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12. 内密の書状

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 主人はクラッセの王子を送ると言い張り、そのまま何人かの従者を連れて行ってしまった。
 ついでに接待も兼ねて国内の何箇所かを回ると言う。帰るのは四、五日後ということになるそうだった。

 だが、出かけたその翌日、一人の従者だけが書類を携えて戻ってきた。
 私を名指しした封書。
 なんだろう。名指しということは、当然他の者には見せてはいけないものなのだろう。

 私は部屋に戻って、それを開けた。
 疫病、という単語がいきなり目に飛び込んできて、私は息を呑む。

 サイザールという村で、疫病が蔓延している可能性がある。噂だけだが、数日前から商人がその村に近付きたがらないという話を聞いた。疫病でなくとも何らかの病に冒された人々がいるのは間違いない。王の指示を仰ぎたい。
 そういったことが書いてあった。

 他には、私を代理人として王城にやるという、委任状。委任状のほうは疫病の話には触れていない。私が主人の代理で王に会うことを許可願う、とそれだけだ。
 要するに、この話を王に知らせろということだ。

 大変だ。これは急を要する。
 私は慌てて厩舎に向かう。

「すまないが、急いで馬を用意してくれないか。王城に行く」

 通常なら、自分で使う馬は自分で用意する。しかし今は一刻の時間も惜しい。何かあったと悟ったのか、厩舎番は何も言わずにうなずいた。
 私は走って部屋に戻り、正装に着替える。
 さきほど受け取った書状を懐に押し込み、部屋を出た。

 そこで、リュシイと鉢合わせした。

「あっ、今日は勉強は……」
「王城に行かれるのね?」

 なぜそれを。厩舎番から聞いたのか。早い。

「実は……」

 あの封書は、私を名指ししていた。ということは、屋敷内の者であっても決して口外するなということだ。

「ジャンティさまが忘れ物をしたようだよ。王城に取りに行って届けてくる。恥ずかしいようだから、誰にも言わないでおいてくれるかい?」

 内緒話をするように、ひそやかな声で、でも努めて明るく振舞う。
 何かおかしいだろうか。咄嗟に出た嘘を、彼女は不審がらないだろうか。
 彼女は、「わかった」とだけ言ってうなずいた。
 どうやら信じてくれたらしい。

「気を付けて」
「えっ、ああ」
「路地から人が飛び出てくるから」
「……えっ?」

 何を急に。
 彼女はじっとこちらを見つめている。
 いったいどういう意味なのかと訊きたかったが、そんな時間はない。
 急いで王城に行かなければ。

「今日は戻らないかもしれないから」
「皆には用事で外に出たとだけ言っておいたらいいかしら」
「ああ」
「いってらっしゃい」

 彼女はそう言って、手を振った。

          ◇

 厩舎に行くと、馬の準備はされていた。

「ありがとう」

 とそれだけ言って、馬に飛び乗る。
 早く行かなければ。今、どれくらいの時間を浪費しただろう。

 馬の脇腹を蹴って屋敷を出ると、街道を走る。
 最短距離はどれだ、と頭の中で地図を読む。いや、例え距離が長くとも、失速せずに馬を走らせることのできる街道のほうがいい。それこそ、路地から人が飛び出てきて、馬に蹴らせるようなことになっては、いけない。
 結局、一番広い馬車道を選択して走る。もしかしたら私が焦っていることが、リュシイにはわかったのかもしれない。だから、忠告されたのだろうか。

 城下町の中を少し走ると、王城が見えてきた。
 以前の王城は、丘のふもとの城下町が栄えていて、それは賑やかだった。
 だがこちらは仮の城ということで、道行く人も、あれに比べれば大したことはない。
 それで注意を怠ったか。
 本当に路地から人が飛び出てきた!

「うわっ」

 慌てて、馬の手綱を引く。馬は前足を上げて、それでもなんとか止まってくれた。
 飛び出てきた街の男は、馬を避けようとして、尻もちをついていた。
 手綱を持つ手が、震えた。

「す、すまない」
「危ないじゃねえか! 気をつけろ!」
「あ、ああ……」

 男は悪態をつきながら、その場を去っていく。
 冷や汗が出る。心臓がばくばくと脈打っている。
 リュシイに言われていなければ、止まれなかったかもしれない。心のどこかで警戒をしていたのが功を奏した。

「良かった……」

 ほうっと息を吐く。
 胸に手を当てて、少し気持ちを落ち着けると、また馬を走らせた。
 動揺している場合ではない。
 今度こそ、事故にならないよう気を付けながら、王城に向かう。
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