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32 川内遥 その1

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 俺は畳まれたパイプ椅子を一つ広げて、ベンチに座る川内の前に位置取った。
 どんな悩みかは知らないけれど、とにかく聞こう、と自分に言い聞かせる。

 「アドバイスが役に立つことって、三十回に一回くらいしかないわ」と以前姉ちゃんが愚痴っていたことがあるので、俺なんかのアドバイスだと百回に一回くらいになってしまうかもしれない。

 とにかく、聞くこと。と、何度も心の中で唱える。

 しかし川内はソワソワとして、なかなか口を開かない。急かすのは悪手だというのはなんとなくわかるので、とにかく待った。
 しばらくして、ようやく落ち着いたのか、川内は口を開く。

「あの……見とった……よね」

 そうぼそりと言う。

「え、なにを?」

 本気でわからなかったので、そう聞き返すと、川内は驚いたように目を見開いた。

「えっ……見てなかったんじゃ……」
「えっと、なにを?」

 再度、そう訊いてみる。
 すると川内は、少しもごもごと口を動かしたあと、小さな声で言った。

「植物に……話し掛けとったの……」
「ああ」

 それは見ていた。なのでうなずく。
 川内はさらに驚いたように、少し身を乗り出してきた。

「え、見とったん……?」
「え? うん」

 こくりとうなずく。
 それがどうかしたのだろうか。やっぱり、恥ずかしかったのだろうか。でも、植物に話し掛けるなんて、そんなに珍しいことでもない気がする。話し掛けると綺麗な花を咲かせる、なんてよく聞く話だし。別に恥ずかしがるようなことでもない。

「気持ち悪く……なかった……?」

 川内は上目遣いで、そんなことを訊いてくる。

「え? いや?」
「そうなんじゃ……」

 そう言って、考え込んでいる。
 なんだ、そんなこと。俺は心の中で、安堵のため息を吐く。
 植物に話し掛けるのを見て、それを気持ち悪いと思うかって? いやそれはいくらなんでも考えすぎなのでは、と思った。

「だって、サボテンとかに話し掛けたらよく育つ、とか言うじゃん。だから、それかと思って」
「あ、ああ……そう……」

 そうつぶやいて、また川内は黙り込んでしまった。
 なんだなんだ。それで終わりの話ではないのか。それは気にしすぎだよ、とか言うべきなのだろうか。

 しかし、すんでのところでなんとか思いとどまる。
 いやでも、あんなに顔色を蒼白にしていた川内が、そんな言葉で、そうだね、と納得するかと言われたら、しないだろう、としか思えない。

 とにかく、聞くこと。
 俺はまた最初に思ったことを、自分に言い聞かせる。
 「私がしゃべっているときに余計な口を挟むな」と、小さいころから姉ちゃんにさんざん言われてきたのだ。根気強く聞くのはお手の物のはずだ。

 俺は川内が再度口を開くのを、待った。
 少しして、川内は膝の上で組んでいた手を、ぎゅっと握りしめた。そしてか細く、けれどはっきりした声で言った。

「あの、あのね、信じんでもええけえ、笑わんといてね?」

 さっきもそう言われた。先刻承知だ。

「うん」

 俺は深くうなずく。
 それを見て川内は、表情をほころばせた。そして口を開く。

「植物に話し掛けとるのはね」
「うん」
「私、植物の言葉が、わかるんじゃ」
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