凶悪な笑顔。
 
「……殺したいわけ、あらへんやん」
「そうかよ」
「あの日から、ウチはてんやわんやや。鶫くんに何人殺されたと思う? 烏兎なんて、ほぼ壊滅状態やで。せやけど、誰も鶫くんが犯人やとは思うてへん。鶫くんにあないな芸当ができるなんて、毛ほども思うてへんのや。ぼく――オレも、誰にも何にも言うてへん。鶫くんは、ずっと死んでることになってんねん」
「……んで、復讐に来たんじゃねぇのかよ? わざわざこんなむさくるしいところまで」
「そないなわけあらへんやん。ぼ――オレはただ、親父の仕事についてきただけやし。今な、鶫くんのせいで梔子家の立場が危ういねん。他の家ともうまくいってへんし、当主様は色々と大変なんやって」
「……そりゃあ、悪かったな」
 
 鶫は淡々と呟いた。
 
「……んじゃ、用がねぇなら俺ぁ帰るわ。早とちりしちまって悪かったな。お前もとっととパパんとこ帰れよ」
「っま、待ってぇや!」
 
 踵を返し、雑踏に消えていこうとする鶫を、司は大声で呼び止めた。
 
「も、戻ってくる気はあらへんの?」
「……」
「ぼく、きっとええ当主になるで! 鶫くんのこと、いっぱいいっぱい大切にする! 家のやつらにも言うこと聞かせる! せやから……」
「……」
「もう、ぼくだけのもんになれなんて、無茶言わへんから……! ただ、そばにおってほしいねん……」
「……今も昔も、あそこは俺の帰る場所じゃねぇ」
 
 司に背を向けたまま、鶫は冷たく言い放った。
 
「そろそろ分かれよ、お前も。いくつだよ」
「……年齢関係あらへんやん」
「俺は、ずっと外へ出たかったんだよ」
「……」
「せっかく離れられたのに、またあの地獄へ引き戻そうなんて、そんなひでぇことをお前は俺にするつもりか?」
「それは……」
 
 鶫は颯爽と振り返り、微かに唇を歪めた。司が初めて目にする、鶫の穏やかな微笑だった。
 
「じゃあな」
 
 永遠に、と聞こえた気がした。
 
「っ、ま、待って……」
 
 鶫の影が雑踏に消えていく。追いかけたくて、けれど、足が釘付けになったように動かなかった。
 
「おい、どこ行ってたんだよ」
 
 髭面の中年の男が、心配そうに鶫に駆け寄った。馴れ馴れしく肩に手を置くが、鶫はそれを払い除けることもなく、穏やかな表情で応える。
 
「別に。昔の知り合いに会ってただけだ」
「昔? って、どんくらい昔だよ」
「昔は昔だ。用は済んだから、とっとと帰っぞ。今夜は焼肉だろ」
「まだ夕飯には早ぇけどな」
「酒も空けようぜ。なんかいいやつもらってたろ」
「ああ、あれな。高級品なんだから、大事に飲めよ」
「わーってるよ。あんたこそ飲み過ぎんなよ」
「どういう意味だよそれは」
「そのまんまの意味だろ」
 
 中年の男と連れ立って、鶫は雑踏に消えていく。大都会の喧騒に紛れ、鶫の声はもう拾えない。

 鶫は、本当はあんなにも美しく笑うのか。あんなにも溌溂と喋るのか。あんなにも朗らかに、穏やかに、人と接することができたのか。司の知らない鶫の姿を、あの男はいとも容易く引き出した。
 とても長い間、それこそ、人生の半分を占めるほどの長い年月、同じ屋敷で共に暮らしていたはずなのに、司は鶫のことを何一つ知らないままだ。
 梔子家にいる限り、司と共にある限り、鶫は二度と笑えないだろう。司は二度と、鶫のあの美しい笑顔を見ることは叶わない。鶫は、梔子でも司でもない、他に帰るべき場所を見つけたのだ。そのことを理解して、司は深々と歎息した。
 
「……最後に、愛してるって言うてもらえばよかった」
 
 別れの言葉に、愛を告げてもらえばよかった。たとえ嘘だと分かっていても。
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