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16. 再会前

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 王城に到着すると、リュシイだけが城門の手前で降ろされた。
 ライラは罪人だから、城門からは入れないらしい。

「すみません、お送りできなくて。門番に話は通しましたから」

 兵士はそう言って、リュシイの前に立った。

「ええと、その」
「はい?」
「僕はあなたが王城に戻られたこと、嬉しく思います。皆、きっと同じ気持ちです。我々は、あなたの夢に救われたのですから」
「あ、い、いえ、こちらこそ……ありがとうございます」

 あの大地震のとき、リュシイは予言をしただけだ。
 結局、動いたのは、彼らなのだ。彼らの力で、被害は最小限に抑えられた。
 兵士は、にっこりと笑って続ける。

「次にお会いするときには、きっと違うお立場でしょう」
「え……?」

 どういう意味だろう。
 王城に戻るとしたら、あの地震のときのように、占い師として雇われることになるのだろうか。

 すると兵士は、右手を左胸に当て、深く腰を折った。

「あの地震のこと、そしてこれからのこと、衷心より拝謝申し上げます」
「えっ」

 リュシイは慌ててそれを制した。

「な、なんだか、大袈裟です」
「いいえ、大袈裟ではありません」

 そう言うと、兵士は顔を上げて笑った。
 なんだかよくわからないが、でもその気持ちは嬉しかった。救われたような気がした。

「どうか、お元気で」
「はい、あなたも。ありがとうございます」

 兵士はまた御者台に乗ると、荷馬車を操って去っていく。
 荷台にいたライラは、こちらに振り返りはしなかった。
 リュシイは荷馬車を見えなくなるまで見送る。

 一人、城門の前に取り残されて、急に寒くなったような気がした。
 落ち着かない。
 心臓が、痛い。
 でも、行かなければ。
 リュシイは、城門に向かって歩き出した。

          ◇

 兵士が言った通り、門番にはもう話が通っていて、リュシイはすんなりと城内に案内された。
 侍従が案内してくれたのは、どこかの控えの間のようだった。

「こちらで少々、お待ちください」

 部屋の中に一人取り残され、リュシイは椅子に座ることもできずに、落ち着かなくうろうろと部屋の中を歩き回った。

 すると、扉が開く音がして、びくりと身体が震えた。
 恐る恐る振り向くと、見知った顔が、扉から覗いていた。
 アリシアだ。にこにこと笑っている。

「アリシアさま!」
「リュシイ! ようやく来たわね!」

 アリシアが駆け寄ってきて、抱き着いてきた。

「待っていたのよ! そう、やっとわかったの!」
「ええと、なに……」

 戸惑うリュシイを他所に、アリシアはぎゅうっと力を込めて抱き締めてくる。
 やっとわかった? 何を?

「来るとは思っていたんだけど。本当に良かった。お久しぶりね」
「お久しぶりです、アリシアさま」

 身体を離すと、アリシアはにっこりと微笑んだ。

「陛下に会いに来たのよね?」
「あ、はい……」
「でもごめんなさい、今は朝議中だから、時間が掛かりそうなの」
「あ、そうなんですか」

 少し、安心してしまった。
 問題の先送りにしか過ぎないのに。
 でも、迷惑なのではないだろうか、嫌な顔をされないだろうか、とそんな想像ばかりが膨らんできている。
 決心したのに。なんて不甲斐ない。

「だから、お湯浴みしましょう」
「……はい?」

 突然、まったく考えていなかったことを言われて、嫌な考えが吹っ飛んだ。
 お湯浴み?
 もしかしたら、考え込んでいて、今何か聞き逃したのだろうか。

「そうそう、リュシイが城で着ていたドレスは、私が預かっているの。それも持ってくるわね」
「え?」
「髪も結って。お化粧もして。大丈夫、まかせて! さあ、行きましょう!」

 手首を握られて、引っ張られる。
 何が起こっているのか、さっぱり訳がわからなくて、ただアリシアにされるがままに、部屋を出る。

「あのっ、お湯浴みって」
「陛下に会うのでしょう? だったら綺麗にしましょうよ!」

 そういうものなのか。
 確かに、長く荷馬車に揺られたあとだ。その前には天幕の中で毛布にくるまって座り込んでいたし、確かにこのままでは失礼に当たるかもしれない。
 それとも、もしかして今アリシアが抱き着いてきたとき、臭ったのだろうか。
 自分の二の腕を目の前に持ってきて、嗅いでみる。自分ではよくわからない。

 何が何だかわからないうちに、リュシイはあれよあれよという間に服を脱がされ、お湯に突っ込まれてしまっていたのだった。

          ◇

 朝議が終わって朝議室を出ると、アリシアがそこに立っていた。
 そして、にこにこと満面の笑みでこちらを見ている。

「……どうした」
「ご来客です」
「来客? 誰だ」

 するとアリシアは、うふふ、と笑った。
 ……いったい何だ。気持ち悪い。
 レディオスは思わず、一歩後ろに下がってしまった。

「リュシイです」
「は?」

 思いがけぬ名前がアリシアの口から紡がれて、呆けた声を出してしまった。
 リュシイが? なぜ。

「何の用件で?」

 口から出た言葉が、ひどく冷たく聞こえて、自分でも驚いてしまう。
 アリシアも、小さく首を傾げた。
 王城には行きたくない、と確かに彼女はそう言った。
 なのになぜ、ここにいるのだ。

 もしかしたら、また悪い夢を見たのだろうか。それをレディオスに忠告するために来たのだろうか。
 だとしたら、また、あの大地震のようなことが起きるのだろうか。

「申し訳ありません、用件までは聞いておりませんでした。陛下に謁見を求められていたのでお通ししたのですが」

 さきほどまでの浮かれた様子を引っ込めて、アリシアは楚々として言った。

「わかった。どこだ」

 いずれにせよ、会わなければならないだろう。

「王室にお通ししたのですが、よろしかったでしょうか」
「構わぬ」

 言って、歩き出す。

 いったい何の話だろう。
 嫌な夢の話でなければいいのだが。
 いやそれとも、もしかしたら考えが変わって、王城に来る気になったのかもしれない。
 それだったら、何と言おう。
 いやいや、楽観視はいけない。そうでなかったときの痛手が大きすぎる。
 まさか、再度、断りに来たとか?
 それならもう致命傷だ。
 二度も断られて笑っていられる隣国の友人を、少し尊敬した。
 拒絶など、一度で充分だ。
 とにかく気持ちを強く持とう。
 彼女にどんな話をされても、動揺しないように。

 そんなことをぐるぐると考えながら、彼女が待つという、王室に向かう。

          ◇

 レディオスの斜め後ろを歩きながら、アリシアは首を傾げていた。
 おかしいわね、てっきりあのにやけ顔を見せてくれると思ったのに。

 リュシイを王室に連れて行き、侍女たちは退室させた。
 王室の侍女たちはリュシイの姿を見ると、あからさまにがっかりしてみせていた。
 リュシイは相変わらず、おどおどとしていたが、大丈夫大丈夫、と肩を叩いて来たのだが。
 肝心のレディオスの態度がおかしい。

 まさか、余計なお世話だった、なんてことはないわよね。
 一抹の不安が、アリシアの胸によぎった。
 いやいや、そんなはずはない。
 でも心配だから、王室の外に控えてはいよう、と思った。いや決して野次馬根性ではなく。
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