(Imaginary)フレンド。

新道 梨果子

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15 箸が転がっても

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 それから、ビデオとデジカメを交互に見ながら、視線を落としたまま先輩はしゃべりだした。

「みんなわからないって言うんだもんなー。やっぱちゃんと高跳びが強い高校に行かなきゃダメなんだよなあ」
「……どうして、この高校に? なんか、県内でも強いんだって聞きましたけど……」

 他の高校に推薦とかいうことはなかったのだろうか。
 先輩はカメラに視線を据えたまま、答える。

「俺、高跳び始めたの、高校からだもん。中学のときはバスケやってた。ほら、俺って結構背が高いほうだし」
「えっ、高校からなんですか? すごい!」

 それで、全国を狙えるとかって、すごすぎる。

「そんなにすごくない。単純に、競技人口が少ないんだ、ここらへん」

 苦笑しながら先輩はそう答えた。

「陸上の顧問、宮野ね。アイツが高跳びに向いてるとか言うんで、ついうっかり乗っちゃったんだけどさー、専門外らしいんだよね。授業で教えるくらい、ちょっとはわかるみたいだけどさ、元々短距離の選手なんだと。意味わかんねえだろ。酷い話だよ」

 そこまでしゃべって、先輩ははっと気付いたように顔を上げた。

「あ、ごめん。ついしゃべっちゃったな。気にしないで続き描いて。急いでるんだろ?」

 そう言われても。本人の前で続きを描くなんて私にはムリだ。
 だから私は、ただ立ち尽くして先輩がデジカメを見ているのを眺めるだけだった。

「そういえばさあ、さっき」
「はいっ?」
「絵に話しかけてたじゃん」

 血の気が引いた。そうだ、話しかけていたときに、ちょうど先輩が入ってきたんだった。

『マジ、キモいんだってー!』

 秋穂の言葉が甦る。
 先輩にも、そう思われてしまったんだ。
 先輩はこちらを見ない。目はデジカメに据えられたままだ。
 泣きたくなる。どうしてこうなってしまうんだろう。

「やっちゃうよなー」
「……は?」
「俺、テレビの中の人に、よく話しかけるんだよねー」

 まったく思いもしなかった言葉に、急激に全身の力が抜ける。そんな風に見られるなんて。

「『こんばんはー』とか言われると特に。お辞儀付きで返さない? 『こんばんはー』って。家族とかに笑われるんだけどさー……って、なにお前まで笑ってんの」

 先輩は眉根を寄せてこちらを見ていた。違う、可笑しくて笑っているんじゃない。でも。

「いえ……なんか、意外だなーと思って。もっと硬派な人かと」

 安心すると、なんだか本当に可笑しくなってきた。小さく声を出して笑うと、先輩は唇を尖らせる。

「失礼なヤツだなー。自分だって絵に話しかけてたくせに」
「いや、そうなんですけど」
「なんだ、小倉か」

 教官室の扉が開いたかと思うと、横山先生が入ってきた。

「あっ、横やん、横やんでもいいや、ちょっと見てくんない?」
「オマエなー、それが教師に対する言葉か」

 ため息混じりに先生が言う。

「いいじゃん、ちょっとだけ。こっちとこっち、フォームがどう違うと思う?」
「あー? そういうことは、自分のところの顧問に言えよ」
「アイツ、高跳びは専門外なんだよ」
「だから教師をアイツとか言うなよ。というか、僕はもっと専門外だ!」
「なんつーの、芸術家の観察眼でさあ」

 二人のやりとりを聞いていると、もっと可笑しくなって、私はお腹を抱えて笑った。こんな風に笑ったのは、本当に久しぶりだった。

 二人は笑いが止まらない私を、きょとんとして見ていたけど、先生が「ま、箸が転がっても可笑しい年頃だから」と言うと、先輩も肩をすくめた。

 先輩は、しばらく先生と話をしたあと、私のほうにもやってきた。

「邪魔した」

 そう言って、デジカメを私の手の中に収める。
 そうして美術室を出て行こうとする先輩の背中に、私は声を掛けた。

「あのっ、ありがとうございました」

 頭を下げる。

「なに? モデル?」
「えーと、いろいろ」
「ふうん? いや別に何もしてないけど。とりあえず、かっこよく描けよ」

 そう言って笑うと、先輩はヒラヒラと手を振りながら、美術室を出て行った。

 私はなんだかとても、すっきりした気分だった。
 裏に向けていた絵を、元通りに戻すと、私はまた絵の前に腰掛ける。

「かっこよく、だって」

 小さく笑う。

「元々かっこいいから、大丈夫だよね」
『……だよ』

 さっきよりも、少しだけ声が鮮明になった気がした。
 私はその声に満足して、絵筆をまた手に取った。
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